第147話・探索? いえ、やっぱり厄介事です(3)
「思ったよりも広い、かな?」
小屋の中は思ったよりは綺麗で思ったよりは広かった。
フェルシュルグが居なくなってから然程時間はたってないから埃が溜まってない理由は分かる。
けど此処まで生活していた気配が無い事には少し驚いた。
「生きている事なんぞ、どーでも良かったからな。生命活動を維持できるギリギリの行動しかとってなかった」
「……つくづく気が合わないなぁ、フェルシュルグとは」
もう会う事は無いから良いんだけどさ。
内心フェルシュルグの行動に溜息を付きつつ私は小屋の中を見回す。
造りは一般的な小屋と言った所か。
少なくとも私の考えている「小屋」から逸脱したところはない。
魔道具も探せばあるかもしれないけど、目に付く所には無い。
「やっぱり、“ここ”そうなの?」
「ああ」
言葉少なに答えたクロイツは私の肩飛び降りると右手にある部屋の前に立った。
「ここをフェルシュルグは使ってた」
「ふーん。……入っても?」
「かまわねーよ」
「それじゃ遠慮なく。……お邪魔します?」
「今更じゃね?」
本当なら入口で云う事だもんね。
けど一言余計です、クロイツ。
フェルシュルグが使っていた部屋は何もなかった。
まるで彼の中のように空虚な空間に眉を顰める。
使っていた部屋ならば多少の生活感があると思っていたけれど当てが外れたようだ。
フェルシュルグという男は本当に“此方”の人間となる事無く逝ったのだろう。
それでいて最期にはああやって“笑顔”だったのだから、何とも腹立たしい事だ。
「(勝ち逃げだと分かっていたからこそのあの笑み。……本当に私は一生“彼”を忘れる事はできなさそう)」
一生の付き合いになるのだと早々に諦めてしまうのが賢明だと思ってしまう。
「(“嫌いな相手”を生涯覚えているなんて面倒なんだけどね)」
忘れる事なんて出来ないのだから仕方ない。
私は少々の八つ当たりを込め、クロイツを抱きかかえてモフりながらフェルシュルグが住んでいた部屋を後にした。
「一つはフェルシュルグが使っていた部屋だとして、もう一つの部屋は?」
「知らん」
「え?」
「だから知らない」
「どうして?」
何室もある大きな屋敷じゃあるまいし、流石に二つの内一つなんだから入ってみるなりなんなりしそうなものだけど。
「入れなかったからな」
「え? 入口にもかかってないのに、あの部屋には鍵がついてたの?」
「鍵穴は無かった。幾ら引いても押してもびくともしなかった」
「えー、何それ」
ドアノブを念入りに見てみるけど、クロイツの言った通り鍵穴らしきモノは存在しないようだった。
スライド式って訳でも無いし、上にスライドも出来ない。
一応片側を押してみたけど、それでも扉はびくともしなかった。
「流石に『忍者屋敷仕様』ではないと思うぞ?」
「だよね。一応可能性を潰しただけ。……えぇと、他に何かあったっけ?」
「無いと思うが。……そういや、ここだな」
「何が?」
「オマエがフェルシュルグの墓に入れたって言ってた『勾玉』みたいな石が落ちてたのが、だ」
「ん?」
それって多分クロイツの核になってる勾玉モドキの事?
え? あれってフェルシュルグがずっと持ってたものじゃなかったの?
「てっきりフェルシュルグの持ち物だと思ってたんだけど。だからお墓に入れたんだし」
「ずっと身に着けたのは間違いじゃねーが、この小屋で拾ったモンだ。丁度この部屋の前に落ちてた」
「それネコババって言わない?」
「小屋自体誰も使ってなかったみたいだったからな。生活臭はしねーし、人の気配も無い。と言うよりも人が生活すんのに必要なモンは何も置いてなかった。まぁだから使ってたんだけどな」
「ネコババをフォローしなさいよ」
「間違って無いからな。一応言い訳でもしとくか? ――本来の持ち主が現れたら返す気だったさ」
「それ、フォローになってないと思うけどね」
明らかに人が生活していた気配がしない小屋に落ちていたモノに持ち主が現れるとは思えない。
だから実質的に返す気がないって事だ。
その状態でそんな事嘯いても嘘だと言っているようなモノである。
つまりフォローする気も言い訳する気もサラサラないって事だった。
「摩訶不思議な小屋の中に落ちていた勾玉モドキが魔獣の核になった、ねぇ。出来過ぎじゃない?」
「と、オレに言われてもな。フェルシュルグは興味も無くて調べてすら無かったからな。調べる手段もなかったんだけどな」
フェルシュルグは魔法もスキルも知らなかったからね。
物理的に叩いて分かるならいいけど、そこまで単純な話ではなさそうだし。
仮にフェルシュルグが興味を持ったとしてもどうしようもなかったかもね。
一切興味が無いってのも問題と言えば問題だと思うけど。
「うーん。フェルシュルグの興味の無さは異常だと思うけど……私も別に調査に特化した能力は無いしなぁ」
一応【鑑定】っぽい事は出来るけど、魔法が調べられる事だってさっき分かった事だし、他に調べようが……。
「扉に魔力は感じないし……少なくとも現時点では普通の扉なんだよねぇ」
「攻撃魔法かました途端に反撃してきそうだけどな」
「有り得そうで笑えないよね、それ。……んー?」
扉の表面に指を滑らすけど木の感触あれど、特に魔力も感じないし普通の木の肌ざわりだ。
顔を近づけて見てみても木目があるだけだし。
「うーん」
「って、おい! 近づけ過ぎだ。扉とオマエに挟まれたらキツイ!」
焦った声に下を見たら私と扉に挟まれそうなクロイツが前足を踏ん張って何とか隙間を開けている状態だった。
「あ、ごめん」
「近づくならオレを降ろせよ」
「……あ、ちょっと待って!」
「んぁ?」
右手を扉にそえて隙間を開けようと思った時、一瞬魔力を感じた気がした。
あと、クロイツの前足が触れていた部分が光った気も。
前足が離れた瞬間に消えたから気のせいかもしれないけど、もしかしたら。
「クロイツ、ちょっと扉に触れていてくれる?」
「今度は潰すなよ」
「了解。……うん、そのままね」
前足が扉に触れた事を確認した私は恐る恐る扉に手をそえる。
途端扉が強い魔力に包まれた。
「いや、違う! 扉じゃなくて小屋全体が魔力に包まれてる!?」
「おいおい。さっきまで普通の小屋だったってのに!」
幸いにも魔力は私達を攻撃するモノじゃないようだ。
現時点では、だけど。
「どんな条件かは知らないけど、魔法が発動しているから、途中で離したら危ないんだけど!」
「前にも無かったか? こんなの!」
「ありましたね!」
ルビーン達の不意打ちとあんまり変わらないと思うよ!
