第七十一話【〝韓国(侵略と植民地支配)〟攻勢2  目には目を歯には歯を韓国にはフィリピンを・編】

 『桂タフト協定』と天狗騨記者はリベラルアメリカ人支局長に対し言った。


「なんダそれハ?」しかしリベラルアメリカ人支局長は真顔でそう言った。心底の真顔で言っているようだった。


 天狗騨記者は露骨な程にそのもの言いを無視し、次にこう口にした。

「さて、今からアメリカ合衆国によるフィリピン侵略を糾弾するとしますか」


「話しを逸らシテごまかソウトすルナ! 私は今日本が韓国を侵略したトイウ話しをしてイルノダ。姑息な真似をスルこの極右メッ!」、激高するリベラルアメリカ人支局長。


「だから『桂タフト協定』です。『歴史修正主義!』などと言っていかにも真実の歴史に詳しいような顔をしてきて、よもや知らないはずもないでしょう?」と天狗騨。不気味なほどに落ち着いた声。


(自分だけが知っている歴史知識で人を陥れるつもりか?)ふいにとても嫌な予感に襲われ、にわかに立ちすくむリベラルアメリカ人支局長。

 しかしいったいこれまで天狗騨記者の突っ込みに何度詰まってきたことか。それもこれも『日本人は〝過去の歴史〟で脅せば容易に屈服させることのできるイージーな相手』との思い込みがなせる業だった。この静止状態の間に容赦なく天狗騨の口が動く。


「これは1905年7月、日露戦争の講和会議の直前に日本の桂太郎首相とアメリカのセオドア・ルーズベルト大統領特使・タフト陸軍長官との間に交わされた協定です。その内容はアメリカ合衆国のフィリピン統治と日本の朝鮮半島に対する優越支配とを両国が相互に承認するというものです。アメリカ合衆国はスペインとの戦争でスペインの植民地であるフィリピンをそのまま植民地として継承しようとしたわけです」


 リベラルアメリカ人支局長は『桂タフト協定』のことなどまるで頭の中に無かったが〝どうやらこれは本当にそのような協定があったらしい〟、と悟った方がいいような気がしていた。むろん『桂タフト協定』は実際にあった協定である。


「——日本は『桂タフト協定』の5年後、1910年に日韓併合を行い朝鮮半島を日本領とするわけですが、アメリカ合衆国は既にこの協定の3年前の1902年にフィリピンをアメリカ領としていました。つまり、『日本が韓国を侵略した!』とアメリカ人が言う以上は『桂タフト協定』という紛うことなき史実に基づき、日本人も『アメリカがフィリピンを侵略した』と言わなければならない。日米は植民地主義の共犯関係にあるのですから!」


 〝日本が戦犯〟どころか、『アメリカと日本は共犯』とまで言われ内心狼狽するリベラルアメリカ人支局長。


「——イギリスがインドを直轄領としたのが1858年。ここから遅れること50年前後、ほぼ同時期に日本もアメリカも帝国主義の国として国際社会にデビューしたというわけです」


「今私は日本の罪を糾弾しテイル! アメリカに話しを逸らスナ!  というノハ現代に通じナイ!」

 さすがにあまりに何も言わないと一方的に押し込まれるままと考えたリベラルアメリカ人支局長はあまりに露骨すぎる〝逃げの手〟を打った。こうした〝手〟はアメリカ人に限らず日本人のリベラル系でもよく使う。

 例えば米軍慰安婦問題を持ち出すと『余所の国がやっているからといって日本がやっていることを正当化はできない!』と言って日本だけに〝特別な基準〟を強要するもの言いである。

 しかしこういう言い分を聞くと却って天狗騨は怒りが沸騰してくる。ひと言で言うとそれは差別であり卑劣な行いでしかないからだ。天狗騨が怒りを込めて口を開く。


「私が〝共犯関係〟と言ったのを聞いてなかったのですか? 私は『日本も悪くない』などというバカげた反論はしませんね。その考え方だとアメリカがフィリピン人に対してしたことを『悪くない』と言うことになります。私がそんなこと言う筈無いでしょう。それこそ現代に通じない考えというべきです」


 この天狗騨記者の攻撃パターンは『米軍慰安婦問題』の時とまったく同じである。外国人が発してくる『日本攻撃理論』の論理を容赦なく外国相手に使い返す。ただそれだけの実にシンプルなものであった。

