第七十八回 ちょっと、それ禁止だから。


 ――と、可奈かなは言う。

 きっと「何で?」という表情に、僕はなっていると思う。



『今は忘れて、先のことは』という、その言葉が脳裏を駆け巡る。……見える千佳ちかの表情は一点の曇りもなくニッコリと、僕にそう思わせる。前回のことが普通に、悪い予感に過ぎないと、そう思わせたのだ。そして間髪入れずに、それに戻らないようにと、


「水着禁止!」

 と、可奈の声がこだまする。ここは、 確かに脱衣所だ。


「でも……」と、僕は続ける。木製の棚は銭湯のように、扉付きで鍵も手首や足首などに装着できるよう、完備されている。「今時は、みんな水着で入るよ」と、腰を入れ力説。


 ……クスッと、

 これまたこだまする千佳の笑い。


 で、呆れたように、可奈は両手を腰に、


「あなたねえ、ここは露天風呂なのよ、露天風呂。親睦を深めるのに一肌脱ぐのは常識でしょ。テレビのようなリゾートホテルとはわけが違うのよ」

 と、わわっ、顔が近い。


「だって、そんなことしたら僕の、僕の裸見られちゃうよ」


「だっても何もないの! この期に及んで、あなたの幼児体型なんか気にしてないの」

 と、その一言の、その直後。



 ――チュッ。


 黙らせる。黙らせられた。唇を塞がれた。唇には唇をもって……。

 そして、それはそんな予感がチラホラ……でもって、お約束感満載でね、あの……。


「可奈ずる~い! 梨花りかの唇奪った!」

 と、ジェラシー? 驚くほど色んな意味を含め、千佳の声がこだました。



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