第154話・これでもフラグを立てているつもりはありません(2)




 私の心配をよそに帝国への道のりは順調に穏やかに過ぎていった。

 未だ国境を抜けていないのでディルアマート王国内だが、今の所大きな問題は起こっていない。


「(細かい事は言っても仕方ないしね)」


 そういえば、当たり前と言えば当たり前だけど、この世界の文明は『現代日本』よりは明らかに遅れている。

 残念ながら何処の国の何処の時代に似ているかは分からないけど、勝手な印象としては大体中世ヨーロッパあたりなんじゃないかな? と思っている。

 そんな時代背景においての旅なのだから交通機関は馬車か馬に騎乗するか徒歩だし、海では船だ。

 今回は陸路なので馬車と騎乗による旅だ。

 当然道中全て宿に泊まれるなんて贅沢は望めない。

 更に言えば、今回は完全に御忍びスタイルなのだから余計そんな我が儘は通らない。


「(別に私を含めて誰も文句なんて言ってないんだけどね)」


 と、いう事で旅が始まって何度目かの野宿である。

 目の前では騎士の方々によって野営の準備が進められている。

 お兄様と両殿下は一部の騎士様達と一緒に森の中へと入っていった。

 ここら辺は特に強い魔物もいないし、盗賊などの噂も入っていないので、気分転換を兼ねて狩りと言った所なのだろう。

 私は一人お留守番だ。

 馬車の中に居ても良かったのだが、流石にずっと一人馬車の内装を見ているのは辛すぎる。

 そんな理由で私は倒れた木を椅子にぼんやりと動き回る騎士様達を眺めているのである。


「<やっぱり騎士って野営準備とかし慣れてるんだね>」

「<そりゃな。騎士になる過程で野宿なんて経験よくしてんじゃねーの?>」

「<あー、訓練の一つしてありそう。けどさ、馬車の護衛なんて言う実践訓練できない要素が含まれてて、よく此処まで場が混乱する事無くスムーズに準備できるなぁと思って>」

「<そうか? 騎士サマってのは大体貴族階級なんだろ? じゃあ護衛される側とはいえ、慣れた光景って奴なんじゃねぇーの? 護衛される側から護衛する側に変わった事に混乱さえしなけりゃ特に混乱する事もねーんじゃね?>」

「<いやいや、普通に騎士には平民でもなれるから。そりゃ近衛は貴族の方が多いだろうけど。……じゃなくて、なんで貴族だから馬車の旅に慣れてるなんて発想に? 平民だって馬車旅する事はあるでしょう?>」

「<は? 馬車の旅は御貴族サマの特権なんじゃねーの?>」

「<いや、そんな特権ないから。流石に貴族は皆個人的に馬車を所有してると思うけど、平民だって裕福な商人とかは個人所有しているだろうし、寄り合い馬車? みたいのはあるから平民でも普通に馬車旅はしてる人はいると思うよ>」

「<寄合馬車? あー、あの『バス停』みてーな看板はそれか>」


 『バス停』ってまた微妙なたとえを。

 言いたい事は分かるけどさ。


「<随分曖昧だけど、乗った事なかったの?>」


 暗にフェルシュルグの時と含めるとクロイツの嫌そうな気配を感じた。


「<人と接触するのは避けてたってのもあるが、最低限金を稼げればよかったからな。知ってたとしても金のかかる馬車なんぞ使う気にもなんなかったな>」

「<……そう>」


 最近クロイツから“フェルシュルグ”の話を聞くたびに怒りよりも呆れが先に来ている気がする。

 今回もあっけからんと言うには少々どうなのだろう? と思う話じゃないかな?

