第四十五話【A級戦犯が合祀サレタ後、天皇も靖國に行ってナイ!】

 リベラルアメリカ人支局長の閃きとはこうだった。


「昭和天皇でサエ、A級戦犯がヤスクニに祀られた後は参拝に行ってはいナイ!」リベラルアメリカ人支局長は高らかに宣言した。


(天皇を持ち出した途端に日本人の思考は硬直し言うことをきくに違いない)と内心ほくそ笑む。


 リベラルアメリカ人支局長はこれだけ天狗騨記者とやり合っていて尚〝日本人的常識〟を天狗騨に当てはめていた。




 ちなみにこの問いに対する右派・保守派的模範解答は以下の通りになる。

 かつて〝三木武夫〟という首相がいた。靖國神社にA級戦犯が合祀された頃の首相である。この首相が靖國神社を参拝した際、何を思ったか、

「これは私的な参拝だ」と言い出した。これ以前は『公的』だとか『私的』だとか、そうした接頭語は付いてはいなかった。

 以降、マスコミは靖國神社に参拝する政治家達にお決まりのフレーズをぶつけ続ける事になる。それが、

「公的参拝ですか? 私的参拝ですか?」である。さらに略し「公的ですか? 私的ですか?」となる。これが恒例行事となった。

 つまり、首相が私的にしか参拝しないのに天皇が公的に参拝するというのも選挙で選ばれている首相の意志を天皇が蔑ろにし圧力をかけているようであるし、かといって天皇が首相に合わせて「私的に参拝」だとあからさまに明言してしまうと、今度は日本国の象徴というその立場から特定の宗教に肩入れしたように見えてしまう。

 こうして三木武夫首相以降天皇の靖國参拝は途絶えたという主張である。何を言わんとしているかと言えば『A級戦犯合祀は天皇の靖國参拝の中断とは関係がない』である。『たまたま合祀がその頃だっただけ』と。

 この状態に風穴を開けようと思ったのか、三木首相の十年ほど後、〝中曽根康弘〟という首相が正面から『公式参拝』を唱え、靖國神社の公的参拝を敢行した。

 が、種々の騒ぎの結果結局一度きりで終わった。

 というわけで靖國参拝が『公的か』『私的か』と問われる事態になったため、天皇の靖國参拝が途絶えてしまった、というのが『A級戦犯合祀後は天皇の靖國参拝は無いぞ!』に対する右派・保守派的模範解答であった。




 しかし、天狗騨記者はこの手の思想じゃなかった。


「しかしそういう言い分を一度通してしまうと、今度は逆に『天皇が靖國に行ったから政治家も行かなければならない!』に容易に変質しますね。私はそうした危険な思想に与することはしません!」天狗騨は言い切った。


 リベラルアメリカ人支局長はいよいよ解らなくなっていた。

 日本にも左翼はいてそのような者には『天皇がこう言った』という主張が〝効かない〟とは知っていたが、国立追悼施設潰しに荷担するが如き言動をする者が天皇の意見に耳を貸さない、しかも動揺する素振りすら見せないというのはあまりに理にかなっていなかった。


(ヤスクニに味方するような奴は天皇がひと言、言っただけでそれにひれ伏すはずだろう?)こう思っていた。


「A級戦犯が祀られテイルことヲお前はどう考えテイル⁉」リベラルアメリカ人支局長は鋭く問うた。


「A級戦犯合祀については怖れ半分、同情半分で祀られたんでしょう。まあ後者は異教の宗教観の問題ですから外国人の方には解りにくいでしょうがね」天狗騨は答えた。


「その答えハどうイウ意味ダッ⁉ 合祀を容認すると言うノカッ⁉」リベラルアメリカ人支局長がさらに問うた。


「その通りです」

 そのあまりにあっさりした断定に社会部フロアが再びざわめく。ASH新聞的模範解答はもちろん『靖國神社のA級戦犯合祀を容認しない』だからである。

 本来ならこのような放言は社の価値観を否定するものとして即刻止めさせるところだが、このアメリカ人がそれを許さないであろうこともフロア中の人間誰しもが思っていたため、誰も天狗騨を止めない。


