第151話・慌ただしいようで、実はノンビリな出立準備




「えぇと。ある程度の掃除は終わってるし、万が一誰かが入った時に見られたら困るモノは引き出しに納めて鍵をしたし……あと、何かあったっけ?」

「……取りあえず、落ち着いて深呼吸でもしたらどうだ?」


 【巡り人の休憩所】にて慌ただしく部屋の片づけをしている私に声をかけて来たクロイツの声音には呆れが隠されず含まれていた。

 少しは隠してよ! と思わなくも無いけど、言われている事は間違ってない。

 私は持っていた本を本棚に収めると深呼吸を一つ。


「(うん。ちょっと落ち着いたかな)」


 改めて考えるとこの部屋の片づけも数日前に一通り終えているのだ。

 今更じたばたしても仕方ない。

 本当に自分が落ち着きを失っていた事を認識してしまい苦笑が漏れる。


「大体よー。此処に単独で入れるのはオレとオマエだけだし。ついでにいやーオレもこの状態で一人で入るのは難しい。実質的にオマエだけしかはいれねーっての」

「それは、まぁ、そうなんだけどね」

「そりゃ幾ら魔道具とは言え、国越えに耐えられるかに関して心配する気持ちは分かんだけどよー。部屋まで侵入を許すことはねーって。心配し過ぎだ。オマエ、んなに心配症だったのか?」

「言っている事は正論なんだけどね。色々グザグザささるから手加減してほしいんですけど? そこまで自分では心配症だとは思ってないんだけどさぁ。流石に此処まで大きな魔道具を抱えて国を越える心配する事になるとは思ってなかったからさぁ」

「大型の魔道具を抱え込む事も想定外なら、短期とはいえ国外に出る事も想定外だったって所か。まぁ、オマエ、仮にも公爵令嬢だもんなー」

「仮にもって何よ? 正真正銘ラーズシュタイン家の令嬢ですとも。……だからこそこの年で帝国に行く機会があるなんて思ってもみなかったんだけどね」


 らしくも無く落ち着きを失っていたのは、お父様の一言が原因だった。


「まさか「アールとダーリエ、それに殿下達には暫く外の世界を見てきてもらう事になったんだ。少し長い旅行だと思って気楽に楽しんできてね」とあっさり言われるとは」

「ってか殿下達ってあの二人の事だろ? 確か二人とも王位継承権持ちのオージサマだよな? 揃って外遊とかありなのか?」

「普通に考えて無し、だと思ってたんだけどね」


 国王公認、というか首謀者は国王らしく、色々な非難は一切無視されたらしい。

 かなりきっつい忠言もあったんだと思うけど、国王らしくない、強硬な態度で私達の外遊は決定されたらしい。


「どー考えても裏があんな」

「あるだろうね。時期が時期だし」


 十中八九、この前の襲撃事件に端を発する王妃と王妃の実家による一連の事件が原因だろう。

 あの件から数カ月、今だ王妃が【塔】に入った事は公表されていない。

 国民は未だ王妃が不在になった事を知らないのだ。

 逆に王宮内、貴族に関しては王妃の不在は明確になり、その原因も密やかに囁かれている。

 多分、王妃の事を公表する事を切欠に貴族内の勢力図は荒れるだろう。

 その渦中に殿下達を巻き込みたくない、という親心から来ているなら国王の強硬な態度も理解できなくも無いのだけれど。


「まだ、殿下達を外に出すのは分からなくもないんだけどさ、何で私とお兄様もなんだろうね?」

「あー、渦中の人間だったからじゃなくてか?」

「理由としてはどうだろう? ちょっと根拠としては弱い気がしなくもないんだよね。私としては領地に引っ込んでるだけでも充分だと思うんだけど」


 私とお兄様は普段王都に居る訳じゃない。

 と言うか、ほとんどを領地で過ごしている。

 未だデビュタントに出なくても良い歳という事に甘えてパーティーなども殆ど出席していないのだ。

 国王主催の催しなどは出ないといけないけど、それ以外は領地に引きこもって自由に過ごしています。


「ラーズシュタインの警備は簡単に侵入を許す程甘く無いし」

「そーか? その割にはフェルシュルグの侵入、止めれてなかったよな?」

「んー。そこを言われると痛いんだけどさ。……けど、あれ、殆どフェルシュルグは付き添いだったじゃない? 後、ゼルネンスキルまで駆使されちゃあねぇ。止めるのは至難の業だから」

