番外編②弟子兄馬鹿と過保護な師匠

 ゴキリーンさんとマートル兄と共に戻ってきたのは、様々な人種が行き交う町。荒野に入る最後の町ということもあり、様々な種族がいる。

 私やマートル兄みたいに人型をとっているのがほとんどだが、半獣や獣型も多いのが特徴だろう。街ともなれば、ほとんどが人型や人、いても獣型だ。


「あっ! チーズパイ屋に並んでいるのは、クニークルス族の中でも丸々もふもふっ子じゃない! チーズのこげた香りとパイのバター甘い香りもたまらんけど!」


 いわゆる、うさぎちゃんである。ホッキョクウサギちゃんである。大福のように丸々として、というか大福に顔と耳がついている。真っ白な毛が綿菓子みたい。

 うさちゃんは人型だ。なのに、原型がわかるのは、ステータス画面がレベルアップしているから。ちなみに、その子じゃなくってあくまでも平均的な画像ってやつだ。これが本人になってしまったら、なんだかいけないものを見ている気がしちゃうだろう。


「マヌカ。人を見て溶けてるんじゃないの」

「はっ! そうだった、ここは見知らぬ町。そして、今は仕事帰り」


 しゃきんと背を伸ばしたのに、マートル兄にため息をつかれてしまった。


「知っている人が多い街の方が問題あると思うけどね。まぁ、店がある街のみんなはマヌカが中身と外見にギャップがあるのは知っているから良いけれど。っていうか、最初から猫なんてかぶらなくて、素を見せておけばいいのに」


 おふっ。マートル兄ってはいつも以上に突っ込みが厳しい。なんでだ。しかも、後半はぶつぶつとぼやく感じだったし。


「じゃあ、ゴキリーンさん行きましょうか」

「きしゃぁ」


 ちなみに、ゴキリーンさんはずっと宙をぷかぷか浮いている。一見、見世物みたいで可哀そうだけど、ご安心あれ! 魔法のシャボン玉の中にいるため、他の人たちには見えていない。こういう気遣いも我ら『サルバーレ精油堂』が顧客獲得数NO.1(かは不明だが、需要があるのは確かなので)である由縁だ。


「僕は依頼主のところにゴキリーンさんを送ってくるから。マヌカは先に先生と合流してね」


 マートル兄は、ヴァルタ先生と待ち合わせ予定の宿とは反対側に足を向けた。

 はて。いつもは依頼主に相手を届けるまでが仕事だーって、連れていってくれるのに。そういえば、町に入ってからマートル兄の機嫌があまりよくない。私の仕事については褒めてくれていたので、違うことが原因だろう。なら余計に、彼の様子が心配だ。


「私も一緒に行くよ? マートル兄、あの依頼主さんのこと最初から苦手そうだったし」

「マヌカが一緒だと、よけいに僕の機嫌が悪くなるの」


 駆け寄った時間もむなしく、肩を掴まれ回れ右させられてしまった。さすがに自分のせいなのかとちょっと不安になる。マートル兄を見上げると、むっとした彼の顎が額に乗せられた。


「ちょちょ、ひっくり返るぜ兄弟子よ!」

「マヌカ、言葉遣いがへん」


 実際は、細マッチョなマートル兄の胸板に支えられている。ので、ひっくり返る心配はいらない。やんわりとだが、マートル兄の両腕が私を包んでいるし。

 お父さまならまだしも、若いお兄さんのは照れるぜ! よし、後頭部にお父さまの胸毛のもふっぷりを思い出せ。うん、ダメだ。お父さまの胸毛とマートル兄の腕のぬくもりは違う。


「マートル兄、珍しく疲れてる」


 動揺の中でも、見上げた彼の顔色が悪いのはわかった。

 再度問いかけると、マートル兄は解放してくれた。その代わり、今度は両肩に彼の手を置かれ、ぐいっと距離と詰められた。

 ハスキー犬って体力がある割に暑さに弱いっていうもんね。うん。マートル兄、疲れてるんだ。よしよしと頭を撫でると、一瞬、耳と尻尾が見えた気がした。


「僕のことはいいの。ほら、マヌカはさっさと帰る」

「私だって、最後までちゃんと仕事したいよ」

「今、マヌカの仕事はヴァルタ先生のところに戻ることだよ。じゃないと、後の処理が大変になる」


 ぶーぶー! 納得いかないんですけどぉー! ものすっごく可愛くない自覚はある顔で両手をあげる。本当に目も当てられなかったようで、マートル兄がいつものドン引き調子で身を引いた。正直すぎるぜ、兄弟子。


