第153話・これでもフラグを立てているつもりはありません




 色々な事、特に冒険者コンビの事を考えなければ馬車の旅は意外と快適だった。

 現在馬車には私とお兄様、そして殿下方の四人が乗っています。

 本来なら殿下達とは違う馬車に乗らないといけないと思うんだけど、どうやら御忍びスタイルのために私達は四人一緒という事に。


「(まぁ成人していないって考えれば、さして問題無いんだろうけど)」


 家の子と認められてはいるけど、成人まではまだまだ数年ある。

 この年で婚約者がいる貴族もいるけど、私達はいないし……親しい友人すらもいるかも分からないという、哀しい現実は置いといて。


「(正直、弟殿下が一番親しい方がいそうだ……っと。名前で呼べって言われたんだっけ)」


 長い交流を持つつもりの無かった事もあって私はずっとお二人を「殿下」と呼んでいた。

 だけど、どうやら向こうは何だかんだと此方に好感を持って下さっているらしく、今回の外遊の際には名前で呼ぶように言われた。

 命令じゃないけど「何時までも「兄殿下」とか「弟殿下」と呼ばれるのは少し寂しいからな」と本当に寂しそうな顔で言われれば断りにくい。


「(別に小動物を愛でる趣味も子供にも甘くないんだけど……流石に、ねぇ?)」


 という事で現在私はお二人を「ヴァイディーウス様」と「ロアベーツィア様」とお呼びしている。

 愛称でも良いと言われたけど、流石に辞退した。

 そんな事したら最後、帰国した際には婚約が調ってそうで恐ろしい。

 ヴァイディーウス様も何となく私の懸念は通じたのか、そこまでは強制されなかったしロアベーツィア様を宥めて下さった。

 お二人が嫌いなわけではないけど婚約は御免込むる。

 『日本人』の感覚で悪いけど、どうしてこの年で婚約者、しかも王族となんて今後が苦労する道しか見えない。

 あと、同い年の相手に恋心を抱けって言われても「私ショタコンじゃないし」としか思えないし、幾ら尊敬できる相手とはいえ、次期国王としての覚悟に対してだから恋い慕う感情には程遠い。

 ってなわけで、現状婚約者云々と言われても大変困るのだ。


「(逆・紫の上も勘弁してほしい)」


 私、あんなプレイボーイにはなれないよ!

 あ、後、今更だけど殿下達についてお父様から勘違いを指摘された。

 なんでも私は普通にロアベーツィア様が次期国王だと思ってたし、お兄様もそうだった。

 と言うよりも殿下達自体がまずそう思ってたらしいんだけど、国王はまだそういった宣言はしていないらしい。

 だから一応ヴァイディーウス様が王位につく可能性も充分に有り得るとか。

 そこら辺も勘違いもまた元王妃とその実家の吹聴のせいだったとか。


「(今までなら正妃の御子として継承権が高いのは当然だし、誰も疑問に思わなかったらしいんだけど、今回の事でそこら辺が改めて問いただされたらしいんだよねぇ)」


 継承権に関しては変わってないらしいけど、それも今後のお二人の成長によるとか。

 どっちが王太子となられるかは現時点では分からないらしいです。


「(私の場合『ゲーム』の知識もあるもんだから、余計王太子はロアベーツィア様だと思ってたんだよね)」


 何方が次期王になるか分からないって事はいよいよ『ゲーム』から離れていく予感がする。

 

「(使えそうな所だけ使えれば『知識』なんてその程度の価値しかない、って事なんだろうね、結局)」


 『知識』に囚われすぎないという私の方向性は間違ってないようで何よりである。

 何となく窓から外を見るとタンネルブルクさんと眼があった気がした。

 内心「(うわぁ)」と思いつつ、ニッコリ笑って目を逸らす。

 そんな私の行動を見て話題があの人達の事に変わる。

 ――その話題はあまり嬉しくはないんですけどね。


「それにしてもおどろいたな。まさかあの有名な冒険者が護衛についてくれるとは」

「本当に。王宮にいる私達でさえ名が聞こえてくるほど有名な方がついてくださるとは思いもしませんでした」

「キースダーリエ嬢たちも名は知っているんだよな?」

「え、ええ。有名な方でしたし、どうやらここ最近はラーズシュタイン領にいらっしゃったようですから」

「実際に会えるとは僕も思いませんでした」

「(ええ! ええ! まさか、キースダーリエとしてお会いするなんて私も思いもしませんでしたとも!)」


 殿下達が話題を振って下さったのは気まずく無くて有難いけど、話題が! 話題がそれだとちょっと困るんですけど!


