第十四章 リベラルアメリカ人支局長の〝自爆攻撃〟(アメリカ人だけど)
第百話【遂に『リメンバー・パールハーバー‼』】
(この世に都合の良すぎる人間などいない)リベラルアメリカ人支局長は改めてそれを思い知らされていた。
ASH新聞の社論、〝その価値観〟は実にアメリカ人好みだった。
リベラルアメリカ人支局長が天狗騨のところに殴り込んできた理由は『靖國神社』絡みであるが、ASH新聞自体は靖國攻撃をしている。この点大いにアメリカ人好みだった。
アメリカを攻撃した輩どもを東京裁判でせっかく犯罪者にしたのに、死刑にしたことを逆手にとって戦死者扱いにし、その上その連中を〝神〟にしてしまった靖國神社はアメリカ人の感情を大いに刺激するのである。ましてそこを日本の首相が訪れて拝むなど耐えがたいことだった。
むろん好ましいのは『靖國神社』についての価値観だけではない。
『悪の国日本・アジアに対する侵略と植民地支配・大量虐殺・女性の性奴隷化』。そうして日本を過去で執拗に叩き続けるASH新聞。真実に迫る比較検証など一切省略し、よりセンセーショナルにエモーショナルに。その一方でこの新聞はアメリカ合衆国の罪は問わない。その何よりの証拠が米軍慰安婦問題をまったく追求しないその報道姿勢に現れていた。
『日本は悪だ』と確定させている以上、それと戦ったアメリカ合衆国は自動的に正義の国となる。こういう新聞は特に『アメリカ合衆国の正義』に執拗にこだわるアメリカのリベラル系と相性がいい。
だが全ての都合がいいわけではない。
アメリカと中国が対立してもこのASH新聞は『経済』を絡め、ことば巧みに日本を米中の中間へと誘導しようとする。
ただし、ここまでなら〝日本通〟を名乗るアメリカ人なら誰しも気づく。ところがこのリベラルアメリカ人支局長はその日本語能力で日本人と論戦をやり合えるほどの日本語の使い手である。そんな彼の〝気づき〟はその程度のレベルにとどまらない。
彼にとってASH新聞は、その根の部分において何より信が置けない連中であり、そう考える根拠はことあるごとに『アメリカが矛、日本が盾』というフレーズを使っているところにあった。このフレーズにアメリカに対する底知れぬ悪意が潜んでいることが感じ取れてしまうのである。
リベラルアメリカ人支局長はこう考えている。
(即ち『矛』は攻撃を意味し、『盾』は防御を意味する。すると矛と盾はどういう位置関係になるか? 当然矛が前、盾は後ろになる。即ち前がアメリカ軍、後ろが自衛隊ということになる。『前線』ということばがある。当然敵により近い前の方が危険に近い。後ろは敵から遠い。アメリカ軍に危険な仕事をさせ、しかもそれは『日米安全保障条約で決められているから』と曰い、アメリカ軍の義務だとするのだ)
ところが天狗騨記者ときたらその条約を疑い、多くの犠牲が出るであろう地上戦は現地軍が担うべき、というアメリカ人好みの主張をする。だがアメリカ人が信奉する歴史認識にことごとくイチャモンをつけ、しかもアメリカを歴史地獄へと引きずり込もうとする。
リベラルアメリカ人支局長は嘆息する。
(どこかに戦前の日本を悪だと断定する歴史認識を持ち、アメリカに戦わせるのではなく『自分で戦う』と言ってくれる都合の良い日本人はいないのか)と。
しかしどこにもそんな都合の良い日本人はいないようだった。
(こんなことを考えてしまう俺は相当疲れているのかもしれない)漠とそんなことを思ってしまうリベラルアメリカ人支局長。
と、ここで目の前の天狗騨が不思議なことを喋り出した。
「あなたは私に日本の過去の戦争を問う『歴史問題』をぶつけに来た。なにかに気づきませんか?」
「何に気ヅケと言ウ?」
「今日私は、広島・長崎への原爆投下、東京大空襲などの無差別都市攻撃について、ルーズベルトやトルーマンといった個人の戦争犯罪こそ指摘しましたが、アメリカ合衆国という国家そのものに対する責任追及、全てのアメリカ人に対し〝反省と謝罪〟を求めるほどの糾弾はしていません。あなた方がナチュラルに行っている〝日本や日本人に対して行っている言動のレベル〟、即ち全体に過去の反省を求めるレベルにまで、敢えて引き上げてはいない。にも関わらずあなたは私を圧倒していない。もう日本に歴史攻撃など卒業すべき頃合いではないですか?」
