第155話・不穏な一報と不穏な近衛隊




 その後も何だかんだで穏やかな道中に胸をなでおろしていた私は齎された不穏な一報に内心眉を顰めた。


「盗賊、ですか」

「はい。此処よりも少し離れた村にて盗賊の目撃情報が出ているようです。どうやら人数が居るらしく、話では盗賊団と言われる規模とも言われているとか。国への報告は済んでいようですので、時期に討伐隊が派遣されるかと」

「行路を変更するひつようがあるということですか?」

「いえ。目撃されているのは現在の場所よりも数日離れた場所との事です。このままの行路を取ったとしても盗賊団と遭遇する事はないかと思われます」


 盗賊団、ねぇ。

 ヴァイディーウス様と隊長さん? の話を聞きつつ私は不穏な予兆に周囲に気づかれないように小さく眉を顰める。


「(ここ最近は盗賊団の噂は無かった、と言われていたんだけど。この時期に、それもこのタイミングで目撃情報が届く?)」


 出来過ぎていると感じてしまうのは警戒し過ぎなんだろうか?


「<ここ最近どころか盗賊団と言われる規模のやつは年単位でないはずだよな?>」

「<私はそう聞いてるよ。……多分殿下達もそう聞いてるからこそ、悩んでいるじゃないかな?>」


 ヴァイディーウス様は思案顔だしロアベーツィア様ですら何処か緊張しているようだ。

 報告している騎士様達にとっても偶然としても出来過ぎな時期の盗賊団の登場に少々思う所がありそうだ。

 どことなく穏やかなはずの草原全体がひり付くような緊張感に包まれていた。


「<あと、タンネルブルクさん達の警戒度が上がった>」

「<この手の情報には此方さんよりもあっちの方が情報通だろうからな。アイツ等が警戒してるって事は「ただの盗賊団」と甘くみないほーがいいかもしんねーな>」


 物騒なクロイツの発現を否定できず私は小さくため息をつく。

 出来れば穏やかに国境を越えたい所なんだけどねぇ。

 ただでさえ御忍びスタイルで護衛の人数も万全とは言えないのだ。

 幾らなんでも今回は陛下達の策という訳では無いだろう。

 今回まで無断で囮にされたら流石に私は陛下への見方を変えるし、なんなら国を出る方法を考えてしまうだろう。


「(まぁ最悪後継者がいなくなる、そんな愚かな選択を取る国王ではないだろうから違うのだろうけど)」


 つまり、これは陛下達にとっても予想外の出来事と考えた方が良い。


「<ただ、偶然じゃない可能性が無い訳じゃないんだよねぇ。私達が外に出された理由が国内がゴタゴタするための避難、だったとすると他の理由が浮かび上がったりするわけで>」

「<つまり、盗賊団に装ったドコゾの私兵のお出ましって事か?>」

「<……其処まで馬鹿な貴族が居れば、ね>」


 此処で私達を亡き者にするメリットが無さすぎる気がする。

 得られるメリットなど本人達の憂さ晴らし程度、しかも行く末は破滅しかない。

 自己保身に長けた貴族がそんなデメリットしかない事をしでかすのだろうか?

