第八十話【〝南京大虐殺〟攻勢〔番外編〕 百戦百勝(?)『レスバトル戦術』・編】
リベラルアメリカ人支局長が仕掛けた『レスバトル戦術』、それはどういうものだろうか?
天狗騨記者自身、自分が攻撃されていることに気がつかないため、ここはいわゆる〝地の文〟で補足し解説せざるを得ない。
『レスバトル戦術』、それはインターネット上でよく見られる〝気に食わない論敵〟を潰すための論破戦術である。
ただしこの戦術はインターネットの中で普及しただけのもので、いわゆるネット文化によって発明された〝新戦術〟というわけでもない。
これは古くからマスコミが多用している古典的戦術である。
〔〝疑惑〟を提示しそれを追求し、政治家に説明させておいて『疑惑が益々深まった』と言うという〝アレの事〟〕と言えばピンと来る人も多いだろう。
これがインターネットにおける〝掲示板〟等の普及(?)の結果、一般人にも実践できる場ができてしまった、という次第なのである。
その要諦を簡潔に表すならば『潰したい論敵に〝完璧〟を強要しつつ、自分の側は論敵の出した答えを片っ端から否定していくだけ』となる。
この状態に論敵を陥れれば、陥れた時点でもうその議論には勝てるのである。それはオセロゲームで『四辺の隅を獲れば勝てる』と言うくらい当たり前のことなのである。
少し解りにくいかもしれない。
そこで『レスバトル戦術』の基本構造を示す。基本構造は以下のようになっている。
1 まず否定されにくい前提の提示をする。
2 その前提を踏まえつつ論理を展開していく。
3 その上で『これが否定できるのか』と論敵にひたすら問い続け追い込んでいく。
この戦術のミソは『否定できるのか』と相手に問うところにある。ここがキー・ポイントである。
実際『否定できるのか』という問われ方をされた場合、これを退けるのは著しく困難である。なぜならその際求められている答えは『そんなことはない』という〝『100パーセント否定できる』という回答〟だからである。
100パーセントの保証はかなりハードルが高い。
たとえ問われたうちの90パーセントを否定しても残り10パーセントを否定できなかったら『やはり否定できないではないか!』と言われ言論戦に敗北する。つまり、こうした議論では『そんなことはほとんどない』は通じないのである。
解りやすいように『レスバトル戦術』の実戦(?)における具体的使用例を示すことにする。
1 各地で新型コロナのクラスター発生中。
2 これは政府の国内旅行推奨キャンペーンのせいだ!
3 『これが否定できるのか』と論敵にひたすら問い続け追い込んでいく。
実際政府は国内旅行推奨キャンペーンの、部分的とは言え中止を発表したのでこの戦術が〝いかに勝率がいいか〟については既に証明されていると言っていい。
そして、もう一つ。このように具体例として書いたため、読者諸兄には最後の3番目がなぜ『肯定』という形の問い方になっていないかについても合点がいった筈である。
その答えは簡単明白。単純に破壊力の問題である。
『新型コロナが感染拡大しているのは政府の国内旅行推奨キャンペーンのせいだ! これを肯定しろ!』とことばをぶつけても、ぶつけられた方は別に追い込まれない。
なぜなら1回否定するだけで議論はそこで終了するからである。
ぶつけられた方からは『一概にそうとも言えないでしょう』と言われ、議論はせいぜいドローゲームで終わる。これでは〝論敵をいたぶり叩き潰す〟という目的からは程遠くなる。
『否定できるのか』と問う方が、『確かにその可能性も無きにしも非ず……』というところに論敵を追い込めるのである。
その答えを得たなら後は『やはり否定できないではないか!』と言って波状攻撃を仕掛け続けていくだけでよい。ここまで来れば勝利は目前である。
さて、これを今天狗騨記者が戦う『南京大虐殺』論争に当てはめるとどうなるか。
1 『南京大虐殺』はあった。
2 30万人虐殺は無理だと言うがそれは『その数は難しい』という主張に過ぎない。
3 『虐殺そのものを否定できるのか』と論敵にひたすら問い続け追い込んでいく。
天狗騨記者とリベラルアメリカ人支局長が延々バトッている様子を目撃しているさなかの読者諸兄にはこの『レスバトル戦術』が実は無敵の戦術ではないことが既にお解り頂けた筈である。
この『レスバトル戦術』で論敵を論破するためには、皮肉なことに『敵が誠実』でなければならないのである。
この戦術を使われた側が誠実なら、論戦相手の問いに誠実に対応し誠実に答えようとしてしまう。その時点で敗北への流れは決定的となる。一方的に追い込まれ続ける。
追い込まれる側はなにしろ何を言っても次々否定してくるので誠実であればあるほどだんだんとイライラし、つい〝暴言〟という反応をしてしまうという事も起こるのである。
そういう人は自分が『〝戦術〟を使われた』という事には気づいていない。討論にそうした戦術が存在すること自体知らないからである。
そういう人は『話せば分かる』『話し合いで分かり合える』といった話し合い万能主義とも言うべき一種の神話に呪縛され、〝話し相手に最初から悪意がある場合もある〟ことなど夢にも思わない。
論戦相手に誠実に答えようとする人間相手にのみ、この『レスバトル戦術』という戦術で常勝できる。むろんそれは〝都合の良い誠実さ〟でしかないのは言うまでもない。
とまれ、『相手の誠実に期待する』。この点がこの戦術の最大の欠陥で、この欠陥に気づかれてしまったら最後なのである。後は目には目を歯には歯を不誠実には不誠実を、となるしかない。
そしてこの『レスバトル戦術』という戦術は既に研究された節がある。
『ご飯論法』という語彙が流行語として認定されたことがあった。この流行語の存在がその傍証である。
つまり、〝論敵が『100パーセントの回答』を要求している〟と、そう察知した場合、それに誠実に答える道を回避し全く関係の無い事柄についての回答をすることでこの戦術は破ることができるのである。
かくしてこの戦術でこれまで常勝してきた者達は『相手が不誠実だ!』といきり立つのである。だが他人にだけ誠実を求めるこの戦術を操る人間の人間性は総じてよろしくない。
しかし『ご飯論法』程度にしか対抗戦術を使わない日本の内閣総理大臣は、まだまだ温和しい日本人の部類である。
天狗騨記者ときたら『100パーセント否定できるのか』と問われる前に1番目の前提部分から破壊し始める、即ち『100パーセント否定』を先制攻撃的にやってみせてしまうのだから始末に負えない。
故にリベラルアメリカ人支局長の意識としては『良心が無い!』以外に感情を持ちようがなかったのである。
このようにリベラルアメリカ人支局長は、天狗騨記者が〝彼の期待する誠実さ〟を持たないために遂に起死回生の機会を得ることができなかった。戦術を破る破らない以前に、この戦術自体が天狗騨記者に対しては効果が無かったのである。
その天狗騨記者は『ネタ切れなら私から言っておきたいことがある——』などと口にして反転攻勢の構えすら見せていた————
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