番外編③ 真っピンクの野太い声の毛玉が言うことには

真っピンクの野太い声の毛玉が言うことには、


「あたし、ちょっと悪い奴らから逃げてきたのよぉ。ほら、あたしの毛ってすこぶる高級な魔法材料だしぃ?」


らしい。

 知らんがな! 心の中で、全力で突っ込んだのは私だけのようだ。

 マートル兄は私の手から毛玉を持ち上げ、しげしげと見つめている。イケメンに遠慮なく見られているからだろうか。ピンクの毛玉はさらに色を濃くする。乙女か。

 ただ、高速「あらあらやだやだ」は野太い声なので、ちっとも乙女っぽくない。


「ヴァルタ先生、この毛玉が言うこと……嘘ではないかもしれません」


 やけに神妙なマートル兄の声に、ヴァルタ先生も同じ調子で頷いた。


「うむ。となれば、せめて領主に報告するべきかのう」


 この領地はエレパース族が治めている。つまりは象の獣人族だ。

 余談だが、うちのパープシール族とはあまり繋がりがない。領地が離れすぎているのもあるらしいけれど、一番の理由はお母さまだ。その昔、王宮に出向いた際に割と強引に迫られ、うちの領土では良い印象がないらしい。もちろん、貴族同士として最低限の交流は持っているが。


「あら、こっちも良い男じゃないのぉー」


 毛玉が、マートル兄の手からヴァルタ先生の肩に飛び乗ったじゃないか。


「この色ボケ毛玉め! 男の人だったら、誰でもいいの?」

「うるさい小娘ねぇ。すっこんでなさい」

「弟子として、先生や兄弟子に得体のしれない親父毛玉が色目使って絡むのを見過ごせない!」


 むきー! と毛玉を掴むが、なかなかはがれない。鳥みたいな足でがっちり掴まっているじゃないか。しかも、爪が先生の肩に食い込んでいる。


「落ち着け、マヌカ。毛玉に向かって、色目ってなんじゃ」


 先生に呆れられる一方、毛玉には鼻で笑われた。毛玉がふわーと広がっている。たんぽぽの綿毛というよりは、スカートみたいだ。

 そして、これ見よがしに、先生の柔らかい頬にすり寄った。むかぁっと血が沸く!


「ほら、先生にすり寄ってるじゃない。子ぎつね先生にまで色目を使うなんて、節操なしめ!」

「おばかなハープシール族の子あざらしちゃんねぇ。そこのハスキー族の彼も素敵だけれど、こっちのウゥルペース・ウゥルペース族の彼の大人の魅力には負けるわぁ」


 この毛玉、いったい何者だ。自信ありげに種族を言い当てた毛玉に、やきもちがすっと引き、頭が冷えていく。

 獣人は人化していても、その一部に名残は残る。私なら頭の飾りに見えるふわふわ、マートル兄なら犬歯、ヴァルタ先生なら帽子に隠れた耳と尻尾というように。

 それだって、私の種族を一発で見抜ける人は少ない。特に、私の白い毛のもふもふなんて、特徴がないしね。


「っていうか、ヴァルタ先生に大人の魅力? 寝言は寝ていいなさい、この毛玉ショタコンか!」


 きらんと光った目。なら余計に早く処分してしまわないと。

 確か、先日開発した毛玉除去精油「毛玉さよなら君」が、鞄に入っていたはず。腰につけた鞄の留め金に手を掛けたところで、ため息交じりのマートル兄に手を掴まれた。


「マヌカ、落ち着きなよ」

「そもそも、一番に突っ込むところがそこかい。なんぞ真剣な顔つきになったから、冷静に状況を分析しとると思うたら」


 おまけに、ヴァルタ先生の裏手をくらってしまった。いえ、私としてはかなり真剣な疑問だったんです、先生。

 

