第九十二話【〝日本の安全保障〟攻勢3  日米安保条約は既に1953年に破られている! by天狗騨記者・編】

「あなた方アメリカ人は日米安保について語るとき『アメリカ軍には日本を護る能力がある』という〝能力の話し〟をしているだけです。しかし、いくら能力があっても、それを使う意志が無ければ、それは存在しない力でしかありません」天狗騨記者はまず〝能力と意思〟の峻別から口火を切った。


「なんダト? それハ『アメリカには日本を護る意志など無い』と言ってイルモ同じダ! ついコノ間、尖閣問題デ我が国の政府ガなんと言っタカ、忘れたトハ言わセン! お前には発言の撤回と謝罪を求メル!」公然と在日アメリカ軍の存在意義に疑義を差し挟まれたリベラルアメリカ人支局長は、アメリカ人なら当然とるであろう反応をしてみせた。


 しかし天狗騨も〝これくらいの反応はある〟と、その点織り込み済みである。しかし肝心なのは〝どういう手で反撃をするか〟であった。

(こっちが何を言おうと〝言い訳〟はするに決まっているが、その言い訳がアメリカの無理筋にしか聞こえないこと。そして『一部の不心得者のやったこと』で逃げられないような案件で勝負しなければならない)


 天狗騨には元より『三陸沖原子力空母ロナルド・レーガン事件』で勝負するつもりは無かった。

 〝不信感を持つ〟という観点から決して無視できない事件ではあるが、『原子力空母という抑止力を護るため、中ロとの軍事バランスの均衡維持のため退避したのだ』だとか、『一部乗組員が日本に対し訴訟をしているのは事実だがそれは一部に過ぎない』だとか、しようと思えばかなりもっともらしい言い訳は可能だからである。天狗騨としては泥仕合には意味は無い。決定的なゴールが欲しいのだ。


「解りました」天狗騨は言った。


「解っタカ!」


「要するにアメリカ合衆国には『日米安全保障条約』を破ったという自覚が無い、ということですね」


「デタラメを言ウナッ! 我々がソ連と同じ事をシタと言うノカ? 戦後日本の繁栄はアメリカ軍が駐留し日本の安全を護っテ来たカラダ!」


「これは日本メディアにも問題があることです。これは外国が日本との条約を破っているのに、外国を忖度し、非難を手控えるという我々の問題を直視するための問題提起でもあります。私個人の問題としても『ソビエトが日ソ中立条約を破った』、『韓国が日韓請求権協定を破った』、と言っておきながらアメリカ合衆国の行状に触れないのでは、私もアメリカを忖度したことになってしまう、というわけです」


「もっともラシイことを言って自己正当化カ! ナラやって貰おうじゃナイカ! 記事に書いて大問題にしてヤル!」リベラルアメリカ人支局長は明らかに脅迫行動を始めたが、天狗騨はニカッと髭もじゃの口を開いた。脅迫がまったく効いてない。

 その顔にゾッとするリベラルアメリカ人支局長。だが『アメリカが日米安全保障条約を破った』と言われただ温和しく話しを聞いているだけでは、(それはもうアメリカ人ではない!)と、そう自分に言い聞かせ己を無理矢理にでも鼓舞してみせたのだ。そうしていよいよ天狗騨が語り出した——


「日米安全保障条約とは1951年9月、サンフランシスコ講和条約、即ち対日講和条約締結と同時に日本とアメリカの間で結ばれた国際条約です。日本が独立をした後もアメリカ軍を日本に駐留させ続けるためには必須の条約だったというわけです」


 天狗騨は一拍の間をとる。そのことばには乱れもよどみも無い。


「独立国に公然と外国の軍隊が駐留し続けるというのは、構図だけを見れば清国に列強の軍隊が駐留し続けたのと同じ構図です。そこでやはり必要なのは『大義』というものでしょう」


 そう言って天狗騨は件の手帳のページを繰る。


「日米安全保障条約第一条、『アメリカ軍駐留権』。『日本は国内へのアメリカ軍駐留の権利を与える。駐留アメリカ軍は、極東アジアの安全に寄与するほか、直接の武力侵攻や外国からの教唆などによる日本国内の内乱などに対しても援助を与えることができる』——。露骨に言うならギブ・アンド・テイクです。もっとも、この条約の内容には後にアメリカ側が不満を抱くようになり、1960年のいわゆる新安保条約へと繋がっていくわけですが、駐留の大義自体にはなんの変更もありません」


