第九十七話【〝日本の安全保障〟攻勢8  『同盟国』はここまで当てにならない・編】

「アメリカは、脅威に対抗する際、仲間を募り国の数を集める傾向がある」天狗騨記者が切り出した。


「それハ中国も同じダロウ」リベラルアメリカ人支局長は『アメリカ・韓国』から話しを逸らした。しかし天狗騨、その〝逸らし〟になぜか誠実に応えた。


「確かに〝支援外交〟を通じ経済力の弱い国々を自陣営に取り込んでいます。『一帯一路』がそれですし、アフリカの国々の中にも取り込まれている国は多い」


 とまで言って一旦話しを区切る天狗騨。


「——しかし今ここで問題にしているのは『経済共同体』や『経済支援』、『経済制裁』の話しではありません。〝軍事力の行使〟を議題としているんです。中国がいかに経済力を使って自陣営を膨らませても、それらの国々が中国といっしょに戦争などするでしょうか?」


(なにか、違うぞ)リベラルアメリカ人支局長は思った。

 それは天狗騨の言ったことが『間違っている』という意味ではなく、ASH新聞の記者らしからぬ、という意味だった。


「その通りダ。中国には軍事力の行使に当タリ、ともニ行動してくレル同盟国ハ存在しナイ。そこがアメリカとの決定的な差ダ」余裕を強調しつつリベラルアメリカ人支局長は言った。だがその内心では、


(だがこの男がアメリカを誉めて終わるわけがない)とも思っていた。


 天狗騨が喋りだす。

「しかし、全ての同盟国がアメリカにとってイギリス程度に当てになるとは限らない——」

(やはりか)

「——同盟国の中には、必ずと言っていいほど足を引っ張る国が出てくる」


「それガ韓国ダト言いタイわけダナ」


「ええ、そういう結論に行き着くわけですが、韓国だけを名指しすると人を〝差別者〟にするのでしょう? そこでまず韓国以外の国の国名を指摘しようと思っていたのですが、『省略してかまわない』のであれば話しは早くなります——」ここまで言って天狗騨は考えるポーズを作り、

「いや。では当ててみせますか?」と口にした。何事か閃いたのだ。


 そこで天狗騨は問うた、

「あなたは第二次世界大戦に詳しいのでしょう? 『歴史修正主義!』と言うからにはそれは正しい歴史を知っているという意味になります。時代は正にその第二次世界大戦中、同盟国の足を軍事的に引っ張った国がどこかを言い当ててみて下さい」


(始まりやがったな)とリベラルアメリカ人支局長は思う。しかもアメリカ人が心の拠り所としている第二次世界大戦で。これはある種の挑戦状であり、こんなものを叩きつけられたら買うしかない。『歴史修正主義!戦術』を多用するアメリカ人が第二次世界大戦の歴史について知識が無いのではお話しにならないからである。


「イタリアだ」リベラルアメリカ人支局長が即座に言った。


「どういう感じで足を引っ張りました?」


「ギリシャだ。イタリアがギリシャに攻め込み侵略ハ頓挫、ナチスドイツが尻ぬグイをシタ。そのタメ、対ソ戦開始が四週間遅レタと言われテイル。ナチスの信奉者は『あの四週間があレバ勝テタ』などト言っテルらしいガナ」


「さすがです」天狗騨は誉めた。



====================================


 ギリシャという国がある。白い建物と青い海に象徴されるイメージ通り地中海に突き出した国で、その地中海を挟んだ向かい側(南側)はリビアである。アドリア海を挟んだ向かい側(西側)はイタリア半島。そして目を転じて陸側(北側)の隣国は『アルバニア』『ユーゴスラビア(現在は七つの国に分裂)』『ブルガリア』の三国である。


 1940年10月28日、アルバニアに駐屯していたイタリア軍が突如ギリシャに攻め込んだ。これに驚いたのがナチスドイツである。不安は的中し、11月1日にはもう進撃が途絶え、ファシストイタリアが動員したアルバニア兵も、逃亡してギリシャに降伏するかあるいはパルチザン組織を組織するか、といった体たらくとなった。