「スキルに関しちゃフェルシュルグは誰でも出来るモンだと思ってたからなぁ。おかげで「こんな簡単に侵入許して良いのかよ」と呆れてた訳だが」

「そんな事思われてた訳? 一応招かれざる客とはいえ、相手も貴族だったし、その付き添いであるフェルシュルグを理由無く排除出来なかったし。フェルシュルグが憎しみを露わにしていたのは私にだけだったからなぁ」

「まぁ【闇の愛し子】が一番憎しみの対象だったからな」


 私が貴族であり【闇の愛し子】だからこそ憎悪を隠し切れなかったって事なんだろうけど「私を憎んでいるかもしれない」程度の予測で人様の側近を排除する事は出来なかったのよ。

 泳がせてたって側面もある事にはあるんだけどね。


「と、言う訳でフェルシュルグの方が例外。普通の暗殺者だったら侵入を許す事は絶対にないのよ、我が邸宅は」

「言うに事欠いて普通の暗殺者って。普通じゃない暗殺者なんていんのかよ? ……あーじゃあ犬っコロレベルだとどうなんだ?」

「え? ルビーン達? ……あー、うん。二人レベルの力量かぁ。そうなると手引きがあったとしても王城にすんなり侵入出来る力量って事だよね? それだけの力量があるとなるとかなり厳しいかも?」


 そもそもルビーン達はああいった成功しても失敗しても先がない暗殺を請け負うには先を見通す力も力量が高すぎる。

 本人達に享楽主義の気が無ければ、絶対に引き受けない依頼だったはずだ。

 魔法だかスキルを駆使して襲撃まで誰にも悟られなかった力量は二人が只の暗殺者と思う事を許さない何かがある。

 獣人としての才能以上に叩きこまれた技術があるはずだ。

 

「(もしかしたら何処かの暗殺組織にいた? けど、あれだけの力量を手放す組織がそうそうあるんだろうか?)」


 自由気ままに冒険者出来るくらいルビーン達は隠れていなかった。

 だからてっきりそういった組織には所属していなかったと思っていたんだけど。

 もしかして、それだけの自由を許す組織に所属していたのかもしれない。

 だとしたら、こうして組織を抜ける形になった現状を組織は許すのだろうか?


「うーん。実害が出る前に聞いておくべきなのかな?」

「何をだよ?」

「ルビーン達が何処かの組織に所属していたかどうか」


 思いもよらない事を聞いたと言わんばかりに目を丸くしたクロイツに苦笑する。


「身体能力は獣人特有のモノとしてもさ、技術まではそういかないでしょう?」

「まぁな。平和な集落が嫌で出てきて、冒険者として腕を磨いた……も、ちょいしっくりこねーな」

「だよねぇ。素人目線とはいえ、ルビーン達の力量は確かなモノだったと思う。多分ルビーン達は冒険者としてよりも暗殺者としての名の方が売れてると思うし」

「喧しコンビの物言いを考えれば、確かにな」


 クロイツの妙な命名はともかくタンネルブルクさん達はルビーン達を警戒していた。

 それは彼等が享楽主義だからじゃない……彼等が確かな暗殺技術を持っているからだ。

 獣人としての高い身体能力としっかり土台のある暗殺技術を兼ね備えているからこそルビーン達は警戒されていたのだろう。

 ただの冒険者に向ける警戒心の強さじゃなかったから、きっと彼等はルビーン達が裏で暗殺を請け負っていた事を知っているのだろう。


「あれだけの力量を持つタンネルブルクさん達が警戒していたルビーン達は何処かでそれだけの何かを習得した、と考えていいと思う。そういった組織もきっと存在していると思うし」

「そういった組織が無いと思うのはアホウだけだろうな。貧困街では人買いなんぞ日常茶飯事だったわけだし、裏社会にそういった組織が無くなる事は無い」

「この世界でも貧困街は普通に存在してるからね。本来ならそういったモノはない方がいいに決まってる。けど、全てを救う事なんて誰にも出来ない。裏社会が存在しない世界なんて有り得ない」


