第七十二話【〝南京大虐殺〟攻勢1  『20万人しかいないのに30万人殺せるわけがない!』という、すごく有名なお話し・編】

 実はアメリカ人が先制攻撃的に『南京大虐殺』を持ち出し日本人を非難するのは非常にリスキーな行為である。

 少し前なら少しもリスクは無かった。アメリカ人が歴史を持ちだし日本人を攻撃しても日本の新聞やテレビといった国内メディアのほとんどはアメリカ側の言い分に同調し『日米同盟がどうなってもいいのか⁉』と脅迫の代行者となってくれた。

 そして日本の政治家と経済界がこれに続き、支配層の日本人がこの有様なので全体として日本人は温和しくなるしかなかった。アメリカ人、特にリベラル系アメリカ人は大いに満足感を充足することができたものだった。


 しかし時代は変わった。『核兵器禁止条約』に対する評価がじわじわと上昇し続けているのがこの現代である。

 使用は禁止である。条約中には〝犯罪〟という文言こそ使われていないものの条約違反は事実上犯罪を意味する。

 単純所持すらも禁止である。これもまた事実上犯罪を意味する。

 この条約が国際的に市民権を得つつある。このような過激な条約を始めたのは、むろん日本人ではない。


 そんな現代、日本人も当然その影響を受け続けている。かかる状況下でアメリカ人が下手なことを言えば『アイツら(主にリベラル系のアメリカ人)があんなこと(『南京大虐殺』)を言ってるし、そういうつもりならもう糾弾してもいいんじゃないか?』という気を誘因させかねない。〝糾弾〟とは、核兵器という手段を使った『広島大虐殺』や『長崎大虐殺』について。

 故に現在、アメリカ人のとる戦術としては、専ら順番が〝逆〟となる。


 〝逆〟とはどういうことか?


 〔広島と長崎〕を持ち出されたその後に〔南京〕を持ち出し返すという順番が定石の手順なのである。歴史年表的には〔南京〕の後に〔広島と長崎〕が来るので〔南京〕は〔広島と長崎〕に対するカウンターとなり得る。アメリカ人の〝歴史防御戦術〟的には、『南京大虐殺』は〝人類初の人間に対する核使用〟の糾弾からその身を守るための盾となる。


 『そんな〝盾〟があったろうか?』、あるいは『機能するだろうか?』と思う向きはあるかもしれない。しかし『日本は被害の歴史ばかりではなく加害の歴史を語れ!』というフレーズに聞き覚えはあるのではないだろうか? 実際この〝盾〟は大いなる効果を上げ、今や原爆資料館にすらその影響が見られるのである。

 アメリカ人はアメリカ人で必死に〝歴史防御戦〟を展開している————


 だが異次元の戦術を使う天狗騨記者は〔広島と長崎〕ではなく、米西戦争時のアメリカ軍によるフィリピン人大量虐殺を指弾し、いわゆる〝南京カード〟をアメリカ人に切らせた。

 これは従前には無い展開である————


 『日本は南京で中国人を大虐殺したダロウ!』リベラルアメリカ人支局長の攻勢に天狗騨記者はどう切り返すのだろうか?




「2万——4万——6万——10万——20万——30万————」


 『はああああああああああ』という腹の底から湧き上がるような声、ゴゴゴゴゴゴゴという地が震えるような重音。そしてあの耳に取り付ける色つき片眼鏡に映るデジタル表示(?)、鳴り続ける警戒を急かすような電子の軽音——

 天狗騨の口から発せられ続けるその上昇し続ける数字は、人によってはそんな有名マンガの一シーンを彷彿とさせてしまうのかもしれない。しかしアメリカ人はそんなものを彷彿とはしない。たまらずリベラルアメリカ人支局長が割り込んだ。

「ふざけるナヨッ、テングダ! 真面目に答える気が無いノカッ⁉」


「この後40万、50万と続いていくまだその途中だったんですがね」と天狗騨。


「ナンダそれハ? 虐殺されタ人の数カ?」


「ご明察です。『南京大虐殺』の犠牲者の数です。公式には未だ30万人のようですが、1980年代には40万に達し、21世紀に入ってからは一部では50万もあるとか。時代が下れば下るほど益々増え続けていますね」


