第四十七話【『ドイツを見習え!』と言って自爆する人間】

「ドイツではナチス副総統ルドルフ・ヘスの墓を掘り起こし、遺骨を解らぬヨウニ処理をシタ。ナチスの聖地を生まないタメノ賢明な判断ダ! 戦犯を神にスル日本とは雲泥の差ダ!」リベラルアメリカ人支局長はあからさまな程にドイツをアゲ、日本を堕とした。



 これもまた〝典型的〟と言えた。

 『ドイツは歴史に真摯に向き合い過去を心から反省した結果、第二次大戦で被害を与えた国々との真の和解をすることができた。それに比べて日本は戦後○○年経つのに歴史問題を引きずったままで被害を与えた国々との真の和解が未だできていない——』という〝有名なパターン〟であった。

 ひと言で表現すると『日本はドイツを見習え!』となる。


 だがそうした〝ドイツ論〟も近頃雲行きが怪しくなってきている。

 2019年、ギリシャでのこと。ギリシャ首相はドイツ政府に対し第2次世界大戦中の被害について賠償要求を始めた。時の政権の意向を受けたギリシャ議会の委員会は被害額について、日本円に換算し約35兆円との試算を出した。

 これを最初に言いだした首相が交代し、次の首相になってもこの要求は引き継がれている。

 

 同じく2019年、同様なことがポーランドでも起こっている。

 ドイツ政府に対し「補償を要求しなければならない」と、ポーランド首相が明言。その意向を受けたポーランド議会の特別委員会は〝約6年に及んだドイツによる侵略〟でポーランド経済は日本円に換算し約90兆円余りの損失を被った、との暫定調査報告を公表した。

 

 これらに対するドイツ政府の反応は、いずれについても『解決済み』で、両国の金銭的要求について、支払いの意志が無いことを表明している。


 さて、こうなるとドイツが既に成し遂げている筈の〝真の和解〟とはなんだったのかという話しになる。

 ドイツはこの両国が満足するような補償をするのが正しいのか、不当な要求だとしてね付けるのが正しいのか。

 この件につき『ドイツを見習え!』と言ってきた者たちがどちらが正しいのかについて明言したという話しは、寡聞にして聞かないのである。


 しかし確実に言える事は、こうしてドイツに対し『被害を補償しろ!』と言う国々が存在しているという事実である。この事実から『〝真の和解〟などは無かった』と断じてもそれは突拍子もない結論とは言えないだろう。



 これらのことが頭にある天狗騨記者は(またドイツ神話か)くらいにしか思っていない。


「そういうの(ナチス副総統ルドルフ・ヘスの墓撤去)を〝墓荒らし〟というのです」天狗騨記者があっさりと断定した。


 真っ正面から『墓荒らし』、と言われたリベラルアメリカ人支局長は答えに窮した。最初から墓を造っていなかったのならともかく、造った墓をわざわざ破壊する行為は『墓荒らし』以外に表現のしようがないからだった。


 天狗騨の側からしたら〝こっちはドイツの話しなどしてもいないのに〟となるしかない。

「あなたは『ドイツを見習え』と言いましたが、なぜドイツと日本をくっつけて考えているのでしょう?」天狗騨は素朴な疑問をぶつけた。


「同盟を組んでいた以上くっつけらレテモ当たり前ダッ!」


「しかしドイツと日本は戦中、同じ事はしていません。当時のドイツのような合理性の無い狂った連中と日本を一緒にするのは問題だ。いいですか、戦争ともなれば国中のあらゆる人間に戦争のための協力を強いるのが普通です。日本もそうです。さすがに全幅の信頼は置けなかったということでしょうが、志願兵に限っては朝鮮半島や台湾出身者も日本軍への参加を認めていたくらいです」

 

 天狗騨記者は朝鮮人や台湾人の日本軍参加を肯定的にすら語ってみせた。ASH新聞記者としては規格外である。当然社会部フロアはざわめく。


「—— 一方ドイツは、というとドイツ国籍を持つユダヤ人をドイツ政府が殺していました。戦争をするんです。『ユダヤ人であってもドイツ国籍を持っている以上はドイツのために戦争協力しろ!』と言うのが普通でしょう? また対ユダヤ人政策についてもドイツと日本が政策を共有したことはありません!」


「黙レ! ユダヤ人の理解者面するナヨ! いくら〝チウネ・スギハラ〟がいテモ日本はナチスとは同盟国なノダ! 彼のヨウニ国に逆らっタ一部の人間の存在を言い逃レの口実にはできナイゾ!」リベラルアメリカ人支局長は自ら杉原千畝を持ち出し先手を打ってきた。彼の中では『ナチスドイツ=日本』であり、これを否定されるなどあってはならないことだったのである。


 しかし天狗騨はあっさりと断定した。

「杉原千畝は日本国に逆らってユダヤ人を助けたという主張は間違いです」


「ごまかソウトスルナッ!」


「本当に国に逆らっていたら日本入国時に『このビザには不備がある』と言ってユダヤ人入国は認められなかったことでしょう。役人の必殺技は今も昔も『書類に不備があるため受け付けられない』ですからね。本当に杉原氏が逆らっていたのならこの必殺技が炸裂したことでしょう。現にです、杉原氏の書いたビザの中にはあまりに急いで書いたため文字が崩れすぎ読めない物もあったそうです。しかし誰一人『書類上の不備』を理由に日本入国を拒否されたユダヤ人はいません。あなたは〝ポジティブリスト〟と〝ネガティブリスト〟の区別がつけられない人間です!」


