第十九話【社説の常套句『外交で解決を』が使えなくなる! 韓国のせいで!】

「卑劣なことをやっているのですから、〝卑劣〟と表現するほかありません」天狗騨記者はほんとうにあっさりと言った。左沢政治部長の言うことはまったく通じていない様子であると、そういうほかなかった。


「それでも韓国が卑劣と言うんだな⁉」と念を押すように再度訊く左沢。

「そうですよ。〝徴用工〟を持ち出し再度日本に『賠償せよ!』と金銭的要求をしている以上、大韓民国は条約破りの国ですよ。国家が結んだ条約を破る。条約破りは卑劣ではありませんか?」天狗騨は言った。

「まっ、まだ破ったわけじゃない!」

「日本に再度金銭的要求をしているのにですか? 韓国側が、その政府も社会も『日本からカネを出させなければ気が済まない』という価値観を持ってるのは明らかですよ」

「いや、そこは杓子定規に解釈するのではなく、二国間で話し合って上手い問題の解決方法をだな——」左沢政治部長にとっての雲行きがだんだんと怪しくなってくる。


「敢えて確認のために言いますが1965年の日韓基本条約に付帯する日韓請求権協定によって請求権問題は完全に解決しています。にもかかわらずまたしても金銭的要求を突きつけてくる。これは条約破りです」またも天狗騨は言い切った。

「お前、〝金銭的要求を突きつける〟ってな、あるだろうもっと、〝建設的な話し合い〟というのかな」と左沢。

「条約破りの国との友好関係維持など、そもそも成り立つ道理がありません」

「天狗騨っ、お前それは政府の言うことと同じじゃあないか!」

「日本政府はそこまでは言えてませんよ」

「いいや! だいたいにおいて同じようなことを言っている! いつからお前は——」

「ならもっと言ってあげましょうか」天狗騨記者は左沢政治部長の話しを遮る。


「——当時の日本政府は『個人補償を申し出た』にもかかわらず大韓民国側は執拗に政府が受け取る形にこだわり、『韓国政府が補償の必要な韓国人個人個人にお金を渡す』ということで合意したんです。それをひっくり返すことは卑劣そのものですよ」天狗騨は〝卑劣〟を繰り返す。

「この政府の犬めっ! 我々はASH新聞なんだぞ!」

「じゃあ我々ASH新聞が『大韓民国の条約破りを甘受しよう』という社説をいつ書いたというんです?」

「……」

「いつです?」

「……」

「黙っていては分かりませんよ部長」


 しかしなお黙り込む左沢政治部長——もちろんそんなことは書けやしない。


「大韓民国という国とその社会は情緒で動いています! そんなものに無理矢理もっともらしい理由をつけてかばえるわけがない! やればやるほど主張が破綻していく! そんなことをやっているからこのASH新聞の部数は大激減、我々の年収も一律165万円カット、口さがない連中からは〝不動産で儲けている〟として『ASH新聞不動産』などと揶揄されるんですよ。もう大韓民国などという国に固執するのはやめるべきです。かばえばかばうほど我々の立場がまずくなっていく」

「このっ——」「〝右翼・極右・ナチス・ネトウヨ〟ですか?」天狗騨記者は先回りしていた。

「うっ」と思わず声を漏らしてしまう左沢政治部長。その攻撃パターンは既に天狗騨によって見切られていた。

 〝大韓民国〟の国柄や社会を批判する主張を〝ヘイトスピーチ〟と断定し、このワード(ヘイトスピーチ)を使って黙らせるというASH新聞的常套手段は天狗騨記者には通じなかった。


「これはもう右も左も関係ないんですよ」天狗騨は言った。

「いいやこれはウケイカ(右傾化)だーっ! ウケイカ、右傾化だ!」明らかに壊れつつある左沢政治部長。

「なるほどそういえば〝右傾化〟については指摘していませんでした。しかし単純に〝右〟〝ミギ〟言って済む問題じゃありませんね。このASH新聞は天皇の代替わりの際に執り行われる大嘗祭の費用について、皇弟の『身の丈に合った』発言を使い、『24億円は高い』と言わんばかりの主張を社説で書いていましたね? これは左翼の視点ですか?」