 あの男、実はアホなんじゃないかと思ってしまう。

 流石に“本人”には言えないけどさ。


「<今回は徹底こそしてないけど御忍びスタイルっぽいから馬車に家紋とかは表立って入ってないけど、本来ならもっと装飾過多な馬車だったんじゃいかな?>」

「<乗ってるだけで居心地わるそーな馬車だな。……ん? 表立って?>」

「<そ、表立って。何処かに隠しているか、何かしらの方法で浮かび上がるか。そういった仕様だと思うよ? 国境越えなきゃいけないしね>」

「<あー、通行証代わりって事か。って事は何処かに王族の証があるって事か>」

「<うん。だと思う。探せば魔道具の一つや二つ仕込んであるかもしれないけど……調べたい気持ちは無くも無いけど、まさか貴族令嬢がしゃがみこんで馬車の下を探る訳にはいかないでしょう?>」


 知的好奇心が疼かないとは言えないけど、幼い風体とはいえ、これでも公爵令嬢。

 そんな令嬢サマが地べたに伏せて馬車の下を探るって……目撃者が固まる未来しか見えない。

 熱でもあるのかと思われるかも?

 少なくともお兄様以外は驚天動地の光景が繰り広げられるに違いない。

 クロイツの一瞬の間の後、爆笑が頭の中に響く。

 【念話】なんだから少し手加減して欲しいのだけど。


「<アッハハハッ! 確かにな。その状況に動じないのはオニーサマぐらいのモンだろう。キシサマ達が焦る姿が目に浮かぶぜ!>」

「<だよねぇ? 一番耐性ないのは騎士様達だと思うし。……あんまり令嬢らしくない対応は出来ないしねぇ>」


 バレたくないからこそ大人しくしているしかない。


「<せめて、護衛任務の冒険者があの人達じゃなければねぇ。思い切り好奇心を満たすんだけど。その方が色々都合が良いし>」

「<オマエなー。いくら婚約者候補から外れるためって言っても、それはちょい力業すぎねーか?>」


 すっぱりとクロイツに言い切られて反論できない私は小さく肩を竦める事しか出来なかった。

 私が一般的な貴族令嬢らしくない言動を場合によっては隠さない、むしろ隠さず前面に押し出すという言動を取る事も厭わない、と言い切るには理由が存在している。

 じゃなければラーズシュタイン家、ひいては家族に対しての評価にも繋がる場でそこまで自由な言動をとる程私は愚かではないつもりだ。……家族に迷惑が掛かりかねないってのが一番の理由だけどね。

 なら、どうして場合によってはそういった言動も辞さなかったのかったか?

