第145話・探索? いえ、やっぱり厄介事です




 ラーズシュタイン領のとある森の前に居る私は、前とは全く違う森の雰囲気に眉を顰める事になった。

 此処は森と言うには狭く、けれど林や草原というのは木々の多い、中途半端な規模の場所だった。

 だからか強い魔物も居ないし、戦う術を持たない人でも薬草や食べ物を取る事の出来る場所でもあった。

 ただまぁ近くに村は無いから、此処まで取りに来る村人は居ないし、精々通りすがりの冒険者が目に付いた薬草などを採取する程度である。

 いつ来ても静かであり、ラーズシュタインの私有地とまではいかずとも、人がほとんど来ない場所だからこそ、お父様はフェルシュルグのお墓を作る場所として此処を教えてくれた。

 遺体が燃え尽き何も残っていない「名」すらも残される事は無かったフェルシュルグへのせめてもの手向けがこの静かな場所だったのだ。


「(実際は生まれ変わった形のクロイツは私と一緒に居るから魂すら此処には居ないわけだけど)」


 それでも墓としては残っていたし、その内荒らされていないかの確認ぐらいはしに来るつもりだった。

 その時はクロイツ連れてこようかなぁ? どうしようかなぁ? なんて暢気な事を考えてたぐらい、此処は静かで異変なんて起こりようのない場所だと思っていた。

 それが、まさか異変有りで調査のために来る羽目になるとは思いもしなかった。


「なぁ? 今、晴れてるよな?」

「晴れていますわね」

「ココ、ふつーの森だったんだよな?」

「ええ。木漏れ日が差し込む穏やかな午睡を微睡む事が可能な程長閑な場所でしたわ」

「あー。聞いた話だったが、そーだよなぁ。……何で霧?」

「知っていたらワタクシ達、此処には来ていないと思いますわ」

「だよなぁ」


 木漏れ日差し込む長閑な森は一転、濃霧立ちこむ不思議な空間を変貌していました。

 いや、本当に何で!?

 動揺のあまりクロイツと事実確認の様なコントのような事をしでかしてしまう程度には目の前の風景は様変わりしていた。


「そもそも、この気候では濃霧など有り得ないだろうが」

「キース嬢ちゃん達混乱しまくってんなぁ」


 今回の調査はシュティン先生とトーネ先生にお父様が依頼した。

 私達は現地を知る人間として、と言うよりもクロイツがほぼ当事者である事から同行を許されたのだ。

 ルビーンとザフィーアも来たがっていたけど、二人はクロイツの成り立ちを知らない。

 ついでに私に『前世』がある事も知らない。

 だから今回は【命令】という形で同行を拒否し、此処に来る事を許さなかった。


「(そこまでは? と思ったんだけど、考えてみれば、あの二人こっそりついてくるとか得意分野だもんねぇ。知らずについてこられると困るから仕方ない、と思ったし)」


 出来るだけ【主】である事を知らしめる言動は控えたかったけど、色々天秤にかけた結果が【命令】をする事でした。

 という事で今、此処にいるのは私とクロイツ、そしてシュティン先生とトーネ先生の四人です。

 内二人が貴族で一人は使い魔なんだから本来ならトーネ先生の負担は大きい、んだけどね。


「(シュティン先生も冒険者として高位ランクをお持ちだから、むしろ戦力扱いだよね)」


 今回私はキースダーリエお嬢様としての同行なので冒険者「キース」仕様ではない。

 ないけど、いざとなれば自衛程度はしろ、とは言われています。

 まぁ積極的に敵を倒しにいけと言われているわけじゃないからいいけど。


「笑い事じゃありませんわ、トーネ先生。こんなに明らかな異変を見せつけられるとは思いもしませんでしたし」

「確かになぁ。これはオレもちょっと驚いた。……なぁ、パル。これって魔法か?」

「シュティンヒパルだ。……魔力は感じる。魔法か魔道具によって引き起こされた現象である事は事実だと思うが」


 何とも言えない顔になったシュティン先生に私は口に出さず同意する。

 怪しすぎるのだ。

 これを施した相手の真意に悩むくらいには分かりやすく怪しいとしか言いようがない。


 例えば、これが罠だったとしよう。

 これだけ怪しい霧に誰が好き好んで突っ込むというのだろうか?