二度目ってどういう事ですかね。
胸中であらゆる文句を吐き出しながらも視線は扉から外せない。
何かあれば、なりふり構わず此処から離れないといけないのだから。
けど、どうやら其処までの心配はしなくてよかったらしい。
大きな魔力は扉に収束し私達の手が触れている所に大きな魔法陣が発生したけど、眩い光を最後に霧散したのだ。
魔法が無事に発動した結果なのかもしれない。
条件は分からないけど、確かに今、何らかの魔法が発動した。
それが今、私達に分かる事だった。
「……ある意味この小屋自体が魔道具って事か?」
「そこまで大掛かりなモノじゃないと思うけど。何方かと言えば小屋に何かしらの魔法をかけておいたって方があってるんじゃないかな? ――あ、扉が開くようになってる」
鍵穴も無く、押しても引いてもビクともしなかった扉は、今度は何の抵抗も無く開くようになっていた。
ループする迷いの霧に守られた小屋。
入る人を選定する柵。
何かしらの条件で解放される小屋に掛けられた魔法。
「……一体、前の住人はどんな人なんだろうね?」
「偏屈な自称高名な魔術師様なんじゃね?」
「それはそれで王道だなぁ。だとすると条件の方がさっぱりだけどね」
「まーな。現時点じゃオマエよりも鉄仮面の方が高位の錬金術師様だしな」
……あれ? 今デレた?
現時点でってつけてくれる辺りデレたよね?
言った当人は自分の言った言葉に気づいていないのか素知らぬ顔だ。
「(これは……指摘したら逃げられそうだなぁ)」
この場所で離れるのはいささか心配だし、黙っておこう。
あっさりとそう決めると訝し気なクロイツを頭を撫ぜ、扉を慎重に開くのだった。
人の生活した気配の無い小屋の中とは一転、この部屋は人の気配に溢れていた。
勿論人が実際に居る訳じゃない。
だけど人が生活していた痕跡がこの部屋には溢れているのだ。
棚には書籍と材料らしき代物がぎっしりと詰まっている。
ベッドらしきモノは整えられているし、人が使った痕跡が残っている。
机の上にも書籍と何かが書かれた紙がおかれている。
床にも何かがちらほらと。
全体的に乱雑だが人が此処で生活していたのが分かる、そんな部屋だった。
「他の部屋とのギャップがすげーな」
「本当にね。ミニキッチンもついてるし、その気になればこの部屋で殆どの時間を過ごす事が出来そう」
足の踏みどころもない、って程酷くはないけど、それなりに散らかった状態をすり抜けてベッドの前に立つとクロイツを降ろした。
「(椅子にまで本が乗ってるし。これだと安全な場所がベッドぐらいしか思いつかないんだよねぇ)」
トラップハウスじゃあるまいし、備えられている本に触っても何も起こらないとは思うんだけど。
扉に触れた事で発動した魔法の事を考えると本とか手に取りずらい。
「さて、どうしたもんだか」
「家探しした方いいんだろーけどなー」
「トラップ仕掛けられてないといいんだけどねぇ」
「無いって言い切れない所がなー」
ゲームだったら平気で家探しとかするけど、あれって実際やったら犯罪だよね。
箪笥からお金とか「それ、へそくりじゃない!?」とか思うし。
いやまぁゲームのシステム上、そういった所からアイテムとか無いと冒険も大変なんだけどさ。
「(ここは現実。ここは現実、と)」
遺跡とかならまだ気兼ねないんだけどなぁ……あれも盗掘扱いになりそうだけど。
「(そんな事考えていたら冒険者にはなれない、か)」
『前』は『前』で「今」は「今」って事で割り切らないとね。
いや、基本的に割り切ってるつもりなんだけど、時折ギャップに悩むというか……割り切ってるよね?
「(悩んでおいてなんだけど、我が事ながら割り切って無きゃ出来ない事ばっかりしでかしてるような気もするけど)――何かしらの魔法がかかっていたのは事実だろうね。埃とかないし」
「埃が溜まる程前じゃねー可能性は?」
「んー。無いとは言えないけど、どうだろう?」
日付を確認するモノもないから、絶対何とは言えないけど。
「フェルシュルグは前住人と会わなかったんでしょ?」
「無いな。……そういや埃は無かったきがするな。多分だけどな」
「曖昧だなぁ」
まぁそんな所に注視しなかったんだろうけど。
性別差かな? それともフェルシュルグの性格かな?