その天狗騨の言にリベラルアメリカ人支局長は瞬間的にカッとなった。
「コッチもパールハーバー(真珠湾)に言及してイナイ!」
アメリカ人は割と『真珠湾が無ければヒロシマ・ナガサキ(への核攻撃)は無かった』と主張する。真珠湾はピンポイント爆撃。広島・長崎への原爆投下は無差別都市攻撃であるにも関わらずこれをごちゃまぜにする習性がある。したがって『広島・長崎』と耳にした途端脊髄反射的に『真珠湾』と言ってしまうのである。
さすがの天狗騨もこうしたアメリカ人の習性を過小に見ていた。
(まだ責め始めてもいないのに『広島』と『長崎』の名を聞いただけで即『真珠湾』になるとは……)
しかし天狗騨は別に困ってもいなかった。
(どうせアメリカ人の言うことなど万年パターン化されている。『騙し討ちの日本人』、当時の英語のスラングで『スニーキー・ジャップ』だろう。日本人の側もそれを真に受けて『開戦時間に合わせて宣戦布告できなかった外務省が能なしだった』と言うのがパターンとなっているが、問題の本質はそこには無い。これは『有事の予見力』の問題で『本物の能なしはどちらだったか?』こそが問題の本質だ)そんなことを思っていた。ただ話しの時間だけはまた長くなる、と思っただけだった。
ちなみに日本国外務省がアメリカ合衆国に対し宣戦布告を通知したのは開戦から一時間ほど後で、これが散々延々、ある意味今でもプロパガンダとして通用している。
天狗騨が口を開く。
「してもろくなことになりませんよ。『成功は全て上司の手柄、失敗は全て部下のせい』という典型的にろくでもない組織がアメリカ合衆国であると、そういう話しになるだけです」
〝パールハーバー〟を持ち出されても、しかし返事はこんなんだった。
「おっ、お前、それはドウイウ意味ダッ⁉」
「上司とはルーズベルト、部下とはキンメルのことです」
天狗騨の言ったルーズベルトとは、日米戦争開戦時の大統領フランクリン・ルーズベルトのことである。キンメルとは日米戦争開戦時のアメリカ太平洋艦隊司令長官ハズバンド・キンメルのことである。
(〝キンメル〟だと?)天狗騨がそんな名前まで知っていることに当惑するリベラルアメリカ人支局長。
「アメリカ合衆国ルーズベルト政権は1941年8月、日本軍が南部仏印に進駐したことを機に日本に石油を売らないことを決定しました」天狗騨が続きを語り出した。
普通ならここで『日本がアジア侵略をするからだ』と紋切り型の反論で済むのだが、既に天狗騨に『当時の日本以外のアジアの独立国は中華民国とタイ王国だけ』と言われてしまっているため、『アジアを侵略する日本を許さない正義の国アメリカ!』なる主張はできなくなっていた。なにより〝南部仏印〟即ちフランス領インドシナ半島と天狗騨は言っているのである。
「日本ガアメリカの言う通りニすレバ〝石油禁輸〟などニハならなカッタノダ!」
「しかし南部仏印進駐ですよ。日本軍はフランス・ヴィシー政権の同意を得ての進駐であるので形式上『フランス侵略』にもなっていません。つまり日本軍南部仏印進駐を契機とした経済制裁なのですからアメリカ合衆国には『日本のアジア侵略を憤っての行動だった』という名分はありません。ただ、このフランス・ヴィシー政権というのはナチスドイツの傀儡政権であるため日本軍南部仏印進駐は日独の連携プレーと言える。これにアメリカ合衆国が驚き、なりふり構わぬ行動に討って出たというのが正確なところでしょう」
「真珠湾カラ話しヲ逸らすナ!」
「もう解ってるんでしょう? とぼけるのはよしましょう。石油が入ってこなくなるというのは軍艦も戦闘機も動かせなくなるということです。黙って時間を浪費し続ければ軍艦も戦闘機も鉄くずになる。だったら『動くうちに使おう』という発想になるのも当然で——」
