番外編④ あざらしマヌカはフラグも折る。そして、折ったフラグは蘇る!

 ピンク毛玉のステータスを確認して、切れそうになった私は悪くない。いや、切れた・・・私は悪くない。


「あんた、キノコ胞子神の眷属かーい!! どの面下げて、私の前に降ってきた!」


 力の限りピンク毛玉を潰してやる。えぇ、両手でかっちかちの泥団子を生み出す勢いだ。ハープシ―ル族の毛並みさながらの白い腕に血管が浮かんでいようとも、一度握り潰すと決めたら信念は曲げない。それが私のあざらし道だ。

 私の渾身の力にも、ピンク毛玉は怯まない。それどころか、野太い声で「ぶへへっへ」と不気味に笑ったではないか。お前のノリは「●効警察」か! 「トリ●ク」か!


「なにほざいてんのよ! わたしはあれよ。いわゆる魔法少女のお供の小動物じゃない、どうみても!」

「百万歩譲って、契約してよとか禄に契約書も提示せず悪徳条件で幼気少女に鞭打つマスコット以下じゃ! どうせならガチムチマッチョな肉体で出直してこい!」

「いででっ! まじで裂ける! やめろっ!」


 ピンク毛玉が、声色にふさわしい口調になったところで我に返った。

 すっと無表情になった。そして、力の限りピンク毛玉を床に叩きつけたのでした。ふぅ。すっきりした。

 そのままスカートを翻したのに、


「やめてよ。スカートを噛まないでくれる? これ、父様のプレゼントなんだけど」


毛玉は裾に噛みついて離れない。ので、諦めて床に腰を落とすはめになった。

 気持ち悪い毛玉とはいえ、キノコ神の手下だと名乗ったなら何かしらの目的があるのだろう。


「あら、思ったより話が早いじゃない。あのヴァルタって男、あんたに内緒で色恋沙汰の依頼も受けてるわよ? どう? 探ってみない?」


 思わず毛玉の話に乗りかかるが、すぐに冷静になった。だって、逆におかしいだろう。百歩譲って毛玉がヴァルタ先生に惚れたとしても、弟子の私を巻き込んで単なる色恋沙汰を探るなど。腐っても神の眷属が。腐っても。

 私のジト目を受けて、ピンク毛玉は激しく反復横跳びを始めた。間に竹を差し込みたくなる勢いだ。


「私を使ってヴァルタ先生の何を調べたいか知らないけどさぁ」


 しゃがんで毛玉を見下ろす。じいっと穴が開くほど見てやる。私の目つきがあまりに精神的にくるモノだったのだろう。

 毛玉の毛先が、汗を掻いたみたいに湿っていく。どっから水分が出てきているんだか。


「なっなによ」

「やめておきなよ。残念ながら、私にはマートル兄と違って隠密のスキルはない。というか、尾行している間に元の姿に戻ったら、ぼよんぼよん派手に跳ねてしか進めないから速攻ばれる」


 跳ねている所をヴァルタ先生かマートル兄に確保される様子が容易に想像できて、乾いた笑いが廊下に響いてしまった。

 だって、ヴァルタ先生のことだから、私が尾行していることに速攻気が付き、かつ、私に悟られないよう道に人化解除の精油を垂らしそうだもん。


「人化している姿でさえ、あんたはしずしず歩けなさそうだしねぇ」

「ほっとけ。私はヴァルタ先生のこと全面的に信頼しているの! 弟子歴何年だと思っているのさ」

「弟子歴ねぇ」

「なんだ、その含みがある繰り返しは。私なんぞがヴァルタ先生の弟子と名乗るにふさわしくないとでも嘲笑する気か!」


 確かに。類い希な皮下脂肪と前世の記憶持ちしか取り柄がない私と違って、ヴァルタ先生は本物の神童であり凄腕の精油使いだ。

 意地が悪いけど、基本的には包容力のあるショタじじいだ。未だに出会ってすぐに、毛を引っこ抜かれた痛みは忘れないけどね。あの瞬間、マンドラゴラもどきになった自分をありありと思い出せる位。


「……まさかここまですっとぼけているなんて思わなかったわよぉ。あんた最近自分のステータスチェック、ちゃんとしてるぅ?」

「してるよ! っていうか、ヴァルタ先生とマートル兄にカミングアウトして以来、小まめに聞かれてるし」


 今朝だって、ちゃんと習慣で一通りチェックしたのだ。

 目の前に現れたウィンドウを操作しても、大した変化は見受けられない。ゴキリーンさんの邪を祓ってから耐性MAXになった『網翅目ゴキブリ亜目』への数値以外は。本当に、変なところで前世の世界のままなのだ。


「ちがうわよ! 我が主たるキノコ神様のアイコンがあるでしょうに! もうやだぁ、この子てば一回もタップしてないじゃないのぉぉ!」


 毛玉の野太い叫びにビクッと肩が跳ねたのは悪くないと思う。キノコ神様のアイコンなんてないし。

 私の心を読んだのか、毛玉が飛び上がった。一本伸びた毛先がステータス画面の左下の極隅っこを叩く。んん? ゴミ、じゃないのか?

