第191話・長い夜




「(いい加減、人の努力を無碍にするはやめてくれません?)」


 内心悪態をつきつつ、私は傍から見ても分かる様に盛大にため息をついた。……勿論嫌がらせである。

 目の前にいる若いから老いまでそれなりの人数の男性陣が思い切り顔を顰めたけど、知った事じゃない。

 というよりも、今の状況でそんな顔をする資格があるとでも思っているのだろうか? 彼等は。

 だとしたら本気で帝国は貴族教育を見直すべきだと思う。


「(いや、そういう意味では王国の貴族も色々やらかしてるし……そもそも私自身がマトモじゃない事を考えれば、人の事は言えないか)」


 やめよう。

 この問題は闇が深すぎる。

 うっかり世界の闇に片足を突っ込みそうな予感に全力で目を逸らすと、私は再び嘆息した。


 ちなみにキースダーリエこと私とアーリュルリス様はとある屋敷らしき所の一室に囚われています。

 意味が分からない?

 大丈夫です。

 私も全く意味が分からないから。


 始まりから説明するとなると……それなりの規模のパーティーが開かれた所からですかね?

 遊学とは言え、期間中に一度もパーティーを開かないのも問題があるらしく、今回小規模ながら宴が催された。

 別に遊学の最後にパーティーするだけでよくない?

 私達まだ子供だし?

 と、考えてしまうのは、私の根底に庶民の感覚が混ざっているせいですかね?

 内心色々突っ込みは入れたい所だが、此処は帝国なのだという事を考えても理由も無く断る事も出来ず、私達はパーティーに出席する事になった。

 パーティーに出るまでは特に問題なったと思う……うん、私が着せ替え人形になったぐらいだ。

 私のメンタルはガリガリ削れたけど、それ以外に問題はなかった。

 始まりも特に問題無かったかな?

 それなりに和やかに始まったパーティーに不穏な影が掛かったとすれば、それなりの令嬢様達の「私」に対する口撃が切欠だったと思う。

 賓客としてアーリュルリス様やその兄上様、何よりも王太子様までいらっしゃって会話をする羽目になった私は年頃の令嬢達から大層恨みを買ったらしい。

 御蔭で視線が大変凄い事になって和やかに楽しむ気分じゃなくなりました。

 だが、私は声を大にして言いたい。

 

 ――「こんな小娘。しかも一時しかいない相手を恨んでどうする!?」と。


 王太子様にご婚約者がいないのは驚きだけど……いや、そういえば『ゲーム』でも悪役令嬢に振り分けられた人達はあくまで「婚約者候補」だったっけ?

 だからまぁ多分王太子様にもほぼ確定の候補はいるんだろうけど、あくまで候補なんじゃないかな?

 とはいえ、妃教育も始まってるだろうし、最有力候補って奴なんだろうけどね。

 そりゃね?

 年齢がが釣り合って、私の家格なら帝国の王太子だろうと正妃になれるかもしれませんけどね?

 あくまで「歳が釣り合えば」なんですよ。

 ココ大事だと思いませんか?

 私はあくまで公爵家の人間と認められたばかりの小娘です。

 翻って王太子様はそろそろご婚約者をお決めにならないといけない年頃です。

 幾ら貴族社会では歳の差婚が普通だといっても、わざわざ自国の王太子をロリコンにせんでもいいだろうに。

 一体何をもって私を敵をみなしているのか逆に問いかけたいぐらいですよ。

 しかもエッシェルトール様ともしらばく会話していたせいか、それともヴァイディーウス殿下達とお話していたせいか、聞こえてきましたよ「男を侍らす悪女的な」お言葉が。


 だ か ら 、 私 は ま だ 小 娘 だ と 。


 どんだけ余裕が無いんですか、貴女方は? と本当に言ってやりたい気分で一杯でした。

 と、まぁそんな感じで不穏になったパーティー会場の空気に気づいたアーリュルリス様がテラスから出れる中庭を案内して下さる事になった。

 勿論護衛は付いていたけど、男性陣は無しで。

 お兄様の側にベッタリってのも考えたんだけど、一応マトモな令嬢もいそうだし、お兄様の交流の機会を潰す訳には行かない。

 まぁ、お兄様は私への悪意に気づいているから、どんな相手だろうと笑顔でニッコリ、一蹴してそうだけど。

 え? ヴァイディーウス様やロアベーツィア様?

