第2話 「みそ汁は白みそって言ったよね!」


 朝、安藤さんに起こされて、寝室から出ると、食卓(とは名ばかりの、布団を剥いだこたつ)の上には、ごはんとみそ汁が用意されていた。

「これ、作ったんですか?」

「はい、これから毎朝、ご用意させていただきます」

 味にご不満があれば、おっしゃってくださいね、と安藤さんは続けた。お好みの味を覚えていきますから、ということだった。

「おかずは、ないの?」

「浩介さんが、そうご所望でしたから。必要ならば、明日からは一汁一菜でも、零汁五菜でも作ってさし上げます」

「うん、いや、いいです。朝ご飯はいらないし」

「朝は、召し上がらないのですか?」

「だから、作らなくていいですよ」

 安藤さんは困ったように眉を寄せた。

「困りました。生活習慣の改善も、私の務めなのですが」

「私、これでも健康優良児でしたよ」

 アンドロイドの安藤さんは、人間らしく、呆れた溜め息を吐いた。

 私は、その人間臭さにちょっと不気味さを感じながら、

「それじゃあ、夜を豪華にしてください。そしたら、私も食べられるので」

「純ちゃんは、朝が苦手なのですね。記憶しました」

 純ちゃん、か。

「あ、安藤さん、今日、用事あるの忘れてました。私、すぐ出ないと」

 何故だか分からないけど、安藤さんが来て、家の居心地が悪くなった。まだ、慣れてないってことなのかな?


「ごめん、果歩。こんな朝早くから」

 私は、安藤さんから逃げ出し、果歩の部屋に来ていた。

「いや、頼ってくれるのは別にいいけどさ」

 来る途中、コンビニで買って、献上したワンカップを開け、果歩は一口、傾けた。

「初日から、そんな調子で平気なの?」

 姿勢の悪い私は、こんな時もつい猫背になる。

「ダメかもしれない。私、安藤さんのこと、嫌いだ」

「純が、人のこと嫌いになるなんて、珍しいね」

「だって、あれ、人じゃないし」

「ああ、アンドロイドだっけ」

「絶対、お父さんに変なこと、吹き込まれてるよ」

「例えば?」

「例えば……入浴剤は炭酸の出るやつとか、靴は左から履くとか、切った足の爪の臭い嗅ぐとか」

 えっ、と果歩が引く。

「何それ。純のお父さん、そんなことするの?」

「知らない。私、お父さんと一緒に暮らしたことないもん」

 果歩が、ワンカップをテーブルに置くと、ことんという音がした。え、もう中身空っぽじゃん。

「純は今、不安になってるんだよ。他人と一緒に暮らしたことがないからさ。でも、大したことないよ。同居人の奇行なんて」

「さすが、ヒモを養ってた果歩さんは、説得力が違う」

「ふざけないで聞いて。一月も暮らしたら、慣れるから」

「本当?」

「ホント」

「じゃあ、果歩のこと信じる」

 じゃ、私、二度寝するから、と果歩は布団をかぶって、ダンゴムシのように丸まった。

 朝早く(そんな早くないけど)いつも起きないような時間に、安藤さんに起こされたから、果歩の安らかな寝姿を見たら、あくびが出た。

 手頃なピンクのクッションを枕にして、私も横になる。確か、このクッションは果歩の二つ前の彼からのプレゼントだったかな、と考えていると、意識が途切れ、いつの間にか眠っていた。


 チャイムが鳴っていた。果歩がベッドから立ち上がり、インターフォンに向かって行く気配がしたので、私は再び、睡魔に身を委ねる。

「純、起きて」

 喉の奥で、うーん、と返事する。

「純!」

「何~?」

「迎えが来たよ」

 迎え?

 まぶたを擦り、身体を起こすと、果歩が顎でインターフォンのディスプレイを差した。

「純ちゃん、お迎えに上がりました」

 そこに映っていたのは、安藤さんだった。

「とりあえず、鍵開けるので、上がってきてください」

 と、果歩がディスプレイを操作した。映っていた安藤さんの映像が消える。

「果歩、今何時?」

 果歩は両肩をすくめ、私の質問を受け流した。

「確かに、あの人相手じゃ、純も苦労するかもね」

「だから、あの人じゃなくて、アンドロイド!」

 がちゃり、と音がして、果歩の部屋の扉が開いた。

「純ちゃん、いらっしゃいますか?」

「安藤さん、入ってきていいよ」

 咄嗟に、果歩を睨み付ける。果歩は意地悪そうに笑っていた。

「純ちゃん、怒っていますか?」

 部屋に入ってきて早々、安藤さんが私を見て言った。

「怒ってないです」

「ですが……」

「安藤さん、何しに来たんですか?」

 安藤さんは、こほんと咳払いした。

「お迎えに上がりました」

「だから、何で?」

「それは、純ちゃんが大学の講義をサボったからです。それに夜道は危険ですし」

 後ろで聞いていた果歩が、ぷっと吹き出した。

「果歩~!」

 あはは、と果歩が声を上げて笑い出す。

「純が言うほど、安藤さんも悪い人じゃなさそうじゃん」

「私が悪い人だと、純ちゃんが言ったのですか?」

 私は果歩の背中を思いっきり叩いて、安藤さんを玄関へ押していく。

「変な所に反応しなくていいですから」

「ですが、純ちゃんが私について話してくださったのなら、今後のために、把握しておきたいです」

「安藤さん来て、まだ二日だから。焦らなくていいから」

 後ろの方で、また私を笑う声が聞こえた。

「これから、段々慣れていけばいいよ」

 安藤さんが、ぴたりと立ち止まる。

「純ちゃん、今、敬語ではなかったですね」

 私の脳も、動きを止める。

「果歩さん、お邪魔しました」

 ぺこりと頭を下げる安藤さん。顔を上げた時、彼女は微笑みを浮かべていた。

 うれしそうにされても、私はちっとも楽しくないぞー!

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