第8話 高校生だもの、時事問題対策

 

 次の日、佳弥かやは教室で新聞を広げていた。ゴアと一緒に時事問題の対策である。スマホでニュースサイトを見ても良いのだが、学校内ではスマホを充電できないので、電池の節約のために紙媒体を使う。新聞なら、職員室から借りてくれば済む。

「シリアの空爆で民間人を含む二十四人が死亡、だって。戦争は大いなる無駄だよねえ。人を殺して町を破壊することに莫大な労力を注ぐなんてさ。折角時間と労力とお金をかけて生み出したものを、せっせと壊しているんだよ。勿体ない。三歩進んで三歩戻りながらマラソンしようとするようなもんじゃないの。」

 佳弥が記事についてぶうたれると、ゴアも頷いて答える。

「通信や航空技術は戦争による需要と潤沢な資金で発展してきたという主張もあるけどさ、戦争で消耗する分の資金も技術開発に投資した方が絶対効率良いよね。そもそも、現代の戦争って、マネーゲームで儲かった人が他所様の土地と命で戦争ゲームをしてるっていう構図でしょ。自分ちで自分が死ね、って感じ。」

佳弥もゴアも、真面目な高校生なのである。こうやって、二人で目に付いた記事についてああでもないこうでもないと喋り散らかしていると、それなりに記憶に残る。

 すごく大きなツボを押せるようになったら紛争も解決できるのかしら、と佳弥は考え、すぐに否定した。ツボ押し活動が行われている現在でも、こうして空爆で沢山の人が亡くなっているじゃないか。飛鳥あすかが言うように、ツボを押して魔がうまく流れて人に魔が差すことが無くなるとしても、そんな程度の変化で収まるような争いではなくなっているのだろう。人体のツボだって、癌が完治するとか禿頭がフサフサになるとか、そんな分かりやすくて素晴らしい効能は無い。

 佳弥はぺらりと新聞をめくった。

「東京都の水道工事で談合。課徴金合計七千万円超。都職員も関与か。」

税金が無駄に浪費された、実にケシカラン、と佳弥は文句を言った。

「こういうのって、どうやって誰が仕組むんだろう。中東の戦争ほど泥沼じゃないだろうけど。」

不愉快そうな顔をする佳弥を笑いながら、ゴアが言った。その疑問に対して、佳弥は小首を傾げる。

「そりゃ、大きな利益を得られるところが主導するんじゃないの。今回なら、水道工事の施工業者なのかな。」

「都職員が一枚噛むメリットは?」

「賄賂を数十万とか数百万もらって、何か重要な情報を流したってとこじゃないのかな。」

「数十万のために、クビになるリスクを負って談合に入るのか。あたしには到底理解できんな。」

呆れたように額を叩いてから、数億円なら考えるかもしれないけど、とゴアは付け足す。数億円を個人で賄賂としてもらうことはまず起こり得ないだろう。

 さらに頁をめくると、もっと低次元の事件が載っている。

「五十代男性医師が女子高生のスカートの中を盗撮。」

「馬鹿としか言いようがないな。もう医者としても社会人としても終わったよね。そんなヤツに絶対診察されたくないし。」

「私たちのスカートの中身というのは、社会的に抹殺される危険を冒してまで見たいのものなのか。不思議だねえ。自分の持ちものと、そう大差ないだろうにね。」

佳弥はぽんぽんと自分の腰回りをはたいた。膝丈の紺色のプリーツスカートが揺れる。お堅い佳弥はミニスカートなんぞ穿かないし、中には一分丈のレギンスも着用している。

 ゴアもピラピラと自分のスカートのすそをつまんだ。佳弥よりは少し短めのスカートからは、程よく筋肉がついて引き締まった脚がすらりと伸びている。佳弥は、自分ならばスカートの中よりはこの形の良い脚を眺めるなあ、と褒めた。

「あはは、ありがと。まあ、盗撮なんてのは、毎日しでかしてるわけじゃないだろうし、魔が差したってやつじゃないの。手の中にカメラがあって、目の前に若い女の尻があって、ついうっかり自制心がどこかへ、って。」

「魔、ねえ。」

 佳弥はふうむと唸った。飛鳥ほどの手練れなら、痴漢の一つや二つ、未然に防ぐことができるのかもしれない。それどころか、僅かばかりの賄賂に小役人が心動かされるのを止めることも可能かもしれない。

 そうだと良いなあ、と佳弥は思った。給料がもらえればバイトの成果などどうでも良いとうそぶいてはいるものの、二カ月余り取り組んできた最近では少し空しさが募ってきている。昨日だって、ツボ押しの意味があったのか疑わしい結果だったし。紛争をやめさせるほどの大きな効果は無理でも、もう少し世のため人のためになると良いのに。

 今日はバイトはどうするのか、と佳弥は思った。テスト直前は断るつもりだが、今週中くらいならバイトを入れても良い。月に二万程度の収入があるというのは、大したことは無いようで、意外と心が温かくなるのだ。そう、バイト自体は好ましい。

 ぶうん、とスマホが振動して、佳弥はポケットからスマホを取り出した。

「さては、佳弥、例のアンポンタレからでしょ。」

 佳弥の顔を見て、ゴアがにたりと笑う。

「何で分かるの。」

「眉間にしわが寄る。そのまま斜め四十五度で写真撮ったら、労咳病みの文豪っぽいよ。」

ええん、と佳弥は咳払いをしてみせた。気分だけなら、内向的な文学を書き散らしながら病床に横たわる小説家と同じくらい、滅入っているかもしれない。仕事内容ではなくて、人間関係が原因で仕事を辞めざるを得なくなる人々の気持ちが、佳弥は少し分かった気がした。将来就職したら、心の負担で弱っていそうな人をできるだけ気遣ってあげよう。

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