 ……あの方たちなら自分であしらえますよ。

 王太子様やエッシェルトール様に関しては自国の令嬢なんですから好きにして下さい。

 私には関係ありません。

 ってな訳で私とアーリュルリス様、そして護衛とで中庭に行く事になりました。


 今、考えれば少しばかり迂闊だったのは確かである。

  

 実行犯は牢屋に居て、黒幕もどこかに幽閉されているという事は知っていた。

 後、警戒すべきはあの最悪の騎士と今は牢屋に実行犯程度だとも思っていた。

 利害に耳ざとい貴族が今後、毒杯を賜る可能性の高い黒幕に付き従う可能性は低いと考えてしまったのだ。

 そんな事をするくらいなら、自分の身の振り方を考える事に忙しい、と勝手に思っていた。

 だって、下手しなくとも黒幕の巻き添えで没落する可能性が高いわけだし。

 家を存続させるために忙しくて私達に対して何かしでかす相手はいない。

 と、思い込んでいたのだ。


 考えてみれば、私は行きの道中で盲信者にも出会っているし、貴族だって自暴自棄になる事を知っていたのに。

 基本的に人に興味が無い弊害か。

 私は追い詰められた人の心情なんてモノがスコーンと抜けていたのだ。


 結果としてアーリュルリス様と一緒に拉致られた訳なんですけどねぇ。

 全く以て、我が事ながらうっかりが過ぎると突っ込みを入れたくなる。

 こんな状況におかれたからこそ思った訳だけどね。


 少数の護衛を連れてアーリュルリス様と共に出た庭はとても美しいモノだった。

 この世界特有なのか、光を反射するのではなく、自らが光輝く花々によって飾られた庭は昼間とは違う趣があり、眼を楽しませてくれた。

 前に庭に出た時は噴水のあれやこれやが気になって碌に周囲を見てなかったけど、流石芸術の国と言った所だろうか?

 いや『地球』にも光る花とかあるのかもしれないけどね。……私は知らないけど。

 耳障りな囀りも悪意ある眼差しからも解放され目を楽しませてくれる庭の散策はとても楽しいモノだった。

 アーリュルリス様にとってもこの庭は自慢なのだろう。

 丁寧に、けれど弾んだ声で説明してくれる姿に同世代ながら微笑ましく思ったものだ。

 そんな和やかな空間をぶった切ったのは、護衛の一人の呻き声だった。

 聞こえて来た呻き声に慌てて振り返ると、護衛が一人残らず倒れていた。

 その後ろにいた男どもがやったのだろう。

 服装的には貴族らしいが、何故自国の人間に害をなすのか?

 私はせめてとアーリュルリス様を庇うために、一歩引いた途端持ち上げられて口を抑えられてしまった。

 驚きに視線だけで後ろを伺うと、其処には私を海に突き落とした元騎士の男が最後に見たのと変わらぬ笑みを浮かべて立っていたのだ。

 まさかの実行犯が牢屋の外に出ている事態に私の思考は完全に止まってしまっていた。

 アーリュルリス様もこの男の出現には驚くしかなかったのか、助けを求める事も出来ず固まっていたし。


「令嬢様を傷つけたくは御座いません。ご同行願えますね?」


 元騎士の言葉に私は抑えられている手を振りほどいて「逃げて下さいませ!」と叫びたかった。

 確かに私は賓客である。

 けどたかが公爵令嬢でしかないのも事実なのである。

 皇族が拉致される原因を作る訳には行かない。

 ……今すぐ私がどうこうされる可能性が低いという打算も多少はあったのだが。

 けど、私を取り押さえているのが元騎士というのがアーリュルリス様の判断を鈍らせてしまったらしい。

 この男は私を常変わらぬであろう笑顔のまま海に突き飛ばしたのだ。

 なら自分がいう事を聞かなければあっさり私の命を奪ってしまうかもしれない。

 そんな風に考えてしまったらしいのだ。

 この場合私に何かしらの害があったとしてもアーリュルリス様の罪にはならない。

 けど、そんな事を考えて逃げられる程「この世界に馴染んでいる」のならあんな風にはなっていない。

 結局アーリュルリス様は私の命を盾に取られたと受け取りついていく選択をとってしまった。

 

