第九十四話【〝日本の安全保障〟攻勢5 〔アメリカのメディア企業〕がアメリカの同盟国の生殺与奪の権を握る・編】
「なんとイウとんでもナイ主張ダ! ではベトナムが今も南北に分断したママが良かッタと言うノカ⁉ コレをベトナム人が聞いタラなんと思うカナ!」リベラルアメリカ人支局長が吠えた。もはや絶叫に近い。
「どうしてアメリカ人がベトナム人の味方面をしているのか理解に苦しみますが、『南北統一』が絶対的に正しい価値観なら、朝鮮半島だって北側が戦争に勝って統一していた方が良かった、ということになりますよ! 朝鮮半島の方では打って変わってアメリカが国家統一を妨害しましたね? これについて意見はありますか?」
すかさず天狗騨は『南北ベトナム』と『南北朝鮮』を連動させた。正にともに南北。
「グッ!」と言ったきり詰まるリベラルアメリカ人支局長。
統一するのが良いのか分断したままがいいのか、これについては完全にドロー状態となった。相手が口にできるだけの答えを持ち合わせていないと見切った天狗騨記者は間髪入れず核心部へと斬り込んでいく。
「最大の問題はあなた方アメリカメディアの報道姿勢です」
「ナニ? 今はベトナム戦争の話しヲしてイルのデハなかったノカ⁉」
「そうです。ベトナム戦争の話しをしています」
「とイウことハお前ハ『反戦』ではナク『戦意高揚』ガメディアの役割ダト言うノカ! やはり日本人ハ戦前から変わらナイ。日本メディアは国策遂行ニ荷担するバカリ、日本人ニハ民主主義は理解できナイノダ!」
「さて、当時日本との戦争中アメリカメディアが反戦報道をしていたでしょうか? あなたが今口にしたのはその頃の話しですよね?」
「テングダ、質問に答えロ! メディアの役割は『反戦』カ? それとも『戦意高揚』カ?」
「戦争をしなければ気が済まないと思ったか、あるいは極めて順調な戦果をあげている間なら『戦意高揚』。戦争が膠着状態に陥ったら打って変わって『反戦』。対テロ戦争でも報道はこのパターンだったじゃないですか。アメリカ人なら体験済みでしょう? 『メディアの役割は反戦か、それとも戦意高揚か』、などという二択の設問などそもそもあり得ません」
「つまりベトナム戦争当時のアメリカの報道ハ『ジャーナリストとシテの良心カラ出タものデハナイ』と言うツモリカ!」
「あなた方アメリカ人視点では『良心』ということになるが、南ベトナム視点では『戦争からアメリカの手を引かせようとする煽動報道』でしかないということです。これが〝複眼的〟ものの見方というものです」
「なにガ煽動ダッ! 複眼的ダッ! お前は我々ヲ侮辱したノダ!」
それは明らかに『全アメリカメディアを敵に回したな』という報復を示唆した言い様だったが、しかし天狗騨に動じる様子は全く無い。
「アメリカ軍がベトナム戦争から撤退すれば南ベトナムが単独で北と戦い続けなければならないのですよ。そして現にアメリカ軍が南ベトナムから撤退した結果南ベトナム滅亡です。あなた方の『報道』で一国が滅亡したという事実から、あなたは何を考えますか?」
「ふざけるナッ! ベトナム戦争でどれホドのアメリカ兵が戦死シタと思っテイル!」
「それに対する回答はこうです。『では朝鮮戦争でどれほどのアメリカ兵が戦死したと思っている?』になります。犠牲者数がアメリカメディアの反戦報道のトリガーになるのなら、あなた方はなぜ朝鮮戦争の時反戦報道をしなかったのか? 私はそれを問います」
「朝鮮戦争ハ北朝鮮の先制攻撃カラ始まってイル!」
「先ほど私が指摘したとおり大韓民国は朝鮮戦争の最中に竹島を占領しています。他国に助けてもらっている者が、他国の人間特にアメリカ兵に血を流させている間にすべきことだったでしょうか? 反戦報道の材料はありましたよ。なぜアメリカメディアはしなかったのです?」
「その竹島占領の三ヶ月後ニハ朝鮮戦争は停戦しテイル! これヲ言ったのはお前ダ、テングダ!」
「もはや言っている意味が解りませんが、強敵相手には外国人であるアメリカ人を戦わせ、その間丸腰の日本相手には占領部隊を送り込む。大韓民国とはアメリカ人が血を流して護る価値のある国でしょうか? アメリカ軍には十二分に撤退する大義名分があった。しかしベトナム戦争の時のように撤退していません。しかもです、北朝鮮にはソ連軍も中国軍も駐留していないのにです!」
「——……」
(ソ連や中国は朝鮮半島とは地続きだ。軍の展開は速い。一方アメリカから朝鮮半島へは渡海しなければならない。軍の展開はソ連や中国並みの速さではできない。ならば渡海しないで済むよう朝鮮半島には予めアメリカ軍を駐留させておくしかない。でなければ有事の際に即応できない。それが解らないのか、コイツには。いや、そもそもコイツは韓国を自由主義陣営の仲間だと思ってないのか?)千々に思考するも発することばを失うリベラルアメリカ人支局長。
