53.秋花の想い②

「てんちょ……」

「俺の方こそ、ごめんね」

「へ?」


 予想だにしていなかった店長の謝罪の言葉に、今度は私が声を上げた。


「俺、城田さんに怒ったりしてないよ」

「え、じゃあ、何で……」


 何で、冷たくしたり、無視したり、避けられたりしていたのだろう。

 まさか、私の勘違いだったとか?


 ……いや、でも如月さんもその事には気づいていたのだ。私の勘違いだったとは思えない。


 だとしたら、余計に理由がわからない。


「城田さんの反応も仕方ないよね。俺、ずっと城田さんに冷たくしてきたんだから」

「あ、やっぱり、勘違いじゃ……」

「うん、勘違いじゃない。俺、実際、城田さんを避けてた」


 店長が少しだけ視線を下に下げる。

 私はただ静かに次の言葉を待った。


「でも、それは怒ってたからじゃなくて……ただ、俺は……」


 少しの間の後、店長は静かに口を開いた。


「……嫉妬、してたんだよ」

「え?」

「俺、ずっと嫉妬してたんだ。あの、新谷っていう奴に」 


 店長が再び、私の顔を見た。


「俺も、城田さんの事が好きだから」

「……!」


 心臓が今までにないくらいに跳ね上がる。

 素直な嬉しいと言う気持ちと、信じられない想いと、何故だか切ない気持ちが一気に押し寄せてきて、胸がきゅううっと締め付けられる。

 

「嘘……本当に、ですか?」


 思わずそう呟くと「本当だよ」と店長が笑った。


「だから、仲が良さそうな二人に妬いて、イライラして……城田さんに当たってた。それが、城田さんを苦しめてるなんて知らずに……」

「……」

「最低だよな。好きな子を苦しめるなんて」


 そう言って、店長は自嘲するように笑った。

 でも、その気持ちは痛いほど分かる。だって、私も同じだったから。


「私も、店長が女の子達に囲まれてたとき、同じようなことをしてしまいました」

「……あ、あの軟派の時?」

「……そうです」


 私がそう答えると、店長が「ぶふっ」と笑い出した。


「あー、あれ、めっちゃ面白かったよなー!」


 ケラケラと笑い出す店長に、私は面を喰らった。


「店長、あれ面白がってたんですか!?」

「そりゃあ、まぁ、ちっこい城田さんが明らかに怒ってんだもん。面白いよ……くくっ」

「もうっ! 人が怒ってるのを面白がらないで下さい! ていうかちっちゃいのは関係なくないですか!?」


 たぶん今、私の顔、真っ赤だ。

 恥ずかしい。


「ま、そんな城田さんが可愛かったんだけどね」

「か、かわ……っ!?」

「あ、一気に顔赤くなった。可愛い」

「……っ!!」


 堰を切ったかのように繰り出される店長の「可愛い」攻撃に、私の体温はどんどん上昇する。下手したら頭から湯気が出そう。


「あ、あまり可愛いとか言わないで下さい……っ!」

「え、それは無理。だって、可愛かったら言いたくなるじゃん?」

「んな……っ!!?」

「言っとくけど俺、多分相当城田さんの事好きだからね?」



 気がついたときには、もう遅かった。


 店長の顔が近づいてきたと思った瞬間にはもう、唇にはその感触があって。

 

 驚きのあまり声を出そうと思った時には、ちゅ、という可愛らしい音を立てて唇は離れていた。


「覚悟しといてね?」


 そう、至近距離でニヤリと笑う店長に、私の心臓は遂に限界を迎えた。


「おっと」


 フラリと揺れた足元に気付いた店長が慌てて体を支えてくれる。


「ははっ。今からそんなんじゃ、身が持たないよ? 秋花ちゃん♪」


 笑いながら、私の名前を呼ぶ店長。


「も、もう無理です~~っ!!」



 どうやら私は、とんでもない人を好きになってしまったようです。



 

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