54.エピローグ

 それから、何年経ったのだろう。


 私はスマートフォンを眺めながら、数年前のあの日々を思い出していた。


 恋愛に縁がないと思っていたのに、好きな人が出来て、もう縁がないと思っていた幼馴染みに再会して。


 今までで一番悩んで、泣いて、苦しんで、

世界には沢山の想いと、幸せと、愛があると知った、かけがえのない思い出。


 あの毎日と、大切な幼馴染みであるアオのお陰で、今という時がある。


 そのアオに沢山の想いを伝えたいのに、私はそれを叶えられずにいる。




 大好きな人と、両想いになったあの日。


 アオに、ありがとうとか、ごめんねを伝えたくて、ショッピングモールの中に戻ったけれど、何処を探してもアオの姿はなくて。


 電話やメールをしたり、二人が再会したアプリで声をかけたりしたけれど、何の音沙汰もなかった。


 アオが働いていた花屋「ことのは」にも行ってみたけれど、強面の人──店長さんだったらしい──に「新谷は数日前に辞めたよ」と言われてしまった。


「……新谷は、もう秋花の前には現れる気がないのかも知れない」


 そこで私は、アオがあの日、どういう想いでショッピングモールに連れ出したのか、初めて知った。


「行ってらっしゃいって……言ったじゃん……っ」


 ──秋花はきっと、大丈夫だから。


 そう、背中を押してくれたアオは、あの日以来、本当に私の前に姿を現さなかった。



 そして、あれから数年が経った今も。


『お掛けになった電話番号は、現在、使われておりません』

「……馬鹿アオ……っ」


 ありがとうって伝えたかった。

 ごめんねって謝りたかった。


 好きになってくれてありがとうって言いたかった。


 それに──……。


 ドアがコンコンとノックされる音がして、私は「はい」と声をあげた。


 開いたドアの隙間から、白いタキシードを着た大好きな人が顔を覗かせ、「秋花、準備でき……」と言った。


「何で途中で言葉を切ったの?」


 私が笑いながら聞くと、その人は少し顔を赤らめながら

「え、だって……秋花が想像以上に、綺麗すぎたから……」と照れ臭そうに言った。


 普段は何事もないように「可愛い」だとか「好き」たとかバンバン言ってくるのに今更照れるなんて、何だか可笑しい。


「紅夜も、タキシード凄く似合ってるよ」

「……ま、当然だな」


 その人──紅夜はそう笑って言ったあと、真面目な顔をして

「……で、やっぱり連絡とれなかった?」

と聞いてきた。


 それに私は小さく頷いて「やっぱり、メッセージも、メールも届かなかった」と答えた。


「そっか」


 紅夜もアオの事が気になっているのか、時々「ことのは」に行ってみたりしているみたいだけれど、紅夜はおろか、ことのは店長さんもあれから一度もアオとは会えていないらしい。


「結婚の報告、したかったな」


 私がそう呟くと、紅夜が「そうだな」と同意した。


 アオに、報告したかった。


 貴方のお陰で、こうして私たちは幸せになることが出来たんだよ、と──……。


 コンコンとまたドアを叩く音がして、返事をすると、今度は式場のお姉さんがドアを開けた。


「あの、新婦様にお届け物があるのですが……」

「お届け物……ですか?」

「はい。こちらなのですが」


 式場のお姉さんが取り出したのは、小さなブーケだった。

 淡い紫と白で統一されているそのブーケには、


『I always hope your happens.

 この花を、君に。』


と書かれたメッセージカードが挟まれていた。


 私はその文字に見覚えがあった。

 それに、私に花を贈る人なんて、一人しか思い当たらない。


「あの、これ、直接持ってこられたものですか?」

「いえ、お花の宅急便で、城田秋花様宛に送られてきたもので御座います」

「その送り主って、分かりますか? 」

「はい。こちらが、控えになります」


 その控えに書かれている名前を見た瞬間、私と紅夜は目を見開いた。


「アオ……」


 そこには、はっきりと「新谷葵」と書かれていた。


 私はそれに笑った。


「ほんと、どこで知ったの、アオ」

「あいつ、実は秋花をストーカーしてるんじゃね?」

「やだ、ありえそう」


 笑い合う私たちに、式場のお姉さんが遠慮がちに「あの……」と声をかけてきた。


「ご注文の薔薇のブーケはもう用意されてあ

るのですが、いかがいたしましょう?」


 私は紅夜をチラリと見た。

 それを受けて、紅夜が小さく頷く。


「このブーケを持って行きます」

「かしこまりました。では、もうすぐ、始まりのお時間となりますので……」

「あ、はい。行きます!」


 私がそう答えると、紅夜が「はい」と手を差し出した。

 私がその手を取って立ち上がると、真っ白なウエディングドレスがふわりと揺れる。


「何だか夢みたい」

「もし夢だったら、どうする?」

「うーん、目が覚めたら泣くかな」


 私はアオからのブーケを手に取り、式場であるガーデンへと向かった。


 廊下にある窓からは、ここを式場にした決め手であるガーデンの花達が、私たちを祝福するかのように柔らかい春の光を浴びて美しく咲き誇っている。


 その景色を見ながら歩いていると、不意に

「……ラナンキュラスと、ブライダルブーケの花束だね」

と、紅夜がぽつりと呟いた。


「え?」


 まさか紅夜から花の名前が出てくるなんて思っていなかった私が聞き返すと、紅夜はペロッと舌を出した。


「ことのはに通ってたら、花の種類とか覚えちゃった。ラナンキュラスの花言葉は確か、『幸福』。で、この白い花……ブライダルブーケの花言葉は……」

「こちらで御座います」


 ガーデンへと続く扉の前で、私たちは立ち止まった。

 この先には、私たちを支えてくれた、大切な人たちがいる。


 残念ながら、アオがそこにいることはないけれど、でももういい。


「『幸せを願い続ける』」


 ここに、アオの想いが詰まったブーケがあるから。


「最高の花の贈り物だな」

「……うん」


 式場の人たちが扉を開ける。


 それと同時に、柔らかい光と、優しい花の香りが私たちを出迎えてくれた。





           おしまい

 

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この花を、君に。 渡辺翔香 @ayaka-watai

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