 それが悲しくとも現実なのだろう。

 『日本』で私達は平和に過ごしていた。

 裏社会なんて御伽噺級のとんでも話だ。

 それでもきっと私達の知らない「何か」が存在していた事は確かだろう。

 偶々それに関わらず生きていけていただけで。


「貧富の差だって本当は無いのが理想なんだと思う。其処に理想を置く事は悪い事じゃない。けど、理想に近づけるための努力と現実を見ない事は違う」


 実は『ゲーム』のストーリー内で貧困街に触れる事があった。

 『ゲーム』のヒロインは貧困街を見て「酷い」と言っていた。

 「こんな状態を許しておくなんて絶対にダメ」とも言っていた。

 言っている事は間違っていない。

 他のキャラはなんて心優しい娘だろうと感動していたけど、私にしてみれば“言っていた”だけにしか見えなかった。

 綺麗な言葉を語る姿は美しいだろう。

 清廉な姿はさぞ魅力的だろう。

 けど『ヒロイン』はそこから何かしたの?

 『ゲーム』だから何かした事が語られていないだけなの?


「この世界に『ヒロイン』が居たら、彼女は一体「酷い」と言った口で何をしてくれるんだろうね?」

「リーノ?」

「んー。いやさぁ『物語』の聖女さまは貧富の差に心を痛めるし、多分ルビーン達に対して「可哀想」だと思い手を差し伸べるんだろうなぁと思う」


 きっと裏社会を生きていた人を殺す術を教え込まれたルビーン達を『聖女』や『ヒロイン』はきっと憐れむだろう。


「その姿はさぞかし清廉で魅力にあふれているんだろうなぁと思っただけ」

「オマエ、犬っコロ共が何処かの組織にいたとか考えてたんじゃねーのかよ。どーいう経緯でそこにとんだんだよ」

「あーそっちはルビーン達はきっと何処かの組織に所属していたんだろうなぁと自分の中で結論ついた。その後、なんか流れで『ゲーム』の『ヒロイン』が貧困地区を見かけたストーリが頭をよぎってさぁ。そこから何となく?」

「話の本題からそれ過ぎだろうーに。……心優しいヒロインサマなら貧困に喘ぐ奴等を見て「可哀想」と思って「酷い」とでも言うんだろうな。そこでどれだけの人間が必死に生きてるかも知らずにな」


 クロイツは吐き捨てるように言う。


「“可哀想”って言葉は便利だよなぁ。そーいえば簡単にお優しい人間になれんだからな。必死に生きて、他よりは苦労して、それでも幸せをつかみとろうとしている手を一言で叩き落としてる事にも気づかずにな」

「クロイツ」

「リーノ。オマエはぜってーいわねーから良いが、オレにしてみりゃそんな状況でそんな言葉を吐く人間は信用しねーよ。自分の優しさに酔っている人間と付き合ってるだけ時間の無駄だ」

「……この世界に『ヒロイン』のような人間が居たら気が合わなさそうだね、クロイツは」


 私は貴族として貧困街を前にすればまず、根本から改善するために出来る事をしないといけないと考えるだろう。

 それが貴族として生まれたモノの義務だから。

 同時に安易に「可哀想」などと言って憐れむ資格もないと思っている。

 だって私は富めるモノだ。

 だから、私が「可哀想」と言う事は其処に生きる人たちを見下している事になるから絶対に言ってはいけない言葉だと認識している。


「『ヒロイン』はきっと自分の境遇が幸運である事に気づいていないんだろうね。……それが普通なのかもしれないけど」

「けっ。そんな普通なら滅んじまえ。――リーノ。オマエは“普通”に堕ちてくれるなよ」


 前半は吐き捨てるように、そして後半はどこか懇願するようなクロイツの言葉に私は微笑む。


「根底からネジくれ曲がっている私が“普通”になる事は一生来ないから安心してよ。――さて、ルビーン達は何処の組織に所属していたのかねぇ。あり得ないと思うけど現在も所属しているのか、それとも足抜け状態なのか。やっぱりそこら辺は聞かないとダメかねぇ?」

「オマエなぁ。……まぁいい。それでこそ、だろうしな」


 クロイツがため息をついた気がしたけど、無視する。

 脱線した話は戻さないとね?


