第五十話【『ファシズム』と『ナチズム』はどこが違うのか?】
実は天狗騨記者は三段論法を使っている。
ソ連は条約を破る国。
そのソ連は連合国である。
故に同じく連合国であるアメリカは正義ではない。
この主張の肝はソ連とアメリカが仲間だということをハッキリ示す所にある。
第二次大戦における史実は間違いなくソ連とアメリカは同盟国である。ただ、この論法には少しだけ弱いところがある。というのもこの直後から冷戦が始まるため、今ひとつソ連とアメリカが連合国という名の同盟国仲間だったという過去の事実が薄まってしまっているのである。
天狗騨記者はここを補強ポイントと見定めた。
『社会主義』を標榜するナチズム相手に「勝った!」とは言いたくない共産主義国家ソ連の価値観をアメリカ人が忖度した結果、『ナチズムに勝ったと言えないのだろう!』と問い詰めたのである。
『ソ連抜きでアメリカを非難できるか⁉』リベラルアメリカ人支局長は半ば無意識に天狗騨の三段論法破りを実践し始めたのである。
しかし天狗騨は天狗騨で頭に来ている。
さんざん『日本とナチスは同盟国!』と言ってきた連中が『ソ連とアメリカは同盟国!』と言った途端に『ソ連抜きで』と言い始めたからである。
(アメリカンジャーナリズムの卑劣さは目に余るものがある)
天狗騨の中に沸騰するものがこみ上げてきた。
「第二次大戦中、ソビエトとアメリカは同盟国だった。この事実を否定する人間は歴史修正主義者です」天狗騨は言った。
「なにヲ言うカ! 俺が〝チウネ・スギハラ〟を持ち出したら必死にナッテ『ナチスと日本は違ウ』と言ってイタくせニ!」
「つまりあなたは『ソビエトとアメリカは違う』、と言いたいわけですね?」
「当然ダ!」
「ならばなぜアメリカ人の第二次大戦の歴史認識が『民主主義がファシズムに勝った!』になっているんでしょう? 『民主主義がナチズムに勝った!』と言っていれば『ソビエトとアメリカは違う』という主張に説得力がでたものを」
「フン、どうやら答えは見エタ。結局アメリカを非難するタメにはソ連を使わナイトできないのダナ!」
「できますよ」
「できるナラとっくにやってイルダロウ!」
「なるほど、『温情は要らない』というわけですか。ならば言ってあげましょう。実は『ファシズム』と『ナチズム』の違いはもうひとつあるのです」天狗騨は言った。
「ナニィッ⁉」
ファシスト党は『反革命』。一方でナチス党は『社会主義』の看板を掲げている。
反革命と社会主義は正に水と油の関係である。しかしこの点以外にも違いがあるのだと天狗騨記者は言い切った。
「ファシスト党が掲げる政治目標は『古のローマ帝国復活』です。一方でナチス党が掲げる政治目標は『偉大なるアーリア民族・ゲルマン民族の復興のための土地確保』です。これは決定的です」
「したり顔デ何を言ってイルのヤラ。解ったヨウナ解らないヨウナ説明で済むと思ウナ! よもや西ローマ帝国はその〝ゲルマン〟に滅ぼされたトカ言い出すツモリじゃあるマイナ!」
「ほう、世界史の講義ですか」天狗騨は軽く嫌みをかました。「——しかし私が言いたいのはそんなことではありません。ファシスト党の政治目標が『ローマ帝国の復活』となっている以上、民族主義とは言えません!」
「どこをどう見てもイタリア版の民族主義ダロウガ!」
「ローマ人とは誰か? という問題です。ローマ市民権を持っている者がローマ人という回答になります。確かに紀元前1世紀にはイタリア半島の諸都市に市民権が拡大されたことにより『ローマ帝国=イタリア』のように見えます。しかしここで終わりではありません。その後地中海世界が統一され帝政期に入ると、ローマ市民権は拡大されていくようになります。例えばかの有名なカエサルは味方についた在地の有力者などにもローマ市民権を分け与え一種の論功行賞のような使い方をしています。またオクタビアヌスは属州民が補助兵に志願し満期除隊した際に世襲のローマ市民権を与えることを定めました。さらに時代は進み、アントニヌスは遂に帝国内の全自由民にローマ市民権を与えました。つまりローマ帝国は単一民族国家ではない。民族主義ではない」
「ファシストどもガそこマデ考えてスローガンなどヲ決めるモノカ!」
