第183話・無二の相棒




 アーリュルリス皇女とのお茶会……お茶会? により私と皇女様達とは一応和解に至った。

 これはつまりこれを機に私は帝国への確執をある程度捨てる事を決めたと同義なのである。

 何である程度かって?

 私を直接害した騎士サマやその黒幕まで許す必要なんてないでしょう? という事です。

 まぁこれで帝国と王国の間の友好関係に罅が入る事も無く、対等の立場を保ったんだから王国の人間として働いた方だとは思いません?

 そんな事をクロイツに言ったら、物凄い呆れた気配が伝わってくる。


「<本音では面倒事が降って掛かるのが嫌だからだろうに>」

「<そうですけど何か?>」

「<開き直るな!>」


 相変わらず辛辣なクロイツな軽口を認めたのに、何故か逆に怒られてしまった。

 いや、怒った理由は分かるんだけどね?

 それにしても怒らなくても良いと思うんだけどね?


「<それだけじゃないけど? 関係が微妙になった状態での外交なんてお父様に負担がかかりそうだからゴメンだったしね>」

「<相変わらずファザコンだなー、オマエ>」

「<ファザコンもマザコンもブラコンも私にとっては誉め言葉ですが何か?>」

「<だから開き直るな!>」


 クロイツ君や、会話がループしてますけど?

 原因は私なんだけどさ。

 そんなループに気づいたのかクロイツが話を話題を変えて来た。


「<にしても、オマエ良くあのコージョサマと友達関係になって今後も交流するなんてりょーしょうしたよな?>」


 心底驚いている言葉に苦笑する。

 確かにあそこで交流を絶っても誰にも文句は言われなかったと思う。


「(言うとしたら、妙に皇女に心酔していた人達くらいかねぇ)」


 私はお茶会で私を睨みつけて来た侍女や護衛の騎士達を思い浮かべて今度は内心だけで苦笑する。

 

 アーリュルリス皇女は私達の『同類』だった。

 詳しい話は聞いてはいないが『生きて来た時間軸』もあまり変わらないんじゃないかと思ってる。

 だからまぁ皇女様は『前』のまんまの道徳観念とか倫理観とかを持ち込んで接していたんじゃないかなぁと予測していたし、予測は間違っていないと思う。

 基本平等だった、命は平等だと謳われていた『前世』の考え方のまま周囲に接すれば、そりゃ慈悲を貰った方は崇めるよなぁ。

 と、思いついてしまえばあの侍女達の態度にもある程度納得は出来てしまうのだ。


「(だからと言って全てを許せるかは別の問題なんだけどねぇ)」


 私だって貴族社会の考え方には未だに馴染まない。

 特にこの世界は命の天秤が偏り過ぎている。

 私の友人兼メイドのリアだって、有事の際疑い無く私の盾になるだろう。

 彼女が平民で私が貴族、それも公爵令嬢だからというたったそれだけの理由で。

 私だって殿下達に何かしらの危害が加えられそうになれば盾となる……実際結界の外に出て交戦したわけだし?

 あの時は色々イレギュラーな事が起こったけど、私のとった行動自体は年齢を考えなければ別にイレギュラーと云う程のモノではないのだ。

 この世界の命は決して等価ではない。

 元々が薄情で色々欠落している私だってこれだけ苦労してるんだ。

 『日本』で何事も無く真っ当に過ごしていた皇女がこの世界での差異に戸惑うのは仕方ない。

 しかも自由なふるまいを許されている立場ともなれば、そりゃ『前』の延長戦として周囲と接する事になるよね。

 

「(結果として周囲に「聖女」とか讃えられて自分の首を締めてちゃ世話無いけど)」


 あれは『前』でも「良い子」でいる事を余儀なくされたタイプなんだろうなぁと思う。

 ある意味私達とは正反対の性格ともいえる。


「<あー。確かによくよく考えても進んで友人になるタイプではないんだけどねぇ>」

「<だろーな。嫌うとか以前に興味も沸かねーんじゃね?>」

「<だろうねぇ>」

「<じゃあ何でなんだ?>」

「<理由ねぇ。……あー、今後も交流を続ける理由の一番はやっぱり彼女が「皇族」だからかな>」


 正直、皇族からの申し出を断るのは気が引ける。

 出来なくは無いけど気を使うのは事実だ。

 これが「絶対に合わないタイプ」とか「今後交流を続けていくと必ず負担になるタイプ」とかだったらどんな言葉も並べても断ったと思うけど。

 今ならそれが出来るから。

 けどまぁ特にそこまでじゃないから、天秤にかけて断らなくてもいいか、と判断した。


「<断り難くて、今後交流しても別に問題ないと判断しちゃったからなぁ>」

「<友人関係を結ぶ理由としては最悪だけどな>」

「<貴族社会の友人関係なんて利害有りきだって>」

「<くそメンドクセェけどな。流石にそれくれーはわかんよ>」

  

 私だって利害が全くない友人関係を結びたいと思う事だってあるよ?