 目をこらして、さらに細めて画面に突っ込むほど顔を近づけるて……やはりゴミにしか見えない。


「いいから指で触れなさい! って、ゴミを払うみたいに指腹を擦るんじゃないわよぉぉ!」

「注文が多すぎる毛玉だなぁ」

「きぃぃぃぃ!」


 ハンカチ噛むみたいな音、リアルで初めて聞いたよ。実際は歯が擦りあわされた不快極まりない、というか耳に痛い音だけども。

 でも、まぁ。私だってヴァルタ先生が蔑ろにされたら、同じように怒りまくるだろう。ナイロンみたいな毛質になって、べしべし頭横にぶつかってくる毛玉攻撃を甘んじて受ける。


「はいはい。っと、なにこれ。えーと、今日のあなたはドクツルタケな日。胞子散布度MAX。ラッキーアイテムは痺れる恋心!」


 って、あのキノコ神はどこまで人を馬鹿にするのかー! ドクツルタケって名前からアウトだし! 前世では『破壊の天使』とか呼ばれていた毒キノコだし! 一見すると白くて可愛いけども、毒キノコだし!

 せめて、神秘的な青色で妖精さんが乗っていそうなソライロタケにしておけー!


「突っ込みたいことは色々ある。でも、結局、だからなに。こんな占い機能教えて貰っても、三日経たずして存在忘れるアプリかってーの」

「あんた、ハープシール族のお嬢様にしては口が悪すぎるわよぉ。『小鳥』成分が滲み出すぎじゃなぁい?」


 一瞬、どきりとした。思わず周囲を見渡してしまう。挙動不審になった自分に気が付いて、堪らず顔を覆ってしまった。

 不思議と抱いた感情は負だけではなかった。いつもなら、暴走しかける私をヴァルタ先生やマートル兄が止めてくれているんだと実感して、くすぐったくなってしまったのだ。


「それで? 私がどっちでもあるって知っている毛玉さんは、何が目的で、私に何をして欲しいの?」


 掴んだ毛玉を窓のさんに置く。私も並んで壁に背をついた。窓からは暖かな日が差し込んできている。ぽかぽか陽気に加えて、カチャファイの香りが強くなった。つまりは、濃い樹木の香り。ちょっとシトラスも混じっているかも。

 窓の外に目を向けると、子ども達が駆けていた。


「あんたとヴァルタがちっとも距離を詰めないから、我が主がやきもきMAXで焼きもち大作戦に出たんじゃないの。まぁ、あたしとしてはー? マートルでも良いのだけど?」

「はぁぁ!? なんなの。キノコ神って暇人なんできゅか! 私に乙女ゲーの主人公になれっての?! この悪役令嬢流行の最中に! せめても、悪役令嬢にするできゅよ!」


 斜め上の回答に、あざらし化してしまったよ!

 私はもふりすとになりたいと宣言した。だがしかし、自分がもふもふになってしまった。まぁ、ここまでは百歩譲って感謝しよう。私を大事にしてくれて、私も大好きな両親の元に生まれた。それだけではなく、手に職をつける先生と兄弟子も得た。うちの領民も隙あらばお菓子を与えて皮下脂肪を増やそうとする、甘やかし属性? ばかりだ。


「なんだなんだ! 実況でも始めるつもりできゅか! 神々の遊びか! 神々の戯れか!私のあざらし生は見世物じゃないできゅよー! 私の両親に謝れできゅ!」


 胞子散布ではなく『きゅ』の散布だよ。のたうちまわって抜けた毛は、後ほどヴァルタ先生が吸着の精油を使って「もったいないのう」と回収するところまで予想済みだよ!


「私、個人をおもちゃにするならまだ良いでしゅ。あいつのせいとは言えども、今世で多少のずるとしている負い目もあるので、どっこいどっこい。でも、私を軸にして周りを巻き込まないで欲しいのきゅよ!」


 毛玉を通して神々が、恋のこの時もないあざらしを見守って「あーでもない、こーでもない」と頭を抱えている絵面は、正直美味しい。コミックとかで読んでいる側なら、間違いなく神々に同情して、主人公の尻を叩きたくなる。

