第三十六回 選手交代! 入室してから音響く。


 ――想像するに机を叩いた音。或いは蹴った音。


「お前ら、ふざけるな!」

 と、怒鳴り声まで炸裂。


「おいおいミズッチ、もっと冷静にだな……」


「体外にしろよ! いくら店主とはいえ、お兄ちゃんは知らなかったんだろ? そのキム・ウメダという奴が高額でチケットを捌いてたってこと。いくら自分が所属している劇団だからって、二回も取り調べといて、まだ検察所へ行けだと?」


 ……怖かった。


 僕にはもう、その室内の様子はわからない。瑞希みずき先生と入れ替わりで今は廊下、ベンチに座っている。そばには可奈かながいてくれて、ガタガタ震える僕の体をなだめてくれていた。


 瑞希先生、そして可奈の顔を見てから、あの室内を出てから、

 涙が止まらなくなってしまった。『どうしたのだろう?』と思えるほど止まらない。


 いつもとは違う瑞希先生、

 こんなに怒った瑞希先生は初めてだ。いやいやいや、いつもはホットで優しかった。


 ……まだ続く。

 深い溜息からすぐ、


「わたしとお兄ちゃんのことはともかく、梨花りかさんと、梨花さんのご両親にだけは絶対に謝れよな。ぜん、お前は刑事としてでも人としてでも、それだけのことをしたんだからな」


「ああ、わかった」


「それからな、梨花さんによく似た女の子……千佳ちかさんだけど、無罪とはいかないと思うけど、なるべく軽くしてやって、今後のフォローもしてやってくれよな」


「……昔と変わらずだな、ミズッチ」


「お前もな善、『善』なだけに、やんちゃでも生真面目だしな」


「今更だけど、結婚式に行けなくてごめんな。もう一児の母親になったんだな」


「惚れても何も出ないよ~だ」――あっ表! いつもの瑞希先生に戻っていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る