 その奇行にも似た行動をとろうした理由をクロイツにあっさり言い当てられてしまっては内心苦笑するしかない。


 どうも騎士様達は護衛任務とは別に私に対して監視任務もあるみたいなのだ。

 これが国王の命なのかどうかは分からないけど、近衛としての判断だとしてもおかしくはないと思ってる。

 近衛とは国に国王に仕え、命令に対して命を掛けて遂行し、自らの忠誠心と愛国心による意志でもって国や国王を守る者達の事を指す。

 私自身は国に対する害意など持ってないけど、愛国心を問われると少々辛い。

 そんな曖昧さを見抜かれたのか今回の道中時折探るような、それでいて見極めるような視線を頂戴しているのだ。


「<近衛隊の人に探られる分には別に良いんだけどねぇ。積極的に敵対する気はないし>」

「<その対応も子供らしくねーけどな。ってか絶対って言い切れない、そこら辺を見抜かれてんじゃねーの?>」

「<それは否定できないね>」


 別に私は殿下達の婚約者の地位を狙ってないし、国や王族を害する気も積極的には無い。

 不服に思う事やどうして譲れない何かがあればディルアマート王国を出ればいいだけの話なのだから、とある種楽観的にすら考えている。

 とまぁ、そこら辺の忠誠心が微妙な所を見抜かれているからこその観察の視線って奴なんじゃないかと思ってる。

 別に探られる事に関してはいいけど、これが外遊中続くのならば面倒なのも事実なのだ。

 だからこそ、それを吹き飛ばせるなら別に奇行の一つや二つ、家族に迷惑が掛からない程度に自由行動をしても良いんだけど……。


「<それも、あの人達がいなければ、なんだよねぇ>」


 冒険者コンビであるタンネルブルクさんとビルーケリッシュさんさえいなければ実行していたと思う。

 彼等にバレないためには令嬢として逸脱した言動は控えないといけない。

 結局、そこに結論は戻ってしまうのである。


「<「新人冒険者キース」のオマエは結構素に近いからなぁ。多分、オマエが自由な言動をとれば速攻バレるな>」

「<ですよねぇ>」


 自由行動を取る場合、そこだけがネックなのだ。

 新人冒険者キースとしての私は素に近い……言葉使いも含めれば一番「私らしい」のだ。

 別にお嬢様っぽい、貴族らしい言い回しが素じゃないわけではないけど、時折まどろっこしいと感じる時がある。

 『日本』では一般庶民だったし、上流階級出身と言える悪友が居たとしても、みんな公式の場で接していた訳じゃない。

 プライベートな友人だったのだから、皆結構言葉使いもフランクだったし対応もそこら辺の一般人と同じだった。

 あそこらへんの切り替えの早さは今世では見本にさせてもらってるけど、まぁよくも自然体であそこまで変われるものだと『前』以上に呆れの感情しかない。

 と、まぁ『前』の規格外な悪友達の事はともかく、それとなく切り替えが出来るようになった結果、冒険者キースは私にとってはほぼ「素」となっている。

 そんなキースと接していたタンネルブルクさん達の前で貴族令嬢としては奇行ともいえる素の言動をとってみたら?

 結果は考えるまでもない……バレるに決まってる。


「<騎士様達の監視の目は無くなるけど、代わりにタンネルブルクさん達に絡まれるって? それはそれで嫌なんですけど!>」

「<ダダでさえ、探られてるしなー? 確信をやっちまったら確実に絡まれるな>」


 そう、クロイツの言う通り、私は現在進行形でタンネルブルクさん達に疑われてます。

 馬車の中に居ても居なくてもバシバシ探ってますって視線を感じるんですよ。

 隠そうと思えば隠せるくせに隠さない所、こっちがバラスのを待っているとしか思えない。

 相変わらずイイ性格である。

 御蔭でヴァイディーウス様も一体何があったのか、と視線を頂いてます。

 疑いじゃなくて心配だからいいけど。

 疑いの視線だったら流石に泣きます……心の中でだけど。


「<おかげさまで規則正しいこれぞ令嬢サマ! でいるしかないんだけどね!>」

「お嬢様はついて行かなくてもいいのか?」


 現状を嘆いていると元凶のその一から声をかけられた。

 私は貴族令嬢の猫かぶりをすると振り向く。……あ、ちなみに口調についてだけど「公式の場でもないしくずれてもきにはしない。話やすい口調でいい」とロアベーツィア様がおっしゃったので、私達も追随する形で馬鹿丁寧な口調はやめてもらってます。

 タンネルブルクさんの丁寧口調聞いてるとその内吹き出しそうだったから、それはそれで有難いんだけどね。

 タンネルブルクさんとビルーケリッシュさんはお兄様達も森には行かなかったらしく、この場に居た。

 というか、相変わらず探るような視線を隠さず話しかけてきています。

 そのうち私が思わず突っ込みをいれそうで怖いです。

 

「普段から山歩きなどした事もない身であるワタクシが付いていっては邪魔にしかなりませんわ。服装も不向きですし」

「そうか。じゃあ、何やら準備を見てたみたいだが、そっちの手伝いもいいのか?」

「それも同じような理由ですわね。ワタクシが行けば彼方も気兼ねなさいますし、二度手間になってしまっては大変ですわ」

「ふーん。……ま、護衛される側が大人しくしてるってのはやりやすいからいいんだけどな」

「<なら、何故聞いたんですかね、タンネルブルクさん!?>」


 と、何やら意味深に見られまくってます。

 ビルーケリッシュさんも全然とめてくれないし。


「<これが度々、だもんなー。大変だなリーノ>」

「<他人事! そりゃクロイツは出てきたら一発でバレるから出てこれないけど! この人達相手に一人で交わし続けるのってかなり大変なんですけど!>」


 【念話】でクロイツに思い切り文句を言いつつ表面だけはニッコリとほほ笑む。

 今こそ戻ってこい、令嬢擬態用の猫さん!