「それハ撹乱戦術のつもりカ? 数は定まってイル! 南京では中国人が日本軍によって26万から35万人も殺さレタ筈ナノダ!」


 〝定まっている〟と言った割には誤差(?)が9万もあるが、ともかくもリベラルアメリカ人支局長のたった今言ったその数字は、かつてアメリカでベストセラーとなったあの中国系アメリカ人女性の書いた『南京大虐殺本』の中にある数字である。その記憶が頭の中にこびり付いていたのだった。しかし天狗騨としては話しの腰を折られる形となった。彼が言いたいのは『年代が下るほど〝南京大虐殺〟の犠牲者の数が指数関数的に増えていく』という不自然さだったのだ。自然、声に不機嫌さが籠もる。


 バカの一つ覚えで『レキシシュウセイシュギ!』と叫んでばかりだから未だにそんなんなんですよ」天狗騨は言った。


「〝バカの一つ覚え〟と言ッタナ!」この慣用句に激しい反応を示すリベラルアメリカ人支局長。


「『20万人しか人口がいないのに30万人虐殺できるわけがない』という有名な主張を知りませんか? あなたが口にした最低数である26万もやはり20万人よりも数が多いのですから、この主張で片がついてしまうんです」


 実のところ天狗騨としてはのである。


「最初に『20万人しかイナイ』と言ったヤツが怪シイ! 誰ダッ? そいつハ⁉」リベラルアメリカ人支局長は本格的に突っかかってきた。天狗騨の真の内心などに気づく筈も無い。


「ドイツ人です。彼は南京で『南京安全地帯国際委員会』という団体の代表をしていました」天狗騨は言った。


 ハハッと嗤うリベラルアメリカ人支局長。

「ドイツだト?」


「ドイツです」


「ナチスの言うことナド信用できルカ! 実に胡散臭イ。いっタイ何を目的とスル団体ダ? どうせ日本とナチスが結託シ、口裏を合ワセのためニ造ったのダロウ!」


「いいえ。代表がドイツ人というだけです。ジョン・ラーベという名に記憶はありませんか?」


 リベラルアメリカ人支局長にはどこかで、しかし確かにその名に記憶があった。

(そいつが南京には20万人しかいないと言ったのか……?)

 リベラルアメリカ人支局長の内心に不安が巻き上がりつつある間に天狗騨が喋り出す。


「〝ジョン〟などと名乗っていますがれっきとしたドイツ人です。むろんこの団体には他国籍の外国人も在籍していました。例えば——」と言いながら天狗騨は例の手帳を繰る。「団体構成員にはマイナー・ベイツ、ジョージ・フィッチ、ジョン・マギーなど、アメリカ人もいましたね。要は欧米人の造った団体ということです」


「……」


「アメリカ人がいると、急にようですね」天狗騨が嫌みをかました。


 もはや『胡散臭い』とは言えなくなったリベラルアメリカ人支局長である。天狗騨は話しを続ける。


「この『南京安全地帯国際委員会』が、南京にいる中国人の数20万人と言ったのです。重要なのは〝日本人の言った数ではない〟というところです」天狗騨が核心部分を口にした。


 しかしリベラルアメリカ人支局長は狐につままれたような顔をしている。


(こりゃ、説明を端折ると却って話しが長くなるパターンだ)天狗騨はある種の諦観を悟るほかなく、一からかみ砕いて説明するしかないと、そう思い至るのだった。

 渋々と天狗騨が喋り出す。


「1937年12月、いよいよ日本軍南京に迫る! ということで南京から逃げ出す中国人多数。富裕層が逃げ出し、政府高官すらも逃げ出しました。残されたのは余所の土地に行く当ても無く、移るための経済力も持ち合わせていない貧しい人々ばかりでした。この時立ち上がったのが南京に在住する欧米人達でした。南京は中華民国の首都であり、故に少なからずの欧米人が元々そこにいたというわけです。その彼らが〝南京に残された中国人達〟が戦火に巻き込まれることのないよう、その命を守るため造ったのが『南京安全地帯国際委員会』という団体でした」