 ヴァイディーウス様も多分私達と似たような事をお考えしていているようだし、さてどうしたもんだか。

 噂一つでは情報が足りなさすぎる。


「<此処で戦力を割くのが一番有り得ない行動だと思うけど、このまま予定通りの行路を進んでいいものか、って所かな?>」

「<盗賊団がドコゾのオ貴族サマの私兵だとして、キシサマたちとかに内通者がいる可能性はねーのか?>」

「<あー、それはない、と思うけどねぇ>」


 近衛の中にそんな愚か者が混じっているとは思えない。

 そういう意味では疑われるのはむしろ冒険者であるタンネルブルクさん達だ。

 ただ、この人達じゃなければって話だろうけど。

 別に彼等が汚い手を使わない公明正大な人達だと思っている訳じゃない。

 だけどこんな相手側についてもデメリットしかない事に手をかす程愚かないという事を私は知っているのだ。

 私みたいに直接面識が無かったとしても、既に国を超えて名が売れている高位ランクの冒険者が破滅しかない依頼に手を出す必要はない、と考えるのが普通だ。

 お金に困って無いし、ルビーン達みたいに快楽主義なわけでもない。

 彼等の性根を信じているというよりもそれほどまでに今回の盗賊団が偽装であった場合の彼等の得られるメリットが無さすぎるのだ。


「<仮にタンネルブルクさん達が相手に手をかしている場合は相当な弱みを握られているか、余程大切な人が人質に取られているか、なんだけど……>」

「<監視の目もねー時点でこっちに情報リークして寝返るんじゃねーか? そんくれーは強かな奴等じゃね?>」

「<だよねぇ。この場合、そんな方法で依頼を強制する方が非があるんだから。……だからきっとタンネルブルクさん達が内通者って事は有り得ない>」

「<と、なるとやっぱキシサマ達か。へっ。キシサマ達の方がよっぽどあやしいってのは笑えるな>」

「<第三者なら私もそう思わなくも無いんだけど、当事者になると笑えないんだよねぇ>」


 国に忠誠を誓う国王直属部隊である近衛隊にそんな愚か者が混じっているとは考えたくない、というのもあるし。


「<ああ。あるかも? たとえば元王妃に忠誠を誓っているのが居れば話は別かもしれないね?>」

「<んー。それこそあのオーサマがそんな奴等を見逃すとは思えねーけどな?>」

「<私もそう思いたいけどねぇ>」


 元王妃も貴族としてなのか、個人の性質故なのか、妙な求心力があったみたいだし、有り得ない話じゃないかとも思うけど。

 チラっと気づかれないように辺りを見回す。

 流石にこんな幼女に見抜かれる程あからさまな感情を出している人はいない。

 と言うよりも皆ヴァイディーウス様の判断を待っているようだ。


「(んん? その方が問題なような?)」


 改めて見回すと、やっぱりヴァイディーウス様の判断待ちをしているようにか見えないのだけれど、それってどうなんだろうか?


「<おいおい。幾らなんでも判断任せるには早すぎんだろう。上のオージサマだってリーノと二、三歳しか違わねーんだよな?>」


 クロイツの呆れた声に私も「<そのはず>」と同意する。

 流石に此処で責任と判断の全てをヴァイディーウス様にゆだねるのは無責任だ。

 意見を聞くのは良い。

 情報を与えるのも良い。

 けれど殿下達も私達もまだそれらの判断の責任を取るには幼すぎる。

 せめて今回の旅の責任者である騎士隊長が現状取れる選択肢を理由を共に述べるべきだ。

 これでは幼子に責任を押し付けているようにしか見えない。

 近衛は確かに国や王に忠誠を誓う存在だけど、だからといって継承権持ちの殿下達を蔑ろにして良いわけじゃないというのに。


「<と、言うか、今の時点で王と同程度の判断力を期待しているとか、アホみたいな話ないよね?>」

「<そこまでアホじゃねーだろ……と思いたいんだけどなー>」


 私の馬鹿みたいな疑問に対してクロイツも完全否定出来ないぐらいには騎士様達のヴァイディーウス様に向ける視線は厳しいのだ。

 

「<あ、タンネルブルクさん達、呆れてる>」

「<そりゃこの空間の異常さを認識できりゃ呆れるだろーよ>」

  

 温度差が酷い。

 ヴァイディーウス様自体はこの状況を正確に把握して何を考えているかは分からないけど、ロアベーツィア様は少々不快そうだ。

 多分、本能的に騎士サマ方の考えを捉えているし現状がおかしい事に気づいてるようだ。


「<お兄様も雰囲気を感じ取って、微妙に呆れてるし>」


 幾らお兄様やロアベーツィア様が普通よりも状況把握に長けた子供だとしても、子供にも分かる程の分かりやすさってどうよ。

 

「<……一人、二人、くらいこの状況がマズイ事に気づいてる奴がいるっぽいな>」


 クロイツに言われて私も再度気づかれないように視線を走らせると、確かに一人、二人? 程度、この状況の異常さに気づきかけているっぽい。

 

「<だとしても少なすぎるし、気づいてる訳じゃないって所が何とも言えないんだけど>」


 内心ため息をついた時ヴァイディーウス様も何かを判断なさったらしい。

 熟考なさっていた顔を上げると騎士サマではなく、タンネルブルクさん達に話を振ったのだ。


「この辺一帯で今まで盗賊団などの話をきいたことがありますか?」

「いんや。そもそも盗賊団と言われる程大きなゴロツキ集団自体ここ最近聞いてないな」

「そうですか」


 タンネルブルクさんの情報を聞いて何かしらの判断をしつつあるヴァイディーウス様は再び騎士サマに視線を戻す。


「噂の発生源からそれる行路をとった場合どれほど遠回りになりそうですか?」

「違う道を使いますと数日の遅れが予想されます」

「そうですか。……今までが順調であったために遅れる事を国境に先触れを出す必要はなさそうですが……いえ、しいていえばたとえここで人員の交代があったとしても間に合う計算ですね」