「(この場合私の命は多少伸びたんだけど……うーん。どれが最善かと言われると微妙な所だなぁ)」


 確かにアーリュルリス様が断り逃げた場合私の命が危険だった可能性はゼロじゃない。

 その場で見せしめのように殺されてもおかしくはないし、死ぬまでいかずともどこかしら傷をつけられた可能性はある。

 だからといって皇族が誘拐犯の言う事をホイホイ聞いても問題があると言えば問題があるのだ。

 

「(幸い、倒された護衛の人達は死んではいなかった)」


 僅かだけど胸が上下していたから、あのまま一晩放置でもされない限り死ぬ事はないはずだ。

 だから、直ぐに私達に何かあった事は伝わるだろう。

 犯人の顔でも見ていれば御の字だ。

 

「(逆にあそこで護衛を殺さなかった理由が思い浮かばないんだけどねぇ)」


 別に殺さなかった事を責めている訳じゃない。

 当たり前だ。

 どうして自分の生存率を下げるような事を望まないといけないのか。

 そうじゃなくて、ただ一般的に目撃者を消すのは最低限やらなければいけない事ではないんだろうか? って意味である。……私は誰に言い訳しているんだろうね?

 諸々はともかく、自分達の姿を見たかもしれない人間を生かしておくなんて詰めが甘いと単純に言ってしまっていいか、少し悩む所だ。


「(後、もう一つ問題がある)」


 私を拘束した人間があの実行犯である元騎士であるという事だ。

 黒幕である皇女サマは私に全く興味が無い。

 それは今でもそうだろう。

 元騎士の男が私を見る目に宿る感情が「無」だという事から分かる事だ。

 同時に男はルビーン達のように「唯一」以外はどうでも良い性質のように思っていた。

 ならばこれはあの皇女サマの策なのだろうか?


「(……とは、とってもじゃないけど思えないんだよねぇ)」


 嘗ては神童と謳われていた、現在は幽閉されているであろう皇女サマ。

 あの気持ちの悪い最悪の騎士の主にして目の前の狂信者の主である女性。

 そんな人が取る策には稚拙過ぎるのだ。

 人の目があった場所での元騎士の暴挙もある意味で衝動的過ぎる事件と言えなくも無いけど、あの行為自体は隠す気すらなかったのだから別物として考えていいだろう。

 あの最悪の騎士の言い分を信じるなら皇女サマは今回死罪になる事すら受け入れている。……もしかしたら、それこそが望みを叶える手段だったのではないかとすら思うのだ。

 そんな皇女サマがアーリュルリス様を浚い足掻く必要が何処にあるというのか?


「(むしろ自らの死によって……考えすぎかもしれないけど、死の間際にこそ自分が一番追い求めるモノが得られる、と言った印象を受けたぐらいだし)」


 今更皇帝位なんて欲しがってはいないだろうし、幽閉を解かれる事すら望んでいるか怪しい。

 そんな皇女サマにしか従わないような男がどうして此処に居るのだろうか?


「(この男を引き留め動かすには周囲の人間には狂気が足りなすぎる。説得できるとも思えない)」


 一体何がこの男を突き動かしているのだろうか?

 

「(話した事の無い相手の思考を読めとか無理過ぎる。嫌がらせですか?)」


 元騎士の男だけを相手にするには目の前の男達が邪魔で、目の前の男達から逃げ出す事だけ考えるには元騎士の男がネックなのである。

 何方の事も並行して考えないといけないとは、あまり賢くは無いと自認している身としては辛い所である。

 考える事が多すぎる現状に私は三度目の溜息をつくのだった。



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