第186話・月への道?神殿への道?




「まぁ、そのような事が。……申し訳ありません。私、全く気づきませんでした」


 半透明の階段のような道を上がる途中、アーリュルリス様に事の顛末を話すと、大層驚かれた。

 どうも本気で気づいていなかったらしい。


「アーリュルリス様はトランス状態に入っていらっしゃっていましたし、仕方のない事と思います」


 私達も出来るだけ場が壊れないようにしていた事もあるし。

 今考えると「どんだけ無音で焦ってたのさ?」と思うぐらい皆静かに焦ってたからね。

 とはいえ、無音とはいかなかった訳だし、アーリュルリス様が全く気づかなかったのはあの舞やら唄が術式の一部になっていたからのような気もするけど。

 傍から見ても完全にトランス状態に入ってたし。


「舞と唄を奉納する人間は共に魔力も奉納すると記述されていましたが、まさか見ている方からもだとは思いませんでした。お体は大丈夫ですか?」

「大丈夫です。奉納された魔力も量自体は大した事もありませんでしたし。ただ、どうしてワタクシと殿下だけだったのかは気になる所ですが」

「それは確かに、そうですね」

「共通点といえば【闇の愛し子】であることぐらいですしね」


 内容が気になったのか皇子も会話に入って来た。

 目が輝いているし、本当にこの皇子は好奇心が旺盛な方なのだなぁと思う。

 私の肩に居るクロイツが凄く嫌そうな顔しているけど。


「(多分、近いから反射的に警戒してるだけだろうけど)」


 そのくらいは構われてたしなぁ。

 と、そんなクロイツと皇子の事情は置いといて……確かに私とヴァイディーウス様の共通点なんて【闇の愛し子】である事ぐらいだ。

 遠い過去まで遡れば血のつながりはあるかもしれないけど、それならロアベーツィア様やお兄様だって、そうなる。

 ただロアベーツィア様は【光の愛し子】なのに、そっちの魔力は要らないのかなぁとは思わなくも無いけど。


「私達、帝国の人間の中で聖域に行った事のある方はいらっしゃいません。少なくとも今を生きる人たちの中では、ですが」

「こたびのことも文献たよりなところがあるからね。まさかこのようなことが起こるとは」


 再びアーリュルリス様と皇子に謝罪をされ、私は苦笑を返すしかなかった。

 文献に載っている事をぶっつけ本番でやる所、帝国の人間はかなり思い切りが良いと思う。

 これが王国ならば、こうはいかないだろう。

 これが気質の違いって奴なのかもしれない。


「この階段を維持するのに必要な魔力だったのかもしれない、とは思います」


 海中神殿に行くはずなのに、何故か上へと伸びている半透明の階段をコツンと足で叩きつつそう言うと、お二人の視線が下がる。

 それにしても今の時点で大分怖いのだけれど、これも一種の演出なんですかね?


「かんぜんに透明ではないことをよろこぶべき、なんだろうね」

「そうですね。聖獣様の御力なのでしょうから問題はないと思うのですが。そう信じていても完全に透明では少しばかり躊躇してしまいそうです」

「手すりも見受けられませんし、透明だったらかなり恐怖を感じそうです」


 と、云うよりも完全に透明なら私は行くのを拒否したい。

 出来る訳ないと分かっていても怖いモノは怖いのだ。

 

「(別に高所恐怖症の気はないけど、それとこれは別問題な気がする)」


 半透明なのも聖獣様の御慈悲という奴なんだろうか?

 何故か上へ上へと上がっているけど。


「このままだと月までいってしまいそうですね」

「階段の先が見えない分、余計そう感じますね」


 皇子と皇女ののほほんとした会話に私は内心苦笑するしかない。

 実際、階段の先は見えていないし、大分上がった気がするのに、どうも終着点が見えない。

 月へと伸びているように見えるから余計、何処まで上がれば良いのかと考えてしまう。

 

「(実際の所、どうして月へと伸びているのか悩む所だよね)」


 いやまぁ、地面に埋もれるように歩いていくのもかなり怖いけど。

 想像の中で自分達が抉れた地面の中を歩いていく姿が浮かんだが頭を軽く振って想像を振り払った。

 想像とは言え怖すぎる。

 

 高所恐怖症の人にはかなり苦行である半透明の階段を昇っているにも関わらず皇女も皇子も全く恐怖は見られない。

 完全に透明ではないが手すりもない状態で上へと昇っていくのもそれなりに恐怖も抱きそうだけど。


「(これも聖獣様への絶対的な信頼感からなのかねぇ)」


 周囲を見れば帝国の人間は誰一人としてこの状況に戸惑いを感じていない。

 むしろ誇らし気ですらある。

 聖獣様の御業を絶対的に信頼しているのが見ていてわかる。

 これが帝国の気質かと思った。


「(いや、正確にはこの世界の人間の気質なのかも?)」


 ちらっと後ろを見るとお兄様や殿下達も然程恐怖は抱いていないようだ。

 戸惑いは感じているが、それだけらしい。

 お兄様達も聖獣様の御業で怪我をする事など考えてもいないのだろうか?