どっちでも良いけど、つくづく情報が少ないのが痛い。
「移動式みたいだし、一応前住人が此処を離れたのが大分前だと想定すると、小屋自体に強力な魔法をかけてたって事になるよね?」
「さっきのを見た感じだと、状態保存の魔法だけって事はないだろうな」
「何か仕掛けがあると考えた方が無難って事になるよね」
「とは言え、調べる方法がねーからな。物理以外に」
「そこなんだよねぇ」
そういった探索系の魔法も開拓しとくべきだったかな。
一応『ゲーム』にはあったんだよね。
あの『ゲーム』の中でダンジョン探索とか普通にあったし。
ただ錬金術師コースを選ぶとどれも初級のしか習得できなかったけど。
「(現実ではどうなる事やら)」
感覚的には職業依存のスキルとか魔法とかってあんまりない感じだけど。
才能が無いとなれない職業はあっても、職業を選んだら、そのスキルや魔法が使えました、じゃない気がするんだよね。
「(まぁ才能がないとなれない職業に関しても先天的ではなく後天的に才能が芽生える可能性も無きにしも非ず、みたいだから微妙な感じだけど)」
『ゲーム』のシステム上錬金術師じゃ習得出来ない魔法とか、魔術師では習得出来ないスキルとかで差別化を図っていた、って所が落としどころかなと思ってる。
だとすると現実では探索用のスキルや魔法の上級も普通に習得できるって事なるけど。
「(それこそ才能やらセンスが必要となるって話かもなぁ)」
初級も習得していない時点で夢のまた夢の話だけど。
「結局、警戒しつつ家探しするしか方法は無いんだよねぇ」
「そればっかだな、今回は」
「調査に向かないスキルや魔法しか習得してないのが運の尽き、かな?」
「それとオレ等だけで探索する羽目になった部分もだな」
「あーそうだね」
騒動に巻き込まれる頻度は高い割に運は悪くないと思ってたんだけど……いや、色々巻き込まれてる時点で運もあんまりよくないか。
何とも言えない結論に達したまま、私は部屋の捜索を開始する事に。
と言うよりも微妙に掃除している気分になるのですが。
床に落ちてるモノを拾って揃えたり、棚に乱雑に収まっている本を並べ直したり、これってただのお掃除ですよね?
「触っても何事も起こらない代わりに見知らぬ人の部屋の掃除をする羽目になっている件」
「規則性が皆無って事はねーけど、単純にきたねーからな、この部屋」
「そして性別が全く感じられない」
女性特有の代物も置いてないし、逆に男性特有の代物も置いてないんだよね。
この部屋だけでほぼ生活が完結していた感じなのに、性差が感じられるモノが一切存在しない。
ただ性別も年齢も曖昧な魔術師がこの部屋を使っていた、と言う事が分かるだけ。
あれだけ大掛かりな魔法で守られていた部屋の割には情報が少なすぎる。
流石に意図していると思うんだけど。
「魔術師なら泣いて喜ぶ書籍とかが無造作に置いてあるんだけど。これ、お母様が見たら怒りそう」
「あー魔術師としての誇りが! とかそういった感じか?」
「んー。むしろお母様綺麗好きだから、規則性があろうと乱雑な部屋は好きじゃないと思う」
「そっちかよ」
「お母様は確かに高名な魔術師だけどさ。どうも実践で鍛えた、って感じらしいから。だからか貴族としては結構邪道だと思うよ? お母様曰く、お綺麗な魔法じゃ実践は切り抜けられないらしいからね」
高位貴族じゃなきゃ冒険者としてやっていけたらしいから、お母様もお父様も。
いや、本当に我が両親ながら恐ろしい事です。
本当に貴族が教わる魔法がお綺麗かどうかは分からないんだけどね。
まだ習ってないし。
流石にシュティン先生が教えてくれる魔法の数々がスタンダードじゃない事は分かってるしね。
「錬金術関連の本が無い所、錬金術の才能は無かったんじゃないかな?」
「後天的に学ぶほどの意欲もなかったのかもな」
「そーかもね」
私みたいなタイプなら才能なんて無くても後天的にスキルを習得するために傍から見て有り得ないと言われる程の無茶はするだろうし。
そういう意味ではこの部屋の持ち主は魔術師としての自分に満足していたって事になるんじゃないかな。
いやまぁ大半の人は持ちえる才能を伸ばす事に終始して満足するんだけどね。
私が逸脱しているだけで。
「さて。表に出ているのは大体整理したけど……引き出しとか開けられるのかな?」
「それこそトラップが仕掛けられてるんじゃね?」
「それ何処の男子高校生?」
親に見られたくなくて隠した上で開いたかどうかを調べるトラップしかけてるって思春期の男子がやりそうだよね。
素直に鍵かけておけば良いのに。
「あー……オレはやった事ねーな」
「そうなの?」
「親が掃除する事も無かったしな。……いやまー、勝手に見る馬鹿はいたんだけどな」
「そっちの方が不味いと思うんだけど?」
「慣れた。普通に鍵かけてりゃ見られる事もなかったしな」
「ふーん」
不思議な感じだ。
クロイツと『前』での生活の事を話すのは。
ただ、何となく、この場では許されているような気がするのだ。
この部屋でなら『前』を懐かしんでも良いと、そんな雰囲気を感じる。……きのせいなんだろうけど。
「(ああ。けど……何となくこの部屋は『懐かしい』気がする)」
家具の配置とか、家具の雰囲気とか……どれもが何となく『懐かしい』
まるで『地球』にいるような……そんな勘違いを起こしてしまいそうな程『前』を彷彿とさせるのだ。
「(置いてある家具が『日本風』な訳じゃない。配置だって一般的なモノのはずなのに。何で、こんなに『郷愁』をかんじてしまうんだろうか?)」
違和感があるのに、強い警戒心を抱かせてくれない。
そんな状態に警鐘を鳴らす自分もいるのに、大丈夫だという根拠の無い自信も沸いてくる。
私はそれらを溜息一つで振り払うと引き出しの一つに手を伸ばした。
一番上の引き出しは特に変わったモノは入っていない。
強いて言えば文具が乱雑に入っているだけだ。
二段目も同じく。
こっちは本が入ってる……本棚におけば良いのに。