 『は誰に対しても仮借無く当てはめるべき』という考え方で、天狗騨記者の基本戦術である。

 こんな相手に『アメリカもやっているから日本も悪くない』であるとか『あの子も悪いことをやっているのにどうして僕だけ』とか言って押さえ込もうというのは却って自爆にしかならない。天狗騨は右派・保守派が外国人からの歴史攻撃に対しついついやってしまう〝日本の正当化〟、即ち防御を頭から放棄しているのである。


「——特定の国にだけ特別に〝高い道徳〟を義務づける行為は差別にほかなりません。ひとたび一国に義務づけた以上は他国にも、アメリカにも同じ基準が当てはめられるべきと考えます。あなたは『アジア侵略』を非常に問題視した。ならアメリカ合衆国のアジア侵略を例外にする道理などありません。まさかあなたは一方的に日本の韓国支配を糾弾できると、そういう甘い考えを持っていたんですか? 私のした『米軍慰安婦問題』の話しを聞いていたらこういう反論で来ることくらい予想できた筈です」天狗騨は言った。

 韓国を持ち出してきたアメリカ人に対しフィリピンを引っ込めるつもりはない、と宣言したのである。しかしリベラルアメリカ人支局長は韓国のケースとフィリピンのケースの違いを、それこそ必死になって考え形にし、そして口にした!


「待テ! アメリカと日本は同じにはナラナイ! 日本は韓国トイウ独立国を滅ぼシテ植民地とシタガ、フィリピンは元々スペインの植民地ダッタノダ! アメリカは独立国を滅ぼシテなどイナイ! アメリカはパリ条約でフィリピンをスペインから2000万ドルで買い取っタノダ!」


 〝パリ条約〟という名がつく条約はいくつもあるが、リベラルアメリカ人支局長の言った〝パリ条約〟とは米西戦争(アメリカVSスペイン戦争)を終結させた1898年の条約のことである。

 そしてここでリベラルアメリカ人支局長は言わずもがなのことをつい口にしてしまった。


「アメリカがスペインに戦争で勝ッタことにヨリ、スペインはキューバの独立を認めるホカ無くナッタ! アメリカが戦争に勝ったおかげでキューバは独立を果たしたノダ!」


「あなたはなにを言っているんです? 『フィリピン第一共和国』という独立国を潰しておいてなにが〝キューバ独立〟ですか」


 リベラルアメリカ人支局長の顔色が明らかに変わった。


「そっ、そんな国は存在シナイッ!」


「それはアメリカ政府が独立を認めず〝共和国軍を反乱軍として鎮圧した〟からでしょう。あなたの国にはスペースオペラな有名な映画がありますが、アメリカ合衆国は正にあの映画の中の〝帝国軍〟そのものじゃあないですか」


 そう、その映画中では〝共和国〟は正義の側で、〝帝国軍〟はハッキリ悪党の側である。


「侮辱ダッ! 今すぐ訂正を求メル!」


「ほう、」と短く言って久々に天狗騨は例の手帳を繰った。そして「アギナルド」とただひと言呪文のようなことばを唱えた。


 『桂タフト協定』はなんのことだか解らなかったリベラルアメリカ人支局長だったが、天狗騨が唱えた呪文のようなことばには記憶があった。それは人の名前だった。


「フルネームは『エミリオ・アギナルド』、フィリピン独立運動の指導者です。そしてフィリピン第一共和国初代大統領です」天狗騨は言った。


「そのような国ハ国際社会に承認されてイナイ!」


「当時の国際社会はイコール欧米社会ですからね、植民地全盛時代に〝国際社会〟などと言われてもそこは割り引かないと」そう言いながら天狗騨は手帳を閉じ「——いいですか、あなたは『パリ条約』なるものを持ち出し『2000万ドルで買ったのだ』などと言って正当化していますが、『パリ条約』は1898年のことです。その同じ年の6月にアギナルドはフィリピン独立を宣言しているんですよ!」


 もはやリベラルアメリカ人支局長には反論のための〝弾〟は無かった。『韓国を使って日本人をやっつけてやろう』という目論見はものの見事に外れた。それもこれも『桂タフト協定』という歴史知識を欠いていたからであった。それどころか〝韓国持ち出し戦術〟は完全にやぶ蛇を呼び込んでいた。

 米軍慰安婦問題の件といい、アメリカ人が天狗騨記者相手に韓国を持ち出すと必ずアメリカ人が劣勢に追い込まれる。この点はいい加減学習すべきだったろう。〝韓国〟を持ち出せば必敗となると。