 ヴァイディーウス様は騎士サマ達を見回すと微笑む。……ただし、あまり目は笑ってないようですけどね。


「少々作為てきなモノをかんじますが、このまま予定通りの行路をとりましょう」

「遭遇する可能性があるかもしれないぞ?」


 タンネルブルクさん、言っている言葉の割に顔が笑ってますけど?

 この場合行路を変えて内通者をあぶりだすべきか、否か、だと私は思っているわけなんだけど。


「<オマエなら行路を変えるよな? 内通者がいる事を前提に>」

「<まぁね。作為的過ぎるし、私、近衛の人達とはほぼ初対面だから人間性は一切信じてないし>」

「<そこまで言い切る事もねーと思うけどな。ま、オレもそーだけど。……さーてあのオージサマは何を思ってこの判断をしたんかね?>


 行路を変えないと言う事は近衛に内通者は居ないと判断したんだろうか?

 ヴァイディーウス様とは結構思考は似てると思ってたんだけど、どうやら近衛に対する信用度は違うらしい。


「変えようとも遭遇する可能性のほうが高いと思ってますから、それならば変えるだけ無駄になりそうですからね」

「っ!? それは私共を信用して下さっていないという事ですか!?」


 騎士サマが悲鳴のような声を上げる中、私は予想の上を行くヴァイディーウス様の発言に驚きを隠せなかった。


「(おおっと。いやぁ、近衛達の事を殿下は私よりも信用してなかったみたい)」


 というか内通者前提で話進めているよ、この王子様。

 

「<うわぁお。実はリーノよりも苛烈だった>」


 序でに言うとロアベーツィア様も特に反論する様子はないし。

 兄上の言葉を鵜呑みにしているって感じじゃなく、彼は彼で思う所があるらしい。

 え? どんだけ近衛への信頼度って低いの?

 ヴァイディーウス様は悲痛な顔をしている騎士サマ達に、それでも平常と変わらない表情を向けていた。……多少冷ややかな気がしないでもないけど。


「信用はしていますよ? 父上である国王陛下の顔に泥をぬる行為はしない、ということだけは。ですが、同時に私達は最悪切り捨てることのできる存在でしょう? 今回の事も貴方方からの試練ではないと言い切れますか?」

「そなたたちは父上に心酔しているしな。その息子であるオレたちを力不足とみているのだろう? この旅をよい機会と考えて次期国王になるための試練の一つや二つ用意していてもおどろかないな」


 成程。

 近衛隊はどっちかと言えば国王陛下のファンクラブの集団でしたか。

 いやまぁ確かにカリスマ性の高い王様っぽいとは思ってたけど。

 だからと言ってまだ子供の息子達に対して力不足って……ちょっと目が曇ってやいませんかね?


「<なんてーか、兄弟仲も親子仲もわるくねーのに、周囲が殺伐としてやがんな>」

「<と、言うよりも、ちょっとばかし思い違いをしてる気がするんだよねぇ。……陛下にカリスマがあろうとも、息子二人は幾ら似ている処があったとしても陛下じゃない。それぞれが個別の人間として生きている事、忘れてない?>」


 国王陛下の息子だから、このぐらい出来て当然?