「ふっ、ふざけるな! お前は実は右翼なんだろう⁉」

「やっぱりこれも右も左も関係ないんですよ。これは『納税者の立場』で書いているんでしょう?」


「そ……その通りだ……」

 この時もう左沢政治部長には天狗騨記者の仕掛けた罠が見えていたが、もはやどうしようもなかった。


「さっきも言ったでしょう。『納税者』としての立場からすると、一度払ったはずのカネを再請求されるのは許し難いことなんですよ。そのカネの出所は結局税金として集めたカネなんですから。日本が嫌韓化するのは税の問題から考えて当たり前なんです」

「当たり前じゃない!」もはや論理もなにもすっかり消え失せた左沢政治部長であった。ただそこには〝韓国をかばいたい!〟とするその妄念があるのみ。

 

 しかし天狗騨記者は無慈悲なまでに冷静な考察を加えてきた。

「今の日本の税制がどうなっているかを考えた場合、状況は1965年当時より悪くなっているんです! 法人税を際限なく下げ、その穴埋めに消費税を増税するのが今の政府です。そうして生活の中から取られてしまった日本人の税金に事もあろうに外国が手をつけようとしているというのが現状ですよ! 『日本が賠償しろ』『日本が賠償すれば韓日友好が成る』というのが韓国の立場である以上、我々の税金を外国人が狙っているということになるんです! 〝法人税減税・消費税増税〟はこれまでの生やさしい日本の国民性を既に変えているんです。納税者の視点も持たずに『右傾化している』と連呼するだけの主張が果たして社会の状況を的確に指摘していると言えるでしょうか? ぜんぜん言えてないですよ!」


 正に致命的な一撃となった。左沢政治部長が天狗騨潰しの切り札だと思い込んでいた韓国はもはやお荷物レベルまで墜ちていた。

 確かに消費税を上げたばかりで再度値上げようとする浅ましい話しがすぐにでてくるこの昨今の日本社会、そうして国民が取られた税金を、こともあろうに外国が日本から取ろうとしているという構図に対する憎悪と反発には実は右も左も関係が無かったのである。

〝納税者の立場としてただ韓国を許せない!〟という主張には残念ながら(左沢政治部長にとっては)、説得力がある……というほかなかった。


「お前は韓国だからそこまで強気に言えるんだろう! 大国相手にはものが言えなくせにな!」もはや捨て台詞しか吐けない左沢政治部長だったが、彼にはもはや退却ができなくなっていた。

「ソビエト社会主義共和国連邦が日ソ中立条約を破ったことは卑劣です。ソビエトの条約破りの結果得たロシア連邦の北方領土利権は国際法上問題です。どうです? ロシア連邦が条約破りの利権を継承していることを非難してみました。これで満足ですか?」天狗騨の喋りには一切のよどみが無かった。


(くっ、くそっ!)


「もうそろそろ〝どちらの社論を選択するか〟、それを考えるときが来たと、そうは思いませんか?」

「〝どちらの社論〟だ、と?」

「そうですよ。我々ASH新聞が頻繁に使う『Aという社論』と『Bという社論』がバッティングしています。どちらかを切り捨てないと、この新聞は都合の良いように場当たり的に解釈を変える信用のならない新聞だと自ら証明することになります。これでどうして場当たり的に憲法解釈を変える政府を攻撃できるんです?」

「やかまっしい! 〝A〟とか〝B〟とか! 抽象的な話しはいいんだよ!」

「じゃあ具体的にいきましょう。ひとつは『大韓民国とは切っても切れない隣国だから友好すべし』という主張です」

「当たり前だ!」

「もうひとつは『国家間の対立を解決するためには武力に頼らず外交で成すべし』という主張です」

「それも当ったり前だ!」

「ではひとつ訊きます。外交の結果生まれるものはなんでしょう?」


 (あっ!)と左沢政治部長は思った。確かに天狗騨の言うとおりだった——


「答えて下さい。もう答えは分かっているんでしょう?」

「……」

「さあ」

「……」

「さあ!」

「……合意だ……」

 敢えて〝条約〟と言わなかったのは左沢政治部長の持つ微々たる矜持だった。しかし天狗騨は——

「さすがは政治部長です。大韓民国は既に日本政府が拠出した10億円を原資とする〝慰安婦財団〟を解散しています。〝日韓慰安婦合意〟は韓国によって破られていることを指摘するとはさすがです」


