第146話・探索? いえ、やっぱり厄介事です(2)




 霧の中は日差しを遮っているせいか少しひんやりとしていた。

 外から見て思っていたよりも薄く、少し前を歩いていると先生方の背がはっきりと見える。

 これならば見失う事は無さそうだ。


「<霧って本来水蒸気の塊だし、もっとしっとり? べったり? していると思うんだけど>」

「<そこらへんは魔法のせいだからな。関係ねーんじゃね?>」

「<そんな所なのかねぇ>」


 服がしっとりする事もなく、クロイツの毛並みもじっとり水気を含んでいる様子はない。

 地面もぬかるんでいる様子はない。

 魔法で発生した霧とはこんな風になるモノなのか。


「<魔力を帯びてはいるけど>」

「<見えるもんが霧と木じゃ歩いている場所を確認すんのは無理だな>」


 クロイツの言う通り見ている光景はほぼ同一だから、目印でも付けない限り何処を歩いているかは分からないな、と思った。

 

「<先生方も目印を付けている様子は見られないんだけど>」

「<戻される事を想定して業とつけてねーんじゃね? 何かあってもアイツ等ならどーにか出来んだろうしな>」

「<あぁ、そういう事>」


 私達というお荷物が居ても突発的な異変に対処出来る絶対的な自信。

 それをきっと持っているのだろう。

 

「<流石高位ランクの冒険者>」

「<二つ名持ちだしなぁ>」

「<そのせいで推薦状を貰う訳には行かなかったわけだけどね>」


 滅多に推薦状なんて出さないという事実もあるから絶対に書いてもらうわけにはいかなかった。

 ルビーン達でも結局面倒事が降って来たけど。

 連動するように陽気で好奇心旺盛な冒険者さんが思い浮かんで内心溜息を付く。

 相棒さんも基本止めてくれないし、なんとも癖のある冒険者コンビだ。

 高位ともなれば一癖も二癖もなければなれないのかもしれないけど。


「<おい、リーノ!>」

「<ん? ……あれ? 霧が濃くなってる?>」


 気を逸らしていた事は認める。

 だけど前を歩いている先生方から目を逸らしてはいなかった。

 だと言うのに、霧はあっという間に濃くなり、先生方が視界から消えた。

 足を止め先生方の名を呼ぶけど、応答はない。

 肩に感じる重みでクロイツが居る事が分かるのだけが救いだった。


「分断、された?」

「考えてみりゃあの野郎は入ってすぐに戻って来たってのに、オレ等が入ってからどんだけ歩いた?」

「とっくに入口に戻されてもおかしくないくらい歩いてた、かな」

「異変はもう起こってたってことか!」


 しかも先生方が気づいていた可能性が高いし。

 言わなかったのは講義の一環だったとか?

 だとしたらスパルタも過ぎると思うんですけどね!


「さて、どうしようか?」

「入口に行けると信じて歩いてみっか?」

「迷子の鉄則は迷った時点でとどまっている事なんだけどね?」

「能天気冒険者はともかく鉄仮面錬金術師が普通に助けに来るとは思わないけどな」

「クロイツ、アンタねぇ。その名前何よ?」


 現状の異変よりもそっちが気になるんですが?

 アンタ、そんな変な呼び方してたっけ?


「冒険者って事はトーネ先生の事よね? トーネ先生は決して能天気な方ではないと思うんだけど?」

「思ったよりも色々考えてんのは分かったけどなぁ。基本的には能天気じゃね?」

「そう見せているだけだと思うんだけどねぇ」


 基本的に明るい気質の持ち主だとは思うけど、あえて負の側面を人に見せないようにしていると思うんだけど。

 騙しているとかそういう大掛かりな事じゃなく、万人に素を見せる必要は無い、とかそういった感じで。


「良いんだよ、第一印象で適当に名前つけてたんだからな。それよりも、もう一人には突っ込まねーの?」

「……ノーコメントで」


 シュティン先生に関しては表情が動かないのは事実だけど、何と言うか、いないはずなのに、口に出したら聞かれそうな気がする。

 地獄耳のスキルでもお持ちなんじゃないだろうか、あの人。

 

「否定しねーと同じじゃね?」

「ソンナコトナイヨー。……さて、少し歩いてみようか」


 露骨な話題変化にクロイツが突っ込む事は無く、私達は周囲を警戒しながら歩き出すのだった。

 




 歩いても特に魔物が出てくる事は無く、何かしらの異変が自分の身に起こる事も無く、ただ只管歩き続ける事、十数分?