「三段目は……空? いや、違う。何か紙が下の段に落ちた!」
業となのか、それとも偶然なのかは知らないけど、三段目に入っていた紙が下の段の引き出しに滑り落ちてしまった。
三段目が他に何も入ってない所、業とな線が濃厚だと思うんだけど。
「一番下の段も……鍵はかかってない、か」
引き出しには鍵はかかっていなかった。
入っているモノも普通と言えば普通だ。
ただやっぱり違和感も感じていた。
まるで友人の引き出しを勝手に探っているような、そんな罪悪感にかられる。
探索と割り切っているはずなのに、酷く『前』の感覚に浸食されそうになるのだ。
「(これも魔法のせい? それは有り得ないと思うんだけど)」
『前』の記憶を持つ人間、その体ごとこの世界に来た人間は多くは無い、とされている。
記録に残らなかった人々もいるだろうけど、それでもそんなに沢山はいないと思ってる。
今世に置いて私と“フェルシュルグ”が同時期に居る事こそイレギュラーなのだ。
だと言うのに、此処に来て同時期にまだ『転生者』や『転移者』がいるなんて色々出来過ぎているとしか言いようがない。
「(物語要素は『ゲーム』だけでお腹一杯だっての)」
これ以上は要らないと思いつつ、私は一番下の引き出しを開けた。
そこには空っぽの引き出しの中に一枚の紙が収まっていた。
他に入っていない三段目の引き出しと、滑り落ちた紙以外入っていない一番下の引き出し。
明らかな意図を感じた。
「おちょくられてるのか、なんなのか」
「収穫は何も書いてねー紙一枚、か」
「そうなるね」
陽に透かしても特に何も描かれていない真っ白な紙。
下に落ちるように細工までしてこれを拾わせる意図がイマイチよめなかった。
「結局部屋の御片付けで終わっちゃったかね?」
「ココの前のじゅーにんは一体何を考えてんだか」
「本当にね。案外もっと居心地の良い場所でも見つけてそっちに移住した、とか……こんな高価な魔導書おいてはないか」
「自分で言って、否定してりゃ世話ねーな」
「本当にね!」
何となく脱力しつつ私は机の上に白い紙を置くと徒労に終わった探索を終わらせようと机に背を向けた。
と、その時、後ろから強い魔力を感じ、振り向きざまに数歩下がると防御態勢に入る。
咄嗟の事だったけど、中々素早い行動じゃないかと自画自賛しつつ、不明な魔力を感じた方向――机の上を睨みつけた。
クロイツもいつの間にかベッドから降りて私の前に居る。
使い魔としては最良の行動と言えるけど、対等と言う意識の強いクロイツにしては珍しい行動と言えた。
「(それ程危機感を感じったって事?)」
色々してやられている鬱憤が溜まっていただけの可能性もあるけど。
私とクロイツの見つめる中机の上……より正確に言えば机の上に置いた真っ白の紙は高濃度の魔力を纏ったかと思うと光り輝き魔法陣を描いていく。
「……いよいよ魔法の練習に本腰を入れた良い気がしてきた」
「今回は踏んだり蹴ったりだな、お互いに」
「調査は物理じゃ出来ないんだね、きっと」
そろそろ色々折れそうな私とクロイツは溜息をつきつつ魔法陣が完成するのを待つしか無かった。
光の筋は複雑な陣を結び終えるとふっと消え、完成した魔法陣が一層光り輝く。
最後の仕上げと言わんばかりに数度点滅した魔法陣は最後に閃光を放ち発動した。
「お約束過ぎるでしょう!」
咄嗟に目を庇った私とクロイツが光が収まった後に見たのは、魔法陣が消えた代わりに手紙が一通机の上に鎮座している光景であった。
「「え? それだけ?!」」
思わず突っ込んでしまったけど、仕方ないと思いませんかね!?
あれだけ派手な演出して置いて出て来たのは手紙の一通って。
攻撃されても困るけど、これも微妙な気分になるんですが。
「派手な演出しといて手紙一通かよ」
「一体前住人ってどんな人間だったのよ」
「性格は悪そうだな」
「性格に関しては人の事言えないからなぁ」
私もクロイツもね。
一応警戒はするけど、魔法で何かしらの罠を仕掛けられていたら分からないからか、もはや諦観すら感じつつ手紙を取った私は書いてある宛先に目を通して固まった。
「おい? どうしたよ? なんか変なもんでm……っ!?」
肩に乗って来たクロイツの声にも反応出来なかった。
それに多分同じ部分を見たクロイツも私と同じく固まったはずだ。
それほどまでにインパクトが強かったのだ、書かれていた宛先が。
「――『先の時代に存在している日本人である貴方へ』」
「に、ほんご、だな?」
「うん。私にも『日本語』に見える」
手紙の宛先の内容もびっくりしたけど、何よりそれは『日本語』で書かれていた。
この世界では私とクロイツ以外読む事も書く事も出来ない『前の世界』の言語。
それが手紙に記されていたのだ。
「他にも居たのか。転生したんだか転移したんだか、した奴が」
「と、思いたいけど。少し文面が可笑しい気もする」
もしこの時代に生きているのならば『先の時代』と態々言う必要があるのだろうか?
偶然同時期に居たけど、知らないから、そんな書き方をしたのか、それとも……。
「中、読んで見ればわかんだろ。少なくとも本人か身近な人間にそういった人間がいたんだろうからな」
「中身次第では本人じゃない可能性はあるもんね」
教わって書いた可能性も否定出来ない。
ただ『日本語』は『かな文字』『カタカナ』『漢字』から構成されるから比較的教わるのが難しいって『前の世界』でも言われていたんだけどね。
私はそんな事を思い出しつつ深呼吸をすると手紙を開いた。
――中もやっぱり『日本語』で書かれていた。
「『拝啓 先の時代に存在している日本人である貴方へ
時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。……なんてやり取りから始められたらカッコイイんだけどね。流石に社会人にもなってなかった私には無理かな。
手紙なんて書く事も無かったから書き方なんてわからないし礼儀作法も分からない。それを見られるんだからとんだ災難としか言いようがないと思わない?