 今までアメリカ人達が追い込まれなかったのは日本のメディアや政治家といった支配層である日本人達がアメリカ人からの歴史攻撃に『仰せごもっとも』と萎縮するばかりの弱虫だからだった。彼らは国内だけでは強面ができる情けない内弁慶だった。

 そういう相手の弱さに助けられてきたこのリベラルアメリカ人支局長に代表される大半のアメリカ人達は、歴史攻撃をする度にあまりに支配層の日本人達が謝り続け言うことをきき続けるため、浅はかにも自分達が『歴史的に常に正しいことしかしてこなかった正真正銘の正義の使徒』だと勘違いをするようになっていた。

 そういう価値観の中に浸かり続けて来た者からしたら、天狗騨記者なる日本人が実在するなど想像の埒外だった。むろんひとたび天狗騨を調子に乗せると止まるはずもない。


「このフィリピン独立宣言をアメリカ合衆国は認める義務があった! なにしろアメリカは『我々アメリカがスペインとの戦いに勝ったならフィリピンを独立させる』とアギナルドに持ちかけ、アギナルドはアメリカの求めに応じスペイン軍を襲ったのですから!」

 次の瞬間轟く天狗騨の大音声、「しかしっ、フィリピン人は裏切られた!」


 天狗騨の〝裏切り〟発言にも沈黙のままのリベラルアメリカ人支局長。


「アメリカは戦争に勝った途端にアギナルドとの約束を反故にし1万1千人のアメリカ軍をフィリピンへと送り込み、フィリピン独立軍1万8千人の掃討戦を始めたのです! しかも戦争のきっかけが酷い。送り込まれたアメリカ兵がフィリピン兵に二度ほど「止まれ」と叫んだあと発砲しフィリピン兵2名を射殺しました。なんと、これがきっかけだというのです! 当時のアメリカ合衆国大統領マッキンリーは『この事件はフィリピン側によるマニラ市内への攻撃である』とアメリカの新聞に語り、責任をフィリピン側に求め戦争を正当化したのです!」


 『「止まれ」と言って止まらなかったから撃った』、これは容疑者射殺時におけるアメリカ警察の常套句でもある。『黒人射殺』のほとんど全てのケースでこの口上が使われるため、これに『妥当だ』という評価は加えにくいリベラルアメリカ人支局長であった。そうしてためらっている間にも天狗騨の話しは続いていく。


「1万1千人VS1万8千人とはいえアメリカ合衆国の正規軍とフィリピン兵の装備が同程度であるはずもありません。一方的にフィリピン人が殺され続けそうしてアメリカ合衆国はフィリピンを植民地にしてしまった! 『スペインと戦ってくれたらフィリピンを独立させる』と言ったあの約束はどこへ行ったというのか⁉ これを騙し討ちと言わずしてなんと言うか!」


 天狗騨の〝騙し討ち〟発言にも沈黙のままのリベラルアメリカ人支局長。


「このフィリピン人との戦争は、アメリカが関わった最初のアジア人との戦争であり、後の日本人との戦争、ベトナム人との戦争につながっていくわけです!」


 ここまで言われるとさすがのリベラルアメリカ人支局長も反撃に出ざるを得ない。


「どうシテ日本がフィリピンやベトナムと同じ立場に立ってイル⁉」


「私が〝アジア人〟と言ったのを聞いてなかったのですか?」


「違ウ! そうジャナイ! 日本は加害者の筈ダ!」


「確かにアメリカ人に対しては加害したかもしれませんね」


「違ウッ! 日本はアジアに加害した筈ダ!」


「だからこそ私はフィリピンと韓国を比較しようと言っているんですよ。日本の韓国領有とアメリカのフィリピン領有はほぼ同時期で、しかも〝お互いの領有を承認し合う協定〟を結んだんですから。アメリカ合衆国はフィリピン戦争でフィリピン人を150万人大量虐殺しました。この忘れられた戦争犯罪を私は糾弾します!」いとも無造作に天狗騨はその数『150万』を言い切った。


 いったいフィリピンへ送り込まれたアメリカ軍は現地でどれほどのフィリピン人を虐殺したのか? その最も少ない説と最も多い説ではずいぶんと開きがある。天狗騨はその〝最も多い説〟をとり『犠牲者150万』と言ったのだった。

