第九十八話【〝日本の安全保障〟攻勢9  天狗騨記者、ほとんど教授となり『同盟国アメリカ』を管理する方法の講義を始めてしまう・編】

「同盟国としての韓国に言及したその次は、当然同盟国としてのアメリカに言及しなければなりません——」天狗騨記者がいよいよ〝本題中の本題〟とへ斬り込んでいく。「——ベトナム戦争では韓国同様南ベトナムの足を引っ張るようなことしかしていないアメリカ合衆国でしたが、イタリア・フランス・韓国と違って、ただ足を引っ張るだけの同盟国とは言えません」


(アメリカ攻撃ではないのか?)とリベラルアメリカ人支局長はいぶかしく思う。粛々と天狗騨の話しは続いていく。

「——そこは同じ同盟国と言っても違いがある」

 あたかもこの場にいる全員の説得を試みるような、噛んで含める言い方で話しを進めていく天狗騨。

「——つまり、『くらいの同盟国』と『それでも同盟国』。この表現の違いで解って頂けたかと思います」


 ここでリベラルアメリカ人支局長が反応した。

「韓国はイナイ方がいいガ、それデモアメリカがイナイと困るとイウ、日本の右翼の思考そのママではナイカ」


 天狗騨がニカッと笑みを浮かべる。


「本物の右翼は『アメリカもいない方がいい』と言うんですよ」と、まず強烈な牽制球を投げ、すぐさま続行で、「私はアメリカ人が『同盟国』についてどう考えているか、それを考察しようとしていたのですが」と口にした。


「お前ガたった今シタその話しハ〝右翼〟と呼ぼうガなんと呼ぼうガ、確実ニ日本の一部にアル!」


「もちろん日本の立場に当てはめても成り立ちますが、アメリカの立場に当てはめても成り立ちます。有り体に言ってアメリカ合衆国という国から見て、南ベトナムが『いない方がいいくらいの同盟国』に成り下がったので見殺しにされたということです」天狗騨は断定した。


 リベラルアメリカ人支局長としては(痛いところを突いてきた)と思うしかない。


(この流れだと『役立たずだから南ベトナムを切り捨てた』という、そういうことになってしまう)リベラルアメリカ人支局長は心の中で頭を抱える。


 役に立つ者は仲間に入れるが、役に立たない者は仲間から追い出す。これではまるでネット小説的展開そのまんま。俗にいう『ザマァ』される側のろくでなし野郎どもの思考パターンと同じである。

 いくら実際の社会がこうなっているからと言って、あまりに露骨にそれを表現すれば悪党でしかなくなる。

 しかし不思議な事に天狗騨は、ここでアメリカを糾弾しなかった。

「まずは——」と天狗騨が語り出す。「——滅亡した南ベトナムに落ち度があったのかどうか、というところから始めなければなりません」


 天狗騨はたいそう芝居がかったポーズをとりながらこう口にした。

「本来なら、『裏切られた国に問題がある』というのは、『いじめられている側に問題がある』と言うのと酷似していて、正直口にするのは気が進みません。しかし言わなければ本質に迫れない」


 リベラルアメリカ人支局長を始めASH新聞社会部フロアにいる全員が固唾を飲む。


「南ベトナムはアメリカ軍に頼りすぎた。だから滅亡した」天狗騨は言った。

 それはあまりにシンプルすぎる結論だった。


「それハ同盟否定ダ! まるデ〝答え〟になってイナイではナイカ!」


「私は『アメリカ軍に頼った。だから滅亡した』とは言っていませんよ。『頼りすぎたから。だから滅亡した』と言っているんです」


 リベラルアメリカ人支局長としては天狗騨を否定するためにこの言も否定したかったが、実はこれはアメリカ政府の意向そのまんまなのである。

 近頃アメリカは二大政党のどっちに政権が行こうが終始一貫して『応分の負担』を同盟国に求めている。アメリカの言う応分の負担をするかしないかで『いない方がいいくらいの同盟国』になるか、『それでもいないと困る同盟国』になるかが決まってしまう。アメリカ合衆国は同盟国に『頼られる』ことを負担と感じ、『協力する』ことを露骨なまでに求めている。だからリベラルアメリカ人支局長は押し黙ったまま。


 さらに天狗騨の話しが続いていく。

「その『頼りすぎた』には二つの意味があります。ひとつは南ベトナムの内政の問題。南ベトナムがアメリカ軍に頼りすぎたため『トンキン湾事件』『枯れ葉剤』『ソンミ村虐殺』など、国土でアメリカ軍に好き放題に我が物顔で振る舞われ、その結果南ベトナムは国民の信頼を失い滅亡した」


「——今ひとつは対米関係という外交の問題。南ベトナムがアメリカ軍に頼りすぎたため、アメリカ兵の戦死者が増大した。これを問題視するアメリカメディアがキャンペーン報道を行い、アメリカ軍が撤退せざるを得なくなった。結果、後ろ盾を失った南ベトナムは滅亡した」


