第八十九話【なぜだか突然〝イスラエル・ユダヤ〟攻勢(番外編)  或るユダヤ人の暴走・編】

 それは2013年の夏のことだった。

 が彗星の如く登場し、天狗騨記者すら縛っていた〝常識〟を鮮やかに破壊してみせた。その〝現場〟はやはりと言うべきか、インターネットの中、SNS上であった。


 広島と長崎に落とされた原爆について、『日本による侵略行為の報い』と書き込む。


 広島と長崎での平和式典について、『独善的でうんざりだ』と書き込む。


 そして彼は〝日本人が誰を追悼すべきか〟についてまでわざわざ示してみせた。

 『日本が追悼すべき相手は、帝国主義の犠牲となった中国人、韓国人、フィリピン人らだ』と書き込む。


 天狗騨記者を驚嘆させたのはこれらの発言は匿名ではなく、実名で発信されたことである。これはその発言内容について発言した本人に、微塵も『差別をしている』という後ろ暗さが無いことの証明であった。

 その上さらに天狗騨を驚愕させたのは、この発言をしたユダヤ人がその辺の有象無象などではなく、まもなくイスラエル共和国首相府の〝インターネットを使った広報戦略担当の責任者〟に任命される予定の、そうした人物による発言だったことだった。


 この一人のユダヤ人の行動が天狗騨記者の目から鱗を落とした。


「なんだ、ユダヤ人といったって普通の人間ではないか」と。

 むろんこの〝普通の人間〟とは、良い意味で使ってはいない。


 天狗騨は思った。

(ユダヤ人は『歴史!』、『歴史!』とどれだけ詳しいのかというくらい〝歴史〟という語彙を好んで使うが、偏っている。そしてぜんぜん詳しくない)と。


(確かに中国人とフィリピン人は帝国主義の犠牲となった。しかしこのユダヤ人はイギリス、ロシア、アメリカに対しても『犠牲者の追悼をすべき』と注文をつけたことがあるのだろうか? 攻撃対象が日本人限定ならば典型的人種差別主義者の発言パターンだ)


(そして韓国人が帝国主義の犠牲となったかどうかは、実は微妙だ。たぶんに〝犠牲〟の意味を〝人の死〟と定義しているのだろうが、そのように定義した場合、無血で日韓併合をしてしまった日本の韓国支配よりも、第二次大戦後、共産主義者の始めた戦争こそが多くの韓国人の命を奪った。韓国人人口が日本の統治時代におよそ2.4倍になったことを考えると韓国人は帝国主義の犠牲者ではなく共産主義の犠牲者だろう。ユダヤ人はユダヤの歴史に詳しいだけで他の国や民族の歴史については無知だ)


 そして天狗騨はこうも思った。


(『広島と長崎に落とされた原爆は日本による侵略行為の報い』、という価値観はアメリカ人や韓国人の価値観と全く同じだ。仮に〝侵略行為〟が核使用の大義名分になるのなら、同じ理屈を使ってアメリカ合衆国やイスラエル共和国に対する核攻撃にも大義があるという理屈になる。イラク人やパレスチナ人には『将来的に彼らは核攻撃という報いを受ける義務がある』と言う権利があるだろう。しかしアメリカ人やユダヤ人にはそんな覚悟は無く、そんな〝報い〟など決して容認しないに違いない。とどのつまりアメリカ人やユダヤ人は『日本人ならば核兵器による大量虐殺は正当化される』と言っているのだ)


(なんのことはない。言っていることは『大量虐殺が正当化される民族がいる』ということだ。これこそ正にナチスの論理だろう。アメリカ人やユダヤ人こそがナチスの思想の継承者だった)


(そしてその同じ口は一方で『世界はユダヤ人の大量虐殺を許してはならない』と曰う)


(さて、これに他の民族がどんな思いを抱くか……)


 天狗騨は政府高官に就任予定だったとはいえ、たった一人のユダヤ人の本音の吐露をもってこれをユダヤ人全体に当てはめるようなことはしない。それ故リベラルアメリカ人支局長相手にもこのネタは封印し続けているのである。