 つまり20万人から150万人というのがフィリピン人犠牲者の数についての〝諸説〟である。リベラルアメリカ人支局長には不幸なことにこれについての知識があり『違う。犠牲者数は20万人だ!』と、その最も低い値に修正することもできた。というのもアメリカ上院に報告された数字が『1902年までの四年間でフィリピン人20万人殺害』だったのである。とは言え20万人も決して少ない数ではない。むしろこれでも多い。アメリカ人としては日本のアジアへの加害を糾弾しているさなかに『アメリカ軍がフィリピン人20万人殺害した!』などと日本人に対して言いたくはない。そんなことは認めたくない。

 その上天狗騨はトラップを張っていた。フィリピン兵の数は『1万8千人』と天狗騨はあらかじめ口にしている。これがどういうことかと言えば、

 〔20万人−1万8千人=18万2千人〕ということであった。

 これら18万2千人の人々は兵ではなく一般人。『フィリピン人の一般人18万2千人をアメリカ軍が虐殺した』などとアメリカ人が公言するわけにはいかなかったのだ。そうしてまごまごしている間にもう次を天狗騨が語り始めてしまっている。


「しかもアメリカ軍高官の言動が正に〝悪の帝国〟です。フィリピン侵略のアメリカ軍最高司令官は奇しくもマッカーサー将軍でした。あのGHQの最高司令官ダグラス・マッカーサーの父、アーサー・マッカーサーです。このアメリカ軍司令官は1900年、『正規軍ではないゲリラは兵士としての資格に欠け、したがって、もし捕虜となった場合、戦争における兵士の特典を享けるに値しない』と声明を出し、フィリピン人大量虐殺を正当化したのです。あなた方アメリカ人は『バターン死の行進』などと言って捕虜を虐待したとして日本人を戦争犯罪者にして処刑しましたが、この言い分はいったいどういうことでしょうか? 『アメリカ人は国際法上守られるべき捕虜になるがフィリピン人は捕虜として扱わなくてもかまわない』なる言い分は人種差別主義者の主張です!」


「それは決して間違ッテはイナイ! 『正規軍ではないゲリラは兵士としての資格に欠ける』というノハ国際法の常識的考え方ダ!」とリベラルアメリカ人支局長は久々の反論をした。確かにそれはその通りであるのだが、だがこのケースではこれさえやぶ蛇だった。


「そもそも、アメリカ合衆国は『フィリピン第一共和国』という国を認めていないのだから、〝フィリピンの正規軍〟なんてものがアメリカ的には存在する理屈が無いんです! 正規軍というのは独立国の国軍のことなんですから! アメリカ人自身がその存在を認めていない〝フィリピン正規軍〟などというものを持ち出し虐殺の正当化を謀るとはなんと卑劣極まりない! 大統領が口にすることばか! これは『抵抗するヤツは全てゲリラ』としてフィリピン人虐殺を合理化する理屈に他ならない!」


「ヌッ!」詰まるしかないリベラルアメリカ人支局長。そして再び件の手帳を開く天狗騨記者。


「アメリカという国がフィリピンに何をしてきたか? 『バランギガの鐘』、この三つの鐘のエピソードはアメリカ人なら当然知っている筈でしょう! この鐘がようやくアメリカからフィリピンに返還された時はニュースになっていましたよね? そう昔のことではありませんよ!」となおも天狗騨が畳みかける!


 2018年、この〝鐘〟がアメリカからフィリピンに返還されたというニュースについてリベラルアメリカ人支局長には記憶はあった。しかし彼は『バランギガの鐘』についてなんらのコメントも発しない。故に次のことばも天狗騨が発する。まるでフィリピン人の魂が憑依したかのように!


「——フィリピン戦争の最中の1901年9月28日、サマール島に侵攻してきたアメリカ軍に対しフィリピン軍が奇襲攻撃を敢行、アメリカ兵48人を討ち取りました。その地の名はバランギガ。奇襲攻撃の際に攻撃の合図として鳴らされた教会の三つの鐘が『バランギガの鐘』と呼ばれるようになりました。正に祖国防衛のための自衛のための戦闘です!」


 その勢いに圧倒されるままのリベラルアメリカ人支局長。


「ところが! なにをトチ狂ったのか侵略軍でしかないアメリカ軍が報復を始めました。司令官マッカーサー配下の将軍ジェイコブ・スミスは『10歳以上はすべて殺すこと』と上官の意思を簡潔な命令に要約し実行に移しました! 犠牲者の数は5万人です!」


 実は犠牲者の数については〝2千人から5万人〟という、かなりの幅がある。天狗騨はその最も多い説を口に出したのである。天狗騨の喋りはまだ止まらない!