 翌1941年3月9日、再びファシストイタリアはギリシャに対し攻勢に出るが、僅か数日間の戦闘で甚大な損失を被り戦闘中止に追い込まれた。


 ナチスドイツは、ファシストイタリアがギリシャに手をこまねいているうちに、戦局が枢軸側に不利になることを怖れた。

 ナチスドイツ総統ヒトラーはファシストイタリア統領ムッソリーニに、書簡を通じこう言ってのけた。

「イタリアの対ギリシャ軍事行動の結果、イギリスがギリシャで空軍基地を確保しつつあり、ひいてはルーマニア南部の重要なプロエスティ油田を狙うことになる」


 『ルーマニア』はユーゴスラビアとブルガリアの東側に隣接する国である。ナチスドイツが戦争遂行するために必要な石油はこの国から得ていた。ギリシャにイギリス空軍の基地が造られてしまえばこのルーマニアの油田がイギリス空軍に空爆されるかもしれない。また地中海の航空優勢も当然イギリス側に傾き北アフリカ戦線も危うくなる。かくしてナチスドイツはギリシャ占領を画策し始めた。


 ナチスドイツとしてはアルバニアは一応ファシストイタリアが押さえている。残るユーゴスラビアとブルガリアの二国を味方につけてしまえばギリシャ侵攻の準備が整う。そしてこの両国を日独伊三国同盟に引き入れることに成功した。

 だがユーゴスラビアの方が一瞬で崩れた。親ナチスドイツ政権がクーデターによって倒されてしまったのである。そのため枢軸側はギリシャに加えユーゴスラビアも攻撃対象としなくてはならなくなった。


 再びヒトラーの言を紹介する。ヒトラーはユーゴスラビアとギリシャの同時攻撃をする指令書にサインした後、ムッソリーニ宛て書簡でここまで言ってのけた。

「私は、統領閣下、あなたが次の数日間アルバニアにおいて


 1941年4月6日、ナチスドイツはユーゴスラビアに侵攻。一週間後には首都ベオグラードに到達。4月17日には残ったユーゴスラビア軍も降伏した。

 そして問題のギリシャ。4月27日にはギリシャの首都アテネをナチスドイツが占領。ギリシャ問題はここにようやくの解決を見た。むろん侵攻された側はたまったものではないが。

 ちなみに2019年、ギリシャでドイツ政府に対し日本円に換算し約35兆円もの賠償を求める動きがあった。それがこの時の被害について、なのである。


 ナチスドイツの対ソ戦開戦日はそれから約二ヶ月後の1941年6月22日。

 ファシストイタリアが余計なことをしなければ独ソ戦開戦は四週間ほど繰り上がっていたのではないか、と云われている。その結果『ソビエト社会主義共和国連邦』という国家が地上から消えていたかどうかまでは分からないが————


====================================



 ところで、このユーゴスラビア・ギリシャでの戦争があっても、『ドイツの対ソ戦には影響は無かったのだ』とする考え方をする者もいる。

 リベラルアメリカ人支局長は率直に、

『ユーゴスラビア・ギリシャ侵略が無かったなら、ナチスドイツはその分の時間を節約できた。その節約した時間を必ず他のために使っていただろう。独ソ戦開戦が早まると考えるのは自然なことで開戦が早まればその分ロシアが冬期になるまでの時間的猶予が長くなる。よって先制攻撃側であるナチスの攻勢時間が長くなるのは明白だ。影響はナチス側に有利に出ただろう』、と考える人間だった。


 枢軸側の足を引っ張ったのは『イタリアだ』とリベラルアメリカ人支局長は言った。しかし、

「それだけですか?」と天狗騨はさらに訊いた。回答がそれだけでは不十分だと、あからさまに別の答えも要求していた。


「〝フランス〟ダ」わりとサラリとリベラルアメリカ人支局長が言ってのけた。


「〝連合国〟の方も棚に上げないとはさすがです」〝誉め〟と〝皮肉〟がないまぜになったようなことを天狗騨は口にした。


「言ってオクガ、〝枢軸〟側ほどではナイ。現にアメリカはフランスにハ足を引っ張らレテはイナイ」と妙な対抗意識を表に出すリベラルアメリカ人支局長。〝連合国〟と〝枢軸国〟を同じレベルで語るのは少々おもしろくなかったのである。