 そんなモノ押し付けられれば歪むのは当たり前だと思うし、反発するのも当たり前と言えば当たり前。

 それを近衛という比較的接する機会の多いであろう人達に終始監視されるように見られているのなら、それは相当苦痛に感じるはずだ。


「<うわぁ。『ゲーム』での殿下があんな性格になったのって、もしかして周囲の環境のせいなんじゃないかなぁと思ってきたんですけど>」

「<ああ、俺様とか我が儘とか言われる類の野郎だったんだっけか? まさかの親とかの教育のせいじゃなくて周囲の環境のせいかよ……しょっぺー事実だな、おい>」


 あの元王妃のせいも多分にあるだろうけど、周囲の環境もそれを助長するモノだった可能性を否定できないのですが。


「(頭痛がしてきたんですが)」


 もはや半目にならないように猫被るのが大変になってきたんですけど。

 あ、お兄様が小さくため息をついてる。

 タンネルブルクさん達は……うわぁ、しらーとした目で騎士サマ達を見てる。

 私達の中で騎士サマ達に対する好感度が大分下がってる気がする。

 これは殿下達が根本的に近衛を信頼していないのも仕方ないわ。

 そりゃ苛烈な対応にもなりますよね。

 実際言葉を荒げる事はないけど、言葉に込められた感情は相当強いモノだった。


「貴方方は陛下の剣。次代である私たちに対して、国を守るにたるか見極めたいと考える気持ちはわかりますし、咎めるきはありません。必要なことだと言うことも分かります」

「俺たちの努力しだいだからな。そちらがどれだけ試練をあたえてこようとも俺たちはそれをのりこえてみせる。それだけの覚悟はある」


 帝王学を学び、次代の王として騎士達の忠心を得るために努力する覚悟。

 それを殿下達は既にお持ちなのだ。

 今更試練と称して何を試さなければいけないのか。


「<その努力がまやかしではない、と見守る事こそ近衛の人達に必要な事なんだと思うんだけどなぁ>」

「<数人は気づいてるが、納得してねーヤツがいるんだが。……やだねー、頑固親父は>」

「<頑固親父って……あら、否定する要素がないわ>」


 クロイツと【念話】で話している間にも殿下達の騎士サマ達への言葉は止まる事は無い。

 と言うよりも、どうやら本題はまだらしい。


「こたびの旅において貴方方が私達に対しての態度を咎めるつもりはありません。試練の一つとして受けとめるつもりでした」

「そっちに関しては、今後も別になにかをそなたらに言うつもりはない。好きなだけ探ればよいし、好きなだけみきわめればよい」


 んん? もしかして殿下達にも色々含みのある視線を向けてたんですかね?

 てっきり私への監視だけだと思っていたんですけど、どうやら殿下達への見極めの視線もあったようです。

 流石にそこまでは見分けられなかったなぁ。

 ちょっとこんな時に? と思わなくも無かったし、無意識に考えの中から排除してたのかも。


「<職務中にそこまで他所事抱え込んでいいのかねぇ?>」

「<危険な試練はふっかけてこないと思ってたんだが……数人以外みてっと、そこらへんも信用できねーな?>」

「<私もそう思う>」


 この調子だと盗賊団の噂はフェイクで、行路の先に居るのは近衛さん達の同僚さんたちの可能性が高いと思う。

 その場合、盗賊団が本当には存在しない事だけは喜んでいいかもね。

 そんな事よりも問題は数人は気づいただけましだけど、残りは納得してない事だよねぇ。

 国王陛下にどんだけ心酔してるのさ。

 ああ、職務を一時的に棚上げして荒探しするほどなわけ、か。


「(自分で考えておいてなんだけどゲンナリする結論だなぁ、それ)」


 カリスマ性が高いってのも問題だねぇ。――いらない荷物を背負わないといけないんだから、さ。


「近衛とは国に、国王陛下に忠誠を誓い剣を捧ぐ者たち。あなたがたが次代の私達を見極めたいと思うことは自然です。ですが……こたびのことはやりすぎと言わざるを得ません」


 そこでヴァイディーウス様は私とお兄様を見た。

 全員の意識が一時的に私達へ向かっていた。

 集まる視線に私は慌てて全力で猫を被りなおす。


「(流石に半目はまずい)」


 幸いにも猫かぶりには気づかれなかったようで安心である。


「視線で探り問答で見極めをするだけならば良いですが、こたびのことはやりすぎです。ここには私達だけではなく、公爵家の人間、それも次代を担う二人がいます。貴方方は二人を巻き込む事になんの疑問も抱かなかったのですか?」


 此処でようやく殆どの人は自分達がやり過ぎた事に気づいたらしい。

 そんな騎士サマ達に「遅い!」と突っ込みを入れたいけれど、それ以上に問題なのはそれでも一人だと思うけど納得していない事の方だ。

 此処まで頑迷だとむしろ害悪だと思うんだけど。


「アールホルン殿とキースダーリエ嬢は公爵家の人間です。しかも二人の父君は宰相の地位についている方なんですよ。こたびの貴方方の試練においてお二人が害された場合、貴方方はどう責任を取るおつもりだったのですか? それともそれも必要なことだったと陛下におっしゃるつもりだったのですか?」

