第七章 天狗騨記者、遂にリベラルアメリカ人と直接対決する
第三十七話【ニューヨークのリベラル新聞・東京支局長登場ス!】
一人の長身の白人男性がいつの間にかそこに立っていた。そして音高く声をあげた。
「ココに世界中が歓迎する日本の新たな戦没者追悼施設を潰し『ウォー・シュライン』を延命させようとする極右の新聞記者がいると聞いた」
『ウォー・シュライン』とは直訳で『戦争神社』。要するに靖國神社のことであった。
このASH新聞東京本社社屋内には、外国の新聞社の東京支局も入っている。
男は、アメリカ合衆国・ニューヨークに本社を置く、自他共に認める(少なくとも仲間内では)リベラル系のクオリティーペーパーの東京支局長であった。
(ある意味話しが本線に戻ってきたな)天狗騨記者は思った。
天狗騨記者は政府が目論む〝国立追悼施設の運用〟を非常に問題視し、これを非難すべしという価値観を持ち、それを公然と表現していたのである。
(要するにこのアメリカ人に〝俺の国立追悼施設に対する考え〟を吹き込んで、この場に来させたらしい)
チラ、と左沢政治部長の顔を見ればニヤニヤと笑みを浮かべている。
(相変わらず卑しい真似をしやがるな)天狗騨はふつふつと腹の底から煮えたぎって来るものを感じていた。
このASH新聞には古くからひとつ誉められない癖があった。
非難の対象と定めた国内の政敵に対し、論理的に敵わず分が悪いと感じるやいなや、外国にご注進に行き、外国人に当該政敵を攻撃させ、その勢いに便乗しその政敵を葬ろうとするのである。
こうした行為は大韓民国が多用する、いわゆる〝告げ口外交〟と、その構造が全く同じであった。
こうした同じような行動パターンを、国境を越えた両者がともにとってしまうため、しばしばネット上では『ASH新聞は日本人が造っていない』と言われていた。
『最大の元凶要因が解っているのに誰も改めようとしない!』天狗騨記者は常々そのように考えていた。
(冗談じゃない。日本人が造ってるんだ!)
こうした行為について天狗騨は「『映画・風の谷のナウシカ』におけるペジテ市の市長並の愚行である!」と憤ってもいた。
「さて、もう午後七時も過ぎていますが、アメリカ人は残業を嫌っていたんじゃないですかね?」天狗騨が軽くジャブを放った。
「オイ天狗騨やめろ」と間髪入れず中道キャップの小さな声が耳に届いた。
(そういえばこの人もいたな)としばし存在を忘れていた上司の事を思い出した天狗騨記者だった。
「大丈夫だ。極右を叩きつぶすためには私は時間を惜しまない」リベラルアメリカ人支局長は言い放った。
(何を吹き込まれたか知らんが『使命感』に燃えているらしい)
そして天狗騨記者はアメリカ人の本当の内心をとっくの昔に察知してもいた。
何年か前、アメリカの国務長官、国防長官が揃って来日したとき、両者が揃って東京・千鳥ヶ淵戦没者墓苑に花束を捧げたことがあった。この場所から靖國神社へは目と鼻の距離である。
天狗騨記者は右派ではない。別にアメリカ政府の人間が靖國神社を参拝しなかったからといってそれで憤るような人間ではない。もっとも、日本では右派であっても誰も『こっちがアーリントン墓地に花束を掲げているのにアメリカ政府の人間が靖國神社に来ないのは許せぬ!』とは言わないのであるが。
天狗騨記者が抱いた抜き差しならない違和感とはアメリカ政府の現職の高官がわざわざ千鳥ヶ淵戦没者墓苑にやって来たという正にその点だった。
(今まで来たことが無いのだから来なければいいだろう)と、そう思っていたのだ。
わざわざやって来た理由も察しがついていた。
(結局失敗した我が社の『二つの学校シリーズキャンペーン』で失脚を願ったあの首相が、あの頃しきりに『私は靖國に参拝する!』と息巻いていたからだろう)と天狗騨は読んでいた。
(今まで一度も来たことが無いのに『靖國神社に参拝するぞ!』と吹聴する首相が現れた途端に千鳥ヶ淵へ行くとは、あまりにも見え透いている。来ない方がマシなくらいだ)とさえ思っていた。
そして天狗騨記者は実際ついさっき、目の前のアメリカ人の口から『ウォー・シュライン』という特定名詞を耳にしていた。これはこのアメリカ人が特異なキャラクターを有しているわけではないことも天狗騨は理解していた。
アメリカ人、特にリベラル系は一般的に決して『YASUKUNI・JINJA』とは口にしない。『ウォー・シュライン』と呼称するのである。
むろん日本人の側は『アーリントン墓地』のことを『戦争墓地』とは呼称しない。
(アメリカ人とはなんと解りやすい連中だろう)天狗騨は思った。
しかし問題は周囲だった。周囲は日本人ばかりであるはずなのに、ここにいるのはペジテ市長ばかりだった。
天狗騨は誰よりも『イジメ問題』を真剣に考えた結果、ひとつの結論に達していた。それはイジメられた者が立ち上がらなければイジメられる者を救おうとする者すらも現れないという結論だった。
ここでの問題はひとつ。立ち上がり方を間違えるとさらに状況が悪化する。どう適切な手法で立ち上がるか、そこが問題だった。
天狗騨記者は瞬間的に発することばを選び、そのことばを口からはじき出した。
「ユー・アー・フェイクニュース」
目の前のリベラルアメリカ人支局長は目の前の髭もじゃの日本人記者に何を言われたのか咄嗟に理解できず、あまりに唖然とした顔をしていた。
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