それでも私はこれを書いている。何度も下書きして、そうして誰かに読んで欲しいと思っている。それをノスタルジーとかって言うのかもしれないけど本当の所は分からない。
分かるのはこれを読んでいる同じ境遇の誰かに私が伝えたい事があるって事だけ』」
書き出しは軽かった。
と言うよりもこれを書き残した人は若いのだという事が分かった。
そして手紙とは言えそれをあっさり書き残す事が出来る程素直な人だと。
「『私は高校生の時にこの世界に飛んできた。周囲の人には「転移者」とか言われたかな?けどそんな事は当時の私にはどうでも良い事だった。ただ日常を送っていたのに、来たくもない世界に来てしまって帰れない。その事に気づいた時の絶望は多分、同じ境遇、転移した人しか分からないと思う。これを読んでいる人が転移者なのか転生者なのかは分からないけど、もし転移者だと言うなら、私はアナタの気持ちが分かるとだけ言っておくね。転生者は転生者で苦しみはあるんだろうけどね、そっちは分かんないや。
ともかく、帰れない事に絶望して、文化の違いに絶望して、命の危険が身近な事に絶望して……落ち着くまで私は全てに絶望して手が付けられなかったと思う。そんな私を見捨てずずっと一緒に居てくれたのが、私を引き取ってくれた人たちだった。貴族だったから利用したいという気持ちもあったんだと思う。それでも扱いづらい私を家族として受け入れてくれた。その優しさに嘘は無いと思ってる。利用されるならあの人達がいいとそう思ったから、立ち直った私はあの人達のために知識を使う事を決めた』」
手紙に書かれていたのは書いた人間の生々しい感情だった。
私やクロイツは『転生者』に分類されるだろうから、この人の気持ちの全てに共感する事は出来ない。
けど、種類違えど絶望は胸に抱いている。
世界と自分とのズレを私達は決して埋める事が出来ないのだから。
「『日本じゃ一切魔法なんて使えなかった私にも魔力は宿っていて魔術師なんてモノになる事が出来た。黒髪黒目なんて日本人の標準装備がこっちの世界じゃ愛し子?とか言うのになっていたのは驚いたけど、舐められない理由が増えた事には素直に感謝したかな。そんな感じで私は魔術師として生きる事になった。私が世界を渡った代償に得た力は“創造魔法”なんて大層な名前がついてたんだ。私はこの世界の誰もが受けている属性検査を受けていない。愛し子認定だって日本人として標準である色彩をもっていたからに過ぎない。だから私は自分の宿っている属性を知らない。けど知らないからこそ私はどんな魔法も使う事が出来る。属性を認知していないからこそ全ての属性を使い自由に魔法を創作する事が出来る。散々馬鹿にされた私はきっとこの世界の人にしてみれば馬鹿なんだと思う。だけど私は属性を認知せずに使う“創造魔法”で魔術師として大成する事が出来た。家族と言ってくれた人たちに恩返しも出来た。だから何も後悔してない。たとえ後世に稀代の愚か者として書かれていたとしても後悔はしていない。それを同じ境遇のアナタ方にだけは知っていて欲しい。“無色の魔女”と呼ばれた私はその行為に何の後悔していないって事を知っていて』」
突如出て来た固有名詞に私は驚きを隠せなかった。
「【無色の魔女】って随分な言われようだな」
「……数百年前に居たと言われている大魔術師の名称、なんだけど、ね」
「は?」
「転移者である事は初耳だけど、うん。全属性の魔法を手足の様に使う、それゆえに属性を持たぬ無色-ムシキ-と謳われた女性。それが【無色の魔女】」
属性検査をしなかったとか、自分の属性を知らなかったとかは私も知らない情報だったんだけど。
むしろこれ【無色の魔女】を研究している人達にとっては垂涎の資料になるんじゃ。
『日本語』の解読からしないといけないから難易度もバカ高い気もするけどね。
「『恩返しもしたし、色々あった騒動も何だかんだで終結させた私は小屋を造って、そこで暮らす事にした。それは別に周囲が煩わしくなったとか家族が嫌になったとかじゃなくて、これからを考えての事だった。これでも結構モテた私は王族に求婚とかもされてたんだよ?魔女とも言われた私の力が欲しいって言う裏もあったけど、彼は本気で私を愛してくれた。私も……。
まぁそれはいいや。だからこの小屋に居るのは初めから期間限定だった。だから条件指定して出入りする人を制限したり、色々魔法を重ね掛けして要塞みたいな感じになったけど後悔していない!だってさ、こんな何でもありの世界に来たら、こんな変な小屋の一つや二つあっても良いと思うんだね。だからこの小屋は移動するし、入るには条件が居る。その条件を満たす存在以外は絶対に入る事は出来ない。今後そんな存在が現れるか分からないけどね。一応伝承とかにいるんだけどなぁ――私以外の転移者や転生者って本当にいるんだろうか?』」
幾ら自由度が高い魔法だからと言って無茶でしょう! と思わず脳内で突っ込みを入れた。
まさか転生者や転移者が小屋に入る第一条件だ、なんて。
「よくオレが入れたな。フェルシュルグは兎も角、オレは弾かれてもおかしくねーぞ」
「転生者と他を見分ける事が出来るからきっと魂レベルで判別しているんじゃなかなぁ。普通は無理だけど」
恐るべし【創造魔法】
あと、多分だけど霧を抜けるだけならもう少し緩い判断基準があるんじゃないかと思う。
先生方も霧は抜けられたわけだし。
「『一応この小屋の意義は私と同じ境遇の人に、少なくともアナタだけじゃないと伝える事。この部屋に関しては私の“創造魔法”についての色々な考察とかも残してあるから。ま、転生者の場合属性検査を受けてない人はいないだろうから使えないと思うけどね。前提がまず満たされないだろうし。だからそういった人達のためにも一般的な魔術書とかも残してあるから、有効活用してね。部屋が汚いのは……うん。家族に甘えまくってた高校生に整理整頓なんていうスキルはなかったので、必然的に、ね?