「政治家の中にハ〝分祀〟すベキダ、という考えがアルガ?」またさらにリベラルアメリカ人支局長が問うた。


「それは日本国憲法順守の意志を持たない危険な政治家の言うことです」


「違う! 良心的政治家ダッ! どういう理屈でそうナッタッ⁉」


「そんなことも解らないのですか? まず理解の前提として〝神道〟という宗教の宗教的価値観の問題があります。ひとつの宗教施設で祀る対象を増やすことを〝合祀〟というのだそうですが、一度一緒にしたものを分けること、つまり政治家達が〝分祀〟と言っている行為の実行は宗教上不可能だということです」


「そんナ馬鹿ナ話シガあるカッ! 合わせたモノガ分けらレナイナド起こり得なイッ!」


「我々は科学の話しをしてるんじゃないんですよ、宗教の話しをしているんです。不合理だと言うのなら、あなたが信じている宗教だって同じようなものですよ。処女は懐胎しないし、水はぶどう酒にはなりません。不合理だからといって貴国の政治家が『そういう部分は変えていくべきだ!』と言いますか? 言わないでしょう?」


「なぜ我々の宗教とウォー・シュラインが同じにサレテイルッ⁉」


「『シュライン』と言っているのは元々あなた方です。【shrine】には聖なる場所や建物、つまり聖堂や聖地、神殿、そうした意味がありますね」


 アメリカ人の靖國神社の呼称『ウォー・シュライン』を逆手にとった天狗騨の意趣返しだった。

(聖堂、聖地、神殿、確かにどれをとっても宗教絡み……)リベラルアメリカ人支局長には上手い切り返しが思いつかない。この間にも天狗騨記者は喋り続ける。


「政治家が『その宗教は不合理だから変えてしまえ!』と言うということは、日本国憲法が保障する〝信教の自由〟を政治家自らが破壊する行為です! 特定宗教に対する弾圧です! 真のリベラル主義者たる者はA級戦犯合祀云々より、〝分祀〟などと言い出す政治家を非難すべきだ。戦後『国家神道』は解体されました。つまりもはや政治が介入できる宗教ではないんですよ。する方が日本国憲法に違反するんです!」


(いやいやいや違うだろ。宗教の話しをしに来たのではない俺は。A級戦犯は戦争犯罪者だ。それを拝むのが問題なのだ。この天狗騨という記者は故意にそこから逃げている。だからまた『日本国憲法』だの『信教の自由』だのに話しを逸らすのだ)リベラルアメリカ人支局長は断定した。


「いくら日本国憲法はアメリカ人にヨッテ造られたカラとイッテ、そういう逃げは通じナイ!」

 リベラルアメリカ人支局長はあらかじめ逃げ道をふさいだ。少なくともそう確信してこれを言った。


「我々が問題にしてイルノハ徹頭徹尾日本人がA級戦犯を拝むコトなのダ!」


「私は既に理由を言っていますが、『怖れ半分、同情半分』だと。〝分祀〟などを求める政治家を応援するなど、あなたがつまらないことをしなければ直接そこへ行っていましたよ」


(なにがつまらないだっ!)

「戦争犯罪者を神とシテ拝むコトハ、日本人が真に戦争の反省をしてイルのかドウカ、世界に疑念を抱かセル問題ナノダッ!」露骨なほどにリベラルアメリカ人支局長は己の本心を露わにした。


「〝神〟など持ち出すとは。また宗教の話しに戻ってるじゃないですか」天狗騨記者がこれに嫌味をかました。


「戦争犯罪者を〝神〟にしテイルのは『ヤスクニ』ダッ!」リベラルアメリカ人支局長は怒鳴った。もはや憎悪を隠す気も無い。


 天皇を持ち出しても天狗騨記者は従順にはならなかった。ジャブの応酬の段階は終わった。いよいよ本格的に第二次大戦を巡る歴史認識対決が始まろうとしていた。

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