第九十一話【〝日本の安全保障〟攻勢2  在日アメリカ軍の貢献・編】

『日本の今があるノハ、アメリカが護ってヤッテいるカラダ!』そう啖呵を切ったリベラルアメリカ人支局長。そしてさらに噛み付くように叫ぶ!

「ジュゴンを理由に辺野古埋め立てニ反対するのナラそれもいいダロウ。その代わり普天間飛行場はそのママダ。それハ沖縄の人々を危険にさらし続ケルことダ!」


 しかし天狗騨記者、〝なにを言っている?〟といった顔をした。やおら口を開く。


「海洋性ほ乳類ジュゴンを護るために辺野古の埋め立て工事を中止するというのは、あなた方欧米人、いや、故にそうなるのです」


 天狗騨は敢えて〝白人〟という非常に挑発的なもの言いをした。

「——あなた方の価値観を護るためのしわ寄せを日本人に押しつけることは許されません。あなた方の価値観に拠って中止にするのですから、普天間飛行場は無条件で日本に返還されなければなりません」


「無条件ダト?」

 これほどまでに厚かましい日本人に、初めて遭遇したリベラルアメリカ人支局長であった。

「——デハ海兵隊はどこへ行くノダ?」


「グアムでもサイパンでも本国でも。どうしても日本に置きたいというのならアメリカ空軍に相談し、取り敢えず嘉手納基地へでも統合したら良いでしょう」

 なにひとつ遠慮も配慮も感じさせず天狗騨は言い切った。


「それハ『普天間合意』を反故にスルという意味ダ!」


「それは辺野古の海の埋め立てを容認するという意味の合意です。こちらとしては埋め立てさせないつもりなのだからその手の〝脅し〟は無意味です」


 アメリカ人に向かって面とは口にしないまでも、内心このように考えている日本人はいると、リベラルアメリカ人支局長もそういう話しだけは聞いていた。しかしアメリカ人からしたら『この手の日本人は世間知らずの愚か者に過ぎない』、そういう価値観だった。


「海兵隊の基地を潰シその後何が起こルカ想像力が無いラシイ!」

 リベラルアメリカ人支局長はこれでもまだ言い足りなかったのか、

「それで」と続行で詰問を始めた。彼は〔アメリカ軍が駐留しているからこそ日本は安全な状態が維持できている〕のだと、そう心底から信じている。


 天狗騨は僅かに眉根を寄せた。この流れは〝話しの方向性が違う〟のである。


 天狗騨は『』と考えている。だからロシアや中国、北朝鮮が日本に対してなんらかの軍事行動を開始した場合、〝どうやってもこうやっても最終的には日本人の力でどうにかするしかない〟という結論は出ているのである。

 そしてASH新聞記者にしては珍しく彼には〝腹案〟もあるのだが、こんな場所でそれを開陳しても『ぼくのかんがえたさいきょうのじえいたい(僕の考えた最強の自衛隊)』にしかならず、極めてバカバカしいテーマで空想的話しをするだけに堕ちてしまう。


(アメリカ人は『アメリカ軍がどれほどの負担をして日本を護っているか』という負担感をまず語り、『アメリカ軍がいることがどれほどありがたいか』と来る。どうしても日本人に〝恩を着せてくる〟ということか——)天狗騨は苦々しく思った。


(実際のところ、在日アメリカ軍がどれほど日本に貢献するかは、というのがあるべき解の筈なのに、決してそうはならず、なにもしていないうちから〝貢献していることになっている〟のはおかしい——)


(その程度の〝安全保障的貢献〟でこれまで日本がどれほどの譲歩をさせられてきたことか——)


(『北朝鮮の核問題があるから、イラク戦争で日本は対米協力せざるを得ない』という理屈で、ブーツ・オン・ザ・グラウンド。どこが戦闘地域かどこが非戦闘地域か解らないのに自衛隊をイラクに出してしまったのがこの日本政府だ——)


(——百歩譲ってそれで北朝鮮核問題が解決したのならその判断に成果があったことになり、むげには批判できない。が、イラク戦争に協力しても結局北朝鮮核問題なんて未だに解決してないじゃないか!)


(『誰がお前を護ってると思ってんだ? 護ってんだから俺の言うこときけよ』byUSA

 ——日本はいっつもこのパターンだ。しかもこの〝俺の言うこと〟は安全保障関連の問題に限定されない。あらゆる分野に拡散し、調なのだ——)


 天狗騨がASH新聞記者にしては珍しく〝日本の安全保障〟を忌避しない理由は正にこの点にこそあった。


(『アメリカにも雇用の問題がある』と言われればかろうじてだが外圧による〝経済的譲歩〟の方については納得もできよう。が、アメリカがより利益を上げるために日本に〝構造改革〟を要求しやらせたのは許し難い! 日本にも雇用の問題があるんだぞ!)