 私達は林と森の中間という何とも半端な広さしかないはずの場所で完全に迷い子となっていた。


「取り敢えず空間がループしているのは確定だよね?」

「だろーな」

「延々と歩かせるタイプの魔法って事でいいのかな?」

「魔法に関しちゃオマエの方が知識あんだろ? まぁ歩き疲れた所を襲われる可能性はあんじゃね?」

「うーん。生き物の気配が無いんだけど……可能性としてはあり得るかも」


 魔物に限らず生き物の気配は感じない。

 けどこれがただのループじゃない場合、そういった罠を仕掛けていてもおかしくはない。

 かなり性格は悪いと思うけど。


「うーん。目印を付けても良いんだけど、この場合少しの傷も攻撃認定されて事態が悪化する可能性があるからなぁ」

「木に傷つけたりとかはできねーって事か。……地面に矢印でも書いたらだろうだ?」

「序でに『英語』とかで何か書いておくとか?」

「何で其処で『英語』なんだよ。『日本語』の方がこの世界では似た所がなくていいんじゃね?」


 『英語』を先にあげたのはただの気紛れです。

 『同類』でもいない限り英語だろうと日本語だろうと読めない事には違いないしね。

 あえて言えば日本語よりも英語の方が子供の落書きに見えるかな、と思った程度で。


「じゃあ『日本語』で矢印の横に何か書くとして……何て書く?」

「漢数字とかでいいんじゃねーの?」


 数字だとこの世界と共通してるもんね。

 ちなみに文字はこの世界独自のモノでした。

 何でか読めるけどね。

 ここら辺は転生だし「キースダーリエ」の記憶があるせいかな、と思ってる。

 クロイツも「フェルシュルグ」の記憶があるからか読めるみたいだしね。

 意識すれば今回みたいに『地球』での言葉も書くことが出来る。

 

「じゃあ矢印と『一』って事で」


 そうやって文字を地面に書いた途端、霧が動き出した。


「おい! これも攻撃認定かよ!?」

「……ううん。ちょっと違うみたい」


 咄嗟に臨戦態勢に入ったけど、どうやら其処までの心配はいらないみたい。

 停滞していた霧が流動し、道をつくりだす。

 何と言うか「道が開けた!」と言った感じだった。


「偉大なる予言者、ってか?」

「いやいや、かの方を予言者呼びはどうかと思うよ?」


 不穏な事を言いだしたクロイツに突っ込みつつ私は目を凝らして道の先を探る。

 森の規模に見合わない長さに違和感しかない。


「けどまぁ、先に進むしか無いんだよねぇ」

「だろーな」


 ここで立ち止まっていても先生方の救援は望めそうにない。

 どうやら『虎穴に入らずんば虎子を得ず』って事らしい。


「一応周囲の警戒を怠らず……行こうか」

「だな」


 刀を影から出して差すと私とクロイツはゆっくりと道の先へと歩き出した。





 道は私が思っていたよりも短かったらしく、あっさりと私達は霧が晴れた場所へと立っていた。

 これが入口なら万々歳なんだけど、どうやら其処までこの霧は甘く無いらしい。

 視界が開けた先にあったのは木でつくられた小屋と柵に囲われた庭のような場所だった。

 

「うーん。霧が無ければ狩人達の休む所として、って感じなんだけど。この森にはそんな所無かったしなぁ。馬は無し。家庭菜園のような畑もなし。勿論人の気配も無し。……霧が守っていたのがコレって。一体どういう事なんだか。どう思うくろ……クロイツ?」


 長閑に見える景色に迷いの森の霧が合致せず、意見を聞こうと思ったんだけど、私の肩に乗っていたクロイツはいつの間にか降りていて小屋を凝視していた。

 何と言うか「信じられないモノを見ている」感じだ。

 

「(私が見てもごく普通の小屋って感じなんだけど?)」


 木造建築なのは仕方ないよね。この世界に『コンクリート』とか『鉄筋』とかないし。

 こんな森に石造りの建築物があったらそれはそれで目立ちそうだとは思うけど、それでもないし。

 一体クロイツはこの小屋を見て何に驚いているだろうか?


「クロイツ?」

「うそ、だろ?」

「一体どうしたのよ?」

「……あの小屋はフェルシュルグが一時的に身を置いてた小屋だ」

「はい?」


 え? フェルシュルグってこの森に居たの?

