第四十九話【『ファシズム』には勝つが『ナチズム』には勝ちたくない人たち】
「スターリンを罵らなくてもなんら問題ナイッ! なぜならスターリンが死んでもソ連という脅威が消えるワケデハないのダカラその行為は無意味なのデアル! アメリカにはソ連のことを『悪の帝国』と罵った大統領だって実際イル!」リベラルアメリカ人支局長はアメリカ人がスターリンを罵らないことについて開き直った。
困ったときは開き直る。この手法は決して誉められはしないが議論で押し込まれたときに状況を打破しうる方法であった。
ただし、相手方に次の弾が無ければ……の話しである。
「つまり、スターリンを罵らないことをそうやって合理化したというわけですか」天狗騨記者は言った。
「フン、何度問われヨウガ言うコトハ同じダッ! ソ連という国家そのものが問題ナノダ! スターリンが死んデモそこで共産主義国家が消えるわけデハナイ!」
「じゃあ仕方ありません。アメリカ人がソビエトを忖度していると言える次の根拠を披露しましょう」
リベラルアメリカ人支局長は背筋が凍った。
(そんなものがあるのか? いや、あるわけがない!)
しかし身体が感じる悪寒だけは否定のしようが無い。
「アメリカ人の第二次大戦に関しての歴史認識は『民主主義がファシズムに勝った』で間違いないですね?」
(これはなにかの罠では?)そう感じたリベラルアメリカ人支局長だったが、確かに天狗騨が言ったこのことばはアメリカの価値観そのものである。
「その通リダ!」そう返事をするしかない。
「つまり『ナチズムに勝った』とは言えないと、これはなぜですか?」
(なにぃ⁉)リベラルアメリカ人支局長は完全に意表を突かれた。
「重箱の隅ヲつつクナ!」反射的にことばが口から飛び出す!
「いいえ、これは極めて重要な問題です。なぜなら『ファシズム』と『ナチズム』には決定的な違いがあるからです」天狗騨は表情も変えずに口にした。
「似たヨウナものダ! 新興の国粋主義政党が他の政党を議会から排除シ独裁権力をふるウ。歴史的にナチス党よりファシスト党の方が先にできたカラ『ファシズム』と言っているダケダ!」
「しかし問題はその『ズム』でしょう。『ズム』には理念とか主義とかいう意味があります。『ファシスト党の方がナチス党より早くできたから』という理由は主張するにしては杜撰と言うほかりません。『ファシズム』と『ナチズム』には思想的に明確な違いがあるんですが解りませんか?」
「一人の絶対的独裁者に忠誠を誓わセル! まったく違わナイ!」
「違いますね。ファシスト党とはムッソリーニが1919年に組織した反革命団体をもとに1921年正式に設立された政党です。元が『反革命団体』だったというところが重要です」
「何を言いタイノカ、まるで話しが見えてコナイ!」
「ならば見えるようにしましょう。『アンティファ』という組織がアメリカで社会問題となっているそうですね。要するに〝アンチ・ファシスト〟。実際1920年代のイタリアでムソリーニ率いる国家ファシスト党に対抗するため結成された反ファシスト勢力が源流、と説明されています。だからなのか主張する中身だけは正義派っぽいです。『反権威主義体制』『反人種差別』『反排外主義』とかね。しかしアメリカ政府の認識は暴力や違法行為を通じ民主体制や資本主義経済システムの転覆を目指す無政府主義的な地下集団、〝極左過激派勢力〟だとか」
「つまり『ファシズムに勝った』とイウ主張をスル者は『アンティファ』と同じダト言いタイワケカ⁉」
「その通りなんですが、それだと理解が少し浅いんですよ」
「浅いダト⁉」
「ナチス党の話しをまだしていない、ということです。ナチス党は『国家社会主義ドイツ労働者党』というのが正確な名称です。ちなみにここでの〝国家〟が多民族国家を指さないところから『民族社会主義ドイツ労働者党』と表現する人もいます。ま、どちらの解釈でも『社会主義』の部分は不変です。ナチス党とは『社会主義』を標榜した政党なのです」
「なにが〝シャカイシュギ〟ダッ! 俺は日本語の講義をお前に受けるタメニ来ているンジャナイ!」
