第144話・波乱塗れの初クエスト(3)




 あっさり挑発に乗ったお仲間さんの一人が奇声を上げながら襲い掛かってくるのを私は何とも言えない気持ちで迎え撃つ事になった。


「(どーでもいいんですけど、この状況でも手助け一つするつもりがない先輩ってのもどうなんですかね?)」


 一撃を最小限の動作で避けると先程と同じように武器を破壊する。

 此処で切り捨ててもいいんだけど、此処って【ヒカリ草】の群生地なんだよねぇ。

 流血で穢された土地がそれ以前と同じように群生地として戻るにはどれだけの時間がかかる事やら。

 既に踏み荒らされていて今更な気もするんだけど、ね。

 タンネルブルクさん達は試練モードに入っているのか手助けをしてくれる様子は全くない。

 ルビーン達は……うん、この程度だと手を貸す程じゃないと判断して完全傍観モードだ。

 むしろ観戦モードと言っていいかもしれない。


「(『ビール』片手に『おつまみ』でも用意すればバッチリ観戦モードだよね、あれ)」


 見世物じゃありませんけど! と突っ込みを入れたい。

 言っても無駄だから言わないけどさ。

 と、云うよりも土地の事を考えて武器破壊に留めている私をどう思ったのか、山賊男と妄想女の目に明らかに宿る勝利への確信と私への侮りの方がうんざりするし問題だった。

 

「(あれ? 私、覚悟なんて決まってるって道中で言ってたと思うんだけど?)」


 聞こえなかったのか、子供の戯言だと思われたのか……前者な気がしなくもない。

 気配が会話が聞き取れる程近くになった事は無かったし。

 別に有象無象に侮られても何とも思わないけど。

 ん? むしろ侮りは隙になるから、むしろ歓迎します? って考えれな現状は問題ではないのかな?


「嬢ちゃん」


 さて、このまんま流血沙汰を避け切れるかなぁと思った時、タンネルブルクさんから声が掛かった。

 視線だけで先を促すと、何とも良い笑顔で「諦めろ」と言われた。


「この場合不可抗力だからな、諦めろ」


 私の心配している所に気づいていたらしい。

 そりゃそうか。

 私【ヒカリ草】から少しでも離れようと動いていたし。

 見れば分かるか。

 けどそれは私だけだったらしく、妄想女は何故かあさってな解釈の元、目を輝かせた。

 

「ようやく正気に戻って下さったんですね!」

「運ぶ手間が面倒だからな。思い切りやっていいぞ」

「流石高名な冒険者です。あんな小娘に惑わされたままでいる訳では無く、自力で正気に戻るなんて素晴らしいですわ」

「こういった場所の回復力は侮れないからな。そんな簡単にはくたばらねぇよ」


 なにこれカオス。


 タンネルブルクさんは妄想女完全無視で私に話しかけてきているし、妄想女はそれに気づかず自分の妄想を口にしているし。

 見ててコントかと思う程の一方通行具合なんですが。

 ルビーンとザフィーアが噴き出してるよ。

 もはや周囲気にせず大爆笑してるよ。

 当事者である私は笑えませんけどね!


 私はもう思い切り、それこそ肺全ての息を吐きだすかのようなため息をつく。

 妄想女が私のしている事に気づき嫌な視線を向けてくるぐらいには。

 それも次の瞬間には凍り付いたわけだけど。


「数少ない群生地を保護したいと思ったんですけどね」

「よそ見してんじゃねぇよ!」

「どっちが」


 襲ってきた男達の一人、武器を振り被る無防備な懐に入り込むと、私は喉元を一閃した。

 返り血を避けるために数歩下がった私の視界に入ったのは、後ろに倒れ込み命の灯火を消した男と、それを驚愕の表情で見る山賊男達、そして恐怖に凍り付いた表情でこちらを見ている妄想女の姿だった。

 敵さん達は私があっさり命を奪った、その事に誰もが驚いていた。

 全く以て私を侮り過ぎである。


「(別に命の取り合いをせずに済むならその方が良いに決まってる。けど、私から“私”を奪おうというならば私にとっては敵でしかない)」


 私は道を阻む敵を排除する事に戸惑いなんて感じる事はない。

 だって彼等はそうならない道も選べたのだから、余計にそう考える。


「(格下としか相対した事がなかったのか、彼等は命を奪われる覚悟すらしていない)」


 今までにだって誰かを生きたまま好事家に売り飛ばしたり、そういった行為をしてきたはずだ。

 ただ、もしかしたら彼等は直接的に誰かの命を奪った事はないのかもしれない。

 けど、それだって結果として誰かの人生を捻じ曲げて、奪ってきた事には変わりない。

 敵対している人間から何かを奪う事は当たり前の行為であり、奪われないために抗う。

 結果として敗者となり何かを奪われる覚悟、そうならないために奪う覚悟を決めないといけない。


「(それすらしていないのなら、冒険者なんて名乗るべきじゃない)」


 青ざめた、覚悟無き姿は彼等が真の意味で冒険者ではない事を示しているような気がした。

 冒険者とも呼べない男達を私は冷ややかに見つめる。


「次はどなたが来ます?」


 血を振り払い再び構えた私に男達が怯んだ。

 

