第九十六話【〝日本の安全保障〟攻勢7  アメリカと韓国の悪行inベトナム戦争・編】

「大韓民国の戦時における悪行はそれだけではない! ベトナム戦争でもまた同じくだ! 韓国は『フォンニィ・フォンニャット村虐殺事件』『ハミ村虐殺事件』を起こしました!」天狗騨記者は大音声で言い放った。


 既に〝虐殺事件〟と天狗騨が口にしていたため、リベラルアメリカ人支局長もわざわざ訊き返さない。彼はそんな話しなど詳しく聞きたくもなかったのだ。



 事件発生は両事件ともに1968年2月。場所はベトナム中部。虐殺の実行者は韓国海兵隊の青龍部隊。フォンニィ・フォンニャット村では村民70人余りが殺害され、ハミ村では村民135人が殺害された。軍隊による民間人虐殺事件である。

 さて、なんでこんなところに韓国軍がいるかといえば、南ベトナム政府に協力するためにベトナム戦争に参戦していたからである。だがもはや何のためにやって来たのか分からない部隊と化していた。



 天狗騨、怒濤の勢いは止まらない!

「さらには韓国人とベトナム人女性の間に生まれた混血児の問題、『ライダイハン問題』もある! 男の側が韓国人、女性の側がベトナム人だ! その数は1万から3万!」



 『ライダイハン』、あるいは『ライタイハン』。

 『ライ』とはベトナム語で『雑種』を意味する。『タイハン』とは『大韓(大韓民国の大韓)』をベトナム語で読むとこういう音になる。

 どういうわけか昨今、まったく関係の無い第三国のイギリスが、韓国の『ライダイハン問題』追求にいやに熱心である。

 これについて天狗騨は、慰安婦問題が米軍慰安婦問題へと飛び火しつつある中、韓国が慰安婦問題を一向に終わらせようとする意志を見せないのに業を煮やしたアメリカが、イギリスに働きかけ韓国を政治的に温和しくさせようと企んだ国際工作だと考えている。むろん憶測に過ぎないが。



 さらに天狗騨は怒気溢れる調子で続けていく。

「ライダイハン出生には大きく二つのパターンがある。ひとつは『結婚するから』とベトナム人女性を騙した結婚詐欺型。ひとつは韓国軍軍人によるベトナム人女性強姦型です。或る日本人ジャーナリストが何人かのライダイハンの方に取材したところ、『韓国軍基地で配膳係をしていたベトナム人女性が強姦されて生まれた』、というケースの方がいたということです!」


 さらにさらに糾弾は続いていく。

「詐欺は個人レベルの犯罪ですから国家の責任までは問えないでしょう。しかっし、韓国軍軍人による強姦で生まれた混血児については大韓民国という国家の責任が問われるのは当然のことです!」


「さっきカラ聞いていレバ韓国人ヲ快楽殺人者カ強姦犯のようニ言ウ。ダガそれラハ韓国人差別ではないノカ?」


 聞くに堪えかねリベラルアメリカ人支局長が〝待った〟をかけた。しかし彼には自分の口で言っていながら〝言っていることがおかしい〟という自覚があった。が、しかしのしかしで〝天狗騨を黙らせるという目的〟のためにはもはや手段を選んではいられなかった。

 日本社会においては韓国人の行状の負の側面について、大っぴらに喋ったり指弾したりすれば差別者として取り扱われる因習がある。主として日本のマスコミがそれを許さないのである。リベラルアメリカ人支局長はそれを利用しようと思い立ったのだ。

 なによりここはASH新聞社会部フロア、周囲にいるのは当然ASH新聞の社員ばかり。リベラルアメリカ人支局長は遠回しに『俺を援護射撃しろ』と周囲に要求していた。


 しかしそこは天狗騨、『韓国人差別』と聞いた瞬間にその手筋を読み切ってしまった。


「大丈夫です。この後アメリカも叩きますから!」そう言った天狗騨はすぐさまそれを実行に移す。「」と、またも響く大音声。却って〝アメリカ叩き〟の口実を与えたオチとなってしまった。


 ベトナム戦争といえば枯れ葉剤。そうしたイメージは今なお色濃く残っている。植物を枯らす薬剤、有り体に言ってそれはダイオキシン類である。植物のみならず当然人体にも悪影響を与える。ベトナムで生まれる奇形児はアメリカ軍の散布した枯れ葉剤に原因があるのでは、という疑惑が消えることはない。