「そこまで言うなら、はっきり言っておくけれど。依頼主であるゴキリーンさんの弟君、マヌカのことずーっといやらしい目で見ていたの気が付いていた?」


 容赦なく額を突っついてくるマートル兄。宙に浮くゴキリーンさんの触角が申し訳なさそうに項垂れた。ゴキリーンさん、本当に苦労しているんだね。

 おっふ、二回目。上を向いていた顔はマートル兄に向き直された。


「まっまぁ、暑さに負けて薄着してる自覚はあったので。でも、単なる好奇心じゃないのかな」


 ゴキリーンさん弟が依頼主だったのだが、人型で顔を合わせた彼から不躾な視線を向けられていたのは知っていた。でも、まぁ、思春期特有の興味だろうし、もう会うこともないからと流した。

 

「マヌカはわかってない、わかってないよ! あぁいうおとなしそうで、じとっとした視線を向けてくる奴の方が危ないんだから」


 ひぇ! 本日二回目のマートル兄半獣化である。ついでに、「僕たちが今までどれだけ駆除してきたか」なんて呟きが聞こえたが、聞か猿でおこう。誤字ではない。聞いてないない。 


「まーたまた。あざらしの時ならともかくさ」


 自分でもあざらしの時の魅力はたまらんと思う。ホワイトコートのもふっぷりと、精油の良い香りがチャームポイントです! とならもふ毛をはって言える。

 むはっと自信満々に目をきらめかせる。が、マートル兄は苦笑して頭を撫でてくる。


「僕はマヌカがおしゃれとか色々頑張っているの知ってるよ?」

「うん、ありがと! ヴァルタ先生もマートル兄も、精油についてもおしゃれについても、私が失敗してもからかっても笑わないで応援してくれるもんね!」


 からかうのはヴァルタ先生だけだけどね。でも、嫌じゃないから不思議だ。


「知ってるけど、それだけ頑張っているのに、どうしてそんなに自信がないのかなぁ」


 無意味に両指をあわせて伸縮する。子どもの頃よくやったあれだ。やっているうちに、ゴムの感触になるっていう。なんだ、懐かしいなこれ。


「はい、マヌカ。自分の世界に入らない」

「だって、自分が頑張ることと、評価されることは別の話だもん」


 これだけは、なかなか変えられない価値観だ。おそらく私がただのマヌカであったなら、こうはならなかっただろ。が、残念ながら、とは言わないが私は猫宮 小鳥であったマヌカなのだ。

 はぁぁぁっと、一段と大きなため息が落ちた。マートル兄が頭を抱えている。


「……頑固だって言いたいんでしょ」


 これには思わず、おずっと身を引いてしまう。マヌカとしても承知はしているのだ。私が頑なだっていうことは。

 が、私が足を引いた分だけ、マートル兄は距離を詰めてくれた。


「マヌカが頑固なんてのは、赤ちゃんの頃から知っているよ。僕のマヌカはそういうマヌカだからね」


 って、おおぉぉい!! だからさぁ、マートル兄の悪いところだよ、そーいうところ!! なに、そのはにかんだ笑顔とかさぁ!!

 激しくヘドバンし始めた私は悪くない。助けを求めてちらりと見上げたゴキリーンさんは前足を口にあて、あらあらまぁまぁ的に花を散らしていた。そんな生暖かい視線いらない!!