 まったく欧米を手放しで誉めているかのようである。しかしリベラルアメリカ人支局長としては逆に警戒感を持つしかない。(この後必ず落としてくる筈だ)とまでは読める。が、読めていても先になんらかの〝手〟を打つことができない。それもこれも彼の知識不足のせいである。天狗騨はなおも淡々と喋り続ける。


「『南京安全地帯国際委員会』という団体には別名がありました、それは『南京難民区国際委員会』という名でした。今風に言えば〝難民支援のための国際NGO団体〟ということになるでしょう。難民支援のための要点は二つ。『住むに安全な場所』と『食料の確保』です——」


「まず、同委員会所属の欧米人達は南京市街の一定範囲を〝安全地帯〟として設定し、南京に残された中国人達をそのテリトリーの中に囲い込みました。『我々は安全区内に一般市民のほとんど全体を集めました』と彼ら自身が記しています」


「そして次は食料です。食料がどれほどあれば難民が飢えずに済むのか? 食料の必要量は当然難民の数によって決まります。つまりこれが南京に残された中国人の人数を彼ら『南京安全地帯国際委員会』の面々が数えた動機ということになります。必要な食料の量を把握をしたなら、後は当然〝食料の確保要請〟という流れになる。即ち食糧支援です。支援を要請する先は、当然南京を支配下に置いた〝日本国〟ということになります」


 天狗騨は一旦話しを区切り手帳のページを繰る。


「よって日本大使館には『南京安全地帯国際委員会』の欧米人から毎日のように要望書が届くようになります。〔20万人〕という数字はその要望書の中にある。例えば1937年12月17日には日本軍の南京入場式が行われていますが、この日付で『もし市内(南京)の日本兵の間でただちに秩序が回復されないならば20万人の中国市民の多数に餓死者が出ることは避けられないでしょう』との同委員会代表のラーベ氏の要望書がさっそく送られています」


「次の日、1937年12月18日にもラーベ氏は『我々22人の西洋人では中国20万市民に給食し、そして日夜の安全を確保することはできない』との要望書を日本大使館に送っています」


「むろんドイツ人だけではなくアメリカ人も同様の行動を起こしています。12月18日の三日後、1937年12月21日にマイナー・ベイツ氏は『我々は南京20万市民の福祉のため人道の名の下に以下の処置がとられるよう嘆願書を提出します』と冒頭記した要望書を日本大使館宛に送っています」


「この時の南京の人口は一貫して『20万人だ』と欧米人が言っているということです。これが即ち『20万人しか人がいない場所でどうやったら30万人虐殺できるのか?』という有名な話しのその中身というわけです。しかもこれにはさらに続きがある」


「——それから約一ヶ月後の1938年1月14日付のラーベ氏の要望書には『当市(南京)の総人口はたぶん25万人から30万人だと思います。これだけの人口を普通並の米の量で養うとすれば、一日に2000担の米(あるいは一日に1600袋)が必要となるでしょう』と書かれている! もっと食料を用意しろという要望書です。ここから解ることは12月時点と比べて人口が5万から10万人も増えてるって事ですっ!」


「この新たな〝要望書〟から論理的に考えるに、南京の治安が安定していると、それが知られるようになってきたから南京から逃げ出した人々の一部が戻って来たのではないでしょうか? 即ち、虐殺が行われた場所に〝被害者になり得る人々〟がわざわざ戻る筈も無く、逆説的に『虐殺は無かった』ということが言える、ということです!」


「ふざケルナ! そんな理屈でごまかされナイゾ! それはあくマデ『30万人の虐殺は不可能』という証明に過ぎズ、それ以下の数、3万人とか、3千人といった数までを否定できる論理ではナイ!」


 厚顔無恥にもリベラルアメリカ人支局長は自らが口にした『南京では日本軍によって26万から35万人が虐殺された!』という主張を放り棄てた。彼もまた〝信じたいものしか信じない〟というポスト・トゥールースの時代を生きる人間でしかなかった。しかし天狗騨、少しも慌てず騒がず、

「その程度ですか?」とのみ口にした。


「さてハ反論が無いのダロウ! この歴史修正主義者メ!」リベラルアメリカ人支局長は強引に断定する!