 範囲も広くは無いし、森の奥地に遺跡のような何かがある訳でもない。

 と言うよりも森を突っ切っても逆側の街道に出るだけだ。

 流石に円形ではないかもしれないけど、奥地が存在しない形であるこの森は三方を街道に囲まれ、一方だけ辛うじて山に引っかかっている程度だ。

 本当に辛うじてなので一度森の外にでてすぐ目の前に山がある、と説明できるぐらいはギリギリな仕様だから森と言うのも烏滸がましいと言われれば否定できない。

 林と森との中間ぐらいの規模と木々の数なので、中途半端さで呼び名に困る程である。

 そんな中途半端な場所に罠を仕掛けて誰を引っかけようとするのだろうか? と呆れてしまっても仕方ないと思います。

 

「しいて言えばワタクシを含めたラーズシュタインの誰かに対しての罠、でしょうか?」

「まぁ一番来る可能性が高いって意味ならオマエじゃねーの?」

「これを罠と想定するならば、ですけどね」

「こんな分かりやすい罠に引っかかるバカはいない」


 シュティン先生が罠説を一刀両断。

 けど誰からも否定の言葉は出なかった。

 

「自然発生は不自然だしなぁ」

「魔力を感じる以上、有り得ないな」

「じゃあ、誰かが魔道具でも捨てたとかか?」

「……その可能性が高いか」


 壊れた魔道具の不法投棄。

 その可能性が高いのかなぁ?

 通りすがりの錬金術師か魔道具を持っている誰かが魔道具が壊れたから捨てたんだけど、実は完全に壊れてはいなくて発動しちゃった、とか?

 

「(んー。有り得ない話ではないと思うんだけど)」


 何となくしっくりこないのは、私が霧を発生させる魔道具の存在を知らないからか、使用方法が思い浮かばないせいか。

 何方にしろ、偶然通りかかった、偶然壊れかけの魔道具を持っていた人が、偶然目に入った森みたいな場所に魔道具を破棄、けど偶然魔道具が壊れていなくて発動した?

 偶然が重なり過ぎな気がするんだよなぁ。

 一つか二つならともかく、それ以上となるともはや人為的では? と思わなくもない。

 だからと言って罠って事は有り得ないと思うんだけどね。


「霧は外敵を排除する類いのモノではないようだ」


 霧に触れたシュティン先生の言葉に「解析魔法も存在するんですか?」と聞くと「魔法を使う者は触れれば大体の事を把握する事が出来る」と返された。


「(え? そうなの?)」


 驚く私に先生は霧に触れるように指示してきた。

 危険は無いだろうと思っても未知のモノに触れるのは少し怖い。

 けど先に触れている先生は何ともないようだし、と言う事で私は恐る恐る手を伸ばす。

 そうやって霧に触れた途端頭の中に分析結果のようなモノが浮かび上がった。


「(へぇ。霧に含まれる魔法属性とか、害があるかとか、そういった事が分かるんだ)」


 触れれば弾かれる類の魔法だと解析する間もなく弾かれるんだろうけど、こういった其処に停滞していてある程度の時間触れる事の出来る魔法は自動解析が出来るらしい。


「(あ。【魔法解析】ってスキルを習得したみたい)」


 後でステータスで確認してみるけど、習得条件は【魔法に触れて解析してみる】あたりなんじゃないかな。

 ただ攻撃魔法とか悠長に触れる事は出来ないし、結界は弾かれるし……案外習得のタイミングが難しいそうな条件かもしれない。

 

「確かに排除するような魔法ではないようです」

「へぇ。って事は本当に其処にあるだけの霧って事か?」

「分からん。迷いの森のような効果の場合、表面を【解析】するだけでは区別はつかないからな。……というよりも貴様は学園で教わったはずだが?」


 シュティン先生がトーネ先生をギロリと睨みつける。

 どうやらこの【魔法解析】、学園で習得するスキルの一つらしい。

 まぁ学園なら害の無い魔法の一つや二つ発動する事も可能ですもんね。

 トーネ先生も魔法が全く使えない訳じゃないみたいだし、このスキル習得しているんじゃないかな?

 その上で真面目に授業を受けているなら知っていて当然。

 なのに知らないって事は真面目に受けてないか、受けていたけど忘れたかのどっちかだもんなぁ。

 そりゃシュティン先生も怒るよね。


 トーネ先生はシュティン先生の怒りに恐れる事は無く、けど弁解も出来ないのか、へらりと笑って誤魔化した。

 ここで誤魔化すって事は肯定してるようなもんだと思うんだけど。


「(トーネ先生ご愁傷様です)」


 シュティン先生が結構性質の悪い笑みを浮かべてますよ?