「絶対に守るつもりだった、とはいわせぬぞ。この世に絶対などないことなどそなたたちはすでに知っているはずなのだからな」


 そりゃそうだ。

 彼等は骨身にしみて分かっているのはずなのだ。

 城で継承権を持つ殿下達が襲撃にあう、なんて本来なら有り得ない事が起こったのだから。

 騎士サマ達が来た時、すでに決着がつく寸前だった。

 あの時、騎士サマ達がきた時、本当に助かったのは何方だったのか……それを私達は“よく知っている”

 この世に絶対はない……それを私達はこの身で実感したのだ。

 騎士サマ達とて忘れるには早すぎるからその身に未だ叩きこまれているはずだ。

 だからこそ盗賊団の噂がフェイクであり、私達の馬車を襲う者達が彼等の同僚で会った場合でも「絶対に私達が安全」とは言い切る事はできない、という判断がどうしてできなかったのだろうか。

 不測の事態など簡単に起こるというのに。


「国王陛下と宰相は学友として、友として地位を越え親しい仲です。ですが、だからと言って近衛の暴走ともいえる行動により彼女達が傷つけられれば溝がうまれる可能性はあります」


 その時頑迷な一人の男の肩がピクリと動いた気がする。……しかも国王陛下とお父様の仲が良いと言った時に。


「(まさか……)」


 思い当たった理由に私は視線が冷たく鋭くなる。

 彼の些細な動作は私が行き当たった理由にヴァイディーウス様が行きつくにも充分だったらしい。

 ヴァイディーウス様の目に明確な怒りと冷たさが宿る。


「もしかしてとは思いますが。溝が生まれる可能性を知りながら、それすらも望んだとでもいうつもりですか? 仮に彼女等が傷つき宰相殿と陛下の間に溝が生まれても構わない、と?」

「……そういうことか。そういえば宰相殿は父上が許してるために時に父上への扱いがぞんざいになるからな。私的な時は仲良く話をしているところもよくみかける。……そなたがそんな父上たちを見て不満そうな顔もみたことがあるな?」

「ロアだけはなく、私も見たことがありますね。……こたびの事に関して、どうやら私達へかすための試練とは別の思惑がありそうですね。しかもそれは私怨による謀のようです。――顔色が変わりましたが、違うと言い切れますか? そうですね、いっその事神々へ誓いますか? ……ああ、いえ、ちがいますね。この場合貴方が誓う相手は忠義をささぐ国王陛下にたいしてですね」

「そうですね兄上。――そなたは陛下へ胸をはり誓うことができるのか? ――こたびのことは近衛としての職務に一切そむていない、と?」


 殿下達の怒涛の追い詰め攻撃。

 けどそれを私は憐れに思う気持ちは沸いてこない。

 だって、頑迷だった男が殿下達の言葉に目を逸らしたのだ。

 あれじゃあ白状しているようなモノだ。……お父様に対して確執を抱いているという事を。


「<ほぉ? つまり、お父様と陛下が気の置けない無い仲である事に嫉妬して、私情塗れで今回の事を引き起こすつもりだった、と? へぇ。それはつまり、近衛はワタクシの敵に回ると言う事ですわよね?>」

「<リーノ?! おい! オマエ、修羅モードはいってんぞ!? 落ち着け!?>」

「<あらあら、クロイツ。物騒な事をおっしゃらないで下さいな。ワタクシはただ職務も真っ当に取り組む事も出来ないまやかしの忠誠心を抱く愚か者を叩き潰そうと思っているだけですのに>」

「<オマエな! そこまで言っといて物騒じゃないと思ってるのか?! いいから落ち着け! 今回の事は流石のオージサマ達も怒ってるから! そっちに任せとけ。な? ――いい加減バレるぞ!!>」


 クロイツの言葉に私は一瞬だけ怒りが鎮静化する。

 いや、まだ心の奥底でぐつぐつ言っているけど、取りあえず取り繕うくらいの冷静さは取り戻した……はず。

 多少戻って来た冷静さで考えれば、此処で私が動くのはマズイと分かる……つもりだ。

 流石に此処で私が徹底的に近衛達を叩き潰したら色々問題あるもんね。

 そもそもそんな事、出来ないと思う?