「何ヲ言うカ! 日本ガアジアや中国カラ全て撤兵すレバ良かったノダ! そうスレバ石油が手に入ッタ!」
「アメリカの言うことを真に受けて撤兵しても、石油の禁輸が続くと思われたんでしょう。それくらいアメリカ合衆国には信用が無かった」
「信用はアッタ!」
「私は今日話したんですがもう忘れましたか? アメリカで生まれアメリカ国籍を持ったれっきとしたアメリカ人である日系二世の土地所有を、憲法違反の違憲立法な連邦法で禁じた国に信用がありますか? カリフォルニア州一州じゃない。連邦法は全米だ! しかもこれは真珠湾の17年もの前、1924年のことです!」
アメリカ人は謝罪にも細心の注意を払う。アメリカ合衆国は日系アメリカ人を強制収容所に放り込んだことを確かに謝罪しているが、それはあくまで〝真珠湾以後〟の出来事なのである。だから『真珠湾が無ければ日系人が強制収容所に収容されることも無かった』という理屈が成り立ち、かろうじてアメリカ合衆国という国家が道徳の縁にとどまることができる。
ところが〝真珠湾以前〟から日本人を差別していたことを謝ってしまえば、『落ち度の無いアメリカが突如日本に騙し討ちにされた』という価値観にヒビが入り崩壊していくのである。
しかし天狗騨はそうしたアメリカ人の弱点を平然と衝いてくる。なにしろ忖度不能な無敵の人なのである。
「日系二世はアメリカ人同士の問題デ日本とイウ外国は関係ナイ! それはアメリカの国内問題ダ!」
言うことが中華人民共和国っぽくなっていると自覚しつつも、必死に『日系人』と『日本人』の分離を図るリベラルアメリカ人支局長。だが天狗騨は〝はいそうですか〟とはいかない。
「いいえ。〝日本人の血〟に関係する民族差別問題です。故に国籍は関係ありません。民族的に差別されている被差別者が差別者を信用できない、そう考えてもそれは当然ではないですか。それにです、日本には中国や東南アジア地域からの撤兵を要求しながら、アメリカ合衆国はフィリピン放棄を宣言しませんでしたね。この点においてもアメリカ合衆国の信用度は著しく低かった。日本の戦争の大義名分は『アジアの解放』ですから欧米諸国がアジア地域からいなくなってしまえば戦争を起こす大義名分が消えたものを。なのになぜあなた方欧米は自主的にアジアから撤兵しなかったのですか? 『日本人だけには俺達の決めた特別ルールを適用する』、まさに民族差別じゃないですか」鋭く斬り込んでいく天狗騨記者!
「お前ハ『石油禁輸』が『パールハーバー攻撃』の大義名分になるト思っテイルのカッ⁈」たまらずリベラルアメリカ人支局長は微妙に話しを逸らした。
「私はアメリカ合衆国の行状があまりにもひどく、交渉相手として信用できなくてもむべなるかな、と言っているだけです。日本だけに一方的な譲歩を強いてアメリカがなんらの損もしない要求を呑むか呑まないか、などというのは交渉でさえないでしょう。すると後は軍艦や戦闘機を錆びたくず鉄にするか、それとも動かせるうちに使ってみるか、という二択が残るだけです」
天狗騨は軽く〝すっ〟と息を吸い、
「日本軍の攻撃は予見できました」と断定した。
「ダカラ奇襲が正当化さレルと言うノカ⁉」
「日本への〝石油禁輸〟と同時にアメリカ軍に対し〝動員令〟を出すべきだったと言っているのです。動員令を出し戦時警戒態勢をとり、各地のアメリカ軍基地が索敵機を飛ばしたりまた潜水艦や駆逐艦などによる哨戒活動も常態化すべきだった。それができていれば日本軍に攻撃を受けたとしてもワンサイドということは無かった筈です。これを怠った大統領フランクリン・ルーズベルトには決定的な失策がある。にも関わらず全ての責任を押しつけられ処分されたのは現場の人間であるアメリカ太平洋艦隊司令長官キンメルでした。逆にルーズベルトは己の失態を棚に上げ自国民に謝罪もせず、ええかっこしいな演説だけをしてアメリカ大衆に大人気。その後日米戦争を優位に運び英雄化。これが『成功は全て上司の手柄、失敗は全て部下のせい』の中身というわけです」