(日本の貧富の格差の問題は非正規雇用制度の緩和から始まっている。これこそがいわゆる『改革』だった! 『構造改革』だ!)


(国民だってバカじゃない。もう政治家が『もっと改革を!』と言っても郵政民営化を争点としたあの選挙の頃のような熱狂は来ていない。もう『改革』に疲れてウンザリしているのだ)


(だが熱狂は無くとも安全保障を人質に取られた状態だけは現状維持のまま。アメリカからいいようにガイアツをかけ続けられ、日本の国民を不幸にするだけの〝改革〟は今後も強いられ続ける。 日本が安全保障の問題から目を逸らし続ければ、これはこれからも続いていくのだ——)



 天狗騨は『在日アメリカ軍がどれほど日本に貢献するかは、有事が起こっていないのだから解らない』と考えられる希有な日本人であったが、反面、有事が起こらない限り『役に立たない』とも証明できない理屈である。

 だがしかし、〝外国による攻撃〟とは別種の有事は既に起こっていた。東日本大震災である。


 福島第一原子力発電所が津波を被り冷却機構を失ったことにより爆発事故を起こした。その結果『外国の軍隊が有事の際にどれほど日本の役に立つのか』、その限界が見えてしまったのだ。

 それについては既に天狗騨が左沢政治部長に向かって言っていた。『三陸沖原子力空母ロナルド・レーガン事件』である。アメリカ軍を象徴する最強の原子力空母が放射能を怖れ逃げ出し、しかも後日乗組員が『日本のせいで放射能を浴びたぞ! 日本は賠償しろ!』と裁判を始めたのである。

 天狗騨は日本人とアメリカ人双方を指弾したい気分だった。

 日本人に対しては『この厳しい現実を直視しろ!』、

 アメリカ人に対しては『都合の悪いことを〝忘れた〟で済ませるつもりか!』、であった。


 にもかかわらず、『リベラル』を標榜しながらも典型的なアメリカ人である眼前のリベラルアメリカ人支局長は『アメリカが日本を護ってやっているから日本は安全なんだ』と恩を売り、『アメリカ軍無しにどうやって国を護るつもりか説明してみろ』と凄んでいる。


 だが天狗騨は己を奮い立たせる。

(この目の前のアメリカ人は、俺が〝靖國代替施設を非難している〟と勘違いして乗り込んできた。つまり〝日本の過去の歴史問題〟でやり合おうとしてきたのを、期せず安全保障の話しに持って行けたのだ。俺はこれを前々からアメリカ人にぶつけたかったのだ。ここで押し切られては今までの闘いが全て無駄になる)



「どうシタ、テングダ、やはり答えなど無いのダロウ?」勝ち誇ったような顔でリベラルアメリカ人支局長が口にした。


(ふん、誰がそんな土俵になど乗るか。〝ぼくのかんがえたさいきょうのじえいたい〟について喋るつもりなどこっちには無い!)


「あなたは『どうやってロシアや中国、北朝鮮から自分達の国を護るつもりか?』と問いましたね?」いよいよ天狗騨が語り出した。


「そうダ!」


「しかし一方的に日本側にだけ問う設問はフェアではありません」


「質問ニ質問で返すツモリカ?」


「〝互いに質問し合う〟、と言って欲しいですね。あなたは『ロシア・中国・北朝鮮』の三カ国の名前を出しました。この三カ国は核保有国です。さて、これらの核保有国からアメリカ軍はどうやって日本を護るのですか?」


「『核の傘』ダ! 記者の端くれナラこれくらいは常識ダ!」


「では日本がそれら三カ国のいずれかから核攻撃を受けた場合、アメリカ合衆国は日本を護るためになにをしてくれますか?」


「その質問は〝ナンセンス〟ダ! そもそもアメリカ軍がいるからコソそれらの三カ国から核攻撃を受けてはイナイ!」


「これまでがそうだったから、これからもそうだ、とは言えません。『核の傘』に言及した以上問われるのはその中身です」


「ミサイル防衛ダ!」


「ほぼ〝皆さん〟そういう解答になるので私も同じ事ばかりを言う羽目になるのですが、百発百中で当たりませんね? 核である以上一発でも撃ち漏らしたら意味が無いですが」


「汚いゾ、テングダ! なぜお前ガ質問側に立ってイル? 今度は俺が問うガ、お前ハアメリカに何をして欲しいノカ答えろ!」


「報復核攻撃です。ロシアにせよ中国にせよ北朝鮮にせよ、その国民は核兵器によって死ぬべきでしょう」


「オッ、オオオオオオオお前ハ〝被爆者の思イ〟を踏みにじったのダゾ! 


