第八十七話【なぜだか突然〝イスラエル・ユダヤ〟攻勢6  ユダヤ人団体と〝SS〟・編】

 突然天狗騨記者がきびすを返す。


「待てテングダ、どこへ行ク⁉」その背中にリベラルアメリカ人支局長の声が飛ぶ。


「自分の机です。コレに目的がありましてね」そう言って天狗騨は右手に取ったタブレット端末を掲げて見せた。


「どういう意味ダ?」


「私は〝記者には手帳〟というトラディショナルなスタイルが好きなんですが、物事を説明するには〝動画〟という手法を使った方が話しが早いということもある」そう言いながら天狗騨が元の立ち位置へと戻って来る。


「なんの動画ヲ見せるツモリダ?」


「見れば解ります」そう言いながら天狗騨は〝ポン ポン〟とタブレット端末の画面を叩いていく。そうしておもむろにタブレット端末の画面をリベラルアメリカ人支局長へ向けた。


 そこには近頃めっきり見られなくなった映像があった。広大な海の上、黒塗りの小型船が大型船に接近しつつ甲板目がけなにかを投げ込んでいる映像だった。全盛期の〝反捕鯨を標榜する環境保護団体〟の活動の記録。日本の捕鯨船から撮った映像だった。それは日本がまだIWC(International Whaling Commission 国際捕鯨委員会)に加盟していた頃のもの。


「どうしてアメリカのユダヤ人団体は〝反捕鯨〟を標榜するこの団体に攻撃を仕掛け潰さなかったのでしょうか?」唐突に天狗騨が口走った。


「それハ『環境保護団体シー・シェパード』ダ! 反ユダヤとはなんノ関係も無イ!」瞬発的に応ずるリベラルアメリカ人支局長。


「ドイツでは〝〟と文字列が連なる車のナンバプレートですら規制され、存在していないんですがね」


「なにが〝ドイツ〟ダ! 脈絡の無い話しをスルナッ!」


「シュッツ・シュタッフェル、日本語訳でナチス親衛隊。短縮表記で『』になる」天狗騨は言った。


 リベラルアメリカ人支局長は〝ハッ!〟とした。天狗騨記者は手早くタブレット端末を操作し画面上になにかを表示させた。それをくるりとリベラルアメリカ人支局長へと示す。


「これはナチス親衛隊の隊服に付いている襟章です。ルーン文字で〝S〟が二つ。つまり『』です」

 〝ルーン文字〟とは古代ゲルマン族の文字でギリシャ文字から変形、発達したものである。


「ぐっ、偶然ダッ!」


「さて、そんな言い訳が通るでしょうか?」天狗騨が冷たく言い放った。

 リベラルアメリカ人支局長は既に天狗騨の言わんとしていることに気がついていた。しかし天狗騨には慈悲は無い。このASH新聞社会部フロアにいる多数のギャラリー(?)にも解るように、わざわざ音声に出して言ってみせた。


「〝シー〟とは海です。頭の文字は〝S〟。そして〝シェパード〟、これも頭の文字は〝S〟。つまりは〝〟。ナチス親衛隊とまったく同じ文字列じゃあないですか。なんでユダヤ人団体がこれを見過ごしているんですか?」


「だから偶然ダッ! お前ハ悪意を持って物事ヲ見てイル!」


「ドイツではその偶然すら許していませんよ。意思を持ち『SS』という文字列になる車のナンバープレートが存在しないようにしている」


「我々はアメリカ人ダ! ドイツ人じゃナイ!」


「ユダヤ人の皆さんは『ドイツ国内の反ユダヤ主義』にだけ神経を尖らせているわけじゃあないでしょう? だから日本の雑誌『マルコポーロ』にも抗議してきたわけです。アメリカ国内の反ユダヤ主義にダンマリを決め込むというのは道理が通りません」


「偶然ダト言っているダロウ!」


「偶然かどうかなど関係無い筈です。あくまでユダヤ人団体の皆さんがどう感じたか、そこが問題の筈です。なにしろ日本人アイドルグループ欅◯46に対し激しい非難を加えた過去があります。私は『SSを名乗る団体にユダヤ人が何も感じないのはおかしい』と言っているのです」