 後日懇々と説教されるか座学の個人授業を受ける事になるか。

 どっちにしろ、頑張って下さい。


「(え? 止めないのかって? ……いやですねぇ、私にああなったシュティン先生が止められるとでも?)」


 それに冒険者ならそういった知識も大事ですしね。

 忘れていたトーネ先生の自業自得です。

 と言う事で私は心の中でトーネ先生に合掌し、見ない振りをするのであった。


 トーネ先生の尊い犠牲はともかく、一応霧の中に入っても何か危害が加えられる事はなさそうだ。

 ただそれこそ【迷いの森】のパターンだと、入口に戻されるか迷い続けるかって事になりかねない。

 前者は兎も角後者だったら困る。

 こういった所から抜け出す事が確約出来る程私は魔法に長けていない。

 先生方なら大丈夫だろうけど、分断されてしまえば元も子もない。


「(いっその事風魔法で全部吹き飛ばすとか?)」


 物騒と言う事なかれ。

 攻撃力の無い風の魔法は存在しているし、この規模程ならやろうと思えば出来るのだ。

 危険もその方が少ない。

 調査という名目を考えなければ一番早い解決方法だと思う。


「(低い可能性で罠だったとしても吹き飛ばせば意味ないだろうしね)」


 と言う事で調査という大義名分でここにいる先生方は無理だろうから、ただの同行者である私がやってしまおうと魔力を体に巡らせた。

 ら、シュティン先生に見破られてあっさり捕獲、魔力を分散してしまう。

 まさか首根っこを掴まれるとは思いもしなかったです。

 猫の子扱いに集中も途切れてしまう。

 

「(元々貴族令嬢の扱いは受けてないけど、猫の子扱いされる程距離が近くなっているとは思わなかったよ)」


 あくまで先生と生徒、という間柄だと思ってたんだけど。

 私が思っているよりも先生方は私に親しみを覚えていてくれているんだろうか?

 

