第190話・「飢え」を埋めて下さる唯一の御方のためならば(2)




 わざわざ牢屋までやってきた奴等はアーレアリザ様の側近を自称していた有象無象だった。

 正直、奇をてらう事もなく、思った通りの顔ぶれに内心嗤った事をコイツ等は知らないだろう。

 自分達こそがアーレアリザ様の最側近であり、アーレアリザ様の御心に沿う行動が出来ると自負している愚か者共。

 実際アーレアリザ様の御心の一端も掴む事も無く、あの方にとっては前菜程の価値しか見出されていない道化者達だったのだが、どうやら未だにその思い込みは続いていたらしい。

 有象無象はどんな手を使ったのか、俺は今、牢を出てそいつ等の屋敷に居る。

 

「(まぁ何だかんだ、そこそこ地位のある奴等だったからな。どうにかなったんだろうが)」


 上の奴等は俺を含めて泳がせているだけだと思うけどな。

 皇帝を思い出し、内心目の前の奴等を嘲笑う。

 皇帝はアーレアリザ様が「違う」事を知っている。

 その内面の全てを知っているとは決して言い切れないが、少なくともアーレアリザ様が皇帝に向かない方である事は確信しているようだった。

 だからと言ってあまり目の離れた所で権力を持つ事の拙さも分かっていたのか、何処かに降嫁させるつもりもなかっただろう。

 未だにアーレアリザ様にご婚約者がいらっしゃらないのが、その証拠と言える。


「(ま。俺等も別にアーレアリザ様が黒幕である証拠を徹底的に隠したりしなかったしな)」


 勿論、罪に問える程の証拠を残したりはしていない。

 が、あの方が裏に居る事を匂わせる程度の証拠はあえて残していた。

 隠し切る事も可能な中、あえて残していた事に皇帝も気づいているはずだ。

 結果としてアーレアリザ様は未だに王宮内に留められている。

 他国に嫁す事もせず、国内で降嫁させる事もせずにだ。

 未だ王太子が成人していないため、というのが表向きな理由らしいが……。


「(実際は外で権力を握られる事を恐れたって所だろうなぁ)」


 アーレアリザ様の本願が分からない限り、あえて権力を持たせるような切欠を与えるような事をする程皇帝は耄碌していない。

 

「(むしろ虎視眈々と罪を暴き表舞台から降ろそうとしていたはずだ)」


 アーレアリザ様の本当の望みが皇位ではない事を知らない故の空回りだが、まぁ仕方ないだろう。

 皇帝達が知ったらどう思うだろうか?

 

 今の状況こそがアーレアリザ様の望む道であり結末である事に。


 この世に飽いていらしたあの方の望み。

 それがもう少しで達成する事が出来る。

 此処までくれば皇帝だろうと誰であろうとあの方の望みを邪魔する事は出来ないだろう。

 あの方の悲願は必ず成就される。


「(そう。この有象無象達が何をしたとしても)」


 と、言い切れたとしても、こう言った時、厄介なのは寧ろ馬鹿なのだという事を考えれば、直接見張る事の出来るこの立場は悪いものではないかもな。

 目の前では有象無象の道化者達が何やら喚き散らしている。

 聞き苦しいし愚かとしか言いようがない光景に内心嘲笑が止まらなかった。


「アーレアリザ様を拘束するなど愚かな」

「あの方程次期皇帝の地位に相応しい方などいらっしゃらないというのに」

「高々王国の小娘程度の事で【塔】に入れるなど」

「このままではアーレアリザ様は実力が高いばかりに抹消されてしまう」


 聞こえてくる言葉に腹を抱えて笑いたくなる。

 ディルアマート王国と帝国の国力は五分。

 そんな王国の宰相の娘であり公爵家の令嬢様。

 まだ次期が決まってない状態じゃ後々の女当主様って可能性だってある。

 それを「小娘」と呼び見下すとは。

 アーレアリザ様の威光を使い好き勝手する有象無象の分際でほざくものだ。


「(有象無象の中にあの女に対抗できるだけの家格を持った奴がいたかねぇ)」


 俺の知る限りでは居なかったと思うんだがなぁ。

 見事に王国を見下し、あの女自体を見下している。

 相手はまだ幼い娘っ子だぜ?