『日本軍の攻撃が予測される中なぜアメリカ合衆国大統領は〝動員令〟を出さなかったのか?』
これを問われたリベラルアメリカ人支局長は詰まった。今までなら『騙し討ちの日本人!』と言っているだけで良かったのだが、『騙した云々』を全く歯牙にもかけずここまで真っ正面から堂々斬り込んでくる人間などこれまでいなかったため対応ができなくなっていた。
(『してもろくなことになりませんよ』は、ヤツのハッタリではなかった)
そんなリベラルアメリカ人支局長にさらに天狗騨が追撃戦を仕掛けてきた。
「さて、最大の問題はこの後です。どうしてアメリカ国民はこの大統領の失態を糾弾せず『アメリカが日本人に騙し討ちにあった!』ことにして熱狂できたのか? その理由こそが問題です。私は三つほどその理由を考えました」
リベラルアメリカ人支局長は固まったまま。
「ひとつは、当時のアメリカ社会に日本人ヘイトが定着しすぎていたため、『日本人が撃ってきた』という事実だけで充分国民が熱狂できてしまい、大統領の失態がどこかへ飛んでしまった」
「ヘイトだトッ⁉ バカなッ!」
しかし天狗騨は無視しマイペースで話しを続けていく。
「別のひとつは、軍艦や戦闘機は油で動き、その油が無くってしまえば動かなくなる。だから『油が無くなる前に日本軍が軍事行動に討って出るに違いない』、という誰にでも考えられそうな論理的考察をする能力がアメリカ人大衆の中に無かった」
「アメリカ人をバカにするノカッ!」
「ええ、決してバカにしているわけではありません、それはこの後です。『アメリカ人の国民性に問題があった』以外の理由も考えておかなければアメリカ人差別になるでしょうし」
天狗騨はそうは言ったが、リベラルアメリカ人支局長としては露骨な〝建前〟としか聞こえず、嫌な予感しかしない。
「最後のひとつは、アメリカの新聞・アメリカメディアが、『アメリカ政府の行った日本に対する石油禁輸政策』について報道しなかった。または石油禁輸政策自体は報道しても、『日本側にだけ一方的な譲歩を要求しアメリカ側はなんらの損もしない提案を日本に呑ませようとしたがこれを蹴られたから制裁した』という、理由と経過の部分については報道しなかった。自分達の価値観を脅かす不都合な事実は報道しない、いわゆる『報道しない自由』の行使です。アメリカ国民は真実を知らされないまま或る日突然ハワイが日本軍機に攻撃された。この状態でなら『騙し討ちに遭った』という感情になるしかない。その可能性も考えておかなければなりません」
「『リメンバー・パールハーバー‼』でアメリカ人が熱狂できた理由はいったいどれです?」天狗騨は問うた。
(テングダの野郎ッ!)
しかしことばとしてはなにも出てこない。ハッキリ言ってどれもこれも選びたくはなかった。
人種差別主義者達の社会故か、それとも究極のバカ大衆故か、でなければ真実を隠蔽したアメリカメディアの責任故か、どれを選んでも最悪だった。
そしてその上、日本への石油を禁輸とし敵方の攻撃を予見できていながら『動員令』を出さず戦時警戒態勢をとらなかった大統領フランクリン・ルーズベルトの責任すらも問うていた。
ちなみにアメリカ国内ではハズバンド・キンメルの名誉回復決議が上院で1999年5月に採択され、下院でも2000年10月に採択された。が、歴代大統領は署名を拒否し続け現在に至る。
天狗騨に言わせると、「下手に署名すると大統領フランクリン・ルーズベルトの責任であることが明確になるからだ」、となる。即ちアメリカは今もって『成功は全て上司の手柄、失敗は全て部下のせい』なのである、と。
天狗騨記者という人間にかかっては『リメンバー・パールハーバー‼』でさえアメリカ人の切り札にはならなかったのである。
「風船爆弾ダッ!」突如リベラルアメリカ人支局長が叫び出した。
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