(ちっ!)リベラルアメリカ人支局長は心の内で舌打ちした。しかしことばとしては出てこない。


「これは化学兵器に該当しますから当然アメリカの国際法違反です!」天狗騨は断言した。


 断言はしたが、実は枯れ葉剤は化学兵器に該当していないのである。「そんなバカな!」と誰しもが思うところだろう。

 しかしその根拠は(本来の目的からして本末転倒としか言いようがないが)『化学兵器禁止条約』中にある。


『化学兵器禁止条約』とは現存する化学兵器の全廃を目標に置き、使国際条約である。

 であるのだが——ところが枯れ葉剤はこの『化学兵器禁止条約』上、、とされている。条約の前文にこそ『戦争での使用禁止』の趣旨が盛り込まれたものの、明確に化学兵器と定義付けられていない。


 この条約はアメリカ合衆国も批准しているが、条約の中身がこんな調子であるので、アメリカはベトナム戦争での枯れ葉剤の条約上の処理義務を負っていない。むしろこういう条約だからアメリカが批准したとも言える。

 一方で戦争で遺棄した化学兵器の条約上の処理義務を負うのは日本だけなのである。


 これがアメリカ合衆国という国家の政治力である、としか言いようがない。

 ただし、アメリカ・ベトナムの2国間で、条約に拠らないものの〝協議に基づく処理〟は進められている。



 リベラルアメリカ人支局長はアメリカ人なのでこの間違いに当然気づいた。しかし——

『ハハハっ残念だッタなテングダ! 枯れ葉剤は化学兵器にハ該当シナイ! したガッテ国際法違反に問わレルことはナイノダ!』などと言えば、どこからどう見ても悪人になるしかない。解っていても指摘はできなかった。何よりも天狗騨がこういう暴言を期待して故意に間違えた、即ちトラップを仕掛けてきたようにしか思えなかったのである。


(50年以上前の出来事を蒸し返し、同盟国をここまで攻撃し、これがいったいなにを生むのか!)

 リベラルアメリカ人支局長はある意味自分達アメリカメディアの普段の行状を棚に上げていた。イライラ度だけが増していくがよもや正当化もできず、この流れでは沈黙以外に選択肢は無かった。


 なおも天狗騨が喋り続けている。

「さらにアメリカ軍は『ソンミ村虐殺事件』を起こしました! 犠牲者の数は実に504人!」


 事件発生は1968年3月。場所はベトナム中部ソンミ村——

「いい加減にシロっ、テングダ! これハ何の意趣返しダ⁉」リベラルアメリカ人支局長が怒鳴った。反論としてはまったく上等なものではなかったが遂に我慢の限度を超えたのである。

 だが言われた天狗騨も我慢はしなかった。

「自分達の国の行状を棚に上げ同盟国南ベトナムにだけ高い道徳性を求めるなど厚かましいにもほどがある!」そう怒鳴りつけた。

 それにさらに怒鳴り返すリベラルアメリカ人支局長。

「だいタイ、なぜ日本人のお前ガ『南ベトナム』などノ肩を持ツ⁉ あの国が滅んだコトなどベトナム人でサエ問題にしてイナイのダゾ!」


「私が南ベトナムを取り上げたのは、南ベトナムと日本に〝〟があったからです」


「日本は南北に分断ナドされてイナイ!」


「南ベトナムは、アメリカ・韓国と軍事協力関係にありました。それを指摘するためベトナム戦争を取り上げました」


「だカラなんダ⁉」


「北に対抗するための『』です」


 そういう言われ方をされて初めてリベラルアメリカ人支局長は〝ハッ〟とした。しかし天狗騨は念を押すようにその答えを口にした。


「北に対抗するための『』、あなた方アメリカ人の常套句です。南ベトナム政府も日本政府も脅威に対抗するため米韓を軍事パートナーとする政策を採っている。これが〝共通項〟というわけです。しかしながら南ベトナムからすれば同盟国というのは自国に危害を加えるためにはるばる海の向こうから渡ってきた迷惑な国でしかなく、しかも最終的に裏切って南ベトナムを見殺しにした。結果は滅亡だ」


「ヌッ!」リベラルアメリカ人支局長は詰まった。

 〝同盟国のアメリカと韓国がろくでもないことばかりをしてきたではないか!〟、天狗騨が何を言わんとしていたのかを完全に理解した今となっては詰まるしかない。

 今度早急に考えなければならないのは『南ベトナムと日本は同じではない』という事に尽きるのだが、『南ベトナムは裏切ったが日本を裏切ることはない』などと口にすれば、逆に信用の無い人間と思われるのがオチであった。だから今となっては詰まるしかない。


「アメリカと韓国、この両国との軍事協力を政策としている国が滅んだわけですから、この政策が正しかったのか正しくなかったのか、修正すべき点があったのか無かったのか、修正すべき点があるとすればどこをどう修正すれば良かったのか? 日本人としてはこれを大いに検証・研究しなくてはならない!」天狗騨は今ここに結論に到達した。

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