 私にしてみれば半透明だろうと手すりも存在しない階段を延々と上るのは相当苦痛なんだけど。


「<と、なるとどっちかと言えば世界単位か>」

「<一体どーしたんだよ?>」


 何となく思う所があったせいか、思わず【念話】で呟いてしまった。

 クロイツはそんな私のうっかりにも律儀に反応してくれる。

 

「(やっぱりクロイツって結構お人よしよねぇ)」


 うん? この場合「お人よし」でいいのかな?

 と、どうでも良い事を考えつつ【念話】でクロイツに話しかける。


「<クロイツはさぁ、この階段怖いとか思わない?>」

「<あー。確かに。いざという時クッションになるもんもねーしな。さっさと海中神殿とやらにいきてーなーとは思う。……何故か昇ってるけどな>」


 クロイツの言葉に私はうっかり安心してしまった。

 クロイツの言っている事が私の考えている事そのままだったからだ。

 私自身この世界で生きて死ぬのだと思っている。

 けど、生粋のこの世界の存在ではない私は神様にもその使徒である聖獣様にも絶対的な安心感を感じる事は出来ない。

 『わたし』が神様に思う所にあった事も要因の一つかもしれないが、それでもこんな階段の上を全くの恐怖を感じず昇るのは難しい。

 それを当たり前のようにやっているこの世界の皆に(何故か皇女様もだけど)少しだけ疎外感を感じたのだ。


「(だからクロイツの言葉に安心した)」


 この世界の人間だと思っていても、こういった所で多少思う所が出てくるあたり覚悟が足りないのだろうか?

 だとすれば同じように『記憶』を持ちながら神々へと絶対的な安心感を持っているアーリュルリス様にお話を聞きたい所だ。


「(いや、元々の神様への考え方が違うせいかもしれないけど)」


 そういう意味では『元の世界の神様』に思う所がある私のような存在か「この世界の神々」に思う所があるクロイツのような存在ではない限りこの感情は共有できないのかもしれない。


「<だよねぇ。けどさ、そう感じる人って少数みたいなんだよね?>」


 クロイツが辺りを見回し小さくため息をついた。


「<成程な。だから世界単位って事か。……けどあのコージョサマは『同類』じゃねーのかよ?>」

「<の、はずなんだけどねぇ。……アーリュルリス様の神々への信仰心は本物だからさ。そこら辺の違い?>」

「<それって世界単位っていえねーんじゃね?>」

「<かもねぇ。残念ながら異端は私達の方らしいよ?>」


 「<どうするクロイツ?>」と問いかけると今度こそクロイツは隠さずため息をついた。


「<今更だろーが。元々オレ達は異端じゃねーか。何言ってんだよ>」


 あっさり言ってくれるなぁと思った。

 この世界で生きる覚悟をしている。

 この世界で死ぬ覚悟をしている。

 「私」はこの世界の人間だ。

 だからこそ同じように感じる事の出来ない事に疎外感を感じるというのに。

 そんな覚悟をクロイツはあっさり鼻で笑ってしまった。

 とは言え、言っている事は間違っていないのだ、と言っている自分もいる。

 私達は決して「普通」にはなれない。

 なる気も無いのだから、装う事も最低限しかしていない。

 それで良いと思っている。

 それはつまりこの世界にとってはずっと「異端」であるという事なのだ。

 私達が異端でなくなるには『記憶』を忘れるしかないだろう。

 そしてそれを「私」は望まない。

 結局、そういう事なのだ。


「<言ってくれるねぇ>」

「<はん。異端以外になれる訳ねーんだから諦めろや>」

「<酷い言いざまだなぁ>」


 けど心の中にあった疎外感が消えていく。

 というよりも感じた疎外感が的外れであるという事を理解したがために消えていった、が正確だ。

 結局『転生』なんていうとんでも体験をしている時点で異端でしかないのだ、私達みたいな存在は。

 この世界を生きて死ぬ覚悟をしていても、それはそれ、これはこれという奴なのだろう。

 全部ごっちゃにしてしまえば孤独に打ちひしがれて孤独死してしまいそうだ。……これだけ環境に恵まれて言うのに!