 けどさぁ『日本』ならともかく、階級がある世界で、それはちょっと高望みし過ぎだと思うんだよねぇ。

 皇女との関係だって今後どう変化するかはお互い次第だろうしね。

 と、私的にはそれで納得してくれると思ったんだけど、クロイツにはまだ何か引っかかる事はあるらしい。

 珍しく話題を変えず突っ込んだ来たのだ。


「<確かにオマエなら、そんな理由で交流を継続するのは分からなくもねーけどよ。オマエにしてはちょい採点が甘くねーか?>」

「<ん? どういう事?>」


 今の所害される様子もなさそうだし交流ぐらいいいかぁと思ったから断らなかっただけなんだけど?

 そもそも相手は帝国の皇女様だ。

 帝国滞在中はともかく、私達の遊学が終われば顔を合わせての交流なんて出来なくなる。

 所謂『ペンフレンド』って形になる。

 最悪お互いの手紙との間に検閲が入ると思うし。

 そんな状態で本音をどれだけいえるかって話になると思う。


「(まぁ、当たり障りなくが関の山だと思うんだよねぇ)」


 だから甘い採点と言われてもどうもしっくりこないんだけど。


「<オマエは自分に対しての被害は結構どーでもいいと思ってるよな?>」

「<まぁねぇ。流石に殺されそうになれば抵抗もするし抗議もするけど>」


 じゃあ今回はどうなんだ? と言われるかもしれないけど。

 今回は、まぁ相手に明確な殺意があったか? と言われると首を傾げる事になるし。

 生死を問わない程どうでも良い存在と思われると考えれば腹が立つと言えば腹が立つけど。

 よくよく考えると私もそういう所があるから、と考えると怒るのもなんだかなぁと思っちゃったし。

 相手にはそれ相応の処罰が下るとなれば「ま、いっか」と思って、後は帝国にお任せって感じだ。

 だから私的には何とも私らしい言動だと思っているですけど?


「<そこで相手に抗議しねーヤツは何処かおかしいだろーが。オマエはそーじゃねーんだから、当たり前だろうに。――ってそーいう話じゃなくてだな>」


 クロイツ君や。

 君、最近ちょくちょくデレるけど何か心境の変化でもあったの?

 なんて心の中で突っ込んでおきつつ先を待つ。


「<初対面から妙に警戒されてて、結果そのせいで騒動に巻き込まれたよな? しかも詳しくは知らねーけどコージョサマ達の対応を見るに思い込みみてーなもんもありそーだったじゃねーか。オマエってそーいう相手の場合、あっさり遠ざけると思ってたんだよ。断る理由だってあるわけだし? この機会を逃すなんてオマエらしくねーと思ったんだけど?>」

「<……あー。うん。そういう事か>」


 クロイツの言っている事は強ち間違っていない。

 確かに、色々な理由があったとしても、皇女の言動はあまり褒められたモノじゃなかったのは事実だ。

 その理由に思い込みや先入観などがあるならば、今後無意識にやらかす可能性が無くもない。

 その被害が私ならともかくお兄様達に行くかもしれない、と考えれば断ってもおかしくはない。

 特に今回は断りにくいとはいえ、断れないわけではないとなれば特に。

 今後交流が自然消滅する可能性を考えれば、此処ですっきり断った方がいいかもしれない、という思考に至ってもおかしくはなかったのだ。

 ってか、そっちの方が私らしいと言えば私らしい。


「(クロイツが変だと思うのも当然と言えば当然だったかなぁ?)」

 

 実はクロイツの言う通り、私はお茶会の途中までどうやって穏便に交流を断つかの方法を考えていた。

 たとえ、皇女が『同類』だとしても、その事自体には大した価値は無いと思っている。

 それはクロイツやお兄様が居るからっていう理由じゃない。

 だって私は“フェルシュルグ”と道が別れる事をあっさり受け入れ敵対したんだから。

 『同類』だろうと、その事は何のプラスになりはしない。

 だからまぁ、お茶会での皇女達の侍女達がやらかしていた時は「これも加算すれば穏便に交流を断てるかなぁ」とか考えていた。

 あの後、皇女が心情の変化と共に見えた皇女に『誰か』が重ならなければ私はそれを実行したはずだ。

 その時の事を思い出すと私は苦笑するしかなかった。


「<……ぶっちゃけると絆されたんだよねぇ>」

「<何処にだ?>」

「<んー、あの、何と言うか決めたら一直線な所とか、豹変ともいえる変化とか? あれがさぁ『後輩』を思い出しちゃってさぁ>」


 『わたし』がまだ高校の時、一時の期間とはいえよく話をしていた『後輩ちゃん』

 確か家がガチガチのカトリックだとかで、本人も見た目からして完璧なお嬢様! って感じの子だった。

 あの清楚な振舞いは作ったモノじゃなかったんだろうし、きっと相当モテてたと思う。

 『わたし達』とはひょんな事出逢って話をした後何故か懐かれたわけだけど。

 いや、別に嫌いじゃなかったけどね?