「前置きが長スギるぞテングダ、いつ破っタノカ年ヲ言エ!」


「1953年」


「1953?」


「先ほど読み上げた日米安全保障条約の前文にはこういう一節があります。『平和条約の効力発行と同時にこの条約も効力を発効することを希望する』と。そして、サンフランシスコ講和条約が発効したのは1952年です」


「お前ハ、条約が締結後僅か一年で破らレタと言うノカ⁉」


「その通りです」


(1953? 1953年にそんな大事件が起こったのか?)皆目見当がつかないリベラルアメリカ人支局長。天狗騨の口が動く!


「1953年4月20日、韓国の『独島義勇守備隊』を名乗る部隊が竹島に駐屯し始め、以降韓国警察の警備隊が続けて駐屯。現在に至るまで占領を続けています。にもかかわらず在日アメリカ軍は今日こんにちまで、一切何もしていません」


「!っ」

 『慰安婦』でもないのにこんなところで韓国に遭遇するなどとは全く予想もしてなかったリベラルアメリカ人支局長だった。しかし確かにこれでは1952年に発効した条約がもう1953年に破られたと言われても筋は通る。


「——別に重武装の軍隊による占領ではありません。まして当時の大韓民国は現在と比べて比べようもないくらいに脆弱。アメリカ軍が大韓民国に軍事的圧迫をかけるだけで戦闘も伴わず簡単に占領部隊を竹島から退去させることができた筈です。なぜアメリカは定められた通りに日米安全保障条約を履行しなかったのでしょうか?」天狗騨の口が滑らかに動き続ける。


(これはまずい!)リベラルアメリカ人支局長はそう思うが上手い反論方法がとっさに思いつかない。その間隙を衝き天狗騨がなおも続ける。手にした手帳は広げられたまま。


「——日米安全保障条約前文にはこうもあります。『、また国連憲章が各国に自衛権を認めていることを認識し、その上で防衛用の暫定措置として、日本はアメリカ軍が日本国内に駐留することを希望している』——。あなた方アメリカ人がその政治的欲求から日本軍を解体してしまった以上、アメリカの日本の防衛義務は今現代より遙かに重い。しかし1953年の時点でもう日本の防衛義務を放棄している! これでよくも散々日本人に向かって『日本は安全保障にタダ乗りするフリーライダーだ』などと言えたものだ!」


 リベラルアメリカ人支局長は心の中で血の涙を流しながらも、必死に反撃方法を考えひとつ反論法を思いついた。

 それは今アメリカ合衆国が尖閣諸島に対してとっているスタンスの応用。『施政権は日本にあるから日本の防衛に荷担する』という理屈である。主権がどこにあるのか、そこは曖昧にするという方法だった。リベラルアメリカ人支局長はこれでイケるかどうかを自問自答する。

(しかし日本軍を解体したのがアメリカである以上は、主権が日本と韓国どちらにあるかをぼかしても、『施政権の確保』もアメリカの義務にされる——これはダメだ)


 その瞬間に閃いた!


「テングダ、お前は確か、『韓国警察の警備隊が島を占領しテイル』、と言ったナ! 警察相手に軍隊が出動スルことナドあり得ナイ!」


「では中華人民共和国の『海警』と称する部隊がどう行動しようと在日アメリカ軍はこれを見逃すと、そういうわけですね?」


 リベラルアメリカ人支局長は声も出なかった。反論法としてはまだ最初に考えた方がマシだったことに今さらながらに気がついた。


 『海警』とは、中華人民共和国が〝沿岸警備隊〟の建前を掲げる組織のことで正式名は『海警局』である。日本で例えるなら海上保安庁。即ち海の警察である。

 『海警』に所属する船は年を追うごとに大型化し、積んでる砲も大きくなり、もはや白ペンキを塗りたくった軍艦といっていいレベルになっている。

 そして2021年2月、中華人民共和国はこの『海警』が武器を使用しやすいよう『海警法』なる法律を施行した。同法第22条では、国家の主権・主権及び管轄権が不法に侵害され、または不法に侵害される危険が差し迫っているときは、『その侵害を停止し、危険を除去するために、武器の使用を含むあらゆる必要な措置を講ずる権利を有する』と定めている。