しかし彼はASH新聞事情については最近の傾向しか頭の中になく、かつてはどうだったかという過去の知識について欠けている部分があった。
元々ASH新聞は『親北朝鮮・反韓国』というスタンスで、左派・左翼共通の傾向を持っていた。そして今もなおどこか昔からの遺伝子を引きずっているようなところがある。
続けて天狗騨が語り出す。
「『アメリカ軍が半島から撤退すれば朝鮮半島は今ごろ北朝鮮主導で統一されていた』、そうアメリカ人が考えているからじゃないですか?」
(やっぱり解ってて言ってやがったか!)リベラルアメリカ人支局長はキリと奥歯を噛み込む。
「——ならば南ベトナムからの撤退はすべきではなかったと言える。もし南ベトナムからアメリカ軍を撤退させるのが正しいとするなら直ちに南朝鮮からもアメリカ軍を撤退させるべきじゃないですか? アメリカ軍が撤退したりしなかったり、いったいどちらが正しいんです? 答えて下さい」
天狗騨は敢えて『南朝鮮』、即ちアメリカ人の大韓民国の呼称である『サウスコリア』と口にし、同じ〝南〟だぞ、とプレッシャーをかけた。
これに反応したリベラルアメリカ人支局長は思わず暴言を吐いた。
「この北朝鮮の回し者メ!」
しかし天狗騨にはまるで訊いていない。天狗騨ときたら日本国内の民族学校について『民族意識を高める教育などこの現代において否定すべきものであり、〝民族〟という価値観を吹き込む学校など存在しない方が良い』と言ってのけ、『日朝国交正常化しても一兆円支払う必要が無い。それどころかビタ一文支払う必要が無い』と言ってのけるほどの人間である。こういうことを主張する北朝鮮の回し者もいない。
ただニタリ、と笑みを浮かべ一切ペースを崩さない。
「しかしアメリカ軍の撤退/不撤退、これは極めて現代的な問題でもあります。例えばアフガニスタンからアメリカ軍が完全に撤退した途端に現政府は崩壊、タリバン政権復活になるんじゃないですか? 正に南ベトナム滅亡、北ベトナムによる全ベトナム掌握と同じです」
「いっタイこの脈絡の無イ話しは何ダ! 一体何ガ言いタイ⁉」
「まだ解りませんか? 朝鮮半島からは撤退しないアメリカ軍が、インドシナ半島からは撤退した。そのために大韓民国は未だ健在で、南ベトナムは滅亡した。この違いはアメリカメディアの報道姿勢に原因があるのは明らかです。アメリカは必ずしも全ての同盟国を護らない。護るか否かは、その時のアメリカメディアの報道に左右される。言うなればその時の気分次第というやつです」
「だからお前は日米同盟が信用できナイと言うノカ⁉」
「ええ。アメリカ政府が平時にどんなリップサービスをしようと、最後に採る政策はアメリカメディア次第です。そしてアメリカメディアの報道は日本人に非常に理不尽だ。実に差別的です。その何よりの証拠が『米軍慰安婦問題』だ。日本軍慰安婦問題は追及するが米軍慰安婦問題を決して同じように追求しない!」
(クソッ! 慰安婦問題をどこまでも利用しやがって!)とは思うものの、リベラルアメリカ人支局長は沈黙を続けたまま。
天狗騨がすっ、と息を吸った。
「アメリカの同盟国の生殺与奪の権を握っているのはアメリカメディアだ! あなた方の報道がアメリカ政府の政策を変える。私は何度でも言ってやる! アメリカメディアの報道は日本人に非常に理不尽だ。実に差別的です。その何よりの証拠が『米軍慰安婦問題』だ。日本軍慰安婦問題は追及するが米軍慰安婦問題を決して同じように追求しない者達がアメリカ政府に影響を及ぼし政策を変更できる力を持っている! ならば日本がかつてのアメリカの同盟国南ベトナムのような運命を辿らないとどうして断言できるのでしょうか?」
天狗騨は執拗に慰安婦報道に繰り返し言及した。その執念足るや韓国人も真っ青である。
(くっ、くそっ! アメリカ政府ではなく俺達アメリカメディアに的を絞ってきやがった!)
取り敢えず早急にリベラルアメリカ人支局長がしなければならないのは、『南ベトナムを見殺しにしても構わない理屈』の構築だった。
ただし、日本や韓国はアメリカにとって利用価値があるが南ベトナムには利用価値が無いから、などとは口が裂けても言うわけにはいかない。
リベラルアメリカ人支局長は必死の形相で己の記憶をリサーチし続ける。
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