「(と言うかタンネルブルクさん達の護衛任務って何処までなんだろう?)」


 普通に考えれば片道なんだけど。

 幾ら何でも帝国の王宮までは入れないはずだ。

 最短で国境までって事になると思うんだけど、この少人数の護衛の都合を考えれば多分帝国の王都までは任務範囲だと思う。

 任務としては間違ってないけど、そうなると、それまでクロイツも外に出せない事だけにちょっとだけ不満を感じる。


「<クロイツ。普段は自由に出入りしてもいいと思うけど、今回だけは我慢してね>」

「<わーってるって。オレも無駄にからまれたくねーし>」


 あー、そういえばクロイツも反応が面白いとかで構われてたっけ。

 外見猫にしか見えない相手に対して本気でじゃれつくタンネルブルクさんの姿を思い出してしまい内心嘆息する。

 好奇心旺盛で、それでいて全部が計算してるんじゃないかな? と思わせる言動をとるタンネルブルクさんは私にとっては要注意人物だ。

 出来ればキースダーリエとして好を作りたくは無かったのだけれど……。


「(現在ばっちり関わってます気よね! しかもその要注意人物としばらく行動を共にしないといけないし!)」


 本当にこの道中にバレませんように、と神様に祈りたい気分だ。……更にややこしい状況になりそうな気がしないでもないけど。 


「タンネルブルク殿は【水】と【火】の加護厚き方のようだな。兄上もそう思いませんか?」

「ええ。私もそう思います。あの鮮やかな貴色を身にまとっているのですから。そして時に相反する力の両方を極限まで使いこなすからこその【焔氷-エンヒョウ-】という二つ名を付けられたのでしょうね」


 タンネルブルクさんは【水】と【火】の貴色を身に纏っている。

 この二つは時に反発するからどっちも貴色ってのは珍しいのは事実だし、どちらも極めているとなるとそれこそ殆どいないと言っていいと思う。


「(恐ろしい事にどっちかが劣るんじゃなくてどっちも極めているからこその二つ名なんだよねぇ。炎で焼き尽くすわ、氷で辺り一面凍らせるわ。思わず「一緒にいる人まで攻撃するつもり!?」と突っ込みそうになったもんなぁ)」


 きっと、タンネルブルクさんがパーティー組まないのって手加減が苦手なせいもあると思う。

 どっちかと言えば殲滅戦向きの人だよ、あの人。


「ビルーケリッシュ殿も【水】と【風】の貴色を持っているので、さぞかし加護厚き方なんだと思うしね」

「二つ名は【嵐雹-ランヒョウ-】なんだが、見かけから少々想像がつかないがな? だが相当強い魔力は感じられるし身のこなしもすきがない。きっと二つ名に恥じぬ強者なんだろうな」


 ビルーケリッシュさんの外見は優男というか、怜悧な面立ちのクールな美青年である。

 ある意味タンネルブルクさんとは対極にありそうな人だけど、この人、戦闘になると結構豹変するタイプです。

 と言うよりもタンネルブルクさんの相棒やってるのは同類だからかなぁ、と思わず遠い眼になっちゃう人です。

 前線にでるタイプではないけど、攻撃的な魔法はガンガン使うし、下手すれば周りを巻き込む魔法も躊躇なくぶっぱなしちゃう人です。

 

「(と言うよりも、何と言うか、タンネルブルクさんの戦法や戦い方に似ている気がするんだよね、ビルーケリッシュさんって。戦い方の基礎は兎も角、他をタンネルブルクさんから学んだ、って感じがしなくもない)」


 予測が当たってるなら、そのせいで危険物二人の出来上がりなんですけどね!

 この二人に弟子が中々出来ないのって、新人さんが二人の戦いぶりを見て逃げるせいもあるんじゃなかろうか?