 ただ『後輩ちゃん』は相当生きにくそうだなぁとは思っていた。

 親の敷いたレールを真っ当に歩いていく。

 その事に多少の疑問を抱いていも、そこからはみ出して自由に生きていける程、自分に自信がもてなかった『後輩ちゃん』。

 

「(きっと『わたし達』に懐いたのは、自由気ままに振る舞っていたから、それに対する憧れがあったんじゃないかなぁ?)」


 『悪友達』と出逢う前、まだ『あの子』だけが私の素ともいえる性格の数々を知っていた高校時代。

 あの時、『後輩ちゃん』は確かに『わたし』の一部とはいえ素を知っていた数少ない『知り合い』だった。

 

「<『後輩ちゃん』もさぁ、周囲の期待……ぶっちゃけると親の期待に息苦しさを感じながらも外れる事が出来ない自分自身が嫌いな子でさ。だってのに『わたし達』みたいなタイプに対して憧れを全面に出して『もっとお話ししたいです!』なんて言われて――あん時も絆されたんだけどねぇ>」

「<ふーん>」

「<普段は自分の主張を通すような娘じゃないんだけど、これと決めると頑固だし、なんというか心の中で何かを定めた場合、豹変ともいえる変化をするんだよねぇ。そーいう所とかが、何となく皇女様と被っちゃったんだよねぇ>」

「<あー。確かに、あんだけ周囲を気にした風だったのに、いきなり「アレ」だったしなー。ありゃ確かに豹変って感じだったな。しかもオマエと違って猫被ってるんじゃなくて素って感じだったしなー>」

「<アンタ、本当に私の猫かぶりに突っ込むよね? と、私の猫被りはともかく……素であれなモンだからさ。『わたし』は『後輩ちゃん』が嫌いじゃなかったんだよ。ちょっと色々あったから高校以降交流はなかったけど、それでもね?>」


 結局、「あれから」疎遠になったまま高校を卒業したし、その後『後輩ちゃん』に会う事はなかった。――――なかったよね?

 何となく頭をかすめた気がしたけど、きっと気のせいだろう。

 何はともあれ、嫌いじゃなかった『後輩ちゃん』を皇女様に重ねてしまったせいか、皇女様も突き放すのがちょと忍びなくなったんだよねぇ。


「<だからまぁクロイツが採点が甘いと感じたなら、そのせいじゃないかな?>」

「<絆されたねー。ま、ありえねー話じゃねーか。……にしても珍しいな>」

「<今度は何?>」

「<オマエが『前』の事を話すのがだよ>」


 一瞬クロイツが何を言っているのか分からなかった。

 けど、よくよく考えてみれば確かに此処まで『前』の事を誰かに話した事があっただろうか?

 家族やリアは私が「そう」であると知っている。

 だから『地球』の『科学技術』とかはポロポロ話している。

 とはいえ『わたし自身』の事となると殆ど話をした事がないかもしれない。


「<んー。確かに。……けどさぁお兄様達に『わたし』の事を話しても意味がないかなぁ? とも思わなくもない>」

「<殆ど話通じてねーしな>」

「<うん。あとは……うーん。クロイツならいいかなぁ? と思ったのかな?>」


 高校時代は『わたし』が色々変わった時期でもある。

 楽しい思い出も悲しい思い出も怒り狂いそうな思い出も。

 数々の彩られた思い出が高校時代には詰まっている。

 ある意味で『わたし』が忘れらない時期でもあるのだ。

 その時の事を『思い出せる』程落ち着いたってのもあるけど……。


「<クロイツは根掘り葉掘り聞いてくるタイプじゃないし、『思い出』をちゃかすタイプでもないし。それでいて『同胞』なクロイツなら言ってもいいかなぁ、って思ったからじゃないかな?>」


 別に其処まで深く考えて話した訳じゃないけど、多分そんな感じだと思う。


「<……そーかよ>」

「<うん。それくらいは私はクロイツを信頼しているって事>」


 もうクロイツは懐に入っている。

 そして短い期間とはいえクロイツの性格を何となくでも分かるようくらいは一緒にいる。

 だから、私はクロイツを信頼しているし、話しても良いと思ったんじゃないかな?


「<ま。私にとってクロイツは無二の相棒だからね>」

「<あー。そーだな。オレにとってもオマエは唯一の相棒だよ……多分な>」


 クロイツさんや。

 流石の私でも照れてるって分かりますけど?

 素直じゃない相棒の、それでも言ってくれた言葉に何となく心が温かくなった事に苦笑しながら、私はクロイツの額を軽く小突くのだった。



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