「アメリカが正式に〝連合国〟になる前の話ですからね。しかし確実にイギリスの足は引っ張っていますよ」


「ダンケルク、カ」


「そういう言い方はかっこつけすぎでしょう。フランスには枢軸国であるイタリアと共通項があるんですよ」


「違うナ、ファシストイタリーは攻撃側、フランスは攻撃されタ側ダ」


「なにを言っているんです? 普通攻撃側というのは緒戦だけは勢いがあるものです。この日本だってそうでした。フランスは1939年9月3日にナチスドイツに宣戦布告しているんです。なのに宣戦布告した側が数ヶ月後には首都を占領されているってのはなんです? 自分の方から攻撃しておいて直ちに負けるイタリアとどこが違うんですか?」


 実際天狗騨の言った通りであった。

 1939年9月1日、ナチスドイツがポーランド侵攻を開始した。その二日後9月3日、イギリスとフランス両国がナチスドイツに最後通牒を渡し宣戦布告した。しかしフランスは宣戦布告しただけで討って出ることもせずじっとしていた。ではさぞかし鉄壁の防御計画を立てていたのかと思いきや、翌年1940年5月10日、ナチスドイツ軍の方から侵攻を受けるや一ヶ月余り後にはもう降伏文書にサインをしていた。


 しかしリベラルアメリカ人支局長はフランス人ではない。

「違わないナ」と今度はあっさり反対のことを言った。〝宣戦布告の時期〟を言われてしまうとそもそも弁護の方法が無かった。


「こうした国のアジア版が大韓民国です。同盟国として味方につけると思わぬ軍事的困難を招き寄せる」、とここで一旦ことばを区切る天狗騨。「——アメリカ軍は朝鮮戦争の時、それを経験済みと聞いていますが」



 若干の間を経てリベラルアメリカ人支局長が絞り出すようなことばを発した。

と言うツモリカ?」


「管理仕切れないのであれば当然真剣に考えるべきでしょう」


「ならバ問題は無イ」


「韓国はアメリカには逆らわないのでしょうが、日本だと別になる。韓国海軍の軍艦が自衛隊機に射撃管制レーダーを照射した問題がありましたが、韓国は謝罪もせず結局事件はウヤムヤです。アメリカ合衆国がウヤムヤを容認しているからです。こういう国と有事の際に軍事協力などできません。しかしアメリカは軍事協力しろと言う」


 この指摘にリベラルアメリカ人支局長は沈黙した。


「我々日本の側にも同盟国を選ぶ権利がある」天狗騨は言い切った。


「お前は最初カラどこも選ぶツモリが無イのダロウ!」


 同盟国をどこも選ばないというのは〝中立〟のことである。そして中立と言えばスイス。昔々ASH新聞始め日本の左派左翼陣営は『永世中立国スイス』をとてもとても美化していた。だが実はスイスは国民皆兵であることが広く日本社会に知れ渡ると彼らの中でスイス信仰は廃れてしまったのである。


「できればそうしたいところです。ですが日本の周囲は核保有国ばかりなのに一方日本には核兵器がありません。だから具体的対処法は『どう同盟国を管理するか』になります」天狗騨は言った。


「まさカそれハ『アメリカ』のことカ?」


「その通りです」


「アメリカを日本ガ管理するダト⁉ 何様ダッ!」リベラルアメリカ人支局長は怒鳴りつけた。


「『管理』ということばが刺激が強すぎると言うわけですか。ならばこう言いましょう。『アメリカの裏切りをどうやって防ぐか』これを考えます。日本は南ベトナムのようになるわけには絶対にいきません」

 〝裏切り〟よりは〝管理〟と言った方がまだ若干マシである。


「簡単ダ、日本がアメリカの意向をよく理解するコトダ」イラついたリベラルアメリカ人支局長は暴言ギリギリのことばを発した。


「何も解っていませんね。私はアメリカの意向である『軍事的日米韓の連携』を否定しているんです。韓国軍を友軍にすることに危惧を感じているからです。この国は必ず同盟の足を引っ張ると。だからアメリカの意向とは関係無く、どうアメリカを管理するかを考えなければなりません」


 まったく天狗騨はおよそ現代日本人としてはあり得ない大胆なことをアメリカ人相手に言ってのけていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る