「行き成り物理で解決しようとするな。魔法攻撃に対して反発する可能性もある。たかが霧と侮っていると痛い眼を見るぞ」

「(あーその可能性あったか)――はい。お手数をお掛け致しましたわ」


 素直に謝ると一応やらかす事は無いと判断したのか、あっさり降ろしてくれた。

 その流れでシュティン先生はトーネ先生に霧の中に入る様に指示した。


「うえぇ? おい、何があるか分からない霧に一人で突っ込めと?」

「貴様なら多少、何かあっても問題ないだろうからな。安心しろ、異変を感じたら霧を吹き飛ばしてやる」

「おーい。それ、中にいるオレごとって事じゃねぇの?」

「吹き飛ばされても貴様なら戻ってこれるだろう?」

「そこは否定しろ!」


 笑って外道な事を宣うシュティン先生に突っ込みを入れるトーネ先生。

 どっちも何時もの表情なので、どうやらこの程度の会話は日常らしい。

 何となく力関係が見えると言うか、何と言うか。


「(と言うよりも、前よりもトーネ先生もシュティン先生も肩の力が抜けているような?)」


 何かあったのか、私という存在に対して気を張って猫を被らなくなったのか。

 どっちしろ、こうやって中々ギリギリの会話をしている二人は何処か楽しそうで、そして少し幼い気がした。


「(いやまぁそもそもそれなりに若いんだけどね)」


 所謂学生時代のノリという奴かもしれない。

 私達が居てもそのままのノリでいるのが気を許している証なのか、歯牙にもかけていないという事なのか。……考えるとドツボに嵌りそうだからやめておこう。

 物珍しさに眺めている間に二人の間では話が終わったらしい。

 トーネ先生がげんなりした顔で霧の前に立った。


「ったく。入るのは構わないが、せめて武器くらい出しておけよ?」

「分かっている。そこまで抜けているつもりはない」


 シュティン先生はトーネ先生の言葉を鼻で笑うと影から自らの武器を出した。

 身の丈程の大きな鎌に初めてというわけじゃないのに私とクロイツは思わず遠い眼になってしまう。


「<初めて見た時も思ったけど、メインウエポンが大鎌って>」

「<印象裏切りすぎだろ、どう考えても>」


 私達が初めてシュティン先生のメインウエポンと本来の戦闘スタイルを見たのは、王都での出来事が一段落して領地に戻ってきてからだった。

 講義の中で座学だけではなく実践も混じるようになり、先生の付き添いで草原など近場の採取場に行くようになった。

 その時、二人の先生の冒険者としての実力を垣間見る事になったのだ。

 トーネ先生は講義の際も使っていたソードだったので見慣れているといえば見慣れているモノだった。

 ただし、あっという間に魔物を一刀両断する姿は普段の講義があくまで練習や試合でしかない事をまざまざとみせつけるモノではあったけど。

 それでもまぁシュティン先生程の驚きは無かった。


「(まさか錬金術師であるシュティン先生のメインウエポンが大鎌だ、なんて思いもしないでしょ!)」


 影から出したソレを見た時、思わず自分の目を疑ったよ。

 しかもあんな重そうな武器なのに軽々と扱って前衛職として動き回るなんて思いもしなかったし!

 私は思わず「錬金術師とは?」と問いかけたくなったぐらいには混乱した。

 まぁそんな混乱を許してくれる程先生方は甘く無かったんだけどね。

 結局私が魔物と初対峙して倒したのは冒険者として登録した後だし、それまで魔物の掃討は全部先生方がすましていた。

 それを見続ければ混乱しても無駄だと諦めるよねぇ。

 今でも先生が大鎌を構えるだけで何とも言えない気分になるけど、一応混乱して取り乱す事は無くなった。

 慣れる日はきっと一生来ないと思うけど。


「<ねぇクロイツ>」

「<なんだ?>」

「<私さ、あの時“化け物”とか言われたでしょう?>」

「<あーまぁな>」

「<その事自体は何とも思ってないんだけどさ>」

「<それはそれでどーなんだ>」


 と、呆れられても仕方ないよ。

 だって有象無象に言われても心に欠片も響かないし。

 人でなしが化け物になっただけだしなぁ。


「<今更と言えば今更だしなぁ。……じゃなくて。それは納得というか、どうでも良いと思ってるんだけど。たださ、シュティン先生みてると思うんだよねぇ。……私程度で“化け物?”って>」

「<あー>」


 はっきり言って、シュティン先生の場合、纏う容色も真っ黒だし黒を好んで纏うモンだからさ、『わたし達』にしてみるとまんま『死神』なんだよね。


「<『死神』の描写はさ、物語によってだったけどさ。骸骨な場合はともかく、黒髪黒目やら黒髪赤目やらの美形って描写、結構あったし>」

「<『死神』の共通事項は身の丈を超す大鎌を持っている事、だしなぁ。アイツ見た時、俺も『死神か!?』って突っ込んだし>」


 心の中で私とクロイツの絶叫が響き渡ったよね――まさかの『死神』!? ってさ。

 

「<此処まで『死神然』とした人を知っている身としては私程度で“化け物?”って思わなくも無いんだよねぇ>」

「<否定しない。オマエの場合、言っちまえば敵を倒した程度だしな>」


 酷い事を言っているとは思う。

 命を軽んじるつもりは私もクロイツも無い。

 けど、実際この平等に命に厳しい世界において敵対していても命を失う事が無い、なんて甘すぎる価値観だ。

 この世界に産まれてこの世界に生きている癖にどうすればあんな甘々な価値観になるんだか。

 積極的に知りたいとは思わないけど微妙に気になる事ではある。

 知る機会が無いから忘れていく疑問って奴だけど。


 何とも言えない気分で私達がシュティン先生を見ている間にトーネ先生が中に入る調査する手はずが整ったらしい。

 何の気負いも無くトーネ先生は霧の中へと消えていった。  

 ……数分もしないで戻って来たけど。


「「え?」」

「何だ? 忘れものでもあったのか?」

「いや、ちげぇよ! 真っすぐ歩いてたのに、出口が此処だったんだよ!」

「(あー。戻されるタイプの迷いの森かぁ)」


 普通この手の迷いの森タイプだと、結界の先には何かしらの遺跡があったり、エルフが住んでたりするんだろうけど。

 今回に限って言えば、何もないと思うんだよねぇ。


「<ねぇ。フェルシュルグってさ、この手の魔法とか使えた?>」

「<魔法自体認識してねーよ。スキルって認識したのだって最近だぜ?>」

「<ですよねぇ>」


 無自覚に使えた可能は否定できないけど……そう言えばこの手の魔法って何に分類されるんだろうか?