ま、まぁ必要なモノしか置いてないしそこまで汚くないと思うから大丈夫だよね!』」
部屋の片づけは大変でしたよ、お嬢さん。
と、現状、確実に年下の私が言っちゃダメなんだろうけど。
後、高校生っての関係ないと思う。
『わたし』はその年頃でも普通に整理整頓できてたからね? ――する程モノが無かったってのもあるかもしれないけどさ。
「『主な目的は確かに同じ境遇の人に色々残したかったからだと思う』」
今までふざけていた感じで書かれていた手紙の雰囲気がこの一文から少しだけ変わった。
「『けど、こうやって手紙を書いて、色々思い出して思ったんだ。……私が本当に欲しかったモノが。
私は「仲間」が欲しかった。
同じ目的の下、旅をした皆も仲間だし、家族だって、この世界でも出来た。彼女等を仲間じゃないなんて絶対に言わない。彼女や彼等は私にとっての最高の仲間だ。それは間違えの様ない事実なんだけど。それでも私の中に残る燻り「どうして私がこんな目にあうの?」って気持ちだけはどうしても消せなかった。
だって私は普通の女子高生だったんだよ?そりゃ異世界があればいいなぁ、とか、どっか行っちゃいたいなぁ、とか思わなかったわけじゃない。けどそんなの誰でも一度は思う事でしょ?私だけが思っていたわけじゃないのに、どうして私だけがこんな目にあうの?お父さんもお母さんも生意気な弟も、ふざけあって笑っていた友達も、みんな一瞬で奪われた私。そんな悲しみも寂しさも決して埋まる事は無い。慰められても絶対に癒える事はない。だってこの世界は私から「全て」を奪った側なんだもん』」
癒える事の無い傷、埋まる事の無い空虚な空洞。
それは私達にも覚えのある感情で。
未だに埋まる事は無い、生涯抱える傷のようなモノだった。
それを彼女は独りで耐えて来たんだと手紙から伝わってくる。
「『勿論、皆が嫌いなわけじゃない。私に新しい家族や友人をくれた。恩返ししたい気持ちも本当だし、皆が大好きな気持ちも本当。ただ生涯癒えないモノがあるってだけ。だからこれは誰にも言っていない。言ってどうかなるモノじゃないし、言われても困るだけだろうから。だから私は貴方方だけにこの気持ちを残しておく。笑顔に囲まれて、それでも癒えない傷を抱えて生きた私は貴方方と同じ傷を生涯抱えて生きました、って。
そうして、そんな気持ちに後押しされるように私は小屋にある魔法を重ね掛けした。小屋を残した最初の目的と相反する可能性もあったけど、それでも私はこの魔法を掛ける事をやめなかった。
魔法は条件の魔法。この小屋の主となりこの部屋に入る資格を得るためには“転生者や転移者が複数人いる事”そして“その内の一人が転変の勾玉により姿変えをしている事”』」
彼女が一体何を考えていたかは分からない。
けどその孤独感だけは少しだけ分かる気がした。
「【転変の勾玉】ってもしかしてオレが持っていた奴か?」
「多分ね。記憶を保持したまま魔獣に転変するのはスゴイ稀な事例だとは思ってたんだけど。……ある意味失われた魔法とかの分類になるのかも」
「この無色の魔女とやらが造り出した魔法の一つかもな。んで現存してねーって感じなんじゃね?」
「有り得そう」
そもそも普通の人は【創造魔法】なんて使えないし。
『転生者』にもきっと無理だと思う。
『転移者』が属性検査を受ける前に存在を知ればどうにか?
確率としてはかなり低いだろうけど。
「『条件を満たした人しか通れない霧に隠された宝物の詰まった小屋。その小屋の主になるための試練。ゲームとかだと鉄板でしょう?ここまでゲーム染みてるんだから条件を満たす人にもゲーム性を求めてもいいじゃん。……ううん、建前はいいや。
私はきっと、そうやって色々乗り越えた同じ境遇の人達が居ると思いたいんだ。私は会えなかった。伝承にしか残されていなかった人達。
もしかしたら私は探そうとしなかったのかもしれないとも思う。探して探して見つからなかった時の絶望は今度こそ私の心を折るかもしれないから。いるかもしれないけど会えなかった、の方が心に優しいもんね。
私はだから同じ境遇の人を探さない。けど代わりに希望を残していく。同じ境遇の人達が偶然的な確率で出会う事を』」
同じ境遇の人に会う確率は砂漠で砂金粒を見つけるに等しい。
私と“フェルシュルグ”はその幸運を得たけど、結局敵対する道を選んだ。
それは彼女の希望を叶えた事になるんだろうか?
ふと、そんな事が脳裏によぎった。
「『とは言え、その内の一人が転変の勾玉による姿変えをしているのは救いか条件上げなのか分からないけどね。一応魔獣とかに変われば寿命とか延びるから、そういう意味では遭遇する確率が上がるけど、偶然同時期に会ったら、逆に枷になる条件だよね。小屋は見つけられるけど小屋の主にはなれないかもしれないって気づいたのは条件付けの魔法をかけた後だったんだよね。その場合はごめんね。この部屋にも入れないから手紙も読んでないだろうけど!』」
……突然元の軽さに戻ったような気が?