 天狗騨からは〝バカの一つ覚え〟と言われたにも関わらず思わず『歴史修正主義者!』と言ってしまったリベラルアメリカ人支局長。身についてしまった癖はそう簡単には抜けてくれない。


「実は『南京安全地帯国際委員会』という団体には『国際難民支援NGO』とは別の顔があります。それは『国際人権監視NGO』という顔です。毎日のように日本大使館に送り続けられた要望書は実は〝食料支援要請〟よりも〝日本軍の犯罪を取り締まれ!〟という被害届系の方が多いんですね」天狗騨は言った。


「ハハッ! 南京で日本軍が犯罪をしてイタ! ようやく認めたカ、テングダ!」喜色満面のリベラルアメリカ人支局長。しかし天狗騨はそのもの言いを無視しペースを崩さない。


「日本軍が南京に入ったのが1937年12月13日のことです。そして『南京大虐殺』は日本軍の南京占領後約二ヶ月の間に断続的に続いたと言われています。つまりこの間に『南京安全地帯国際委員会』がどのようなことを書いて日本大使館宛に送りつけたのか? 事件が起こった最直近のこの一連の文書群こそが南京で何が起こったかを説き起こす最有力の資料と言えるでしょう!」


 天狗騨は一旦話しを区切りすっと息を吸い込む。手帳に目を落とす。


「1937年12月12日から翌1938年2月7日までの間に起こった南京における殺人事件の被害者の合計は、49人です」



 これらはいわゆるネット右翼界隈の言論では極々当たり前の常識である。今からは少し信じられないことだが、ある時期まではネット右翼界隈は非常に論理的だったのである。論理こそが彼らの武器だった。

 さて、今のネット右翼界隈は、というと実に気安く差別言辞を弄する。故に簡単に悪魔化されてしまう。あっという間の劣化と言っていい。

 しかしSNSのフォロワー数すら工作できる現代ネット社会においてはネット右翼が本当に日本の右翼かどうかも実は怪しいのである。



「……」

 被害者49人、だからリベラルアメリカ人支局長は絶句した。心底から絶句した。それもしかもこれを言ったのがアメリカ人を含む欧米人団体だったのだ。

 人口20万から30万程度の街で二ヶ月の間に49人も殺人事件の被害者が出るのは、確かに少なくない数である。が、こんなんでは圧倒的に足りないのである。

(4万9千人でもなく、4千9百人ですらなく、たったの49人とは……)リベラルアメリカ人支局長は思わずそう不謹慎なことを考えてしまった。これに追撃をかけるのが天狗騨である。


「しかもです、この49人という数も、中国人達の訴えをそのままタイプしただけのものなのです。あなたは日本人の証言は信用しそうもありませんが、毎度毎度、抗議としか言いようのない文書を受け取らされる南京の日本大使館。そこに勤務していた外交官・福田篤泰氏はこんな証言をしています。『当時僕は役目がら毎日のように外人が組織した国際委員会の事務所へ出かけた。出かけてみると中国の青年が次から次へと駆け込んでくる。その訴えをマギー神父とフィッチなど3〜4人が僕の目の前でどんどんタイプしているのだ』と。当然福田氏は〝ちょっと待てよ!〟とツッコミを入れました。訴えの真偽の検証もせず言われたまま紙に印字してそれを根拠に抗議してくるとはどういうことだ? というわけです」


「——そして福田氏はこんな証言もしています。『時に僕は彼らを連れて強姦や略奪の現場に駆けつけてみると、何もない、住んでいる者もいない、形跡もない。そういうことが幾度かあった』と。彼がわざわざ現場とされるところまで足を運びここまで必死になるのにも理由があった。実は日本大使館宛に送られる『南京安全地帯国際委員会』が作成する文書は日本大使館だけに送っていたわけではなく、世界各国の外務省にも同じものを送っていたのです。これら文書群は日本に対する国際ネガティブキャンペーンそのものになっていたのです」