 最近お散歩中だった猫さんを何とか呼び戻して会話を続ける。

 そろそろ被っている猫さんも過重労働で悲鳴を上げそうだ。


「こっちとしては我が儘の一つも言わないってのは有難いんだがな? お嬢様の年齢じゃ珍しいなぁ、と」

「あら。お褒め言葉とお取りしても? ワタクシ自身何の力も無き子供である事は充分理解しておりますわ。ならば皆様の負担にならなように考える事ぐらい致しますわよ? 子供だとしても、その程度の知能は御座いますわ」


 ニッコリ、と普通の令嬢でもこのそのぐらい考えるって事を伝える。

 嫌味としていってはいないとは思うんだけど、なんとなーく棘を感じたのだ。

 実際次期当主のお兄様も王族の殿下達もその事に関しては文句言わないじゃん。

 今までに受けた護衛任務のせいか知らないけど、貴族に対して結構ねじ曲がったイメージを抱いているのかもしれない。


「(とはいえ、パーティーで見かけたお子様たちを見ると、あながち間違った印象ではないんじゃないかな? ってのいうのが頭の痛い所なんだけどね)」


 貴族としての誇りとか言う前に、自分の身を振り返ってみようよ、と言いたくなるのは確かだ。

 そう言いたいのは平民の中にもいるけど。


「(あれ? 結局人の業とか、そういった哲学的な方向に行っちゃう?)」


 そこまで崇高な考えはないので、この考えの行きつく所は私が考えないといけない事じゃないですのであしからず。

 私の貴族らしい返し方にタンネルブルクさんではなくビルーケリッシュさんが気づいたようだ。

 溜息をつきつつタンネルブルクさんを窘めた。


「タンネルブルク、貴方は言葉が直截的過ぎです。その言い方ではどんな相手も気分を害してしまいますよ」

「そぉかぁ?」

「実際、キースダーリエ様はあまり良い気分ではないとおっしゃっているではないですか」

「え? あー、御貴族サマ特有の言い回しか。……ただちょっと子供らしくないなと思っただけだったんだ。お前さんを馬鹿にする気は無かった。悪かった」


 ビルーケリッシュさんに言われて素直に頭を下げるタンネルブルクさん。

 こういった所は素直に凄いと思う。

 年下だろうと自分に非があると分かれば頭を上げる事が出来る。

 大人になればなるほど出来ない事だと思う。


「いえ。ワタクシも過剰に反応致しました。子供の戯言とご容赦下さいまし」


 素直に頭を下げられれば許さないわけにもいかない。

 特にそこまで怒っているわけでもないから、これでこの話題は御終いと言う事で。


「<ただ、言葉使いが微妙に「キース」に対してのに似てるのが気になるのですが。……もう少し取り繕ってませんでしたっけ?>」

「<だなー。じみぃにバレかけてんのかねぇ?>」

「<うえぇ。それは困るんだけどなぁ>」


 その後二言、三言、言葉を交わした後タンネルブルクさん達は野営準備に戻っていった。

 その後ろ姿を見て溜息が止められない。


「<最悪「キース」は影武者とでも言えばいいかな?>」

「<それで通る相手ならいいけどな>」

「<うぅ。それが問題だよね>」


 この世界で個人識別のための固有魔力みたいなモノがあるかは分からないし、あっても二人がそれを識別できるかどうかは分からない。

 ただ家格的には「影武者」がいてもおかしくはないとは言え、それで納得してくれるかどうかは別の話な気がしないでもない。

 あの二人、特にタンネルブルクさんは「曲者」なんだから。


「<せめて残りの道中が平穏である事を願いたいわ>」

「<……それがフラグにならなきゃいいけどな>」


 とんでもない事を言いだしたクロイツに私は内心舌打ちしてカツンと靴で影を蹴りつけるのであった。

 ――世の中にはその言葉も含めて「フラグ」と言うのである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る