第八十八話【なぜだか突然〝イスラエル・ユダヤ〟攻勢7  辺野古のジュゴンの悪夢・編】

 アメリカのユダヤ人団体はアメリカ社会において〝アメリカンリベラルの良心〟ともいうべき存在である。少なくともリベラルアメリカ人支局長はそう信じている。

 だが今、『そうしたユダヤ人団体が日本人を攻撃する一方でSS(ナチス親衛隊)を名乗るアメリカの団体を放置しているのは合点がいかぬ』、と天狗騨記者に責め立てられている。

 このままではアメリカのユダヤ人団体は単なる日本人差別の組織となり、アメリカ社会はナチスの価値観の流布を放置する社会になってしまう! という、アメリカ人にとっての恐るべき危機が訪れていた。


 『SSを名乗っていても環境保護団体なのだ!』と苦しく言い訳めいた音声をリベラルアメリカ人支局長の口は放出したがあっさりと天狗騨に否定されてしまう。

『SSを名乗る環境保護団体が環境保護団体でないことは簡単に証明できますが』と宣告されたのである。


 天狗騨記者の〝この言〟のを、リベラルアメリカ人支局長は一瞬で弾き出せた。これは彼が一瞬で考察を終えたという意味ではなく、瞬間的に昔聞いた話しを思い出したのである。


(ジュゴンが来る!)これがその答えだった。


 敵の思考が読めたのなら反撃は容易いだろう、と思いきやあに図らんや、ことはそう単純ではない。敵の出方が読めても尚、反撃は極めて困難であった。


 リベラルアメリカ人支局長は、(むろんニューヨークのリベラル系新聞の)から聞いた話しを咄嗟に思い出していたのである。



 駐日アメリカ大使は定期的に東京在住のアメリカ人の名士達を一堂に集めパーティーを開く。パーティーなどと言っても単なる懇親会ではない。その内実は内輪の情報交換会なのである。場所が場所だけに必然交わされる情報は〝日本について〟となる————




 その当時の駐日アメリカ大使はアメリカ合衆国の政治の名家・K家の御令嬢(とは言っても50は過ぎていたが)ということも手伝い、パーティーは常に大盛況だったとのことである。ニューヨークのリベラル系新聞の東京支局長ともなると招待状の宛先名簿の中に当然その名前が入っている。その日も彼は会場にいた。


 そのパーティーの席で大使が前々東京支局長にこうこぼした。


「近頃日本の記者から嫌がらせを受けている」と。


 驚いた前々東京支局長がその記者の素性について「ゴロツキのフリージャーナリストかなにかか?」と大使に問うと、「ASH新聞の記者を名乗った」という。


 ASH新聞といえばその東京本社社屋にニューヨークのリベラル系新聞の東京支局が入っている。日常的にすぐ傍に脅迫者がいるということになる。


 これを聞いてさらに驚いた前々東京支局長がその中身について子細を尋ねると大使は、

「SNSがきっかけだった」とまず口にして、「日本の和歌山県の太地町のイルカ猟について非難めいたことをつぶやいてしまったためにこうなっている」と結んだ。


 前々東京支局長がそのことばに憤った。

 だいたいにおいてリベラル系アメリカ人は日本のイルカ猟にネガティブな感情を持っている。これを禁止に追い込むのが〝人間の良心〟だと固く固く信じている。

 当時のアメリカはリベラル系が政権を執っていて、それ故むろん駐日アメリカ大使もリベラルなアメリカ人だった。そして当然ニューヨークのリベラル系新聞の東京支局長はリベラルであるから彼は『仲間が理不尽な攻撃を受けた』、としか思わない。


「我々が味方しますからその不埒な記者を謝罪に追い込みましょう。ASH新聞なら同じビルの中です。私が直接行ってもいい!」と前々東京支局長は支援を強く申し出たが、大使は首を振った。「これは誰かに聞いてもらうだけでいい単なる愚痴ですよ。くれぐれも感情の赴くままに行動しないよう」と前々東京支局長は逆に念を押されたのだった。


 大使のその様子に益々憤った前々東京支局長は、

「日本人はすぐ『伝統だ』と言うが、今この現代においては野蛮でしかないのですから、彼らの言う〝伝統〟に我々が屈服する必要は無いんですよ!」と日本人の攻撃パターンを読んだ上で断言してみせた。