「グッ」


「今あなたの立ち位置がブレてますよ。今までユダヤ人の味方をしてきた筈なのに、突然反ユダヤ主義者の肩を持つとはどういうことでしょうか?」


「環境保護団体は反ユダヤ主義ではナイ! 『SS』になったノハ偶然ダッ!」


「そもそも『偶然だ』は言い訳として通じない筈ですが、それ以前にこのケースは偶然ではありません」天狗騨はそう断ずると再びタブレット端末の操作を始める。そしてその画面をくるりとリベラルアメリカ人支局長の方へと向けた。そこにはナチス親衛隊員のポートレート写真が映し出されていた。


「誰なんダ?」


「注目して欲しいのは人物ではありません。彼の着ている制服の色です」

 そう言うや天狗騨はタブレット端末の画面を弾いた。あっという間に環境保護団体の方のSSの人間達が画面に映し出される。

「ユダヤ人団体の皆さんが欅◯46のステージ衣装に抗議をしたのをきっかけにナチスの制服について勉強しておいたのがこんなところで役に立ちましたよ」そう嫌みめいたことを言った後、天狗騨は訊いた。

「反捕鯨の環境保護団体の皆さんの着ているTシャツの色は何色です?」


「ぐっ、偶然ダッ!」


 しかし天狗騨は再びギャラリー(?)を意識してわざわざ音声に出してみせた。


「ナチス親衛隊の制服の色と言えば黒です。つまりチームカラーが黒だと言える。そして反捕鯨の環境保護団体の皆さんの方は、というとみんなで黒いTシャツを着ている。色が同じ。チームカラーもまた同じということです」


「別ニ〝黒〟は突飛な色ではナイ! お前ハ黒いTシャツがそれほど珍しいノカ?」


「〝黒〟は熱を吸収しやすい色だと言われています。遮る物も無い海上で何日も何日も活動することを考えたら黒以外の色を選択するのが合理的と考えますが」


「そんなモノハ人の勝手ダ! 〝黒〟は汚れガ目立たないノダ! お前ハ黒い服を着ている人間を見タラ全て〝ナチス〟にするノカ⁉」


「その反捕鯨の環境保護団体の皆さんの乗るでしたが」


「……」


「さらにこれをご覧下さい」

 そう言って天狗騨の示したタブレット端末に映っていたものは〝反捕鯨の環境保護団体SS〟を扱ったニュース映像。その映像の中で団体構成者が得意げに彼らの〝正義〟を語っている。その映像中に髑髏どくろのマークが映った瞬間天狗騨が動画を止めた。それは〝反捕鯨の環境保護団体SS〟がシンボルマークとしている印。

「続けてこれもご覧下さい」

 天狗騨は先ほど示したナチス親衛隊隊員のポートレート写真へと画面を切り替えそれを拡大していく。さらに制帽に付いた記章の図案が解るほどに拡大する。

「この制帽中央の記章に注目して下さい。同じく〝髑髏どくろ〟です。ナチス親衛隊を象徴する図案は人間の髑髏どくろです。なぜ反捕鯨の環境保護団体とナチス親衛隊のマークが同じなんでしょうか?」


「かっ、海賊船に髑髏どくろのマークは当然ダッ!」


「しかしあなた方アメリカメディアは『反捕鯨の環境保護団体は海賊だ!』とは報道していませんでしたね。海賊に襲われている日本の方を〝悪〟だと断じていたじゃないですか」


 ——リベラルアメリカ人支局長はすっかりトチ狂っていた。ウンウンとうなり続け次にどう反応すべきか考えるがぜんぜん浮かばない。よって次のことばも天狗騨となった。


「〝海賊船〟などと言い出すとはもはや〝偶然〟を主張するのにも無理があるということです。ではとどめと行きましょう。『シー・シェパード』の『シェパード』ってなんです?」


「犬の名前ダ!」


「正式には『ジャーマン・シェパード ・ドッグ』、ドイツ原産の犬です。そしてあのアドルフ・ヒトラーの愛犬です。そこまで言って欲しかったですね」


「……」


「アメリカ人なら例えば『イーグル』でも良かった筈です。つまり『シー・イーグル』。すると団体の短縮略名は『SE』になった。しかし彼らは敢えて『S』から始まる語彙を選択し、短縮略名を『』にしてみせた。ここには『〝S〟を選択したい』という確たる意思がある。しかも『S』のつく語彙の中から敢えてヒトラーの愛犬である『』を選択した」