「さて、現代社会においては『特定の国の人権状況を執拗に監視し続けるNGO団体』というものが存在し、中華人民共和国がこの手の団体を蛇蝎の如く嫌っていて明白な敵対関係にあります」天狗騨は唐突に話しを変えた。




 天狗騨がこれまで南京について延々喋ってきたことはネット右翼の言うことをそのまま口にしているだけという、彼にとっては非常に不機嫌な行為そのものだった。別に彼は南京で日本軍による虐殺があって欲しいとは考えてはいない。

 ただ論理的にリベラルが右翼陣営に負けたのが気に食わない。今となっては、はるか昔の話しになってしまったが、かつて左翼とはインテリだったのだ。即ち左翼は頭が良いとされていた。例えばASH新聞を購読する世帯はある種知的ハイソサエティーのように思われたものだった。

 それだというのに外国人の吹聴する宣伝文の虚偽が見抜けずそのまま〝怪情報〟を拡散してしまった。それが『南京では日本軍が中国人を30万人虐殺した!』なのである。

 これを論理的考察を積み重ね突き崩したのが右翼陣営であった。


 天狗騨としては左翼はリベラルそのものではないにせよ比較的近い関係にはあると考えている。こっちの側が論理的敗北を喫したのである。その証拠にこの陣営の者達は、かつて口にしていた『南京では日本軍が中国人を30万人虐殺した!』を再び唱えることはすっかり無くなっていた。

 自陣営を打ち負かした敵の論理、それが『20万人しかいないのに30万人殺せるわけがない!』だった。故に天狗騨としては〝自分の口でこれを言うのは気が進まない〟のである。しかし説得力という点では認めるほかない。


 しかし彼の陣営の他の者達はそうではなかった。

(南京での虐殺数を見苦しくも値切り始めたというのが情けない)と天狗騨は嘆息する。それは『4万人程度虐殺された筈だ』『数千人の虐殺はあった』とかいうやつである。

(そんなことより外国人に騙されたことを侘びるのが先だろう。『30万人虐殺された』などと言われ、まんまと騙され申し訳ありませんでした、と)

 こう天狗騨は考える。

(報道は真実を伝えるもので人を騙すものを報道と言うのか?)とも。

 これにけじめもつけず、『4万人』だとか『数千人』だとかに話しを逸らす。

(これがかの有名な『ご飯論法』か)と天狗騨は情けなく思う。ミイラ取りは実にミイラになりやすい。


(騙されやすいバカの書いた文を誰がカネを払って読むのか。新聞に書いてあることがこの調子では誰もカネを払って読もうなどと思わなくなるのは当たり前ではないか)とさえ思う。


(こんな連中が人気が落ちてきたからと『左翼』の看板を放り出しリベラルだと自称し始めるから『リベラル』まで印象が悪くなっていく)


 そして行き着く先の行動の末が『外国様が日本に怒っているぞ!』という恫喝である。

(昔インテリだったのが今は単なるヤクザに成り下がってしまった。しかもやってることが広域暴力団の代紋をチラつかせての恫喝レベルとは。これではチンピラだ。インテリヤクザとすらも言えない)


(こんなところまで成り下がるとは没落もいいところだ)


 天狗騨は自らの陣営を完膚無きまでに打ち負かした言論をそのまま自身が口にするというのが心底口惜しいのである。




「人権監視NGOダト? 南京の話しじゃなカッタノカ?」リベラルアメリカ人支局長が探るようにしかし未だたぎらせる執念を隠そうともせず訊いてきた。


「いいえ、南京の話しですよ。一線を超えたら最後、正しい動機で始めたことでも正邪は容易に逆転します。『南京安全地帯国際委員会』の一部のメンバーが遂に一線を超えてしまいました。その話しですよ」天狗騨は言った。天狗騨の真骨頂はここからである。

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