 ただし、これまでと同じようにユダヤ人団体をのである。

 天狗騨はユダヤ人やユダヤ人団体を買いかぶっていた。


(人間の過去の歴史上、古代や中世において大量虐殺はしばしば起こってきた。しかしそれらは専ら戦勝者がその略奪欲を満たすため戦敗者に対して起こしたもの。進歩主義史観では近代国家はそんな野蛮なことはしない、と思われていた。現に『戦争にもルールがある』ということにして〝近代国際法〟という概念が発明された。ところがナチスドイツがそうした幻想を完膚無きまでに打ち砕いた。近代国家になってもやってる行為は同じ、人間は進歩してはいなかった)


(しかし、表面上の行為自体は同じでも妙な具合での進歩(?)だけはしている。ナチスドイツのユダヤ人大量虐殺は戦勝だとか戦敗だとかとはまったく別の次元で行われていた。ナチスドイツはユダヤ国という国と戦争をしていたわけではない。戦争という社会の異常な状態を故意に造り出し虐殺という行為が目立たぬようカムフラージュしたような節さえある)


(或る国家の中枢が自国内、自国勢力圏内にいる特定民族を『気に食わない民族』だと断定した場合、国家間の戦争とは関係無く虐殺が起こる。ユダヤ人達は世界の先頭に立って啓蒙活動をしている……んだと思っていた)


(それが『広島と長崎に落とされた原爆は日本による侵略行為の報い』ではな、政府高官候補なのに思考が『戦争にもルールがある』という段階にすら達していなかったとは)


(結局ユダヤ人もだったんだなぁ……)


 天狗騨の考えた〝普通の人間〟とは要するにこういうことだった。

 で、あればユダヤ人団体を神聖視する必要ももはや無い。彼らも普通の人間である以上は間違った事も言うし、やる。

 それに対し『あなたはおかしいですよ』と言うことをためらってはならない、と思い至ったのである。



「お前ハ辺野古の海を埋め立てるコトニ反対しテイル! アメリカ海兵隊の基地を潰そうとする行為ハ日本の安全に貢献して来タアメリカの苦労を蔑ろにスル行為に他ならナイ!」リベラルアメリカ人支局長が唐突に妙なことを叫びだした。


「それがジュゴンのいる海を埋め立てて良い理由になるんですかね? あなたにはSSやハリウッドの連中が日本の安全のために辺野古埋め立てをスルーしているように見えるんですか?」


「俺は日本人とシテどうカ? と問うてイル!」


(要するに日本の安全保障を人質にとった上で日本人の口を塞ぐというアメリカ人お決まりのパターンか……)

「もはやユダヤ人団体ネタも尽きたということですね」天狗騨が無造作に口にした。


「フン、むしろ〝SSCS〟が辺野古のジュゴンに口を出さないノハ日本人とシテ僥倖と言うベキだロウ!」


「別に思いませんけどね、逆に口も手も出して辺野古のジュゴンを護るべきでしょう。もちろん対象は代替の海兵隊基地を要求するアメリカ政府です。それをしないからSSなんですよ」と天狗騨がやり返す。


 この天狗騨のふてぶてしい態度にリベラルアメリカ人支局長が反応した。


「なにガ〝護る〟ダ! 護るナラ、ジュゴンよりも日本じゃナイノカ?」


「言ってる意味が解りませんが」


 と言っているンダ!」

 これこそアメリカ人の対日本人の切り札である。ただし、こうした本音を公然と口にする者は珍しい。


「さて、それは〝驕り〟というものじゃあないですか」と天狗騨は応じた。まったく〝切り札〟が切り札になっていないかのような物言いだった。


 その言い様にもまた腹が立ったが、(ようやく不利な話しを終わらせることができた)と内心リベラルアメリカ人支局長はほくそ笑む。そして、

(まんまと話題を切り替えた以上は安全保障でこれまでの鬱憤を晴らしてやる)と気分を切り替えた。完全にキル・ゾーンに敵を誘引した気分だった。


 『日本が盾、アメリカが矛』。日本は安全保障をアメリカ合衆国に依存している。この〝保障〟を人質に取った場合、日本人はアメリカに対する反抗を停止するのである。

 ただし、相手が天狗騨でなければ……の話しだが。

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