変わり身が早すぎてついていけなくなりそうです。
「『私のかけた魔法の効力が切れて朽ちる程先の時代に過去の遺物として発見されるかもしれない。その場合手紙も読めるのか読めないのか分からない状態かもしれない。条件を満たした人が居なくて小屋が移動しちゃうかもしれない。この手紙を日本人が読む可能性はきっとかなり低い。この小屋の主になる可能性も殆ど無いかもしれない。
けど私はきっとこの手紙を条件を満たした同じ境遇の人が読んでいると信じている。だから私はそんなアナタへ言葉と思いを残したい』」
心を揺らして、それでも恩返しをするために未知の能力を磨き続けた。
強い人だと思った。
元々持っていた優しさも明るさも決して失わず、それでも未来を夢見る事が出来たのだから。
「『日本を知るアナタへ。私はアナタと同じく日本からやってきた日本人です。何もかも違う世界で、それでも優しい人達に助けられて自分のしたい事を見つけて生きたラッキーな人間です。この手紙を読んでいるアナタがどんな境遇にいるかは分かりません。けど決してこの世界は悪い事ばかりじゃないです。苦しい事もあるし、哀しい事もある。全く違う常識に頭を抱える事だってあるかもしれない。それでもこの世界で生きているアナタは決して意味の無い存在じゃないしそこで生きているの。
この世界を否定してしまう事だってあるかもしれない。私はそれが悪い事だとは思えない。だって私達は私達の世界を奪われたんだから。
けどそれだけじゃないという事は忘れないで。この世界は確かに私達から奪ったけど、それとは違う形でも与えてもくれたのだから。
私はこの世界に来てしまった事を悔やんではいない。もしこの世界に来るという選択肢があった時、ここに来ると自信を持っていう事は出来ないけど、悩んで悩んでこの世界に来てしまうかもしれない。そのくらい私はこの世界が大好きになったの。
だから同じ境遇のアナタ。私よりも恵まれているかもしれないアナタ。私よりも悲惨な目にあっているかもしれないアナタ。けど決して独りではないアナタ。
生きる事を諦めないで。目を閉じて俯かないで。アナタには同じ境遇の誰かが傍にいるのだから。
最期の時まで独りだった私にはとっても羨ましい事なんだからね!それだけでも私よりも恵まれてるんだから!
この世界を好きになってくれとは言わないけど、少しでもいてもいいかな?程度には思って欲しい。その方がきっとアナタの人生はもっと楽しいモノになるだろうから!
この手紙を読んでいる日本を知っているアナタのこれからが少しでも楽しいモノでありますように。
無色の魔女・アカリ=シューヒリトこと日本の元女子高校生・水無月灯より』」
手紙は最後まで彼女らしい明るさと優しさに包まれていた。
会った事のも無いのに、何故かそう思った。
「オレ等はすっげー確率で条件を満たしたって事か」
「そーなるね。同時期に居る『同胞』。けれど敵対したが故に一人は転変の勾玉を使う事になった」
「結果としてこの小屋の主になったって事か……この場合オマエが持ち主か?」
「んー」
ステータスを開くと、確かに持ち物の中にこの小屋の事が増えていた。
「えーと。あ、名前付いてる。【巡り人の休憩所】だって。色々説明があるけど、移動式、と言うよりも収納式って感じかな。持ち主は……あ、私とクロイツになってる」
「はぁ?」
肩に飛び乗ったクロイツが覗き込んだので画面を少し大きくする。
基本他人には見えないステータスだけど使い魔に関しては特に意識しなければ画面を見る事が出来る。
見えなくする事も出来るけど、今後する事もないんじゃないかな。
別に見られても問題無いし。
「ほら、ここ。……共同所有って感じかな。むしろ書き順的にはクロイツの方がメインかもよ?」
「んなアホな。……あー、いや。使えそうっていやー使えそうだが、基本的にはオマエの命令権の方が上っぽいな」
「そーなんだ。どっちにしろおっきい魔道具だなぁ」
この部屋にあるモノだけでも一財産だよね、これって。
正直、各方面の研究者にとっちゃ垂涎の的になりそうな資料がチラホラ。
「そもそも私達って調査に同行しただけなんだよね。この場合調査結果であるココって提供しなきゃダメなのかな?」
「誰にだ?」
「……お父様に?」
最終的には調査を依頼した人間に、かな?
それか調査の報酬としてシュティン先生がもらうか。
どっちしろ譲渡しなきゃダメな気がしなくもない。
「けどよー。これオレ等以外は所有できねーんじゃね?」
「そこなんだよね」
名称が【巡り人の休憩所】となっている所、この場所を所有する最低条件はきっと『転移者』や『転生者』である事だと思う。
先生方が霧を抜けられた理由は分からないけど、柵の内側、つまりこの小屋の領域には入って来れなかった。
それが答えなんじゃないかな?
「私達ってお父様には自分達が『転生』している事を話してるけど、先生方には言ってないし、そんな先生方にどう説明すればいいのかな?」
「知ってそうな気もしなくもねーけどな」
「あーそれは分かるけど」
面と向かって言ってない以上暗黙の了解だとしても「私達は普通である」と言うのが公式なのだ。
幾ら大人顔負けの弁論をしようと、思考回路が明らかに子供じゃないとしても、私達がはっきり言わない限り私達は「普通」なのだ。
「(色々無理があるのは分かってるんだけどね)」
秘密を共有できる程先生方を信頼するのは難しい。
そこまで私の懐は広くないのだから。
と、なると誤魔化す方面に持っていくしかない、と言う事になる。
「えぇと。そうなると……まず一つはこの小屋の主になった事を知らない振りをして先生方と合流。指摘された時に驚いたふりをする」
つまり私達もどうしてこうなったのか分からない振りをするって事。
演技力を試される方法でもある。
「もう一つが小屋での出来事を捏造して偶然私達が持ち主になり変更がきかないと言い張る」
ある意味でこれも演技力が試されるような?