 これに対し同年3月、日米の外務・防衛の閣僚協議、いわゆる『2プラス2』で両国は、中国の『海警法』に深刻な懸念を示している。


「それともう一つ指摘しておきましょう。竹島に駐留したのが韓国警察であることについてです。この日本でも〝警察〟という肩書きであることをもって『韓国は日本に一定の配慮をしている』なる珍妙なる考え方がありますが、朝鮮戦争の休戦は1953年7月なんですね。つまり、大韓民国による竹島占領の始まった『1953年4月』という時期は朝鮮戦争の最中です。そのような状態の時に韓国が、アメリカ軍を中心とする国連軍が北朝鮮と戦っている正にその最中に、正規軍を引き抜いて竹島占領に使えるでしょうか? 軍隊じゃない組織による占領だからアメリカは何もしなくても良いというのは、あまりに歴史的に無知な者の言うことです」


「ぐぐぐ……」


「ましてアメリカ合衆国はその韓国が戦争に負けぬよう、日本に戦争支援をさせた。日本政府を通じ、旧日本海軍軍人、及び日本人船員を徴用させ兵站要員としたのです! 死んだ人も出た! 日本を侵略するような国韓国をどうして日本が護らなくてはならないのか⁉ 私は以上のような歴史的観点からも『日米韓の連携』なる外交政策に反対しています。信頼できぬ国同士が共同して軍事的行動など、とれる道理が無い!」


 ここで天狗騨は大きく息を吸った。




(韓国の疫病神め! お前達のために何人のアメリカ兵が死んだと思っているのだ! その上ここまでアメリカ合衆国を追い込むとは!)

 リベラルアメリカ人支局長の中にまたしても大韓民国に対する憎悪そのものと言っていいくらいの感情が湧き上がるが、それを口にして言ってしまえば〝日本の極右の思う壺〟という意識がかろうじてそうした思いの吐露に歯止めをかけていた。


 その結果、出てきた反応はこうなった。


「アメリカにトッテは韓国も日本も同盟国ダ! 同盟国同士の領土問題でアメリカ政府がどちらか片方に付く訳ニハいかないノダ」


 天狗騨は露骨に顔を歪めた。

「そんなものが条約を破ることを正当化する理由になると思っているのですか? 在日米軍は日本国の領土保全を放棄した。この現実を直視しましょうよ!」


「そんな直視をすレバ日米同盟が危うくナルゾ!」


「その日米同盟の根拠が日米安全保障条約です。日本は次々外国から条約を破られている国です。条約があるからと、条約を日本人に神聖視させるのはもう不可能です。故にあなた方アメリカ人が条約を根拠に日本人に恩を押しつける行為は自殺行為だからもう止めた方が良い。大韓民国のために戦死したアメリカ兵はいても、日本国のために戦死したアメリカ兵はいないからです」


「おっ、お前ハ言いたいコトヲ思うがママニ言ってイルダケで、他者の事情ヲ一切考慮シナイ! だからアメリカ人としては何度でも同じ事ヲ繰り返ス! アメリカにトッテは韓国も日本も同盟国ダ! 同盟国同士の領土問題でアメリカ政府がどちらか片方に付く訳ニハいかナイ!」


 もはや残された戦術は定番中の定番、〝無限ループ戦術〟しかないリベラルアメリカ人支局長であった。

 

「この不都合をあくまで〝特殊事例〟として個別に処理し、『日米安全保障条約は未だ破られていない』ことにしたい、という希望ですか」天狗騨はずけりと言った。しかし議論はここで行き止まりかと思われた。が、彼にはなぜか未だ余裕がある。

「しかしアメリカ合衆国には敵国と戦っている同盟国をも見殺しにしたという実績もあるのですよ」

 天狗騨がまるで効いていないとしか思えない調子で次の口上を述べ始めた。

 リベラルアメリカ人支局長には天狗騨が次にいったいどういう手で来るのかまったく読めず目を白黒させるのみ————

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