「そういうパターン化された主張なら簡単なのです。その記者はを使ってきましてね。だからやっかいなのです」


「〝我々の論理〟? どういうことです?」


「『』と言ってきたのですよ」と大使は答えたのだった。


「〝じゅごん?」


「辺野古の海にいる、ということです。アメリカ海兵隊基地の建設予定地の海です」


「動物ですか」


「そう。動物です。と、その記者はそう言っているということです」


 それまでの沸騰が嘘のように自身の顔が蒼くなっていくのを前々東京支局長は感じたという。


「まさか……『イルカを守れ』と言ったからには……」


「そうです。同じ海洋性ほ乳類である『ジュゴンも守れ』と言わないのはおかしいと、アメリカの利益のためにそれが言えないのであればあなたは人種差別主義者だということになると、そう言って取材を申し込んできましてね。幸い一記者の暴走のようでしたのでもちろん相手にしないのが一番良い対処法です」


 駐日アメリカ大使にアメリカ海兵隊基地の建設阻止命令を出させようと企んだ日本人記者がいる——この時点で前々東京支局長の行動はすっかり沙汰止みとなった。


使」前々東京支局長が苦々しく吐いたこのことばは現東京支局長であるリベラルアメリカ人支局長の胸に深く刻み込まれている。



(聞けば大使が離日するまで『太地町のイルカと辺野古のジュゴン』と言って執拗に取材を申し込んでいたというが、まさかその問題の記者とは……)


(『慰安婦がいたのが確実でその慰安婦が悲惨な証言をしている、だから日本は謝らなくてはならない!』このかつてアメリカ人の口から出た主張をそっくりそのまま使って逆にアメリカ人を攻撃してくるこのやり口……間違いなくテングダの戦術だ!)


(——コイツの風貌は30代後半といったところか。過ぎ去った歳月から逆算して……コイツは入社直後からそういう言動をしていたというのか?)


 リベラルアメリカ人支局長は目の前にいる一人の日本人の異常性を改めて認識せずにはいられなかった。

(コイツはまともな日本人じゃない!)

 日本人とは脅せばなんでも言うことをきくイージーな相手、論破するのに容易い温和しい人間達の集合の筈だった。こういう日本人のことを〝まともな日本人〟と彼は呼んでいた。


(こんなところで『辺野古のジュゴン』を持ち出されたら完全にアウトだ)


 シー・シェパードはこのアメリカ大使と同様、和歌山県太地町のイルカ猟については非難を加えたが辺野古のジュゴンを守るためになんらの活動もしていなかった。ここを天狗騨に突かれたら最後である。

 これらが一瞬の間にリベラルアメリカ人支局長の頭の中を走り抜けた。とにかく天狗騨記者が口を開き〝ジュゴン〟と音を発する前になんとしても片を付けねばならなかった。

(やるべきこと! それはテングダによって「同じSS」としてくっつけられてしまったシー・シェパードとナチス親衛隊の分離!)



「シー・シェパードは〝SS〟ではナイ!」突如リベラルアメリカ人支局長が叫ぶような大声を解き放った。


「いや、〝シー〟も〝シェパード〟も頭文字は〝S〟でしょうが」天狗騨が眉間に皺を寄せながら言った。


「シー・シェパードは厳密には『Sea Shepherd Conservation Society』と言ウ、アメリカの短縮略名ハ〝SSCS〟ダ! 日本人ガ〝SS〟と呼ぶのは間違っテイル!」


「……あなたは遂に頭が壊れたんですか? 最後に〝CS〟をくっつけても頭は思いっきり〝SS〟のままですよ」


「しかしダナ——」


「しかしもなにもありません。下に〝CS〟をくっつけてごまかそうとしてもナチス親衛隊と同じチームカラー、同じシンボルマーク! しかもシェパードはヒトラーの愛犬です! アメリカ人ならアメリカ人らしくアメリカの国鳥であるイーグルにしてたなら〝SE〟になった。そうさっき言ったばかりじゃないですか! 〝SECS〟ならなお疑いを差し挟む隙すら無かった!」


「人の話しの腰を折ルナ! 〝SSCS〟と言っタラ〝SSCS〟なのダ! 〝SS〟と呼ぶ者に悪意がアル!」リベラルアメリカ人支局長は必死に〝SSCS〟で粘り押し続ける。


