第九十九話【〝日本の安全保障〟攻勢10  アメリカ海兵隊は中国軍、北朝鮮軍と対決できるか?・編】

「海兵隊が抑止力ですか?」天狗騨記者が全く訊いていないという反応を示した。


「それガ解らナイのハお前の軍事に対スル知識と理解ガ決定的に欠けテイルというコトダ!」リベラルアメリカ人支局長はここぞとばかりにマウントをとった。


「核兵器が抑止力、海兵隊も抑止力、すると核兵器と海兵隊は同じくらいの力があるんですか? 〝抑止力〟ということばをあまりに安易に使いすぎるんじゃないですかね」


「何ヲ言うカ! 核兵器は敵に核兵器を使ワセないタメノ抑止力でアリ、海兵隊は敵に侵攻をためらワセ敵兵の上陸を防ぐタメノ抑止力ダ! 同じ〝抑止力〟デモ中身が違うノダ!」


「しかしです、それは『海兵隊がいると抑止力になる』という意味ですから『海兵隊がいない所には抑止力は無い』となるしかありません」


「当たり前ダ!」


「台湾にはアメリカ海兵隊はいませんが」


「……」



 意表を突かれリベラルアメリカ人支局長は己の心を気付けしなければならなかった。

「イヤイヤイヤっ! 沖縄に海兵隊がイルト台湾の抑止力となるノダ!」


「だったら最初から台湾にいた方が抑止力になります。そういう意味で少し弱い抑止力じゃないですかね」


「現ニ〝抑止〟しテイル!」


「攻撃してこないのは主に中国側の事情です。中国がこのままだったら抑止力の効果は続くが、軍備を拡張し続けているのでしょう? いつまでこのまま『抑止力神話』が保ちますか?」


「……」


「そろそろ『抑止力』ということばに逃げるのではなく、有事の際にその力をどう使うかを考える頃合いではないかと思うのですが」


「〝どう使ウカ〟ダト?」


「具体的にはアメリカ海兵隊の台湾上陸です。海兵隊が台湾に上陸するケースとは中華人民共和国の人民解放軍が台湾島に上陸した後のことでしょう? 人民解放軍が台湾に上陸する前に海兵隊を台湾に上陸させるのは政治的リスクが高すぎますから」


「ヌ……」

(確かに言われればそんな気がしなくもない。義勇兵的動機が無ければ『台湾に上陸するための大義名分』としては弱い。義勇兵とは、戦時、即ち戦争中でなければ存在できない概念だ)


「台湾には気の毒ですが、台湾島に上陸した中国兵については、台湾陸軍の力のみで駆逐してもらうほかありません」


「ち、地上のっ、アメリカの地上部隊の協力無しニ中華人民共和国の脅威かラ国を護レルと思ってイルノカっ⁉」


 台湾は建前では国でないことになっているが、思わず〝国〟と口走ってしまったリベラルアメリカ人支局長であった。


「では問いますがアメリカ人には中国兵と台湾人の区別がつけられますか? 外見は同じだし話すことばも中国語、北京語です。台湾島でソンミ村虐殺事件を起こされたら中華人民共和国の方が勝利してしまいます」


「中国兵は軍服ヲ着テイル!」


「ああ、脱ぎますからそれ」


「ハ?」


「便衣兵です。ゲリラとしてアメリカ人部隊を襲い、アメリカ人部隊が台湾人を虐殺するよう仕向けます。あなたは中国軍が正々堂々と戦うと思っているのですか? 軍事知識をひけらかしても肝心の敵の性質を把握していないのでは話しになりません」


「……」


「『孫子曰く、敵を知り己を知れば百戦危うからず』、その中国の故事です。だから地上は台湾陸軍に任せるより他ありません。その代わり中国兵が中国本土より補給を受けられず台湾島内で孤立するよう航空兵力と海上兵力のありったけを投入し敵補給部隊を執拗に殲滅すべきでしょう。ここでも中国側が軍艦に見えないように補給艦を偽装する可能性がありますが『立ち入り禁止海域』を予め設定し広報した上で怪しい船はお得意の『誤爆・誤射』で片付ければいいでしょう。これだと〝入ってきた者が悪い〟ことにできます。これが海の上の利点です」


