第九十一回 涙の雫は、鋼鉄の扉を開ける鍵。


 ――そう、涙の雫。


『僕の気持ちなんか、誰にもわからないよ』と、そう言っていた千佳ちか



 ……悲しいくらいに、その通りだった。


 これほどまでにとめどなく、涙を零している。そんな千佳を見るのも初めて。……嫌になるくらい初めてが多すぎだ。僕は本当に千佳のことを、お友達として考えたことがあったのかな? お友達と名乗っていても、あまりにも知らなさすぎる千佳のこと。



 ――こんなことになるまで、

 千佳の胸の内、考えたこともなかった。


「辛かったよね? 苦しかったよね?

 ……きっと、自分でもどうしようもなく壊れちゃって、こうなったんだね」


 そっと手を差し伸べる。


 まるで迷い子を導く母のように、瑞希みずき先生は千佳に言葉をかけた。


「うん」……と、

 コクリと頷きもする千佳。その仕草が愛おしく思えてくる、まさにその時だ。


 シャッ! と、


 研ぎ澄まされる刃のような鋭い効果音。天井に這わしてあるレールを、勢いよく横切るカーテン。……以上、この場面この演出にピッタリな、旋風のように登場した人物。


 名乗る間もなく一瞬のこと、口より手の方が先、


「千佳、あなたって子は!」


 その台詞とともに、千佳のもとへと手の平が飛んでくる。「ひっ」と、悲鳴もままならない声を上げる千佳。ぎゅっと女の子だけど、女の子らしい仕草で身を固める。


 ガシッ! と、……効果音はないけれど、僕の動体視力をもって見てみたら、


 その人の出した方の手の、手首を、瑞希先生が掴んでいた。――力を込めて。



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