第七十八話【〝南京大虐殺〟攻勢7  『南京大虐殺の証拠写真』と『UFO写真』・編】

 『南京大虐殺』についてリベラルアメリカ人支局長がこんなことを言い出した。


『では、おびただシイ死体写真にどう説明をツケル? 動画だってアル! 虐殺の証拠はアルンダ!』と。


 天狗騨記者はここまでの『南京大虐殺』の戦いを、〝かなり優勢に進めてきた〟と、実は内心自賛していた。その天狗騨は、

(どうやら目の前のアメリカ人は〝この戦い〟をドローゲームに持っていく方法を思いついたらしい)と苦々しく思うしかなかった。


 この流れでは『南京大虐殺』とおぼしき写真及び映像、そのひとつひとつを全て否定できなければ必然ドローとなってしまう。要するに相手〔この場合リベラルアメリカ人支局長〕の土俵に乗った時点で勝てる勝負も勝てなくなるのである。


 ASH新聞記者が『南京大虐殺』で勝ちとか負けとか言うのは本来論外なのだろうが、天狗騨は『南京大虐殺』の存在自体を疑っている。当時現地南京にいた外国人記者達(時代状況からして彼らは日本に好意的ではない)が新聞紙上で虐殺についてキャンペーン報道をしていないのに、戦後日本が敗けた途端に『虐殺があった』という流れになったのがあまりに胡散臭いと考える。

(これこそイジメの構造ではないか!)と。

 そして虐殺数の変転もあまりに目に余った。転がりすぎていた。


(『南京大虐殺』はあまりにいわくがつきすぎている。〝証拠の写真や映像〟とは言うが、それさえ〝いわく〟の一部だ)天狗騨は思った。

(『これが南京大虐殺の証拠だ!』といわれる写真にはフェイクが、ある——)



(偽写真には大別して二種類がある)、と天狗騨は考える。


 ひとつは〝ヤラセ〟である。

 日本人と中国人は同じ東洋人であり顔立ちが非常に似ている。よって中国人が日本軍っぽい軍服を着れば日本人のように見える。そうしてヤラセ写真を撮るのである。だがその軍服はどこか日本軍の軍服とは違っていて、見る人(日本軍の軍装に詳しい人)が見れば『本物の日本軍ではない』と指摘されるオチとなる。そういう『証拠写真』がある。


 いまひとつは〝キャプション(写真の説明)の改ざん〟である。

 まったく関係の無い写真を持ってきて、それに『南京大虐殺』についての説明をつけるのである。すると同じ『写真』でもまったく別の意味を持った写真に化けさせることができる。そういう『証拠写真』もある。


 〝キャプション(写真の説明)改ざん系の『証拠写真』〟の、その最も解りやすい有名な例が以下である。

 『日本兵に拉致される江南地方の中国人女性たち』とキャプションのついた写真がある。1938年刊行〝国民政府軍事委員会政治部『日寇暴行実録』〟という、その名が示すとおり中華民国(蒋介石軍)の造った本の中にその写真はある。

 それがどんな写真かといえば、〝木造の橋を日本軍兵士と中国人女性達が渡っている様子〟を撮った写真である。この写真は後に様々な『南京大虐殺本』に転載されていくことになる。


 ところが『南京大虐殺派』にとっては運悪く、この写真の元の出典(真の出典)が明らかになってしまったのだ。どの分野にも〝研究者〟という者はいるということであろう。

 天狗騨もこれには感服した。

(さすが〝教授〟を名乗るだけのことはある。よく見つけた)と。


 この写真の初出は1937年、なんと出所は天狗騨の勤めるASH新聞社だった。つまり撮影者も誰だか分かっている。ASH新聞社所属のカメラマンだった。掲載媒体は週刊グラフ誌(いわゆる画報誌・写真メインの雑誌である)、その11月10日号であった。そして件の写真につけられたキャプションは『我が兵士に護られて野良仕事より部落へかえる日の丸部落の女子供の群』。


 『』と『』では意味は一八〇度違う。完全に真逆になっていた。


 しかも1938年刊行『日寇暴行実録』に掲載された写真はもされていた。というのも『日寇暴行実録』中にある件の写真は一部がハレーションを起こしたように白っぽくぼやけて写っていた。そこで前述の教授が元の写真と比較したところ、元の写真は〝先頭の女児〟、〝次を歩く娘〟、〝兵隊と並んだ少年〟の顔がのである。

 『日本兵に拉致される人々』とキャプションを銘打つためには、そうした笑顔はあり得なさ過ぎる。あまりに不自然である。ということであろう。


 そして〝この写真を使ってしまった『南京大虐殺本』〟を発刊した左派の名門出版社IWN書店は謝罪に追い込まれ、その『南京大虐殺本』は出荷停止。『問題の写真を除いた改訂版と交換します』という対応をせざるを得なくなった。