「(霧を水蒸気と考えれば水属性? けど空間を捻じ曲げたりするなら闇属性や光属性に分類されそうだし。反射に関しては防御と考えれば全属性に存在する魔法だし)」


 色々複合するにしても基礎のとなる属性はありそうなモンだけど……無属性? って錬金術ならともかく魔法としては魔力の塊程度の認識な気がするし。


「(体中に巡らせる、という意味なら属性を帯びていない魔力、所謂無属性だけど。それをそのまま外部に出して攻撃とかに使うとなると魔力の塊を放出する、魔法の前段階の扱いになるはず)」


 名前もついてない魔力の塊。

 けど逆に詠唱も何も必要としない攻撃方法。


「(確か魔術師としての適性が低くとも、使えない人は殆どいない、はず)」


 一応この世界では魔力が無い人はいないって話だしなぁ。

 魔力を外部に放出する、又は魔力を操る才能がない人を「魔力の無い人」として表現しているはずだ。

 だからまぁ真の意味で魔力を持たない人はいないはず……全人類を調べた訳じゃないから確実性は無いだろうけど。


「<大体フェルシュルグの死体は無いんだろう? この霧を発生させたのはフェルシュルグじゃねーよ>」

「<いやまぁ、そう言われるとそうなんだけどね>」


 遺体代わりの勾玉モドキすらクロイツに変化した以上、お墓には本当に何も存在していない。

 だから、たとえフェルシュルグにそれらの才能があったとしても、この霧を発生させる事は不可能だ。

 分かってはいるけど、一応の確認という奴である。


「やっぱり吹き飛ばします?」

「いやいやキース嬢ちゃん、物騒過ぎるだろう! そういう所は本当にラーヤそっくりだな!」

「そこまで物騒ですかね? ……ん? お母様そっくり?」


 えぇと、それは一体どういう事ですかね、トーネ先生?

 思いもよらない一言に霧に向けていた視線を先生へと向けてしまう。

 先生は私の疑問にそぉっと視線を外す。


「(先生。それ、疾しい事があると言っているようなモノでは?)」

「あーいや。うん。アイツも今は落ち着いたんだがな。昔は結構活発でな。いや、うん。魔力量も多いし魔術師としての力量も高いもんだから。ここにあの頃のラーヤが居たら「別段問題もなさそうですし、吹き飛ばしましょう!」とか言うだろうなぁ、と」

「……つくづくお母様達の武勇伝を聞きたいような聞きたくないような気分になりますわ」

「聞かない方が賢明だ」


 シュティン先生に溜息交じりに言い切られて口元が引き攣った。

 お母様、お父様、貴方方は一体どんな事をしでかしていたんですかね?

 今の淑女、貴族然とした姿から想像のつかない両親の学生時代に私は「聞かない方が良い事も世の中にあるのだ」と必死に言い聞かせるのであった。

 

「コイツが入っても問題は無かった。ならば私達が入っても問題はなかろう」

「パルや嬢ちゃんなら何か変化があるかもしれないしな」

「シュティンヒパルだ。……【守護】の付加を施している魔道具は持っているな?」

「はい。常に身に着けております」


 突発的に戦闘に入る事は有り得る。

 実際安全なはずの王城で私達は襲撃事件にあったのだから、そういった警戒心が上がるのは仕方ないだろう。

 と、言う事でお兄様に贈った物程じゃないけど守護の付加を施してあるペンダントを身に着けている。

 初級魔法ぐらいしか防げないだろうけど、隙をつく事が目的だから問題ないはずだ。

 今回もこれで充分だろう。


「なら問題はないな。――行くぞ」


 武器を出したまま霧の中に消えていくシュティン先生の足取りに迷いはなく、続くトーネ先生も何の気負いも見えなかった。

 二人にとってこの程度の調査など緊張する程のモノではないという事なのだろう。


「相変わらず、駆けだし冒険者に無茶な事言うなぁ」

「今のオマエは「キース」じゃなくて「キースダーリエ」なんじゃねーの?」

「知っている人間しかいないし、どっちも私である事は事実だからね」


 肩を竦めると影から出て来たクロイツを肩に乗せ、私は刀を取り出し深呼吸を一つ。

 何とも頼りになる、けどスパルタな先生方に苦笑しながらも霧の中へと足を踏み入れるのだった。


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