「考えようが考えまいが〝ローマ帝国〟とはそういうもので、そこに〝民族主義〟はありません。あなた達の第二次大戦の歴史観は『ローマ帝国復活』という価値観を持つ政治勢力に勝ったというものです」
「ファシストどもヲ見て〝ローマ帝国〟を想像する者はイナイ!」
「それはただ単にあなたかアメリカ社会の知識不足でしょう。私が言いたいのはですね、ファシズムの価値観が〝ローマ帝国の復活〟である以上は、『ユダヤ民族のいない世界』、そんな理念は入り込む余地は無いというわけです」
「ナチスと組んで変わっタノダ!」
「なら『ファシズムに勝った!』は益々おかしいですね。影響を与えた元の元のナチズムに勝たないと変です。にもかかわらずアメリカ社会が口にする第二次大戦の歴史観が変わらないのであれば結局『ナチズムには勝ちたくない』という内心がその心の内々に潜んでいるということです。つまりあなた達アメリカ社会構成員の無意識は『ユダヤ人のいない世界』に共感しているから『ナチズムに勝った!』と言えないのではないですか!」
リベラルアメリカ人支局長は誰の目が見ても解るほどに明らかに狼狽を始めていた。
「ろ、ローマ帝国は〝バビロンの捕囚〟を解かれてエルサレムに帰還したユダの人々が建てタ神殿を破壊しタノダ! それ以後ユダヤ人達は世界各地に離散し流浪の民となっタノダ!」
「もしかして、だから『ローマ帝国はナチズムと同じ』と言いたいのですか? しかしそれに対する回答はあなたの口がたった今説明しました。ユダヤ人達は世界各地に離散し流浪の民になったのであって、この世から消されたわけではない。つまりローマ帝国は『ユダヤ人のいない世界』を造ろうとしてはいません」
「ヌッ!」
「ひとつファクトを教えてあげましょう。あなた達アメリカ人は『アメリカ合衆国はナチスドイツの対局にある国』だという価値観でしょうが、第二次大戦前、ナチスドイツ総統アドルフ・ヒトラーの専用列車の名は、ズバリ〝アメリカ号〟です。ナチスは当時のアメリカ合衆国の価値観を尊敬していたんです」
「ふざけるナッ!」
「私は大まじめです。事実は事実。アメリカ社会が日本とナチスドイツを執拗にくっつけたがっているのは、ナチスに尊敬される国アメリカ合衆国、という不都合な過去の真実を覆い隠すためじゃあないですか」
「侮辱ダッ! これは日米同盟にスラモ影響を及ぼす言動ダ!」
「ならば『ナチズムに勝った!』と言えば良いんです。なぜアメリカ社会は言えないんです?」
リベラルアメリカ人支局長は詰まった。なぜなら『民主主義がファシズムに勝った!』というのがアメリカ人の第二次大戦観であることは事実だったからである。
『民主主義がナチズムに勝った!』と言えないのはなぜか? と正面から天狗騨記者に問われ、彼は今日何度目かの立ち往生状態となっていた。
『ユダヤ人のいない世界』という価値観に共感しているから『ナチズムに勝った!』と言いたくないのだ、という疑惑を持たれるくらいなら、ソ連を忖度したから『ナチズムに勝った!』と言えないのだ、と主張した方がマシである。
しかし、するとソ連とアメリカ合衆国が同盟国だということを自ら積極的に認めることになり、連合国ソ連の行状を根拠に『連合国は正義ではない!』と断定されるのである。
(くそっ! 日本人は脅せばなんでもいうことをきくんじゃなかったのか⁉ アメリカ人は人権と民主主義の先進国で、人権感覚もろくに持ち合わせておらず未熟な民主主義の日本はアメリカ人の言うことに従うはずじゃなかったのか⁉ この間も日本の公共放送が造った黒人動画を削除させたというのに!)
リベラルアメリカ人支局長、今や彼は〝第二次大戦におけるアメリカの正義〟を死守せねばならない立場に立たされてしまっていた。
(なにに勝ったのかはともかく、〝民主主義が勝った〟のは事実なのだ!)リベラルアメリカ人支局長は決意を新たにする。
(日本人、いつまでも好き放題ほざけると思うなよ)
リベラルアメリカ人支局長はその身体も心ももはや憎悪でできているといっても過言ではなかった。
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