 だがここまでハッキリと偽写真と断言でき、そのためにここまで勝敗が明らかになるというケースは極めて希である。これはレア中のレア・ケースであり、ほとんどの場合はここまでの完全な論破はできない。そこに付け入られる隙がある。


 天狗騨にはリベラルアメリカ人支局長が『動画だってアル』と言ったとき、それがなんであるかすぐに目星はついた。どうやらソレを信じ込んでいるらしかった。


(たぶんそれはアメリカの国立公文書館所蔵のフイルムだ。公文書館に所蔵されているからアメリカ人にとってはそれは〝公文書クラスの信頼性がある〟ということなんだろう。おそらくは『南京大虐殺の証拠』の中では一番の権威筋ということで間違いない——)天狗騨は脳内でその映像を再生できた。


(壊れた建物の中から撮った映像だ。窓枠(?)も画面に入り込んでいる。かなり遠目から撮っていて、日本軍の兵隊がウロウロしている中に一般人が多数映っている。一般人は中国人だろう。そうした群像を映し続ける映像の中、よくよく見てみるとそれまで歩いていた一人の男が急にバタリと前のめりに地面に倒れ込む——。アレで間違いないのだろう)


(その人物の着ている服の裾はひらひらとしていて洋装ではない。歴史ドラマの中で見るような中国服のようだ。その人物は歩いてはいるが腕を振ってはおらず胸の前から手が動かない。よって手錠かなにかで腕が自由にならない状態だったように見える——)


(だからなにかに蹴躓いたらそのまま前にバッタリの状態とも言えるが、アレが『南京大虐殺を映したフイルム』となっている以上、きっとアメリカ人的には〝後ろから撃たれた〟という解釈になっているのだろう……)


(最大の問題は映像につけられた解説だ——)


(『機関銃や手榴弾で中国人を大量虐殺した』とアメリカ人は解説で言ってくれるが、日本軍は南京において中華民国軍を包囲殲滅したわけではなく、単に潰走させただけだ。現に中華民国政府は〝重慶遷都〟だ。逆襲の可能性はいつだってあり得た。ベトナム戦争のテト攻勢みたいなものだ。その時機関銃の弾や手榴弾を浪費していたら戦えなくなるだろう)


(その上を行くのが『ガソリンをかけられ火をつけられ二日後に死亡』って解説だ。これはなんだ?)


(日本軍が南京を占領した1937年12月は日本への石油禁輸は行われてはいないとはいえ、基本『石油の一滴は血の一滴』というのが日本国の国情だ。貴重なガソリンをそんなことに使ったなら、逆に使った日本兵の方が銃殺される。むろん軍法会議で)


(どう考えても付けられた解説の方が論理的におかしいのにあんなおかしな説明でもアメリカ人は信じ込むのだろう)


(なにしろ映像の中には大やけどを負ったと思しき、皮膚がぐちゃぐちゃに膿んだ(?)人物が映っている。しかしアメリカ人は『誰がやったのか?』とは考えず『日本軍がやったに違いない』と考えている)



 『南京大虐殺はある!』という前提でものを見る人間はどんなに不自然なキャプションがつけられていても『南京大虐殺の証拠』を信じ込む傾向がかなり強い。

 反論側はそれら全てを〝偽〟とするのは極めて困難であり、せいぜい言える限度が〝怪しい〟まで。

 これこそが〝こういうものを持ち出されたらドローになる〟という、その理屈だった。



(『南京大虐殺の証拠写真』や『南京大虐殺の証拠映像』は、『UFO写真』や『UFO動画』に似ている)、と天狗騨の頭の中には奇妙な連想が浮かんできていた。


(『UFO写真』や『UFO動画』の中には「これはUFOとは言えない」と言い切れるモノがある。しかしその一方で「トリック、あるいは何か別のモノがUFOに見えただけ」とは一刀両断にできないモノもある。が、厳密にはそれは『よく解らない物が映ってしまった』までしか言えない筈だ——。

 ところが〝信じている人〟はこれだけで『UFOはある! 宇宙人はいる!』となってしまう。そうした彼らにとってはたとえ『証拠写真及び映像』の半分以上が否定されたとしても、完全には否定できない〝一部〟が残っていればそれでいいのだ。

 が、しかし現実にはUFOや宇宙人を連れて来た者など、いない)



(今も『南京大虐殺の証拠』とされる写真や映像は、結局『どう見えるか』、という〝人の解釈〟で成り立っている。そして〝人〟には残念ながら悪意がある。そんなものを根拠に議論など無意味であり問題の矮小化でさえある——)天狗騨は考え続ける。



 立て板に水でここまでマシンガントーク状態を維持してきた天狗騨が珍しく長考状態に陥り、その様子を見ているリベラルアメリカ人支局長はその喜色を顔面から隠そうともしなかった————

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