「当時フィラデルフィアの新聞で報じられた現地報告にはこうあります。『アメリカ軍は犬畜生とあまり変わらぬと考えられるフィリピン人の10歳以上の男、女、子供、囚人、捕虜をすべて殺している。手を挙げて投降してきたゲリラ達も一時間後には橋の上に立たされて銃殺され下の水に落ちて流れていく』、と」


「それはアメリカのジャーナリズムに良心がある証拠ダ!」と過去の同業者を擁護し〝アメリカの良心〟を必死にアピールするリベラルアメリカ人支局長。しかし天狗騨は、

「それはどうでしょうか? 別にこの時はベトナム戦争の時のような大規模な反戦運動は起こらなかったようですが。この記事はアメリカ軍の残虐行為を非難すると言うよりは『文明人が非文明人に対する行為として正当化するために書かれていた』という指摘の方が当たっているんじゃないですか。そういう書き方だからこそ大規模な反戦運動が起こらなかったんでしょう」と返す。


「良心的なアメリカ人もイタ! 『マーク・トウェイン』や『アンドリュー・カーネギー』、さらには『グロバー・クリーブランド元大統領』はフィリピンとの戦争に反対してイタノダ!」


「でもそれらの人々は主流派にはならなかったわけでしょう? そういうものも含めて映画の脚本家が〝悪の帝国〟を描く必要に迫られたら格好の見本がここにあるということです。アメリカという固有名詞を架空のものに取り替えるだけでリアリティー溢れる〝悪の帝国〟ができあがるというわけです。構成員全員が悪党の〝悪の帝国〟はあまりに陳腐ですからね」


「ふっ、ふざけるナヨッ! さっきから温和しくイレバ図に乗りヤガッテ! アメリカがやったヨウニ日本も韓国に対し同じ事をシタノダッ!」


「と、誰に吹き込まれたんです? それともそうあって欲しいという願望ですか?」


「ナニッ⁉」


「日本が韓国を併合し日本領としたとき、日本は大規模に日本軍を送り戦闘状態になったとか、そういうものを一切無しに併合できましたよ」


「嘘ダッ!」


「ならば当時の新聞の縮刷版でも見てみればいい。大規模な抵抗運動があったかどうかを。無いんですよ! 日本軍が出動しての戦闘など! ジャーナリストはファクト第一です」


「そんなコトはあり得ナイッ!」


「内部に多数の協力者がいれば無血併合は可能です。ただ、朝鮮人の方々の名誉のために付け加えるなら、彼らには決して〝抵抗能力〟が欠けているわけではない。現に豊臣秀吉の朝鮮出兵の時には抵抗をしていましたから。ではなぜこの時はその能力が発揮されなかったか? 欧米の植民地主義という対外政策のため『』と考えられています」


「それが併合カ?」


「そうです」


「お前もその考えカッ⁉」


「ええ、そうですよ」


「韓国人でそんなことヲ言ってイル人間はイナイッ!」


「それは『特定の価値観』を洗脳のように受け続けた結果、論理的思考能力を失ったからでしょう」


「韓国人差別ダッ!」


「その『特定の価値観』を造り出したのがそもそもアメリカ人じゃあないですか」


「そんな抽象的な言い方で解ルカッ!」


ですよ」


 あまりに露骨に斬り込まれ、却ってなにも言えなくなるリベラルアメリカ人支局長。


「そもそも併合で血が流れないナンテことはあり得ナイ! それは歴史の捏造ダッ!」


「条件が揃えば無血での併合は起こりますよ。私もあまり持ち出したくはないのですが、日本の韓国併合に似たケースがあるとすれば、ナチスドイツのオーストリア併合です。オーストリアがドイツの植民地かというとその点微妙ですが、別にナチスドイツはポーランドにしたように戦争でオーストリアを自国領にしたわけではありません」


 これについては確かにそのような歴史知識がリベラルアメリカ人支局長にはあった。ナチスと日本をくっつけて日本を攻撃するというのがリベラル系アメリカ人の基本戦術だがそれを逆手に取られた形となり、これには歯ぎしりするしかない。


「併合の時は何事も起こらなくても併合後に韓国人を虐殺したに違いナイッ!」


 リベラルアメリカ人支局長は執拗に〝虐殺〟にこだわった。なにしろ『アメリカ軍によるフィリピン人150万人大量虐殺』と天狗騨に公然と言われそれに対する反撃が未だできていないのだから。