 反論のとっかかりすら思いつかないリベラルアメリカ人支局長。そして天狗騨がまとめにかかる。


「反捕鯨の自称環境保護団体とナチス親衛隊にいったいいくつ共通項がありました? 短縮すると〝SS〟になる名前、みんなで着ている黒い服、そして髑髏どくろのマークも同じ、そしてヒトラーが愛犬にしていた犬種の名。これだけの材料が揃っていてこの自称環境保護団体をアメリカのユダヤ人団体が攻撃しないのはおかしい。これだけ材料があればナチス親衛隊にシンパシーを持っていると断じても構わない筈です」


「別ニ彼らは『反ユダヤ主義』的な言動はしてイナイ!」


「しかし『反ユダヤ主義的言動をしていない』ことが抗議しない理由にはなりませんね。なにせユダヤ人団体の皆さんはアイドルをやっている日本の少女相手には『ステージ衣装がナチスの制服と似ている!』と言って猛抗議しました。彼女達はなにか発言をしていましたか?」


「……」


「その一方で白人さん達が熱心な反捕鯨の環境保護団体の方は、というとナチス親衛隊と四つもの類似点があってもユダヤ人団体の皆さんはなにもアクションを起こさない。未成年の女の子だけは攻撃できるが海の上で活動する強そうな白人さん達相手にはなんらの攻撃もできないのがアメリカのユダヤ人団体ですか?」


「オッ、オマエ、ユダヤ人団体を差別する気カ⁉」


「それはこちらの台詞です。ユダヤ人団体の皆さんこそ日本人だけを攻撃できる人種差別主義者なのですか? ユダヤ人団体の皆さんが『そうではない』と否定したいのなら自称環境保護団体SSを滅ぼせばいいのですよ」


 〝ユダヤ人差別は許さない!攻撃〟が天狗騨記者によって蹴散らされた瞬間だった。


(……鬼か、こいつは——)と横で聞いてて思う中道キャップ。(未成年の女の子しか攻撃できないチキン野郎か、人種差別主義者か、どちらかを選べと言う。『両方とも違う』と言うためにはアメリカ人同士で同志討ちを、しかも一方が滅ぶまでしなければならないところへと追い込む……その両者は思想的にはどちらも〝リベラル系〟で、近い存在なのだ……)

 中道キャップの脳裏には死刑廃止を主張する弁護士団相手の天狗騨の大立ち回りが浮かんでいた。正にその再現だった。


「環境保護団体だからダ!」突如リベラルアメリカ人支局長が叫んだ。「彼ら自身が『環境保護団体だ』と言っている以上、ユダヤ人団体でもそれヲ否定し去るのは非常に困難ダ!」


 これは完全な開き直りだった。ナチス親衛隊と四つも類似点があっても、環境保護団体自身が『俺達は環境保護団体だ!』と言えば否定できない、と曰ったのである。


「なるほど、あなたがあまりに熱心にユダヤ人の味方をするのでユダヤ人か、あるいは親戚がユダヤ人かとも思っていたのですが、確かにあなたはユダヤ人じゃありません。」天狗騨は言ってのけた。


 事態は混沌としてきていた。なぜか天狗騨の方がユダヤ人の味方になり、リベラルアメリカ人支局長はSSを名乗る団体の側に立っていた。

 そのリベラルアメリカ人支局長にとってはユダヤ人団体と反捕鯨の環境保護団体というアメリカのリベラル系同士の滅亡を賭けた戦いなど悪夢でしかない。天狗騨がユダヤ人団体に接触し、そうした扇動を行おうとしているのは火を見るよりも明らかだった。こんなものはなんとしても回避しなければという、こうした行動原理のせいで言動が支離滅裂状態となったのである。しかし一方で堂々と開き直った人間ほどやっかいな者もいない————


 いない筈なのだがしかし、天狗騨はあっさりとリベラルアメリカ人支局長の言を否定し去った。


「SSを名乗る環境保護団体が環境保護団体でないことは簡単に証明できますが」

 実に間髪も入れず天狗騨がそう言ってのけた。

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