「だーかーらー! マヌカのこと、そーいう風にいうから、マートル兄はモテるのに歴代彼女に振られるんだよ!」

「僕が彼女と別れることと、マヌカを可愛がることは別ものだよ。むしろ、一緒にするような彼女だから嫌なんだよ」


 これがハスキー属の特徴か。警戒心が高いわりに、仲良くなるとかなり懐こい。って、こういうタイプわけ概念よくないよね。でも、そう考えないと、どうしていいのかわからないのだ。これは卑屈になっていうよりも、私なりの照れ隠しです。はい。心の中では許して欲しい。


「はい、承知! 私は真っ直ぐヴァルタ先生のところにいきます。ステータス画面でナビるからって言えば通じるよね」


 ステータス画面のことは赤ん坊の時にげろ済みだ。おっと失礼。告げている。ので、隠す必要がないのはとても楽だ。


「それより、ゴキリーンさんが旦那さんに責められるようなら――」


 きっと、マートル兄を見上げる。私がついていけないことで心配なのは、そこだ。女性の敵は女性ともいうが、女性の味方もまた女性だ。特に私の中身は元二十数歳。友人や職場の先輩、それにネットからも情報はある。

 頭でっかちと言われてもしょうがないが、それでも、悪魔化するほど追い詰められた人だ。その浄化が終わったからと、ただただ家に帰すことはできない。


「ゴキリーンさんが悪魔化した理由が解消されなくて、彼女が家に戻るならそれは――」

「それは、ちゃんと僕がフォローするから」


 マートル兄がふんわりと笑った。これは嘘がない時の笑みだ。

 この笑顔を前にしたら、私はどうしようもない。ひとつ静かに、こくんと頷く。


「うん。わかってる。マートル兄ちゃんを信じている」

「なら、マヌカはヴァルタ先生のところに帰りな」


 背中をぽんと押され。首を回した先にいたのは、とんでもなく柔らかい笑みを浮かべたマートル兄だった。

 あたたかい、家族へ向ける笑み。

 未だに泣きそうになる私は馬鹿だぁと思う。マートル兄もヴァルタ先生も、当たり前に向けてくれる視線なのに。当たり前なんだから、当然と返さないといけないのに。私は、やっぱりどうしようもなく嬉しいと思うのだ。


「ありがとね、マートル兄」


 へひっと浮かべた崩れた笑みに、マートル兄は真っ直ぐな笑みを返してきた。それはそれは、まっすぐでいて私の歪みも受け止めてくれるようなものだったから――額に落とされたぬくもりのせいで迷子になったのはしょうがないと思うのだ。


◆ ◇ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 



「ねぇねぇ、君俺らと飲まない?」


 あまりにぼけらっと歩いていたからだろう。はっと気が付いた時には、輩数人に囲まれていた。

 はい、これは身に着けた体術を披露する場面だよね。すっと構える。


「なになに。抵抗するの? いいね。俺らみたいなのに逆らったら――どうなるのか教えてあげるよ」


 ぎゅうっと握られた二の腕。脂肪が飛び散れー! って思うのもあるが、ぶっちゃけ痛い。すごく痛い。むき出しの腕に、爪で傷つけられてるし。

 許すまじと腕を振り払おうとした瞬間、彼らの奥から現れたのは小さい少年。大きな瞳がやけに光っている。


「おんしら。わしの弟子に無遠慮に触れておいて、笑顔で帰れると思うなよ?」


 大きな帽子を被りフード付きのコートを身に着けた少年に、その場に居合わせた全員がぞくりと背を凍らせた。背丈は彼からの太ももほどしかないのに、誰もがその眼光に動けずにいる。

にやりと口の端を持ち上げた師匠。正直、弟子である私でさえ腰が抜ける。


「それとも、まずは無警戒な弟子を叱る方が先かのう」


 ひえぇぇ!!! 不出来な弟子のことはおかまいなく!! 熱すぎる気温におかまいなく下がっていく体温。

 凍り付く空気も読まず、なんとか動いた輩さんは本当に空気が読めない。


「なんだ、この子ども」

「いやいや、やめて! 私の大事な師匠だから!」


 っていうか、先生ってば見た目は子ども、中身は鬼畜だから!

 ヴァルタ先生の前に両手を広げ立ちはだかったものの……背中に感じるどす黒いオーラに、私はなすすべもなく「あぁぁぁ」と何だか長い声を出すしかなかった。


 

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