「言いたいことは〝悪意がある〟だけですか」


「悪意がアルからアルと言っているノダ!」


「和歌山県太地町の人々からしたらあなた方のようなリベラルなアメリカ人こそ悪意の塊でしょうね」


「なんダトッ!」


「あなたの言っていることはこの程度だということです。言わせてもらうとその〝CS〟の〝C〟なんですがね、『Conservation』には〝環境保護〟の意味があるんですよ! 辺野古の海を埋め立てジュゴンの餌場を奪う行為は完全な環境破壊なのにどうして環境保護を謳うシー・シェパードはアメリカ海兵隊のための辺野古埋め立てに反対し抗議して日本人にしたようにどんな手段を使ってでも潰そうとしないのですか⁉ 正に狙うのは日本人だけ。明らかな似非環境団体! 日本人を差別するために結成された人種差別団体です。彼らのこうした行動から〝シー・シェパード〟はナチス親衛隊を模して付けた名前と断ずるほかありません! 名は体を表す! 彼らはやはり〝SS〟なのです!」天狗騨は一気怒濤にまくし立てた。


 リベラルアメリカ人支局長の〝SSCS〟攻撃はあっという間にここに頓挫した。


 クジラやイルカをなんのために獲るかといえばその最終目的は〝食べるため〟だったりする。一方で辺野古のジュゴンは、というとアメリカ人は獲っては食べない。そういう意味でこれらを一緒にするのは多少強引ではあるのだが、シー・シェパード自身が『Conservation』を団体名に含めているため実にスムーズに辺野古のジュゴンに結びつけられたのである。

 シー・シェパードのことを〝SSCS〟と言ってみても、却ってやぶ蛇となっただけだった。かくしてリベラルアメリカ人支局長の予測通り〝ジュゴン〟は持ち出されたのである。こうなればもはや天狗騨は止まらない。


「まして。彼らシー・シェパードの口が吐いた行動原理が真実の行動原理なら守るべき対象です! シー・シェパードはいったいいつアメリカ政府と戦うのですか? 私としては日本人に対してしたようにもうもうと煙の出る武器などを投げ込みアメリカ政府と戦わねばならない!」


 シー・シェパードがそんなことをする筈もなかった。故にもはや弁護は著しく困難に陥るしかない。正にリベラルアメリカ人支局長はグロッキー状態。


「あなたがいくらシー・シェパードを擁護したくともこの団体は環境保護団体などではないことは証明できました」


「……」


「これは環境団体のフリをした人種差別団体! つまりユダヤ人団体がこの〝SS〟を名乗る団体に攻撃を仕掛け潰さないのは不自然なことなんですよ!」天狗騨は二度も念を押すように断定した。


「……」


「このままだとシー・シェパードこと〝SS〟が偽の環境保護団体であるのと同じく、アメリカのユダヤ人団体はユダヤ人の名を騙る偽物の団体だと確定しますよ!」



 中道キャップは舌を巻いた上にもう一度巻いた。

(ユダヤ人団体には〝SS〟を名乗るシー・シェパードを攻撃する義務があり、シー・シェパードが〝SS〟でないと言うのならアメリカ政府や海兵隊を攻撃しなければならない、と来たか!)


(ただでさえ分断しているアメリカをさらに分断させようとするとは、天狗騨、お前って奴は……)

 中道キャップは不謹慎を自覚しながらも内心シビレていた。



「そうそう、2009年でしたか、アメリカのハリウッドが『ザ・コーヴ』という和歌山県太地町のイルカ猟を攻撃した映画に『アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞』を与えたことも忘れてはなりません。そうした映画の制作者やその賞賛者達もまた『海洋性ほ乳類を守れ!』と言っていた割に『辺野古のジュゴン』についてなにもアクションを起こしていませんね。彼らも〝SS〟と同じ価値観を共有している!」


「ハリウッドまでもガ差別主義者だと言うノカ⁉」


「ユダヤ人団体だけを非難すると〝反ユダヤ主義〟のレッテルを貼って発言者の悪魔化を謀るんでしょう? アメリカ人は。その道を塞ぐためには他も非難してみせる必要があるんです。むしろそうした他ケースが容易に見つかってしまうことをアメリカの社会問題と認識すべきでしょう」