ただ研究者であるシュティン先生を相手に言い張る事が何処まで出来るか、って話なんだよね。
「どっちも無理だと思うんだが」
「けど全部馬鹿正直に言う事もできないし」
「名前見られたら色々悟られるんじゃね?」
「うっ! 痛い所を」
素晴らしく分かりやすい名称だと思うんだけど、知っている人ならば色々理解してしまう名称なんだよね、これ。
先生は私に『転移者』らしき人が出てくる書物を勧めたりしてるから、そっち方面の知識はあるとみた方が良い。
と、なるとこのまんまな名称を見れば色々察しちゃうだろうなぁとは思うのだ。
「けど、一線は守りたいんですよね!」
先生達を信用はしてるけど、どうしても懐に入れるのは難しいです。
守りたいモノはほぼ一緒なんだけど、全てが一緒な訳じゃないから、少しでも大切なモノを傷つける可能性がある人を懐に入れるには私の許容量は広くない。
と言うよりもそれを承知で先生方を内側に呼ぶこむ程先生方に気を許す事は出来ない。
私の世界は狭いんです。
「(別に先生方が内側に居ないからって交流を深める事が出来ないわけじゃないし、今後の付き合いが変わる訳じゃないんだけどさ。私の心持ちの問題なんだけどね)」
メンドクサイ性格なのは重々承知の上で貫きたい我が儘なんです。
「何処まで把握されるかもわかんねーし、出たとこ勝負になんのがオチだろうけどな」
「心の準備もさせてくれないのは悲しいわぁ」
でも、先生方にはそういった事前準備すら見破られるのがオチなんだよね。
そこらへんは経験値の差というべきか、元々の頭の良さの差と言うべきか。
「(小細工は得意でも真っ向勝負の知能勝負が得意って言える程頭脳明晰じゃないんだよね、私って)」
小賢しいタイプでしかない以上、マジモンの頭脳明晰者と真っ向勝負としても仕方ない。
小細工上等、最終的に目的を達成出来れば良いのですよ。
「考えても仕方ないって事かぁ」
「そーなるだろーな。……んで? 手紙はどーすんだ?」
クロイツが私の手の中にある手紙を眺めて、そんな事を聞いてきた。
無色の魔女が書いたとされる手紙。
多分研究者には垂涎の一品だし、シュティン先生は興味をしめしそうな気はする。
けど、正直この手紙に関しては最初からどうするか決めていたのだ。
「私が【収納】するよ」
「見せないって事か?」
「だってさ。これって“私達”宛の手紙だよね。宛先不明とか、どっちも亡くなっている手紙が後世で研究資料となるのは仕方ないのかもしれない。けど、これは宛先の相手が此処にいるじゃん。二人も」
『日本人』へと託された思いと願い。
無色の魔女とも言われた彼女が女子高生として生きていた人生の欠片。
この手紙には郷愁も絶望も、多分羨望も込められている。
それを“私達”が受け取ったんだ。
「これを誰かに提供して公開するのは、野暮ってもんじゃない?」
「……ま。オレはオマエの使い魔だから? 主人の言う事には逆らわねーよ」
「言うねぇ。気に入らない事があれば容赦なく反論するくせに」
笑ってたら色々台無しだよ、クロイツ。
彼も似たような感傷を抱いているはずだ。
だからこそ否定なんかしない。
その結果がその笑顔だった。
「後は、ざっと見て『日本語』で書かれているやつは回収した方がいいかもなぁ」
「だな」
私は本棚に目を通すと『日本語』で書かれた本、特に【創造魔法】の魔術書を中心に回収する。
きっと、現時点では無色の魔女の固有魔法と思われてるはずだ。
けど、これを公開するのが良い事なのか私には判別出来ない。
今この世界で属性を検査する事は必須だ。
自らの属性を知らない事は自分の根幹を知らない事にも等しい。
人によっては安定せず精神にも害を及ぼすらしい。
彼女はきっとそれすらも知らなかった『転移者』だからこそ安定し魔法を使い続ける事が出来た。
この世界の人間に同じ事を強いるのは酷だ。
けどこの魔法が広まれば強制する輩が出ないとも限らない。
「この世界も又残酷さを孕んでいるから。そんな世界に波紋を落としかねない」
「リーノ?」
「何でもない」
無色の魔女の名が憎悪と共に紡がれるような未来は来てほしくはない。
だから取り敢えず私はこの魔法の事を黙っていよう。
何時か信頼できる誰かに相談する事が出来るように。
少なくとも打ち明けた相手への負担を考えると家族には打ち明ける事は出来ない。
そんな負担すらも共に背負ってくれると思えた人に、何時か出逢う事が出来たら。
「(その時はこの魔法と一緒に彼女の想いも全て教えてあげよう)」
魔女と呼ばれた明るくも優しい女の子である同郷の人間が一人、居たのだという事を。
この後結構な時間をかけて色々回収した私達はようやく探索を終了と言う事で小屋の外に出る事になった。
と、先生方が物凄い剣幕で結界をカンカン斬りつけている場面に遭遇したわけでして。
正直、あまりの形相に結界を解除するのを戸惑ってしまうぐらいには恐ろしかったです。
小屋の中に引っ込む前に見つかったから、どうしようも無かったんだけどね。
先生方が言うには、私達があの部屋を解除した時、小屋自体が魔力に包まれて発光したらしい。
ただの小屋じゃないと判明した上、私達も出てこないし、で救出のために結界を破壊しようとしていたらしい。
あー、はい、確かに、そんな事になればご心配をおかけしますよね。
そんな事欠片も知らない私達はそれなりに暢気に部屋の探索をしていたわけですが。
あれ? これ言ったら怒られるフラグでは?
と、思っても言わないわけにもいかず、がっつり叱られました。
私達が悪いわけですから仕方無いのですが、素直に怖かったです。
クロイツですら反論せずにいたぐらいですし。
不幸中の幸いはその御蔭なのか小屋について特に追及される事が無かった事ですかね?
のでお父様にだけ素直にお話して小屋は無事私達の共同所有物となりました。
とは言え、移動式って事もあって、いまだにあの森にありますけどね。
色々調べる事が多そうですが、それもまぁ一つの楽しみって事で。
水無月灯さんの想いを受け継ぐって訳でもありませんが、私達は今、結構楽しくやっています。
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