「あらあら、このお嬢ちゃんだけ知らないみたいねぇ」


 再び、はっと鼻先で笑われた。今度は腹が立つより、毛玉の言葉の方が気になった。


――私だけ、知らない――


 別に当たり前のことなのに、しゅんと心が縮む。

 私はマートル兄より先生との付き合いが短いし、守られている自覚はある。先生の個人的なことだって、教えてもらっていることには限りがあるのを理解している。

 それと同時に、落ち込むことはないと頬を叩く。

 だって、傷つくってことは、それが当たり前じゃないと思わせてもらっているからだ。小鳥の時は、家族間で私だけ知らないことなんてざらだったし、小鳥もそれが寂しいなんて感じなくなっていたもん。


「だったら、なんなの。私が気にくわないのは、そんなことより、得体のしれない毛玉がヴァルタ先生にくっついていることなんだけど」


 毛玉だけじゃなくって、ヴァルタ先生やマートル兄まで、ほぅっと目を見開いた。

 ふふん。私だっていつまでも小鳥のまんまじゃないんだから! 胸をむんと張った直後、毛玉がにやりと歪めた口元を見せつけてきた。


「あらまぁ。子どもの独占欲は怖いこと。大好きな先生に他の女が触れるなんて嫌なんて」

「ぶふぉっ!!」


 さすがに、変な声をあげずにはいられなかった。むせかえった背を叩いてくれるマートル兄に、まともにお礼も言えない。

 なななと顔が染まっていく。大好きな先生っていう点は間違っていないのだけれど……別に恋愛感情じゃないし、絶対恋愛感情じゃないし! 私が子あざらしだっていっても、さすがに子ぎつね先生に惚れたり、しないし!


「わわわ私は、別に、そういう意味では、言ってないですよ!」


 否定するたび、顔が熱を持っていく。押さえた両頬は自分でもわかるくらい熱い。落ち着きたいのに心臓も体温も暴れる。あいまって、なぜか瞳も潤っていく。

 あわわわとなる私をマートル兄が宥めてくれるが、ヴァルタ先生の視線を受けてさらに泣きたくなってくる。


「毛玉殿、わしの弟子は箱入りでな。そのようなからかいには慣れておらんのよ」

「そっそんなことないです!」


 我ながら、なんでこんなにむきになっているのかわからない。マヌカが箱入りなのは本当だし、小鳥だって男性慣れしていなかったのも事実だ。

 むむむっとなる私を後ろから抱きしめたのはマートル兄。


「マヌカってば、そんなことないの?」


 ひえぇぇ。なにその黒い笑顔! 中二病的に表現すると暗黒微笑ってやつか!

 見上げた兄弟子の恐怖におののいている私に、ヴァルタ先生は大きなため息をついた。「慣れておってたまるかい」とか聞こえた気がするが、マートル兄の体温に動揺しまくりで反応できません。


「まぁ、なんにせよ、わしもそこにおる兄弟子も、この子がいじられるのを好まん。それにわざとヒンシュクをかって話を逸らすような真似などせずとも、無条件で領主に突き出したりせぬよ」

「――それは失礼。試すような真似をしたつもりはないわぁ。そこの子の反応が面白かったのは、本当だけれどねぇ」

「領主に会いたくない理由があるなら、わしらの店で話を聞く」


 こうして、先生の鶴の一声で、我がサルバーレ精油堂に不気味な毛玉を連れ帰ることになったのだ。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「あら、マヌカちゃん。ヴァルタはいないの?」


 カウンターで帳簿チェックをしている私に声を掛けたのは、ふんわりロングの金髪を揺らしたセクシーな女性だ。店の常連さんでもあり、カウンセリングには必ずヴァルタ先生を指名する上客でもある。

 見た目は派手だけど、すごく気の良いお姉さまだ。私も子どもの頃から何かと可愛がってもらっている。


「ごめんなさい、メリー姐さん。ヴァルタ先生もマートル兄も、今、ちょっと取り込んでいて」


 カウンターから出て、歩み寄ってくる姉さんに駆け寄る。

 サルバーレ精油堂は結構な大きさがある。魔法灯が照らす店内は少し暗めだ。それがどこか落ち着いた雰囲気を醸し出している。魔法石から作られている棚にはサンプル品がおかれているので、香りもチェック可能だ。