 でも、私は私として実際に生きていて、ヴァルタ先生もマートル兄も攻略対象なんかじゃなくって自分の人生を歩んでいる『命』だ。


「ただの暇つぶしに、恋を利用するのは絶対にだめできゅ!」


 うべぇぇっと、いつものように可愛くない泣き声があがる。

 折角のもふ毛が涙に濡れてしおれてしまう。なおも目を押さえて泣いてしまう。


「私だって――マヌカだって。秘密は嫌できゅ。ヴァルタ先生が大好きだから。マートル兄は、オープン過ぎて逆に心配だけどもー」


 マートル兄は彼女が出来たら紹介してくれる。というか、私が、ただの妹弟子だとアピールしないと誤解される位だ。

 本気で。歴代彼女の心内を慮るとしんどい。私に対する過保護さもあるが、何より、マートル兄のヴァルタ先生への愛が。それが、子ども好きかつモテてモテて非常にモテるマートル兄が独身である所以だ。


「でも、我慢はできるの。余命を秘密にしていたり、つらいを内緒にしていたりじゃなければ」


 そこだ。ヴァルタ先生が余命いくばくかを隠していたら、間違いなくテールアタックだ。

 ぶっちゃけ、女性関係で軽いなら蔑みたくもなるが、ヴァルタ先生の性格は知っている。少なくとも私の前では子狐先生だ。


「まじでつまんねぇな、お前ら。ここいらで嫉妬の嵐が吹き荒れるのが普通だろうが」


 私が飛び上がったのは、毛玉の男らしすぎるほどの低音にではない。


「わしがマヌカに『この姿』を見せなんだは、隠したいからではない。怖がらせたくなかったからだよ。マヌカの奴、やたらと子狐にこだわっておったからのう」


 廊下の奥から姿を現したヴァルタ先生のせいだ。

 ぽんっと目玉が飛び出たよ。うん。だって、あざらしな私を抱き上げたのは、父様と同じ位の身長の男性だ。しかしながら、美しい金髪から覗いているのは、まごう事なき狐耳。ふたつの毛並み豊かな狐耳だ。そして、煌めきを含んだゴールドともエメラルドとも表現できぬ瞳。


「なんちゅー顔しとるのだ」


 しょうがないと思うのだ。いくらあざらし形態の私があざらしく可愛いと言えども。

 目の前に急に現れたのは、ヴァルタ先生をそのまま大人にしたような青年。


「っていうか、おいぃー!」


 両脇を抱きかかえられたまま、白目だ。白目ビームだ!

 全力で異議を申し立てる!


「こういう真の姿って、普通、大イベントの後にお披露目されるやつできゅよ! なんで、あっさり、お店の廊下で登場しちゃってるできゅか!」


 そこだ! 私の認識間違っていないよね?

 普通さ。非日常キャラが登場からのー、疑心暗鬼誘っちゃったからのー、絆を試されるからのー、なにがしの芽生え!! なに皆昼下がりのお店の廊下でちゃちゃっと暴露しちゃってんの!


「毛玉的にはぁ、最初にフラグぶった切ったの、あざらしの方だしぃ? てか、これラブコメじゃなくって、コメディだしぃ?」


 正論なんだけど、腸が煮えくりかえるほどにむかつく。メタ発言やめろ。

 父様に母様、汚い言葉を心の中でとは言え吐き捨ててごめんなさい。なんだ、その毛先をくるくると指に絡ませている意識高い系の女子を彷彿とさせる口調はぁ! いたぞ、同僚にいたぞ!

 ぐぎぎぎっと歯をむき出しにして威嚇するしかない。


「マヌカが十八になるまでは、こちらの姿は見せぬ予定だったのじゃが。毛玉殿が現れたからには、致し方がない」

「先生、色々確認したいのできゅが。これは精油堂の祓い師が活躍する、お仕事物語できゅよね?」


 伺うように尋ねれば、ヴァルタ先生は当然だと言わんばかりに頷いてくれた。

 ほっと胸を撫で下ろしたせいか、私も人型に戻った。戻ったにも関わらず、何故か成人ヴァルタ先生は私の脇に手を入れたままだ。

 いつものように、おらー離せよー赤ん坊じゃないぞーと微笑むが、効果無効。無効かどころか、俵背負いされた。


「当たり前じゃ。マヌカを一人前の精油祓い師にして、ともにこの店をやっていくのがわしの夢じゃて」

「ヴァルタ先生――!」


 そこまで考えてくれていたのかと感動に打ち震えたのは、一瞬だった。


「毛玉殿はわしの秘密を逆手にとって、某領の若造とマヌカを添わせるつもりだったようじゃが……わしとマートルの目が黒いうちは許さぬよ」


 折れたフラグの代わりに急成長したフラグ。

 急展開についていけないあざらしは気を失うしかありませんでした。

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あざらし転生!-異世界でもふもふしたかったのに、もふられる側に転生したんですけどおかしくないですか?!- 笠岡もこ @mo_ko_mofu

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