「なんダトッ!」リベラルアメリカ人支局長は瞬間的に沸騰した。それは〝無教養〟と言われたも同然だったからである。ちなみに————

 〝ポジティブリスト〟とは『〜をすることを可とする』という命令のことである。

 〝ネガティブリスト〟とは『〜をすることを禁止とする』という命令のことである。

 軍隊を語るときによく使われる用語である。


「——確かに日本政府は『ユダヤ人を救うことを可とする』という命令は出してはいません。しかし『救うことを禁止とする』との命令も出していません。杉原氏は『やってはいけないとは言われていないのだからやっていいだろう』と考えることのできた人物で、これは誰にでもできることではありません。しかしながら『ユダヤ人を救うことを可とする』という日本政府の命令が無いことをもって『杉原氏が日本国の方針に逆らった』ということにするということは、『日本はユダヤ人を救うなという命令を出していた』と言ってるってことですっ! そっちがそういうつもりなら、私は今ここでアメリカ合衆国がユダヤ人難民を満載した船を入港禁止にしてナチスドイツに送り返した事件についてアメリカ合衆国の罪を問いますよ!」

 天狗騨記者の口にした入港禁止云々は『セントルイス号事件』のことである。


 天狗騨怒濤の反撃にたちどころに答えに窮するリベラルアメリカ人支局長。日本とアメリカ、どちらがユダヤ人を救ったかで勝負したら間違いなくアメリカ合衆国の方が悪党の側になるのだから窮するのも当然であった。


「何を言おうガ日本とドイツは枢軸国、同盟国ダッ! 『ナチスとは同盟など組んでいない』などト歴史を修正するつもリカッ!」リベラルアメリカ人支局長は杉原千畝で天狗騨に言い負け露骨なまでに開き直った。


「なるほど確かに同盟国です。しかしながら——」


「シカシもなにモ無イッ!」


「あなたの国アメリカ合衆国とソビエト社会主義共和国連邦も同盟国ですね」


「それがどうシタッ!」リベラルアメリカ人支局長の口から反射的に飛び出すことば。この瞬間それがどういう意味を持つことになるかなど彼は何も考えてはいなかった。

 そしてそれを聞いた天狗騨の臨機応変な戦術が縦横無尽に炸裂する!


「よってアメリカ合衆国も正義とは言えません。あなた方アメリカ人はこれまでの歴史観を改めるべきでしょう」

 遂に天狗騨記者が本格的にアメリカの第二次大戦観を否定し始めたのだった。


「日本が正義ダト言うノカッ!」


 しかし天狗騨記者はこのことばを無視した。単に事実を突きつければ済むと考えたからだった。


「あなたは先ほどサンフランシスコ講和条約の話しをしていました。そこで私も条約の話しをしましょう。連合国は日ソ中立条約を破りました。条約破りの国を正義とは言いません!」



 『日ソ中立条約』とは1941年4月、日本とソビエト社会主義共和国連邦の間で結ばれた相互不可侵条約である。有効期間は5年。

 だがソビエトは1945年8月9日、一方的に条約の破棄を宣告、直後に日本攻撃を開始した。しかし、相互不可侵条約の失効が一方からの破棄宣告だけで済んでしまうのならそもそもそんな条約を結ぶ意味が無い。実は同条約の中にはその際の条約の有効期限について、あらかじめ取り決めがあった。即ちそれは破棄を宣告してから六ヶ月後に条約が失効する旨記されていたのである。

 つまり、破棄宣告直後に締結相手国に攻撃を仕掛けることは紛うこと無き条約破りであった。



「条約を破っタノはソ連ダッ! アメリカではナイッ!」リベラルアメリカ人支局長は叫んだ。


「しかしあなたは日本とドイツを『同盟国だから』という理由でくっつけました。ならばアメリカとソビエトも同盟国なのですからくっつけても問題は無いでしょう」


「う、うヌッ!」ぐうの音も出ないリベラルアメリカ人支局長。


「さらに言うならソビエトに日ソ中立条約を破るようそそのかしたのはアメリカだとか」


「なっ、なにヲ言うカッ! 破っタノはソ連ダッ!」


「まあ私としては連合国仲間内での責任のなすりつけ合いには興味はありません。確実にひとつ言えることは、連合国は条約を破った。これは歴史的ファクトです。当然あなた方アメリカ人が北朝鮮を非難していることからも解るように、国際的約束を破るような国の側が正義になることはありません」天狗騨は言った。


 ソビエト社会主義共和国連邦は紛うことなく連合国であり、間違いなく連合国が国際条約を破っていた。それもこれも同盟国だからという理由で日本とナチスドイツをくっつけてしまったというリベラルアメリカ人支局長自らが招いた失態故である。ために彼は立ち往生するしかなくなっていた。

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