 いやぁ、子供に、しかも幼女に一つ一つ丁寧に、容赦なく徹底的に指摘されれば心の一つや二つ折れると思うんだよね。

 こんな忠誠ともいえないモノ、徹底的に折ってもいいと思うんだけどさ。

 下手すれば私以上に怒ってそうな殿下達もいる事だし、バレたら厄介だから大人しくしてようかな。

 ……後でこっそりトドメを指すかもしれないけど、その程度愛嬌だよね?


 ヴァイディーウス様は絶対零度の視線でもって男を見下ろしているし、ロアベーツィア様は不快感を隠さず、というよりも怒りの表情を浮かべている。

 二人とも子供とは思えない覇気と存在感だ。

 ……私にしてみれば、これだけで充分お二人が次代たる証と思わなくも無いんだけど、ね。


「職務に私情をはさむなどそなた、恥をしれ!」


 ロアベーツィア様の一喝が広い草原に響き渡る。


「そなたらの剣は国の陛下の敵へと向けるもの。それを知りながらいたずらに民を不安におといしれ、国を担うであろう次代たるものたちを害する計画をたてるなど、それでも誉れ高き近衛のものか!!」

「かりに盗賊団の噂が今ここで作られたモノだとしても、それが広がらない保証はありませんでした。民を守るよりも己の私情を優先させるつもりならば騎士などと呼べるはもありません。まだ陛下に対しての忠誠と不明を恥じる気持ちがあるのならば、近衛を辞してはどうですか?」


 殿下達の怒りは正当だとしか言いようがない。

 確かに盗賊団の噂は作り話の場合が高いと思う。

 けれど、この先の行路にキシサマ達がいるのならば、それを旅人が見かけていない保証はない。

 本当の噂として流れてもおかしくはない状況だった。

 それを作り上げたのが作戦ではなく、囮でもなく、ただの私怨だと言うならば、そんな事を計画した人は騎士としては失格だと私でさえ思う。

 国王陛下に対しての忠誠心の高さだけが近衛たる資格ではないのだから。


「<あーやって見ると、アイツ等も普通の餓鬼じゃねーよなー>」

「<そろそろ普通って言葉が崩壊しそうだよねぇ。まぁ今まで学んできた帝王学と、色々渦巻く王族として生まれ育ったせいじゃないかな?>」

「<そーいう意味じゃオニーサマも普通じゃねーもんな。……貴族サマは貴族サマで大変なこった>」

「<生まれだけは誰にも選べないからねぇ>」


 ロアベーツィア様の一喝に我に返り、ヴァイディーウス様の言葉に赤くなった顔に宿るのは羞恥か怒りか。

 少なくともこの場に置いての上位者は誰が見ても殿下達だ。

 彼等は今、自身の手で自らが次代のモノであると覚悟と共に示した。


「<さて、それに気づいて近衛として職務を全うできる人間がどれだけいるのかな?>」


 総入れ替えでも私は全く構わない。

 タンネルブルクさん達さえいれば、その間の守りは充分なのだから。

 私は二人の実力面に関してだけは信頼しているのだ。


「(タンネルブルクさん達も殿下達を気に入ったみたいだしね)」


 誰も見てない事を幸いに何とも物騒で居て好奇心にあふれた笑顔を浮かべているタンネルブルクさんに呆れつつも似たように微笑んでいるビルーケリッシュさん。

 あれは殿下達を一個人として気に入った顔だ。

 さてはて、曲者に好かれたのは良い事なのか悪い事なのか。


「<少なくとも、名の売れた冒険者が義務感以外で守ってくれるならば有難いよね?>」

「<代わりに思う存分絡まれる事に耐えられるならな>」

「<それは……代償みたいなモノだから諦めてもらうしかないね>」


 さぁて、近衛の皆さんはどういった判断を下すのかな?

 資質を問う方から問われる方に変わった訳だけど、さて心中や如何に?


「<少なくともお父様に対して害がある輩が居る事は後程報告させて頂きますけどね>」

「<それってつまりオーサマにも伝わるって事じゃね? さっくりとトドメさすつもりかよ。おっそろしい女だな、相変わらず>」


 言葉ではそう言いながらも笑うクロイツに私もこっそりとほほ笑む。

 

「<何言ってるのよ、クロイツ。――敵に対して容赦する必要なんてどこにもないでしょう?>」



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