「まぁ、残念。でも、たまには自分のインスピレーションで選ぶのもいいかしら」


 妖艶に微笑んだメリー姐さんはイランイランの精油を買ってくれた。

 メリー姐さんと入れ違いに来たのは、ちょっと苦手なお客だった。薄黄緑の髪の大人しめの青年なんだけど、ちょっとしつこいところがある。それが精油に関してならとことん付き合う。彼がしつこいのは私に対してなのだ。

 大抵はマートル兄が接客を変わってくれるんだよね。でも、今は私しかいない。これは小一時間、時間を取られるのを覚悟すべきか。

 こちらをちらちら伺っている彼が足を動かした瞬間、店先のベルが大きな音を立てた。


「マヌカちゃん!! すまないが、すぐヴァルタにあわせて欲しい!」


 飛び込んできたのは、恰幅のいい中年男性ヘンリーさんだ。細身の青年を跳ねのけてくるヘンリーさんに感謝したのもあるが、かなり切羽詰まった顔だったので、すぐさま店奥に案内する。

 代わりに『留守番君』という名の眷属を置いて。


「無理言ってすまないね。妻の症状が悪化してきてしまって」

「大丈夫です。ヴァルタ先生にもヘンリーさんがいらっしゃったら、すぐ通すよう言い使っていますので」


 ヘンリーさんの奥さんは重度の皮膚病を患っている。安定している時は精油の処方だけでいいのだが、悪化した際は魔法と併用しなければならないのだ。最近は私やマートル兄でも代われる時がある。が、今日みたいな場合は、闇因子が絡んでいることもあるのでヴァルタ先生の祓いじゃないとダメなのだ。

 ヴァルタ先生専用の精油部屋の扉を大きく叩く。


「ヴァルタ先生、ヘンリーさんがお見えです」

「――わかった。少し待ってくれ」


 突然部屋を訪れる時、扉の向こう側から返ってくる先生の声はちょっと低い。厚い扉越しのせいかもしれない。

 待つことたっぷり五分。がちゃりと開いた扉から出てきたのは、清楚系の美女だった。この方も上客の一人だ。スナネコ族のお嬢様。不眠が続くとかで、そっち系の精油を処方している。

 続いて出てきたヴァルタ先生に、待たせすぎと不満顔を向ける。居心地悪そうに頬を掻いたヴァルタ先生と、なぜかふふんと鼻を鳴らしたスナネコ嬢。


「ヴァルタ、野暮な弟子を教育した方がよくてよ」

「マヌカはもう十六なのだ。変なことを匂わせるような言い回しはやめてくれ」

「あら、冷たい。隠しているのはそっちなのに」


 ねっとりと笑ったスナネコ嬢は颯爽と去っていく。私、あの人は苦手だ。

 そして、私はこれ以上ないくらい頬を膨らませている。

 けっして、やきもちではない! 変なことをしているなら、メリー姐さんを案内すればよかったし、そんな理由でヘンリーさんを待たせないで欲しいからだ!


「勘違いなどしませんし。どうぞ、ヘンリーさん。私は店番に戻ります」

「あっ、あぁ。ありがとう、マヌカちゃん」


 どういたしましてと笑った頬は、間違いなく引きつっていただろう。にかーとなんとか笑って、その場を後にする。

 廊下を歩きながら肩が落ちた。私、なんか変だ。なんでこんな、ヴァルタ先生の周りの女性や反応にいちいち反応しているんだろうか。

 そこで、はっとした。


「そっか! 私、年頃になって、ヴァルタ先生が子ぎつねなのにモテているのを疑問に思ってるんだ! それに、親離れならぬ先生離れ的な」

「あんた、とことんあほねぇ。まともに恋愛したことないのねぇ。中身は肉体年齢以上なのに」


 背後の声に、はっと振り返る。ぷかぷかと浮いた毛玉がいた。結局もったいぶって、未だに確信を吐いてはいない。

 こちらを見透かしたような発言にむかむかーとした私は、反射的にステータス画面を呼び出していた。

 

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