「ああ、そういう〝手〟できますか。しかし私は『ミサイル防衛は百発百中ではない』、という現実から論理的に答えを導き出しただけです。例えばです、日本人全ての意見が『使』に統一されたとしましょう。この状態で日本が核攻撃を受けた場合、『核兵器を使用してはならない』という意見は変わらないでしょうか? 人間には〝憎しみ〟という感情があるのですから、仲間が殺されたら当然『核で報復しろ!』という意見が圧倒的優勢となります。さて、問題はこの後です」


 天狗騨は一拍の間をとる。


「——しかしアメリカ人としては『日本のためにアメリカを核戦争に巻き込むことは許されない』というのが本音じゃないですか?」


 言われたリベラルアメリカ人支局長は立ちすくむ。


「その際、『日本人はあれほど〝核兵器を使用してはならない〟と言っていたのに、今は〝使用しろ〟と騒いでいる。なんと卑劣な奴らだ。彼らは己の口がこれまで世界になんと言ってきたか自覚した方が良い』と言うアメリカ人が出てきますね。そう言って報復核攻撃をしないことの正当化を始めることでしょう」


「それは一部ニハそうした意見もあるのカモしれナイ」


「いいえ、あなた方アメリカのマスメディアの全てですよ。あなた方ならきっとそう言います」


 リベラルアメリカ人支局長もそのアメリカマスメディアの一員である。その当事者に向かってある種の最大限の侮辱をしてみせた天狗騨だった。なにしろ彼は〝日本軍慰安婦問題は追及するが米軍慰安婦問題は追及しない〟アメリカメディアに『良心など無い』と、既にそういう結論を出しているからこそ言えたのである。

 一方のリベラルアメリカ人支局長の方は、というと実際『日本が核攻撃された! アメリカは核を撃て!』という記事を書けるかというと、書けそうもない。いや、そもそも書きたくなかった。仮定の話でも書いたことも無い。

 故に痛いところを突かれたリベラルアメリカ人支局長はただ歯ぎしりをするのみ。


「全体主義というのは脆いものです。どんなに良いことを言っていそうでも社会に〝単一の価値観〟しか存在しないと、核攻撃を受けた被害者にさらに鞭を打つようなネガティブキャンペーンを受ける余地の存在を許すことになる。しかし、『』という私のような意見が社会に存在していたなら、間違っても『彼らは己の口がこれまで世界になんと言ってきたか自覚した方が良い』などというネガティブキャンペーンは実行不能となります」


「まさか、『日本は核武装スベキ』と言い出すツモリカ?」


「一足飛びにそこには行きませんがね。そこはアメリカ政府の政策次第でしょう。私がこんな話しをした理由は一つです。実はアメリカも『』、その考えが無いんじゃないですか? 今の話しで私はそれを確信しました」


「そっ、それは前提がソモソモ間違っテイル! 『核攻撃を受けた』とイウのは護れなカッタ後とイウ話しではナイカ!」


「しかし〝数〟の問題は厳然としてあるでしょう。核兵器を使用してもアメリカ合衆国の方から核が飛んでこないのではリスクゼロです。何発でも撃てます。第二波、第三波を防ぐというのは〝護る〟を意味します」


 そう言った後天狗騨はとどめを刺しにかかっていた。

「自分達に答えが無いのに他者にだけ明確な答えを要求する行為は卑劣です」そう、ずけり、と言ってのけた天狗騨だった。



 リベラルアメリカ人支局長はこうして沈黙してしまった————

 天狗騨という日本人に『どうやってロシアや中国、北朝鮮から自国を護るつもりか?』と問うたら、天狗騨からは核兵器を持ち出された上で『どうやってロシアや中国、北朝鮮から日本国を護るつもりか?』と問われたのである。


 結局のところ、アメリカ人も最悪の事態を想定した上での『どうやって?』の答えなど、持ち合わせたくない、というのが天狗騨記者によって暴露されただけのオチとなった。

 リベラルアメリカ人支局長が切り札だと確信した〝札〟はこうして敢えなく相殺され、ドローゲームとなってしまったのだった。



「『能力があること』と『意志があること』はどちらかが欠けていても無力、だということです」天狗騨が語り出した。完全に話しを切り替えてきた。


 このことばの意味は『どうやって?』から『大局的な視点』への移行を意味していた。

 〝安全保障〟についてのやり合いでリベラルアメリカ人支局長に出鼻をくじかれた天狗騨だったが、いよいよ己のペースで始めたのである。

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