 そんな相手を罵る姿は醜くて込み上げる嗤いを堪えるのが大変なんだが。

 しかもアーレアリザ様に関しても何も分かっちゃいねぇ。

 あの方が何時皇帝位を欲したと云うのか。

 そんな言葉一言だって言っちゃいないってのにな。

 大方【塔】まで行って追い返された口なんだろうが、それにしちゃ絶望していない気がするな。


「(あの方が前菜とは言え、逃すとは思えない。って事はコイツ等は未だにアーレアリザ様に会いにすらいってないって事か?)」


 アーレアリザ様側の人間だと思われるのを恐れている、って所か。

 まぁだとしても一番御心に沿っていると豪語する割にはその程度か、としか思わないが。

 結局コイツ等はアーレアリザ様の地位に擦り寄り旨味を得るために居たにすぎないってこった。

 それでアーレアリザ様の御心に沿っているなど誰も信じやしないってのにな。

 

「(どうせコイツ等の末路は決まってる)」


 コイツ等はアーレアリザ様に擦り寄っていた事は皇帝達とて知っている。

 今更何をしようと派閥として一緒に罰せられる結末は変えられない。

 それを知って色々行動しているなら無駄な足掻きと言えるが、コイツ等の場合それですらないって言うモンだから、平民にすら馬鹿にされても仕方ない愚か者達ってこった。

 当主変更、最悪御家取り潰しされる事が分かった時が面白そうだが、その頃には俺達は既に居ないしなぁ。

 精々想像だけで嗤っておくか。


 正直に言えばコイツ等について牢を出る必要は全くなかった。

 俺自身あの先にある死を受け入れていたわけだし。

 アーレアリザ様の命を完全に遂行し、そのために牢に入り、処刑されるのだ。

 むしろ寸分無く命を遂行出来た事を誉に思えたとしても恨みなど抱くはずもなく、コイツ等のように足掻く必要も感じない。

 最初はそう考え蹴とばすつもりだったのだ。

 が、聞き流していた説得の言葉の最中に少々聞き捨てならない言葉が聞こえて来たからこそ今、俺は此処にいる。


「(妹殿下に手を出すならば身近で見張る必要性があるんだよなぁ)」


 コイツ等だって妹殿下に害をなす事は無いだろう。

 が、もはや先が見えていない愚か者だ。

 怪我程度なら見逃す可能性がある。

 それでは困るのだ。

 アーレアリザ様の望みを完璧な形で叶えるならば妹殿下の存在は必須。

 むしろ他は要らなくとも彼女だけは必要なのだ。


「(しかもちょくちょく腹立つ事言う奴が一人混じってるしなぁ)」


 自称参謀を気取っている奴だけは何を考えているのかアーレアリザ様に対して少々見過ごせない事を口にしている。

 今回の作戦もコイツが立てているようだが、どうも破綻する事が分かって、それでも実行するように誘導している節がある。


「(何を考えているのかいまいちわからん)」


 アーレアリザ様に侍っていた道化者の一人である事は事実だ。

 見た事のある顔だしな。

 未だにアーレアリザ様が皇位を欲していると思っている所有象無象と大して変わりはしないんだろうが、ちょいと気になる。

 自暴自棄とまではいかないが、何かをやらかしても可笑しくはない雰囲気を時々感じるのだ。


「(あんな小物程度の策でアーレアリザ様の悲願達成の邪魔は出来ないが、物事に絶対はない)」


 あの王国の女が意外にも頭が切れる奴だったように。

 妹殿下が意外な言動をとったように。

 小物のした事でアーレアリザ様の悲願達成が先に延びるのは気に入らない。


「(最悪切り捨てればいいが、それも時を見計らう必要があるな)」


 多少賢いらしいソレの作戦に周囲が乗っている間に手を出せば、面倒な事になるのが目に見えているしな。

 一番良い時は何時だろうか?


「(作戦実行中の事故を装うのが自然か? それとも終わった後色々吐かせてからの方がいいか?)」


 ソレの理由なんぞ知りたくもないが、アーレアリザ様を侮った事だけは許すわけにはいかない。

 その代価をキッチリ払ってもらわないとな。

 その過程でどんな目にあっても自業自得って奴だよな?

 内心そんな事を考えているとソレが俺の方を向いた。

 

「貴方には彼女達をお招きする際に護衛として付き添って頂きたいのです。……殿下のためにも」


 その目に浮かべているものが何なのか。

 そんな事、俺には分からない。

 俺は別にカトルツィヘルやアーレアリザ様のように人の心を探り、悟る程人に興味がない。

 だからソレの真意にもとんと検討がつかない。

 そんな俺でもアーレアリザ様への侮りだけはどれだけ隠していても嗅ぎとる事が出来る。

 ソレの言動が一番俺達の怒りを買う行為である事にソレは気づいているのだろうか?


「(まぁ、気づいてないだろうな。じゃなければこんな事を俺に言うはずがない)」


 愚かな小物。

 最期の時まで道化である事に気づかない自称参謀。

 が、今はそれを思い知らせてやる時じゃない。

 その事を告げた時、ソレは一体何を思い、どんな表情を浮かべるだろうか?

 俺はソレの最期の表情を思浮かべてうっそりと微笑んだ。


「私の忠誠の全てはアーレアリザ様へ。そのためならばいかなる事も成し遂げてみせましょう」

 ――そう、それを邪魔するものは全て薙ぎ払ったとしても。



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