「(『わたし』と【わたくし】が融合していうせいか、時折ごっちゃになるんだよなぁ。気を付けないと)」


 人に囲まれて孤独死なんて喜劇でしかない。

 そんな可笑しな死に方は御免である。


「<平穏は諦められないけど、普通である事は諦めてる訳だし、異端である事も今更か>」

「<いや、オマエの場合平穏も諦めろや>」

「<それは生涯諦められないです!>」


 なんて事を言ってくれるのだ、我が相棒殿は。

 と、クロイツと【念話】で話している間に少し歩みが遅くなっていたらしい。

 いつの間にか私の隣に居たのは皇女達ではなくお兄様達だった。


「……ずいぶん、仲が良くなりましたね」


 ヴァイディーウス様の言葉に私は小さく首を傾げた。


「(仲良く? いえ、クロイツとは元々仲悪くないですけど?)」


 少なくとも“フェルシュルグ”との確執を知らないヴァイディーウス様にとっては私とクロイツの関係は仲の良い主従関係だろう。

 ヴァイディーウス様が言った「仲が良い」と称した相手が皇女と皇子であると分かったのは彼の視線が前を歩くお二人に向かっていたからだった。

 勘違いしてすみませんと心の中で謝罪すると私は改めてヴァイディーウス様の言葉を吟味する。


「(確かに、傍からみれば仲はかなり改善されているように見えるかも?)」


 私達……特にお兄様達を害するつもりがないという一点においてだけの信用だが、それだけでも対応は大分変っている。

 あと、序でに言えば皇子の暴走をいなす様は確かに「仲が良くなった」と見えるかもしれない。

 最初が険悪すぎるからこそ、そう見えて仕方ないだろう。


「皇女様方がワタクシ達を害する事はないと分かりましたので。その点においては信用しておりますわ」


 今後交流が続くとも思えない相手だ。

 帝国滞在中ぐらい愛想よくしていても問題はないだろう、というドライな事も考えている。

 

「(それにアーリュルリス様に関して言えば、多分私に何かする程【この世界】に馴染んでいないから)」


 考え方などがどちらかと言えば『日本』よりなのだ。

 其の上で私を『同類』と判断してしまった以上、アーリュルリス様が私を排除する事は簡単ではないだろう。

 そこらへんは「私」よりも余程『マトモ』なのだから。


「(『同郷』と分かりながらも“フェルシュルグ”を切り捨てた私と同じ事はきっと出来ないだろう)」


 それぐらいアーリュルリス様は『善良』であり『普通』の人なのだ。

 ただヴァイディーウス様にそこまで説明する事は出来ないけれど。


「第三皇女様が今までワタクシを警戒していた理由を正確には聞いておりませんが、今後あの方がワタクシ達に害なす事は御座いません。それに帝国に来てから今までの一連の出来事の全ては国に判断が委ねられましたし」

「……国はキースダーリエ嬢の願いどおり対等な友好関係をいじすることに決定したんだったね」

「ええ。全てを水に流す事は難しいかもしれません。ですが皇女様も皇子様も自らが皇族である事を自覚していらっしゃる方々です。もうあのような事は起こらないとワタクシは判断致しました」

「本当にだいじょうぶなのか?」


 ロアベーツィア様も何処か心配そうに声をかけて下さった。

 本当にお二人ともお優しい方だ。

 勿論全ての人間に対してでは無いだろう。

 けれど、その懐の中に自分が入っているという事実は驚きと少しばかりのくすぐったさを覚える。

 『ゲーム』と彼等は違うのだと理解している今だからこその思いなんだろうけれど。


「ええ。少なくともあのお二人がワタクシ達を害する事は御座いません。ご心配して頂き有難う御座います」

「それだけのことがあのお茶会であった、ということですか?」

「そうですわね。……こればかりは王国に戻り話す許可が出る事を願うばかりですわね」


 現時点でお茶会の内容を話す事は出来ない。

 多分王国に帰れば王国陛下もお父様も「否」は言わないと思うけど。


「(公爵家嫡男と王族だしね)」

 

 アーリュルリス様いわく「国の上層部と身内」に当たる彼等に話す事が許可されないとすれば年齢くらいだけど、お兄様も含めて年齢不相応な程冷静で落ち着いていらっしゃるし、きっと問題はないだろう。


「てのひらを返したようですこしばかり気にはなるが。キースダーリエ嬢が問題ないと思っているなら大丈夫なのだろう」

「王国に帰るまでの楽しみとしておくしかないようですね」


 と、納得いただけたようなのだが、そう言っている割には両殿下のお顔はあまり優れないようだった。

 他にも何か懸念があるのだろうか?