 ひたすら天狗騨の〝講義〟が続いていく。


「——つまり、アメリカ合衆国という同盟国を管理するためには、あまり頼りにしないことです。具体的にはアメリカ兵の死人がでない程度に頼りにするということ」


 ぐうの音も出ないリベラルアメリカ人支局長。


「さて、ここであなたに質問です。アメリカ軍の中で一番死にやすい役割を担う部署はどこでしょうか?」


「か……、海兵隊カ……」


「ご明察です。これはアメリカ陸軍始め地上で戦う兵種の全てが該当しますが特に海兵隊が死にやすい」天狗騨はリベラルアメリカ人支局長の目を見た。そして続けて言った。「これで解ったんじゃないですか? なぜ私が辺野古埋め立てに公然と反対できるのかを」


 リベラルアメリカ人支局長は絶句した。(こう来るのか)と。確かに理屈として軸が一本通っていた。


 ベトナム戦争にしろイラク戦争にしろアメリカ兵の犠牲者が増えていくと、アメリカメディアは反戦キャンペーンを行うようになる。それがアメリカ政府に対する圧力となりアメリカ軍は撤退することになる。撤退した後、そのかつての戦地は極めて脆弱な政府が統治する限りなく空白地帯に近い状態になる。結果その地はアメリカにとって好ましからざる者が統治する地となる。

 かつては共産主義者が全ベトナムを把握し(もっとも今現在そのベトナムとアメリカは関係改善しているが)、現代はアフガニスタンにタリバン政権がよみがえる可能性が囁かれている。


 次に天狗騨はこう訊いた。

「では次にアメリカ軍の中で二番目に死にやすい役割を担う部署はどこでしょうか?」


「ふざけテルのカッ!」


「答えるつもりが無いようなので私が答えを言いましょう。原子力空母です」


「世界最強ダゾッ!」


「攻撃力だけは最強でも、軍艦なのに危険地帯で運用できない艦であることは福島第一原発の事故で証明されてしまいました。安全地帯での無双には意味がありません。最大の問題は乗員が多すぎて撃沈されると一気に大量の死人がでることです。アメリカメディアの撤退キャンペーンに使われる可能性を考えたらその存在はありがた迷惑としか言い様がありません」


「お前はアメリカ軍が当テニならナイと言うノカ⁉」


「私はアメリカ合衆国の核戦力は買っていますし、アメリカ海軍も買っています。アメリカ空軍の戦力も基地航空隊に限り買っています。これらが中華人民共和国に劣るとは到底考えられない。ところが他のアメリカ軍に人的損害が多数出るとそれらの買っている戦力もいなくなってしまう。ならば死亡者が多数出そうなユニットには予めお引き取り願い、兵種の再整理をした方が同盟関係は長持ちすると考えます。これが即ちアメリカという同盟国の具体的管理法です」


「海兵隊や空母を追い出そうなどトハ中国を利スル言動ダ!」


「それは〝軍事〟に偏ったものの見方でしょう? 私は、アメリカメディアの行う反戦キャンペーンが、アメリカの同盟国から見れば『同盟国見殺しキャンペーン』でしかないという問題を指摘しているのです」


「お前は我々ノ反戦報道を否定するノカ⁉」


「私は『やるな!』とは言っていないのですよ。『どうせやるだろう』と言っているだけで。ならばあなた方アメリカメディアが行うであろう『同盟国見殺しキャンペーン』に対処するためには、犠牲者が多数出そうなユニットは最初からいない方がいいと、そう言っているのです」


 天狗騨はリベラルアメリカ人支局長の目の前で人差し指を立て、

「私はアメリカ合衆国の核戦力は買っていますし、アメリカ海軍も買っています。アメリカ空軍の戦力も基地航空隊に限り買っています。これらが中華人民共和国に劣るとは到底考えられない。これを言って改めて念を押しておきます」と言った。


 アメリカ政府ではなくアメリカ政府の政策を変えさせるアメリカメディアを利用するやり口にリベラルアメリカ人支局長は一方的に押され始めた。

 極めて反論はやりにくかった。


「海兵隊は抑止力ダゾッ!」リベラルアメリカ人支局長は叫ぶように声を飛ばした。福島第一原発の一件のせいでさすがに『原子力空母は抑止力!』とは言えなかった。


 『海兵隊は抑止力である』。この現在通っている〝常識〟で攻勢をかける以外にリベラルアメリカ人支局長の道は無かった。むろんこれは純粋に軍事だけについて語る語り口で、民主主義国家では当然起こりうる、マスコミ報道が政府に与える影響といった『非軍事の影響』を排除する総合的視点を欠く主張であった。ゲーム的でもあり、軍人が行う図上演習的でもある。


 だがもはや『〝軍事の常識〟を知らぬ平和ボケの日本人!』と言ってマウントをとるしかない。これしか手がないのであった。なにより『海兵隊は抑止力である』を否定した日本人などはこれまでいないのだ。

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