「……」


「ついでに言っておきますと中国と北朝鮮が謀って台湾有事と朝鮮半島有事を同時に起こし、こちら側の兵力分断を画策するかもしれません。故に朝鮮半島有事についても考えておく必要があります」


 しょせんはASH新聞記者と、ナメてかかっていたリベラルアメリカ人支局長は圧倒される。


「朝鮮半島有事の際も、陸上での戦闘は全て韓国陸軍に任せるべきでしょう。なにしろ首都ソウルは北朝鮮国境にあまりに近すぎる極めて危険な都市です。38度線の南北軍事境界線付近には北朝鮮軍の長距離砲等300門以上がソウルを標的にしていて、一斉にこれらの砲が火を吹けばソウル市民に100万人ほどの死傷者が出るのは確実です。かつて朝鮮戦争の時は漢江の橋を落として時間稼ぎをしましたが、それをやるとソウル市民が置き去りです。ことばは悪いが民主主義は人気が命。後の事を考えたら今同じ事ができるかどうか。つまり開戦直後にソウル市民が大量に難民化します。その中に北朝鮮兵が平服で混じっていても分かりません。さて、そんな中にアメリカ人部隊がいたらどうなるでしょう? ここでもソンミ村じゃないですか?」


「……」


「つまり、台湾有事と朝鮮半島有事を同時に起こされても地上での戦闘は現地軍に任せることで二つの戦線に同時に対処できるというわけです。アメリカ軍は空と海から敵の航空兵力と海上兵力を叩きそれぞれの地上での戦闘を支援する」


(くそっ、アメリカ兵の犠牲が多くなればメディアがそれを叩き、結局アメリカ軍は撤退するという、それを前提にされている以上反論がしにくい)リベラルアメリカ人支局長はほぞを噛む。


 そこへと天狗騨がとどめともいうべきことばを発した。

「中国や北朝鮮が真っ当な戦術を使う連中かどうかを考えてからアメリカの地上部隊を送るかどうかを決めるべきですよ」


「……」


 リベラルアメリカ人支局長は今一度己を気付けしなければならなかった。

「台湾や韓国ニハ『自分達で戦エ』と言っテイル以上は、日本ニモ厳しいのダロウナ⁉」


「ではもう一つ。尖閣諸島には民間人は住んでいません。ここなら現地住民に化けて敵兵が襲ってくるリスクはありません」


「なんダトォ?」


「ただし、『たかが岩のためにアメリカの若者が死んで良いのか?』という意見がアメリカにあるのでしょう? 残念ながら尖閣についても日本人だけでどうにかするほかないようです。日本が長距離誘導ミサイルの導入を決定したのはその第一歩として評価できる」


 天狗騨が言ったのはいわゆる『スタンド・オフ・ミサイル』である。ただこれはあくまで天狗騨個人の意見で、ASH新聞としては例によって『軍拡を招く!』というお決まりのフレーズで導入に反対している。


「それデハ海兵隊ハ役立たずトイウことにナルではナイカ!」


「役には立ちますよ。アメリカ軍嘉手納基地の警備です」


「ハア?」

 アメリカ海兵隊が聞いたら『オレたちゃ空軍のガードマンじゃねえっ!』と怒りそうなことを天狗騨は言ってのけていたのだった。


「戦時ともなれば敵の武装工作員が嘉手納基地を狙うかもしれません。ここがやられるとこちら側の陣営の航空優勢が見込めなくなる。敵に地上から来られたら空軍など素人集団です。故に海兵隊がいるならここです。だから言ったでしょう? と」


 その天狗騨のことばに思わず、

「あッ!」と声が出たリベラルアメリカ人支局長。


 『普天間基地返還・辺野古埋め立て反対・沖縄に海兵隊を置くなら嘉手納統合で』。

 天狗騨がこれまで言ってきた『暴論』と思われていた主張になんと、整合性がすべてとれてしまったのだから無理もない。

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