第192話・長い夜(2)
囚われている屋敷? というよりも離れ? と言えば良いのか。
まぁどうせマトモな事には使われていないだろう建物の一室に私達は拉致されて連れてこられた。
待遇としてはアーリュルリス様は椅子に座らされていて拘束はされていない。
私といえば……縄で拘束されて床に転がされていますが何か?
「(これ、私が「普通」の令嬢様だったら喚き散らすような扱いなんですけど)」
それか恐怖に絶句して気絶ないし、言葉でない程震えているか、かねぇ?
ただでさえ誘拐なんて恐ろしい目にあっているのに、更にと言えば良いのか、溜息を付くたびに鋭い視線と罵倒が飛んでくるのだ。
「普通」の令嬢の精神なら耐えられまい。
私としては盗賊並の品の無さに今度は内心嘆息するくらいだけど。
「<これでも私、一応公爵令嬢なんだけどねぇ>」
「<しかも賓客だしな、オマエ>」
クロイツの【念話】に心の中で同意を伝える。
王国と帝国の国力は五分。
今までの帝国のしでかした、あれこれを全て無視したとしても、今の状況は頂けない。
アーリュルリス様を抜かして私を越える家格の人間はこの場にはいないだろうに。
別にアーリュルリス様と同じ扱いをしてくれって言っている訳ではないけど、もう少しこうどうにかならなかったのだろうか?
「<しかも罵倒を聞く限り、完全にオーコクを見下してるしなー、コイツ等>」
「<それも頭が痛い問題だよねぇ?>」
見下しているって事自体も問題といえば問題けど、それよりもそれを口に出しているという事が大問題なのだ。
アーリュルリス様諸共私達を始末するならともかく、彼女に対しての対応を見る限り違う気がする。
って事はだ。
今までの罵倒をアーリュルリス様も全部聞いているという事になるのである。
しかもアーリュルリス様は私達の『同類』だから罵倒の意味も全部分かっている。
現に帝国貴族の暴挙に顔が真っ青だ。
しかもその事に男達は一切気づいていない。
あくまで「招いた」という扱いをしたいなら皇女の顔色ぐらい分かれよ、と言いたい。
「<大方、この状況自体に青くなってると思ってんじゃねー?>」
「<そうなると間接的に皇女様も見下しているって事になるんだけどねぇ>」
とは言え、否定出来る要素なくて困るんだけど?
「<ってか見下してなければ、まずこんな事しねーんじゃね?>」
「<……かもねー>」
ああ、頭痛が痛い。……じゃなくて、頭が痛い。
もう誘拐した理由とか他諸々一切合切考えるの放棄して抜け出す方法を探した方が賢い気がしてきた。
「<ただなぁ。クロイツをあの元騎士に見せるの微妙な気がするんだよねぇ>」
「<オマエ、そんな理由でオレに出てくるなって言ってたのか?>」
捕まえられた時、クロイツに助けてもらう事は出来なくもなかった。
けど理由もあって待ってもらったのだ。
「<いや、主な理由は暴挙の動機を探るためだよ? たださぁ……こっちの手札はあんまり晒したくないって意識もあってさぁ>」
この場所からアーリュルリス様を守りながら抜け出すにはクロイツの協力は必須だ。
だとしても、元騎士にクロイツを見せると直ぐに対策を取られそうな気がする。
つまり、クロイツをあんまりホイホイ出すとこっちが不利になる気がする、そんな予感がするのだ。
「<あんまり考えて動くタイプには見えないけど、代わりに直感で最適の行動をとりそうな気がするんだよね>」
「<あの犬っコロ共みたいにか?>」
「<そうそう……いい加減ルビーン達を犬ッコロ扱いはやめてあげなよ>」
「<いやだ>」
クロイツの何時もの物言いは兎も角、私はあの元騎士の能力や性質を考える時にどうしてもルビーン達が基準になってしまう。
それほどあの男は「獣人であるルビーン達」と同じ狂気を感じるのだ。
「(しかも、それは【主】を定めたモノが宿す狂気)」
この手の直感には逆らわない方が良いと私は知っている。