「ああ、人口問題ですね」と言って天狗騨記者は手にした手帳をめくり次のページを開いた。


「誰に吹き込まれたのかは知りませんが、併合後に日本人が韓国人を大量虐殺したというのは捏造ですね。アメリカと同じにしないでもらいたいものです。日韓併合前の1906年の韓国人人口は980万人。これが『桂タフト協定』の1年後の人口です。そして日韓併合から約30年後の1938年の韓国人人口は2400万人です。約2・4倍の人口増です。あなたの言う『日本人が韓国人を虐殺した』というのは事実に基づかない捏造、日本人に対するヘイトスピーチです。日本人が相手なら真実を葬り去り歴史を修正し放題という人間はリベラルではありません。極右です。私はあなたに訂正と謝罪を求めます!」天狗騨記者はリベラルアメリカ人支局長を指さした。


 リベラルアメリカ人支局長の、韓国攻勢(侵略と植民地支配攻勢)はここに頓挫した。韓国などを持ち出した結果フィリピンなどを持ち出され却って〝負わなくて済んだ傷〟を負った。『日本はアジア諸国を侵略した筈だ』という価値観を追求した結果がこれだった。

 だが彼は諦めなかった。


「日本は南京で中国人を大虐殺したダロウ!」


 アメリカではかつて『南京大虐殺本』がブームになったことがある。アメリカで出版された本なので当然英文で書かれている。

 時は1997年、著者は20代後半の若い中国系アメリカ人女性だった。その書きっぷり表現ぶりは猟奇的とさえ言え『日本人は中国人をこれほどまでに大量にレイプして、これほどまでに残虐に殺し続けたのだ』という文意の文章で埋め尽くされた本だった。

 この本の内容については少数の日米の研究者達から疑義が示された。しかししょせんは少数派。一方でこの本はアメリカの新聞・テレビといった主要メディアからは好意的に報じられ、数週間に渡りベストセラーとなったのである。

 が、7年後の2004年、著者は30代半ばにして自殺する。あまりに異様な騒動の終端だった。そのためなのか一部では、この一連の騒動が国家権力が絡んだ秘密工作であったという陰謀論すら囁かれ、〝中華人民共和国が仕掛けた日米離間工作〟とも言われる。

 天狗騨としては感想は単純明快である。『信じたいものしか信じない』というポスト・トゥールースの時代は、1990年代後半にはアメリカでは既に始まっていたという認識を持つのみである。

 と言うのもこの著者の次作が〝西部開拓時代のアメリカで、鉄道建設のために働いていた中国人達がどれほどアメリカ人達から虐待を受けてきたか〟をテーマとしたものだったのだが、この本は『南京大虐殺本』ほどは売れず、しかも打って変わって酷評の嵐に晒されることになった。

 天狗騨はこの2冊の本の出版とそれに対するアメリカ社会の反応をひとつの事件として見ている。


(結局〝アメリカの知識層でござい〟とアメリカの良心ぶった顔をしていてもアメリカ人は、『日本軍が中国人をレイプし虐殺する話し』の方にはなぜか溜飲を下げ拍手喝采を送っても、『アメリカ人が中国人労働者を虐待する話し』の方には嫌悪の感情を露骨なまでに示すのだ——)


(同じ作者が攻撃対象の異なる2冊の本を出版し、これほど解りやすい形でアメリカ人の性質、その正体を露わにさせたという点であまりに鮮やかすぎる。これには日本人としてアメリカに対し率直に嫌悪を感じる。故に謀略の影を感じがないでもない。一連の騒動が『中華人民共和国による日米離間工作』という指摘は〝荒唐無稽〟の一言で片付けられない)


 だが天狗騨は一方でこうも考えている。

(アメリカ人、特に普段から良心ぶったことしか言わないリベラル系アメリカ人の正体を白日の下にしかも当該アメリカ人自らの意志で暴露させたという意味において、これがたとえ〝工作〟であっても評価ができる)と。


(良心ぶったアメリカ人など誰が尊敬などするものか)

 天狗騨記者がアメリカに対する歴史攻撃をあまりに吹っ切れた形で行える、これは理由の一つである



 現にこの英文で書かれた『南京大虐殺本』の影響がどの程度のものかはリベラルアメリカ人支局長の言動が全て語っていた。リベラル系アメリカ人にとっては虐殺と言えば『南京』であり、『南京』と言えば虐殺、虐殺と言えば『南京』であったのだ。

 そのような『残虐行為』をした日本人にフィリピン人大量虐殺を糾弾されるなど論外も論外なのであった。

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