 必死になって事態を沈静化させようとする日本人の習性からしたらあり得ない回答を天狗騨はした。攻撃の拡大を一切ためらわないのである。


「もしこのままアメリカのユダヤ人団体が〝SS〟を潰さないのであれば、ハリウッドともどもカリフォルニアの悪しき伝統をこの現代に保存する邪悪な団体となりますよ!」


「なんダ、その〝カリフォルニアの悪しき伝統〟というノハ」


「『合衆国憲法修正第14条第1節』の話しを私はしましたよ。これに違反する州法をカリフォルニア州が造りました。日系二世というれっきとしたアメリカ人の土地所有を禁じた違憲立法を成立させてしまったのがカリフォルニア州です。ハリウッドはこの州にあります。そしてアメリカのユダヤ人団体もこの州が本拠地ですね。昔からの日本人人種差別州カリフォルニア。しかし今だって中身は同じです。『日本軍慰安婦問題』しか糾弾しない慰安婦像が多数建つのもカリフォルニア州です。彼らはカリフォルニア人は『米軍慰安婦問題』を一切問題にしない!」


 改めて触れておこう。

 天狗騨の言った『合衆国憲法修正第14条第1節』は1868年に成立している。条文の中身は、

『アメリカ合衆国で生まれ、あるいは帰化した者、およびその司法権に属することになった者全ては、アメリカ合衆国の市民であり、その住む州の市民である。如何なる州もアメリカ合衆国の市民の特権あるいは免除権を制限する法を作り、あるいは強制してはならない。また、如何なる州も法の適正手続き無しに個人の生命、自由あるいは財産を奪ってはならない。さらに、その司法権の範囲で個人に対する法の平等保護を否定してはならない』というもの。


 これがいわゆる〝出生地主義〟という制度で『アメリカで生まれたらアメリカ国籍が付与される』という主義のことである。


 1920年、この憲法に違反する違憲立法な州法がカリフォルニア州で制定された。その中身は『日本人移民の子どもについても土地所有を禁じる』というもの。違憲立法且つ全米初の日本人差別法を造ったのがカリフォルニア州だと天狗騨は改めて指摘してみせたのである。


「あなたが何を言おうとアメリカのユダヤ人団体は日本人には『反ユダヤ主義を許さない!』とアイドル歌手のステージ衣装にまで圧迫を加えてきました。一方で公然とSSを名乗っているアメリカの団体を反ユダヤ主義とは断定しない! 攻撃対象が日本人限定では正に〝ザ・カリフォルニア〟としか言いようがありません。『海洋性ほ乳類保護』や『反ユダヤ主義を許さない』などもっともらしく飾り付けても誰を叩くか、誰を叩かないかで容易にその正体は露わになる。現状アメリカのユダヤ人団体は日本人人種差別伝統の地カリフォルニア州で誕生した邪悪な団体なんですよ!」


「ユダヤ人を邪悪と言っタナ!」


「日本人ならいくらでも差別していいが、ユダヤ人差別だけは許さないということですか?」


「ヌッ!」


「もうことばはいいんですよ。必要なのは行動による証明です。もはや実践が求められている段階です。アメリカのユダヤ人団体が日本人差別団体でないというのなら、SS(シー・シェパード)を潰し、その支援者達をも謝罪と反省に追い込む行動が必要なんですよ! SSはずいぶんとアメリカ社会から寄付金を集めたというじゃあないですか。SSを名乗る団体に寄付するアメリカ人達。彼らには反ユダヤ主義者の嫌疑がある。本物のユダヤ人団体なら決して放ってはおかない筈です!」


 リベラルアメリカ人支局長の口からはぐうの音も出なくなった。


 天狗騨記者は『外国人による日本人差別許さない!』と主張できる人間であった。日本の他の有象無象のリベラルとは違い、キッチリと日本人差別も追求できる人間なのである。ユダヤ人団体相手にすらもそれができた。しかしそんな彼でもそれが最初からできたわけではない。

 天狗騨はBGSJ社が感じたであろうユダヤ人団体に対する〝恐怖〟は持ち合わせてはいなかったが、ユダヤ人団体を非難するという行為自体がなにか気の毒なような気はしていた。そういう意味で天狗騨と言えども元々はどこか日本人的なのである。


 しかしそのリミッターをぶっ壊してくれた一人の人物がいた。それは他ならぬユダヤ人だったのである————

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