第七十七回 ええっ!


 ――と、驚きのあまり声にもならず、胸の内に充満する悲鳴。



 尚且つ涼しいのも通り越し、ブリザード! みたいに凍える。または凍り付く。


 さっきまで、……いやいやいやいや、

 本当に、コンマ何秒か前まで、確かに僕たちの目の前にいた。


 夢現か朧気か、自らの頬を叩くとね、


 やっぱり「痛~い!」と、そんな僕を見るなり、


「きっと、あの人は本物の芭蕉ばしょうさんだったのね」と唐突に、


 ……可奈かなは言う。いつもお喋りは可奈に任せていたようだけど、この場面このタイミングに於いて、ハキハキとは程遠くても、……精一杯の言葉。



 千佳ちかの表情、声が、そう感じさせる。


 ――それは、


「芭蕉さん、きっと梨花りかに会いに来たんだね。梨花がこれからも、ネット界の多くの人たちと『カクカク&ヨムヨム』を思いっ切り楽しんで、素敵なエッセイを書き続けるようにと、……それから、それからね、僕たちがいた証……ちょっと硬いかな? 梨花が素敵な物語を綴ってくれるようにと、芭蕉さんがお願いしてたの」


 ――そう、何があっても。


 と、聞こえた。

 千佳の語尾……そう聞こえたような気がする。


 僕は、僕だけかな? この瞬間、束の間、または……いや、或いは自覚するには疑わしい、吐くほど気持ちの悪いレベルの胸騒ぎを感じた。――この後、あまり遠くもない未来で、千佳の身に起こること。……悲しいほどに僕たちは、知る由もなかった。


 でも、

 でも今は、温泉の入り口。……受付は、ちゃんと屋根付きで存在していた。



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