 私は不思議そうに小首をかしげると少しばかり戸惑いを浮かべたヴァイディーウス様が口を開いた。


「あなたはエッシェルトール殿のような方とのほうが話しがあうのですか?」


 言われた瞬間、少しばかり意味が分からなかった。

 私が皇子と話が合う?

 脳裏には暴走しまくって、それを必死にとめるアーリュルリス様しか思い浮かばない。

 まさか私はあんな風に暴走していると見られているのだろうか?


「(いやいや、あそこまでは暴走していないと思うのですが?!)」


 が、よくよく考えてもヴァイディーウス様の前でそこまで暴走した覚えは……無くもない。

 序でに言わせてもらうと何故か真剣な表情で答えを待っているお兄様とロアベーツィア様も気になるのですが。

 一体彼等は私から何を聞き出したいのだろうか?


「(んん? ……えーと。……え?! もしかして私って皇子と距離が近い!?)」


 一応の和解を果たしてからの対応が脳裏に過る。


「(うん。確かに。考えてみれば少し近い気が?)」


 実際はクロイツを追っかけまわしている皇子に対してクロイツが私を盾にしているだけだけど。


「(あ。思い出すとちょっとムカっとしたから、今度盾にしようとしたらクロイツ差し出そう)」


 と、余計な事はともかく、確かにまだ幼いとはいえ、あの距離は近すぎたかもしれない。

 王国から遊学という名目で着ている以上、必要以上親しくなるのはあまりよく無いのだろう。

 特に異性の場合。


「(成程。それを心配してくれたのか)――第四皇子はクロイツの生態に興味津々なのです。ですからワタクシに対しても言い方は悪いですが研究欲の対象と言った感じなのだと思います」


 「どうやら帝国では召喚術はあまり普及していないようなので」と言うと何処か安堵したように表情が和らいだので、私の考えも間違ってはいなかったはずだ。


「たしかにここまで言語を理解しあやつる使い魔はめずらしいですからね。召喚術が発達していないというならば余計にきになるのかもしれませんね」

「だと思いますわ」


 微笑み言った私に明らかに安堵した様子の御三方に内心「(もう少し気を付けよう)」と思った。


「<やっぱり名目とは言え遊学中に異性と親しすぎるのは良くないよね。幾ら子供でも>」

「<……それだけじゃねーと思うんだけどなー。アニキはともかく>」

「<え? 他に理由あったりするの?>」


 あ、それとも友人を取られたようで何となく面白くないとか?

 そんな子供らしさが殿下達があるのならば、それはそれで微笑ましいと思うんだけど。

 と、そんな事をクロイツ言うとなーぜーか盛大な溜息をつかれた。


「<そこまで呆れられる事言ったつもりないんだけど?>」

「<いや、まぁ、仕方ねーと言えば仕方ねーか。オマエ中身成人してるしなー>」

「<なんかババァと言われてるみたいで釈然としないんだけど?>」


 そりゃ殿下達やお兄様を見ても時折大人目線で微笑ましさを感じなくも無いけど。

 ただこの世界がそうなのか、殿下達やお兄様がそうなのか、そういった側面は殆ど見られないけど。

 むしろ『記憶』のアドバンテージなんてあっという間に使い物にならなくなっている。

 とっくに私は追いかけられる者ではなく追いかける者だ。


「<時折感じるのはどうしようもないじゃない。殆ど感じた事なんてないけどね>」

「<オージサマ達もオニーサマも『あの世界』じゃ考えられねーくらいしっかりしてるからな>」

「<そーいう事>」


 課せられた責務とか、意識の違いなんだろうけどね。


 正直『転移』してきた人達はこのギャップに驚かなったのかな? と思わなくもない。


 と、再びそんなどうでも良い事を考えている間に終着点についたらしい。

 先をみるとアーリュルリス様が光って向こう側が見えない扉のような場所の前に立っていた。


「(いやまぁ、ファンタジーとしては定番なんだけど。実際見ると結構怖いんですが)」


 そう感じているのはやっぱり私だけらしい。……いやクロイツも感じているかもしれないけど。


「それでは聖獣様の神殿へ行きましょう」


 アーリュルリス様に腕をつかまれた私は必死に口元が引きつらないようにしつつも、半ば諦めの心境で手を引かれるのだった。

 

 ――とりあえず、通る瞬間目を瞑ってもいいですかね?

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