 実際、私は最初の頃、後ろから攻撃されるんじゃないかと冷や冷やしてました。


「(その御蔭で防御の魔法を真っ先に覚える羽目になりましたけどね! 役に立つからいいですけど!)」


 教えるも何も生きるか死ぬかの瀬戸際の状況が多すぎると思います。

 絶対あの冒険者コンビは教師役に向いてないです。


「そのような高名な方が護衛なんてぜいたくなことですね」

「父上の近衛もいるからな。道中は何も心配しなくてよさそうだな。……だから、安心していいと思うぞキースダーリエ嬢」

「……ええ。どのような事が起ころうとも安心できる事に感謝しか御座いませんわ」


 どうやらロアベーツィア様は私が初めての旅での道中を心配していると思っていたらしい。

 実際は「ばれない様にするには!?」と全く別の事を考えていたのだけれど、輝くお顔で「だな!」と言われると少々の良心の呵責が。


「<ってかおとーとの方、ちょっと餓鬼っぽくなってね?>」

「<私にもそう見えるかな? んー、恐れ多くもそこまで心を開いて下さっている? いや、と言うよりも大好きなお兄様と誰憚る事なく共に居られるのが嬉しいんじゃない?>」


 あの元王妃がロアベーツィア様とヴァイディーウス様が共に居る事に対して良い顔をするとは思えない。

 あと、ロアベーツィア様は現在微妙なお立場だろうから。

 普通に仲良くしていても邪推する輩は絶対出てくるだろうし。

 今回の旅の中ならまぁ私もお兄様もそんな無粋な事はしないし、その程度の信用は頂いているみたいだから。

 そこら辺が入り交じってあの幼さなんじゃないかな?


「<王族ってのはもっと殺伐としてると思ってたんだけどなー>」

「<殺伐とした王族関係ってのも無い話じゃないと思うけどね? それに関しては、このお二人の気性の御蔭だと思うけどね>」


 これでどっちかに野心があれば、大層殺伐とした蹴落とし合いが水面下であった事だろう。

 特にヴァイディーウス様は策を弄する事を得意となさっているから……それこそ血で血を洗う争いに発展しかねない。

 ディルアマート王国の一民草としてはこのまま仲睦まじい状態でいて欲しいモノである。

 ロアベーツィア様と穏やかに話しているヴァイディーウス様を見やる。

 『ゲーム』では話の中にしか出てこなかった第一王子様。

 『ゲーム』の中では王妃は健在だった訳だし、これだけ見目麗しい王子様がお話の中でしか出てこなかった理由があるとすれば?


「(最悪を想像しても仕方ないよねぇ)」


 ただ、もし想像が合っていたとしたら、ロアベーツィア様があれだけ捻くれた理由も分からなくもない。

 これだけ大好きなお兄様が何かしらの理由で表舞台から消え、周囲に洗脳紛いの教育を受けていれば『ああ』なってもおかしくはないと言えなくもない。


「(そもそも兄弟仲が良くなかった可能性もあるけどね)」


 色々な可能性があったはずだ。

 だからこそきっと目の前の光景はきっと稀有なモノなんだろう。

 私は目を細める。

 理由を聞かれれば光が入ってきて眩しかったとでも言えば良いだろう。


「<『ゲーム』では見られなかった、しかも良き方向にいっていると思える光景に出逢えて「良かった」と思えるなら『知識』があった事も無意味じゃないかもね?>」

「<リーノ?>」

「<……ううん。何でもないわ、クロイツ>」


 無性に『記憶』を持ち転生した事に意味を持たせたくなる時がある。

 多分、それは「どうして私が?」と言う疑問を持っているからなんだろう。

 水無月灯さんの抱いた疑問は私だって心の中に抱いているモノだ。

 生涯知る事は出来ないであろう疑問とそれに伴う虚無感。

 折り合いをつけていても無性に込み上げるモノがあるのは仕方ないし、止める事は出来ない。


「(それでもこの世界に生きると私達は決めた)」


 帰る場所が無いから、じゃなく、この世界に居るために。

 その覚悟の結果の一つがこの光景なら悪くないんじゃないかな?


「(なんて、感傷的過ぎたかな?)」


 内心苦笑を溢して私は、込み上げてくる虚無感やらなんやらを静かに心の奥のあるべきところへと沈めていった。



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