だからこそ私はクロイツを切り札として扱い、出来る事ならば切る事無くこの場を脱したい。
今後会う事は無いと思っていた実行犯とこうしてご対面している以上「次」がないとも言えないのだから。
「<とは言え、このまんまって訳にはいかないしねぇ。動機を探りたいけど、面倒になって来たし、けどなぁ、一応動機は無いと色々問題あるだろうしなぁ。うーん、考えるのは面倒なんだけどどうしたもんだか……いっその事何かしらの行動に出たほうのがいいのかな?>」
「<脱出するのか?>」
「<勿論、それが出来ればいいんだけどねぇ。まずは情報収集? 私の言動にどう出るかって所かな?>」
この場合、一番の要注意人物なのは、勿論元騎士の男。
次は……――
「(――……多分参謀っぽい位置付けの若い男性。周囲の反応からしても多分家格も一番高いだろうし。何よりも目が気になる)」
今回の作戦らしき拉致の成功を疑っていない周囲と明らかに違う雰囲気の男。
顔立ちはまぁ整っているけど、それはともかく、この若い男性の目が気になるのだ。
時折過る、不思議な感情。
流石に何もかも分からない状態じゃ推測もできやしないけど、ただ単純に不気味なのだ。
あの最悪の騎士のよう未知への恐怖ではなく、どちらかと言えば狂気に近い、と思う。
ただ何に狂っているのか見えずらい目ははっきり言って気味が悪い。
「<参謀ならば失敗も視野に入っていると思うんだけどねぇ。……その前に今回のコレ、成功すると本気で思っているのかな?>」
だとすればおそるるに足らず、なんだけどねぇ。
「<さーな。コージョサマを拉致した理由にもよるんじゃね?>」
「<確かにねぇ。この手の事件の場合、そろそろ焦れて、誰か話しだすと思うんだけど。早く教えて欲しいもんだわぁ>」
うん、いい加減動いてもいいと思うんだ。
それなりに時間は稼げたし、そろそろ動いてもいいよね?
というよりもいい加減床に寝転んでいると体が痛いです。
これでも私、公爵令嬢なんですよ?
もうちょっと丁寧に扱って欲しいもんである。
「(そんな事考えるだけの頭があれば、縄で拘束して床に転がすなんて暴挙に出るわけ無いか)」
私はもう何度目になるか分からない嘆息を内心ですると、少しだけ反動をつけて体を起こす。
するといきなり動き出した私に周囲の目が集まった。
明らかに驚いた様子の男達に半目になっても仕方ないと思う。
「(あのですねぇ。ため息ついた時だけ罵倒して、後は放置された人間が反抗しないって本気思っていたんです? だとしたら馬鹿にし過ぎだと思うんですよね。しかも拉致した後、なんも行動に出ないし。いい加減こっちも飽き飽きだっての)」
体さえ起こしてしまえば、王宮内ではないので影からナイフでも何でも出し放題だから縄抜けも容易に出来るし。
一応精霊の流れを感じる事が出来る人間が居たら困るから今は精霊には頼まないけど、最悪精霊に頼めば良いし?
なわ抜けさえ出来れば、アーリュルリス様を庇って結界でも張って、救出を待つ事も出来るだろう。
「(あの元騎士さえ私を殺しにこなければ)」
アレと対峙するだけは勘弁してほしい。
確実に力量が上の相手であり、相手は私を殺す事に一寸の躊躇もない相手だ。
あの男が動くならば魔道具の結界が壊される事さえ視野にいれなければいけないだろう。
「(ほかに力を隠した強者がいる場合もあるし、迂闊には動けないけど……)」
彼等がアーリュルリス様と私を拉致した理由によっては……。
私は密かに直ぐになわ抜け出来るように用意すると目の前の誘拐犯達を見上げる。
「そろそろ待っているにも飽いてしまったのですけれど、何時になったら茶番は始まるのかしら?」
私は目の前の全員を鼻で笑うとゆっくりと口先を吊り上げるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます