第184話・海中神殿へと続く道




 あれから私の帝国滞在は穏やかなモノとなった。

 失礼ながら第三皇女であるアーリュルリス様は私が考えていたよりも行動的な方のようで、次の日から控えめではあるけれど私と交流を取ろうと近づいてくるようになった。

 いや、それはいいんですけどね?

 ただ、あまりの急変に周囲がついていけていないだけで。

 序でというと失礼だけど、第四皇子のエッシェルトール様もクロイツの生態に興味津々らしく、私達はセットで皇女と皇子に迫られていた。……失礼、交流を持ちかけられている。

 あまりの態度の変化に殿下達が私達の心配をして下さったけど「和解致しましたし、問題は御座いませんわ」とやんわりと大丈夫と伝えている。

 殿下達が【神々の気紛れ?】とやらについて説明をするかどうかは国王陛下と皇帝陛下の一存によるので私から言える事は少ない。

 だからまぁ、そんな曖昧な言葉になってしまうんだけどね。

 同じくお兄様にも言いたいんだけど、同じ理由から言えないでいる。

 正直、これが一番ストレスである。


「<オマエ、ほんとーにアニキ大好きだよなー>」

「<尊敬してるし愛していますが何か?>」

「<あーはいはい。ブラコンブラコン>」


 最近クロイツは私が家族に対する愛を叫ぶと、こんな風にあしらうようになった。

 いや、偶に力一杯突っ込まれるけど。

 そこら辺のさじ加減はクロイツ次第なので私にはどうにも出来ない。

 ま、どっちだろうと私にはあまり関係ない事ではあるんだけどね。


 全ての首謀者であるアーレアリザ様に関しては特に話を聞いてない。

 少なくとも私達の帝国滞在中に事が動くことはないだろう。

 調べて裏付けを取るだけでも膨大な時間がかかるだろうし、所詮他国の役職にもついていない小娘である私に情報がおりてくる事は無い。

 それでも結末だけは教えてくれるらしい、というだけでもかなり譲歩されているのだろう。

 

「(ただ、結果として幽閉の上病死したとかそういった形で知らされるだけだろうけど)」


 そうなった場合あの騎士達がどうなるかについては……それこそ私が首を突っ込む事ではないだろう。


 次に困ったちゃんなアーリュルリス様の侍女や護衛の騎士サマ達に関してだけど、どうやらアーリュルリス様が説き伏せたらしい。

 案外早い対応に驚く反面、あの時の覚悟を決めた目を見れば有り得ない話でもないなと思った。

 あれから直接謝罪に来た人間は流石にいないけど、私に対する態度がぎこちないながらも柔らかくなった人間はいた。

 まだまだ私に敵意を抱いている人間も居るかもしれないけど、そういった輩は私が帝国滞在中は顔を合わせないように配置でもされているのだろう。

 皇族ならそういった采配などお手の物なのだろうから。

 

 と、言った感じで私の周囲はあっという間に静かになった。

 問題は残ってはいるけれど、このまま残りの帝国滞在も穏やかに終わってほしいモノである。


「(それも、これからの謁見によるんだろうけどね)」


 再び見る事になった意匠素晴らしい扉を前に私は小さくため息をつくのだった。





 水の聖獣がおわす海中神殿への道が開くと私達が知らされたのは、本当に前日の事だった。

 急に「明日、道が開きますので夜、時間を空けて下さい」と言われた時は思わず心の中で「(え? 夜なの!?)」と突っ込んでしまった。

 声に出さなくて本当に良かったと思う。……突っ込み所が違う、という事は考えない事にしている。

 そんな感じで完全に帝国主導のまま私達の海中神殿への訪問は行われる事になった。

 

「(いやまぁ、元々帝国主導は仕方ないと思うんだけどね?)」


 せめて夜になる事だけは知らせてほしかった。

 それとも、それすら前日にならないと分からなかったのだろうか?

 あと、私はともかく殿下達にはせめてもう少し詳しい話をしていたと思いたい。

 私が聞く事でもないからきかないけど。

 それにしても今回、夜という事項を知らせてもらっていないのは【道】が開くのが夜と決まっていないという事なんだろうか?


「<うーん。きっと満月の満ち欠けが問題だろうし、それはないと思うんだけどなぁ>」

「<オマエ、独り言を言いたいのか、オレに話しかけてるのか、どっちだよ>」

「<え? 半々?>」


 独り言でも良いけど、反応があるなら、それはそれでいいかなぁと思って?

 どうしても反応が欲しかった訳じゃないんだけどね。

 と、そんな事を言うとクロイツからは盛大な溜息という、ある意味分かりやすい返答を貰った。


「<んで? 何に悩んでるんだよ>」

「<悩んでいるというか……夜の謁見ってのは確定事項だったのかなぁ? という事と。なら教えておいて欲しかったなぁっていう話?>」

「<成程。普通に考えれば前日までそれすら分からなかったって思うんだじゃねーの?>」

「<そうなんだけどさ。多分今回の道への行き来って月の満ち欠けが関係あるんじゃないかなぁと思うんだよね>」


 「<ほら、今日は満月っぽいし>」と言うとクロイツと共に空を見上げる。

 空には欠ける事無く丸々とした満月が輝いている。

 

「<あとさ、あの噴水の『ルーン文字』だけどさ。あれってやっぱり『バロメーター』だったんだと思うんだよね。昨日みたら完全に光が満ちてたし>」


 あれから気になって幾度か中庭の噴水に足を運んだ。

 昼間でも『ルーン文字』が光っているのは見えたので、その光が段々文字全体に行き渡っていく様も見る事が出来た。


「<こじ付けと言わればそうなんだけどさ。あの『ルーン文字』の意味からしても然程間違ってないかなぁと>」

「<そーいや。意味を思い出したとか言ってたな>」

「<そーそー>」


 あれから私はしばらく考えて彫られている『ルーン文字』の意味を思い出した。

 

「<確か『水』とか『女』を意味するんだったか?>」

「<うん。まぁ解釈は色々あるけど、そこら辺でいいと思うんだよね>」


 水の神は女神だし、聖獣がいるのは海中神殿だし、そこら辺の解釈で間違ってないと思う。

 

「<だから、多分道が開くのも満月の満ち欠けに関係があって、夜じゃないといけないんじゃないかなぁと思ったんだよねぇ>」

「<あー。そりゃ先に教えておけよ、と思うわな>」

「<ま、私の考えがあってればの話なんだけどね>」


 別に悪意を持って伝えられなかったわけじゃないと思うし。

 と言うか、こんなの嫌がらせにもならないし。

 だから、私の考え方が間違っているか、単なる伝え忘れだと思うんだよね。


「<大方単なる伝え忘れだろーよ。あのコージョサマ、そこら辺抜けてそーだし>」

「<こらこら。相手は皇族だからね>」

「<いーんだよ。どーせオマエしか聞こえてねーんだし。ついでに言えば一使い魔の言葉なんぞ誰もきにしねーよ>」


 まぁ、そうなんだけどね。

 ただ思った通りにお喋りすると今度はエッシェルトール様に問い詰められると思うよ?

 本当に自分の研究欲には素直な方みたいだし。


 そういえばアーリュルリス様とエッシェルトール様の明らかな変化に殿下達は目を白黒させていた。

 特にヴァイディーウス様は「今度は何を企んでいるんだ?」という考えを隠していなかったし。

 ただアーリュルリス様はともかくエッシェルトール様のクロイツに対する研究欲求からくる暴走は傍から見ても演じているようには見えない。

 あれを演じてやってるならどんだ食わせ者だけど。

 幸いにもそれはなさそうだ、と私は思っている。

 

「(だってそんなエッシェルトール様に対して皇太子様どころか皇帝陛下まで頭を抱えていらっしゃったし)」


 諦めが入っている溜息を聞いてしまえば「ああ、あれは素なんですね」と同情すら湧いてきそうだった。

 取り敢えず無理強いはしないから、と半分放置しているらしい。

 

「(ああやっていれば自分を次期皇帝に担ぎ上げる人もいないだろうし、思う存分研究だけしたいエッシェルトール様にとっては最良の方法なんだろうけど)」


 結構疑り深い私ですら「そこまで考えているのだろうか?」と思わず考えてしまうくらいエッシェルトール様の暴走は素に見えるのだ。

 御蔭というかなんと言うか、そんなエッシェルトール様を必死に止めるアーリュルリス様に対して王国側の見る目が厳しいモノから同情に代わっていくのは、まぁ良かった事にしてもいいんじゃないかな?

 

「<殿下達は相変わらずアーリュルリス様に対して思う所があるみたいだけどねぇ>」

「<そりゃな。オマエ、こんなんでも公爵家の令嬢様だしな。それを蔑ろにされ続けてりゃ思う所ぐらいでるだろーよ>」

「<こんなんで悪かったわね。これでも公爵家の猫かぶりは万全ですけど?>」


 そりゃ寡黙で大人しい令嬢の仮面は引っぺがしたけど、代わりに王国でも使っている令嬢の猫さんは引っ張り出してきたから、今の私は何処にだしてもおかしくはない令嬢のはずだ。

 暴走する要素がないからとも言うけれど。


「<このまんまオマエの兄貴に手を出すヤツがでなきゃいーな>」

「<そんな素振りチラっとでも見せたら潰すに決まってるじゃない>」

「<やめろよ!? ここ帝国だからな!?>」


 その気になれば出来るオマエの行動力がこえーんだよ! とクロイツに叫ばれて私は心の中でだけ「(心外な)」と突っ込む。

 『念話』で言わなかったのは、ちょっとだけ自覚があるからだ。

 と、言っても帝国にいるから出来る事なんてそうそうないと思うし、幾ら帝国だってこの状態で公爵家の嫡男をどうこうしようとは思わないだろう。

 そこまで馬鹿じゃないと、そう考える程度には信用している。


 と、そんな感じで印象が目まぐるしく変わったお二人を先頭に私達は再び祈りの間の前に立っていた。

 周囲には少数精鋭と言うべきか実力がある騎士様達が数名。

 後は特例としてマクシノーエさんも謁見に参加する事となった。

 これは帝国側の誠意なんだと思う。

 

「(本来なら私とお兄様も参加できない身分だろうしなぁ)」


 それくらい祈りの間は帝国にとっては大事な場所なんだと思う。


「(そりゃそうか。海中神殿へ行く事が出来る道が開ける場所となれば、下手すれば王宮の中で一番神聖な場所だもんねぇ)」


 そろそろ色々異例過ぎて感覚が麻痺しそうだけど。

 帝国滞在からのあれこれが頭に浮かんで思わず小さく嘆息してしまう。


 何とも言えない顔をしている私に気づいたのだろう。

 お兄様が苦笑して私の隣に並ぶ。


「ダーリエ。きんちょうしないのはいいことだけど、もう少しふさわしい顔をしたほうがいいよ?」

「申し訳ございません、お兄様。少しばかり感覚が麻痺してしまっていると言うか……気を付けます」

「分からなくもありませんけどね」


 いつの間にかヴァイディーウス様も近くに来ていたらしく、話に参加してきた。

 その隣にはロアベーツィア様も何とも言えない顔で立っている。


「それにしても……本当に大丈夫なのか?」

「心配して下さって有難う御座います。ですが、本当に大丈夫ですわ。……詳しい話をしたい所なのですが、それは国に戻りお父様にお聞きしなければいけない事柄ですので、今はできません。ですが、もしお父様方の許可が得られるならばお話させて頂きますわ」

「そこまでしなくともよいのだぞ?」

「いえ。此処まで心配して頂いた殿下方の御心に報いたいのです」

「友を心配するのは当然だと思いますが、そこまで言うならば、無理をしないていどにおしえてくださいね」

「はい」

「本当にむりはするなよ?」

「はい」 


 殿下方とお兄様に対して頷くとマクシノーエさんが苦笑しているのが見えた。


「(すみません。四人揃って緊張感が足りなくて)」


 ある意味、現実味が無いという事でご勘弁下さい。

 実際、聖獣様にお逢いする機会があるとは思っても見なかったのだ。

 『ゲーム』ではルートによってはお逢いしていたような気がするけど、実はあまり覚えていない。


「(錬金術師のノーマルルートを驀進していたからなぁ。必要も無かったというか。……あれ? けど確かトゥルーエンドにするためには聖獣に会わないといけなかったんだっけ?)」


 確か卒業試験の際『トゥルーエンド』にするためには『七色の宝珠』を錬成する事が必須だったはず。

 そのためには聖獣様にお逢いし認められないといけなかったような?


「(あーでも。水の聖獣様には会ってないな。よく覚えてないけど、別のルートで手に入れたはず)」


 そもそも聖獣様のおわす聖域は人が行くには過酷な場所が多かったはずだ。

 気軽と言うとおかしいかもしれないけど、行けるのは光闇の聖獣様の神殿くらいだ。

 ノーマルルートでも光の聖獣様にはお逢いしていたし。


「<あれ?>」

「<あ? 今度は何だよ?>」

「<うーん? 闇の聖獣様ってストーリーに出てこなかったなぁ、と>」

「<そーなのか?>」

「<うん>」


 神殿はあったのに、出て来たのは光の聖獣様だけだった気がする。

 必要無いからストーリーには出てこなかったのかな?


「<ま、いっか。王国に帰ったら調べてみれば>」

「<だろうな。今考える事ではないわな>」


 呆れた様子のクロイツに私も心の中で苦笑する。

 目の前に聳え立つ扉。

 私達はこれから海中神殿に行くのだ。

 此処で他の聖獣の事を考えて仕方ないだろう。

 その前に出来るだけ粗相のないようにどうすればよいのか考えた方が建設的だ。


 私は開いていく扉を見ながら謁見のために気を入れ直すのだった。



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