(うぐむぅ……)

 答えをごまかしたことで逆にやぶ蛇になってしまった左沢政治部長であった。

「さあ!」勢いを得た天狗騨がさらに攻勢をかける! しかしこれを答えられないでは大新聞の政治部長の沽券に拘わる問題であった。


「条約だ……」うめき声を絞り出すように左沢政治部長が口を開いた。

 左沢は言いたくも無い回答を言う羽目になった。

「その通り。外交の結果生まれた成果が合意であり、条約です。しかし、その合意や条約が相手国によって片っ端から破られ続けた場合、『争いごとは外交で解決しよう』という主張は絵空事になるしかない。違いますか?」

「……」

「まるでイギリスのチェンバレン首相が、ナチスドイツのヒトラー総統との合意文書を手に取り高く掲げて見せたワンシーンを彷彿とさせますね」

「韓国をナチスといっしょにするとは!」

「私は既に韓国を条約破りのスターリンといっしょにしているのですがね」

「……」

「そんなことより部長、日本は次々合意や条約を破られていますが、じゃあ外国に合意や条約を破らせないためにはどうすればいいと考えますか?」

「なぜそんなことに答えねばならんっ!」

「次の段階の議論になるからです。現実に韓国が日韓慰安婦合意や日韓請求権協定を破っているからですよ」

「……」

 もはや〝破っているわけじゃない!〟とは答えられない左沢である。

「このまま放置すれば我々ASH新聞にとっては決して看過できない価値観が台頭してくる危険性がある。このままじゃあ『外国に〝日本と結んだ合意や条約〟を守らせるには武力が必要だ』という主張がまっとうな主張として台頭してきますよ!」

「ど、どういうことだ⁉」

「大韓民国が日本との合意、条約を片っ端から破るのは〝日本に軍事力が無いからだ〟と、そういう分析が成されてしまうんです! 憲法九条が投げ棄てられるのは時間の問題だと言っているんです!」

「バカな! 憲法改正反対だ!」

「韓国のせいでそうなるかもしれないと言っているんです! 『武力が無ければ外国に合意や条約を守らせ続けることはかなわない』、むしろこっちこそが〝国際社会のリアリズム〟だとかいう主張の説得力が増すんです! 現に日本が日ソ中立条約をソビエトに破られたのは日本の武力が対米戦争ですり減らされ弱り切ったまさにその時! ここで破られたんですっ! これは史実です。現実です! 『条約を守らせるためには軍事力が必要だ』、という主張と言論戦を戦った場合、負けるのは我々の方ですっ!」

「……」


「どうしました? 勢いが無くなってしまいましたが」


 それをみてとった天狗騨記者はさらに容赦なく追撃をかけてくる。


「日本が憲法九条を守っていても外国が日本との合意や条約を守る、こうしたことが平和を生むんです! だいいち武力など弱い国はとことん弱いのが世界の現実です。強い国の方が珍しい。外交の結果である合意や条約を『軍事力に関係無くどの国も守るべき』という価値観が崩壊してしまったなら、軍事的弱者の国は生き残るすべが無くなってしまう! 合意や条約を守るということが世界の秩序を維持するためにいかに大事なことか! そして今、そうした価値観を脅かすのが何処の国であるか! どの国が壊しているのか! もう自明でしょうっ! そんな国にどういう対処をすればいいか、もう自明でしょう!」


 ——弁護士達すらも蹴散らした天狗騨記者である——

「大韓民国を徹底的に攻撃するより他に道はありませんっ!」天狗騨記者は矢のようにことばを解き放った!

 政治部長など木っ端微塵であった。





(大韓民国は……本当に疫病神かもしれない……)

 ASH新聞社員、それも上級社員として決して思ってならないことを一瞬でも思ってしまった左沢政治部長であった————

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