第八十五話【なぜだか突然〝イスラエル・ユダヤ〟攻勢4  今再びの杉原千畝・編】

 『何ヲ言うツモリカ、まず俺に言エ!』

 不安に取り憑かれたリベラルアメリカ人支局長に、韜晦とうかいするような笑みを浮かべる天狗騨記者。

「既にあなたには言いましたが」と、そうそっけなく答えた。


「確認ダ!」


「では紹介して頂けるというわけですね?」


「分かったカラ言エ!」


 天狗騨は肯いた。そして口を開く。

「外交官・杉原千畝氏のことです」


「スギハラについて何ヲ言ウ?」


「また同じ事を言わせる気ですか? 『外交官杉原千畝は日本政府に逆らってユダヤ人難民にビザを発給した。そのせいで外交官を首になった』というフェイクヒストリーをなぜ否定しないのか? そこを訊くわけです」


「首にナッタのはファクトだ! ユダヤ人が歴史を捏造しテイルと言うノカ⁉」


「私は『』と言っているのです。ポジティブリストとネガティブリストの話しをしたのを、もう忘れてしまったのですか?」


「フェイクヒストリーは言い過ぎダト言っテイル!」


「もしかして話しが難しすぎたのですか?」


「なっ、ナニッ⁉」


「では誰にでも納得できる最も簡単な説明をしましょう。外交官杉原千畝がユダヤ人難民にビザを発給したのは1940年のことです。本当に国家に逆らっていたのなら、1940年時点で首になっていたとは思いませんか?」


「うッ、ウヌッ!」


「首にならずとも、本国に呼び戻し本省資料室の資料整理係をさせるとか、閑職に追いやり外交の最前線の仕事など任せないのが普通ではないですか? 本当に国に逆らっていたのなら」


「ヌッ!」


「ところが杉原氏はその後も海外勤務です。戦争中という平時でない状況下でも外交官としての仕事を任され続けました。国家に逆らう外交官が戦時という有事の時代に国家から仕事を任せられるとあなたは思いますか?」


「……」


「杉原氏が外務省を退職したのは戦後すぐのことです」


「……」リベラルアメリカ人支局長の沈黙は続く。


「日本が戦争に敗け連合国に占領されてしまい独立国としての地位を失った結果、在外公館が必要無くなってしまったせいです。つまり外交官が余剰人員になってしまいリストラの憂き目に遭ったのです。その中に上級職の外交官ではない杉原氏が入ってしまった。それを『日本政府に逆らいユダヤ人を助けたから首になった』などと吹聴する者達に歴史を語る資格は無い」


「そう吹聴スル者の中ニハ日本人もイル!」


「だからこそユダヤ人の皆さんが『ユダヤ人難民にビザを発給した杉原氏の行為は日本政府に逆らってなどいない。日本国外交官杉原千畝氏と彼の行為を支持した日本政府に感謝する』と正しい価値観を表明するべきです! そうすれば日本国内の誤った考えに取り憑かれた者達も考えを改めるでしょう」


「……」


「責任あるユダヤ人の方々がそれをしない理由を私は訊きに行きます」


「日本人ナラまず日本人を叩くベキデ、ユダヤ人ヲ先に攻撃するナド許されナイ!」


「ユダヤ人の方々は日本人を叩いているのに、同じ事を日本人がするのは許されないとは、いったいどういう理屈でそうなっているのでしょう?」


「叩いてナドイナイ!」


「かつて慰安婦問題で『慰安婦はホロコーストと同じ』と言ってのけたアメリカのユダヤ人団体の幹部がいましたが、アメリカ人のしたことをアメリカ人が否定するつもりですか?」


「それは撤回さレタッ!」


「カナダのユダヤ人団体からは『撤回する』という話しを聞きましたが、さて、アメリカのユダヤ人団体の方からは『撤回する』という話しを聞かないのですが」


「お前の勘違いダッ!」


「しかし私としては『撤回すればいい』などという価値観に同意はできません。一度でも『慰安婦はホロコーストと同じ』と言ったからには全ての慰安婦問題をホロコーストに準じた問題として取り扱うべきです。もちろん米軍慰安婦問題も」


「ドウしてアメリカ軍向けの売春婦がいたコトでアメリカがホロコーストしたコトにナルッ⁉」


「客観的にはその通りでしょう」


「ナラこれ以上言うナ!」


「しかし日本軍慰安婦問題でそれと同じ論理を使っている日本人もいますよ。なぜかあなた達は『歴史修正主義者』と呼称するようですが。ならばあなた方アメリカ人も慰安婦問題で許されるべきではない」


「慰安婦、慰安婦としつこいゾッ!」


「私はイジメ問題を〝記者としてのライフワーク〟にしていましてね、『日本人だから理不尽な攻撃を加えて良い』という価値観を憎んでいるだけです。『日本人以外にも同様の攻撃を加える』なら、日本人に対してやった攻撃も問題が無くなると言っているだけです。理不尽な攻撃を行う加害者側に残念なことにユダヤ人がいることを問題としています」


「ユダヤ人が加害者で日本人が被害者ダト言うノカッ⁉」


「ええ。私は先ほどロシア人目線で物事を考察しました。ではここは日本人目線で物事を考えて下さい。ユダヤ人難民の命を救ったのは日本政府です。杉原千畝氏はこの件で日本政府の代表としての仕事をした。その日本に対しユダヤ人が『慰安婦はホロコーストだ!』と言って攻撃するのはあり得ない対応だとは考えませんか? ユダヤ人達は米軍慰安婦問題を一切問題にしていないというのに」


「それハ韓国人ニ吹き込まれたダケダ!」


「ユダヤ人は頭が良いという話しですが、簡単に外国人に騙されるんですか?」


 しかしリベラルアメリカ人支局長は〝その問い〟に直接答えなかった。

「結局は全テ慰安婦問題の遺恨ではナイカッ! ユダヤ人は〝慰安婦論争〟に巻き込まれたダケデ直接慰安婦問題ニハ関係ナイッ!」


「まさかこれだけだと思っているんですか? どうもユダヤ人の皆さんは日本人に含むところがあるようで、まだまだこの手の話しはあるんですよ」


 天狗騨記者の怒濤の攻勢は終わらない。リベラルアメリカ人支局長の顔は蒼ざめていた。

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