「過去を根掘り葉掘り聞く気は更々ないけど、ラーズシュタイン家に害が及ぶならその限りじゃないんだよねぇ」

「それを理由に追い出しちまえばいーんじゃねーの?」

「声が面白がってるよ、クロイツ」

「これが面白がらずにいられるかっての。オマエにそー言われれば心底焦るだろーからな。想像するだけで笑えるぜ」

「趣味が悪いなぁ」


 と、言うよりも相変わらず仲が悪いなぁと言うべきかな?


「どうせ帝国には連れていけないんだし、その間に問題があるなら片付けておいて、と言っておくかな」

「上手くいけば、アイツ等がこっそりついてくる確率が減るんじゃね?」

「……言われてみればそうだね」


 問題を抱えていてもいなくとも時間稼ぎにはなるかもしれない?


「どうついてこないようにするか考えていたんだけど、それいいかも。クロイツ、ナイスアイディア!」

「おう。礼はオレの前で犬っコロ共に言うことでいーぞ」

「それが礼になるんだもんなぁ」


 ルビーン達の焦った姿はそこまでの価値があるかな?

 ……言ってなんだけど、あの飄々としているルビーン達が本気で焦っている姿は私も見てみたいかも。

 二人の焦っている姿を想像してあまり性質の良くない笑みが浮かぶのを止められない。

 しかもクロイツも私が何を考えているのかバレて同じような笑みを浮かべる。


「さて、と。ここの整理も良いみたいだし、善は急げ、かな?」

「だな」


 何処が善なのか、という突っ込みをする人はいない。

 私達は少しばかり浮足たった様相で部屋を出ると鍵を掛ける事無く、小屋を出て柵を出ると振り返る。


「『【巡り人の安息の地よ! 休息求む同郷の者が来たるその時までしばしの幻とならんことを!】』」


 私のキーワードによって小屋は一瞬で霧に包まれて姿を消す。

 何度かやっている事なんだけど、これ、ちょっと恥ずかしくない?


「『日本語』じゃないと反応しないから本当に同類しか使えないんだよねぇ、これ。……なんというか水無月灯さんって少しばかり患ってた?」

「否定はしねーけど、こんな世界にきてんだから色々疼いたんじゃね? ってか詠唱とかも大概じゃねーか」

「あー、確かに。住む世界からしてファンタジーだし、それ考えたら今更かぁ」


 そこ深く突っ込むと色んな意味で私達も同類になっちゃうもんね。

 

「うん、此処でこのお話はやめておこう」

「開けなくて良い扉は開けねー方がいいからな。早くいこーぜ」


 クロイツが今までにないくらい輝いてる気がする。

 気持ちも少しばかり分かるので私はあえて突っ込む事無く、クロイツの頭を撫ぜると、跡形もなくなった小屋を確認し、その場を後にするのだった。






 ちなみに、私達の想像通り、ある意味予想以上にルビーンとザフィーアの二人は私の言葉に大慌てになり、洗いざらい自分達の事を喋りたおした。

 うん、誰も其処まで聞いてないからね? と言ってしまう事まで話した二人の慌てようは面白かったと言えば面白かったけど、呆れが先だった。

 クロイツも面食らってたし。

 結局、何とか宥めたんだけど、二人は組織の残党を殲滅すると言い残して屋敷を飛び出していった。

 ……うん、ドコゾの暗殺組織の残党さん。

 どうやら私は貴方方の命の刻限を縮めてしまったようです。

 ほんの少しだけ良心が咎める気がしますが、止める事も止めなければいけない理由も見つからなかったので、止めません。

 ただ颯爽と出かけようとした二人に「上層部とか組織に染まり切った人間以外には手加減しなよ」とは言っておいたので、本当の下っ端や買われたばかりの子は助かるかもしれません。

 え? どっぷり組織に染まった人間?

 裏社会に生きる事を覚悟した人間なんだから、表に出る事無く消える事も覚悟の上でしょう?

 だから、言えるのはこれだけです――ご愁傷様でした。



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