 あ、いやいや、それは有り得ない。

 そもそもこの森には小屋なんて無いのだから。

 

「小屋がこの森にある事自体異質って言えば異質なんだけど……似たような建物って事は?」

「ありえない話じゃないが、多分間違っては無い、はずだ」

「……入ってみる?」


 危険が無いとは言わない。

 けど先生方は居ない、クロイツの見覚えのある小屋がある、迷いの霧は晴れている。

 この状況で此処で待っている、という選択肢は無い、気がする。


「取りあえず入口ぐらい覗いてみようか?」

「……ああ」


 口数が少なくなってしまったクロイツを肩に乗せると私は柵の中へと足を踏み入れた。

 途端後ろからガキン! と金属音が静かな空間に響き渡る。

 驚き振り向くと先生方がまるで『パントマイム』のように何もない空間を叩き切ろうしていた。

 先生方も霧を抜けられたのだという安堵と共に一体何をしているのだろうか? という疑問が浮かぶ。

 

「なんだぁ? 透明な壁でもあるみてーな感じだな」

「私達は普通に通れたんだけどね? ……もしかして何かしらの条件があるとか?」

「なら霧に追い返されてそうな気もするけどな」

「それもそっか」


 現にトーネ先生一人の時は追い返されてたし、そうなっても可笑しくはないよね。

 こんな所でふざけるような人達じゃないのは分かってるけど、一体何をしているのやら。

 しばらくどうしようかと思って見ていると、必死だった先生方が私達が振り向いている事にようやく気付いたらしく攻撃を止めた。


「嬢ちゃん! 無事か!?」

「何も御座いませんでしたが、先生方こそご無事のようですわね」

「霧が濃くなった途端気配が途絶えたのだが、どうやら分断されたようだな」

「多分。霧が濃くなり先生方の姿は見えなくなりましたし、お声も届いていなかったようですから」


 普段ならば聞こえない訳がない距離と声量だった。

 だから姿が見えなくなった瞬間に分断されていたんじゃないかと思う。

 無傷で合流させるなら分断した意味が無い気がするけど。


「結界が張られているようだが、お前達はどうやって通った?」

「え? 普通に通る事ができましたわ。ねぇ、クロイツ?」

「おう」


 条件も何も霧の晴れた道を進んだ先が此処でしたし、柵の中に入る時も特に何かあったわけでは?

 

「外見的な要因が解放条件という事か?」

「さぁ? 取り敢えず小屋の中へ入ろうかと思っておりますが」

「そりゃダメだ! 嬢ちゃん達の安全が確保できない!」

「うーん。……申し訳ございません。今回は先生方の御言葉をお聞きする事はできません。此方にも事情がありますので」

「……使い魔の関係か?」


 シュティン先生の冷たい視線がクロイツに突き刺さる。

 間違ってはいないけれど、正確に言えばクロイツじゃなくて“フェルシュルグ”の関係なんだけどね。


「どちらとも。お好きにお取りください」


 明言を避けた私は一礼すると身を翻す。

 後ろでトーネ先生の制止の言葉があるけれど、無視し私達は今度こそ柵の中へと足を踏み入れた。

 やっぱり特に拒絶される事無く歩みを進める私達。

 いつの間にか制止の言葉は聞こえなくなった。

 入口の前に到達した頃には声は全く聞こえず、後ろを振り向くと先生方が遥か遠くにいた。

 どうやらこの庭のような場所は私が思っているよりも広かったらしい。


「さて、と。鍵はかかってるのかな?」

「少なくともフェルシュルグが間借りしていた時は鍵の類は付いてなかった」

「ふーん」


 旅人や冒険者、そうして森を狩場にしている狩人達の一時休憩所として使うなら鍵がかかっていないのは道理だけど、この場合どうなんだろうね?

 一応警戒をしたままドアノブに手を伸ばすとピリっと静電気のような小さな痛みが走った気がした。

 手を引いて見てみたけど傷らしきモノは見当たらなかった。


「リーノ?」

「ううん。何でもない」


 小さく深呼吸するともう一度ドアノブに手を伸ばす。

 今度は何も起こらなかった。

 鍵がかかっていない扉は特に引っかかる事無くすんなりと開いた。


「相変わらず人の気配はない。……入ってみようか」

「おう」


 私は一度振り返ると先生方に一礼し、小屋の中へと足を踏み入れた。



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