「『ナチス』なんていう略語で常日頃思考しているから本質が見抜けなくなるんですよ。ナチスとはこちら側から見ての略称です。正式には『NSDAP(エン・エス・デー・アー・ペー)』、これが党名です。『National Sozialistische Deutsche Arbeiter Partei(ナツィオナール・ゾツィアリスティシェ・ドイチェ・アルバイター・パルタイ)』の頭文字をとっていて正真正銘のドイツ語です。『Sozialistische』と、この党を造った連中が自ら『シャカイシュギ』だと名乗っているんです!」
「だからナンダ!」
「まだ解りませんか? ナチス党は公然と社会主義という看板を掲げているが、ファシスト党の方は『反革命』が理念なんです。マルクス主義においては生産手段の社会的所有が実現され,人々は労働に応じて分配を受けるとされる共産主義の第一段階が社会主義だということですから、つまりファシスト党は社会主義にも反対。似ているように見えてこの両者には決定的な違いがある。『ファシズムに勝った!』とは言うが『ナチズムに勝った!』とは言わない連中は社会主義になんらかのシンパシーを感じている〝社会主義者〟ではないですか」
「共産党が合法ナ日本人がなにを言うカ!」
不思議な罵倒をするリベラルアメリカ人支局長だったが、ある意味これはアメリカ人的でもある。しかしこれを話しを不利な方向から逸らそうとした〝誘導〟だと断定した天狗騨記者は取り敢えずこれを無視した。
「枢軸国側の視点で見ればイタリアは陣営からいの一番に脱落してます。連合国視点で見ても〝ナチスドイツ〟と〝ファシストイタリー〟を比べ『イタリアの方が強敵だった』と言う人もいないでしょう。なのに『ファシズムに勝った!』とばかり主張するのはかなり不自然だと言うほかない。どう考えてもナチスドイツの方が強敵なのだから『ナチズムに勝った!』と主張するのが自然じゃありませんか?」
「ぐ、む……」詰まるリベラルアメリカ人支局長。当然こういう時は天狗騨は追撃をかける。
「第二次大戦を始めたのがナチスドイツなのに勝った相手が『ファシズム』だなんてそんな歴史観がありますか? 第二次大戦を始めたのがナチスドイツなら『ナチズムに勝った!』と言うべきでしょう!」
リベラルアメリカ人支局長は遂にうめき声さえ出せなくなった。天狗騨は遂にとどめを刺しに掛かる。
先ほどの『共産党が合法ナ日本人がなにを言うカ!』にきっちり落とし前をつけさせるためである。
「『ファシズムに勝った!』という第二次大戦の歴史認識は中華人民共和国、ソビエト社会主義共和国連邦の口にすることととまったく同じなんですね。共産主義者としては『社会主義』の看板を掲げるナチス党の完全否定はしにくいということなんでしょう。一方『反革命』が理念のファシスト党の方が容易く否定できる。奇妙な事にアメリカ人の大部分がこの『ファシズムに勝った!』という共産主義者の歴史観を共有しています」
「どうイウ意味ダッ⁉」
「それを声に出してわざわざ訊きますか? アメリカ人の方が共産主義者と同じ価値観を持っていると言っているんですよ!」
天狗騨記者は別に共産党シンパではなかった。なので彼の意趣返しはこうなったのである。
『お前の国には未だに共産党なんて政党があるだろう!』に対し『あなた方は共産主義者と同じ価値観を持っている』と返した天狗騨記者はむろん自身のことをリベラル主義者だと思っている。
「それハ歴史修正主義ダッ!」ともかく何かを言わねば負けると考えてたリベラルアメリカ人支局長は天狗騨記者を指さした。結局〝ネーム・コーリング〟へと戻ってきてしまった。
しかしそれではマズイと思ったか、続けてリベラルアメリカ人支局長は叫んだ。
「結局我がアメリカを悪し様に言っテイルその根拠はソ連にしか無いじゃナイカ!」
『ソ連抜きでアメリカを非難できるか⁉』というその問いは十二分に天狗騨記者に対するカウンターと言えた。
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