「(敵討ちともならないなんて、なんて浅い仲間関係なんだろうか)」


 私を見る目に宿る恐怖。

 其処に一欠けらの怒りも見えないのが酷く虚しかった。


「まだ、やります?」

「ひ、ひぃぃぃ!!」

「じょ、冗談じゃねぇよ!」


 威圧を込めたつもりもないただの一言に山賊男の仲間達が逃げていく。

 残されたのは最後のプライドか、ボスらしき山賊男と明らかに戦えない妄想女だけだった。

 

「(まぁルビーン達に顔、覚えられてるし、末路は同じ気もするけど)」


 むしろ後始末に手間がかかると嘆くべきかもしれない。

 私は溜息をつくと山賊男に視線をやった。

 明らかに青ざめた顔の男と女には先程までの余裕はなく、ただ処理できない現実を飲み込もうとしているように見えた。


 取り敢えず、目の前にいる元凶をどうにかしよう。

 残りは後日炙り出すなり、なんなりすればいいだけだ。

 此処で逃がしても私の大切なモノに手を出す事は無いだろう。

 むしろ私に歯向かう気力すらないかもしれない。

 だったとしても今までやった事のツケを払ってもらう事になるだろうけど。


「後は貴方方だけですが……まだ、やります?」


 このまま降参して貰えば、まぁそれほど血が流れずに済むからと思ったから言った言葉だったんだけど、どうやら挑発と取られたらしい。

 恐怖から馬鹿にされた怒りに変化し燃え上がる眸に私は嘆息するのだった。


 山賊男が唸り声をあげて私と対峙する。

 此処で一言でも「敵討ち」という言葉を口にするならば、口にしないまでも態度をみせるならば私も此処までの空しさは覚えなかったと思う。

 けれど山賊男の対応は真逆で、倒れ伏した仲間の死体を邪魔なモノとし、私の行動を阻害する物体として使おうとしたのだ。

 それが必要な場面ではない、と私は強く思うし、流石の私も嫌悪が先立つ光景だった。

 死体を挟み此方に来る様子が無い山賊男に私は眉を顰めて嘆息するしかなかった。


 風の精霊は未だ私の近くに居て、私の意志をくみ取ってくれている。

 私は精霊に意志を伝えると高く、人一人を超える高さで跳躍するため、ぐっと屈む。

 瞬間私の見える景色が反転した。

 大の男一人を超える高さでの跳躍は場合によっては恐怖を呼ぶかもしれない。

 けれど精霊の助力を信じている私にとってこの高さなど恐れるモノではない。

 あっさりと男の背を取った私は目の前で腰が抜けている女に目を眇める。

 私を見て恐怖しか覚えていない女。

 その姿にふと「(あぁ彼女は箱入りなんだ)」と思った。

 錬金術ギルドだって荒事が全くない場所という訳じゃないだろう。

 少なくとも【採取】はそれなりの危険を伴うモノだし、錬金術師とて気性が穏やかな人ばかりではない。

 人の生き死にに聡いというならば、私を殺す事をほのめかした時にもっと違う感情を宿していたはずだ。

 人としての尊厳を奪う行為だと知りながらも、それに対して“笑っていた”彼女が人の生き死にに聡い訳がない。

 そして今、こうして私を見て異質なモノとして恐怖しか抱いていないというならば、彼女は“ただの箱入りだ”としか言いようがない。

 

「(貴族令嬢よりも箱入りだ、なんて笑える話だけどね)」


 此処まで妄想女を観察出来るだけの時間を与えても山賊男が現状を把握できていない事も含めてすべてが茶番だとしか思えなかった。

 茶番に巻き込まれた私は迷惑でしかないとも思ったけど。

 そんな嘆息が聞こえたのかいうやく状況を把握した山賊男の怒声が響いた。


「てめぇ! 余裕こいて後ろ見せてんじゃねぇよ!」


 後ろから武器を振り被る音が聞こえる。

 私は振り向きざまに刀を上段に構えると攻撃に備える。

 ガキンと言う音と共にそれなりの重量が腕に掛かった。

 

「(けど、それを真っ当に受ける必要もない)」


 まだ幼女の力では押し切られるだけだ。

 だから、私は刀身を滑らせて力を分散、相手の武器を受け流す。

 序でに振り払う事で相手の体勢を大幅に打ち崩しさえした。

 これで相手には大きな隙が生まれるはずだ。


「(タンネルブルクさん級の相手には効かないけど、この程度の輩なら簡単に体勢が崩れる)」


 受け流した刀の柄を反転させると露わになった刀身に光が反射して一瞬キラリと光り輝く。

 曇り一つ無き刀身に山賊男の表情が引き攣ったような気がした。


「(思った通り、初撃では絶対に相手を殺せないと理解出来れば『無意識』が出しゃばる事はない)」


 体が硬直する事は無く、私は私のまま思った通り動く事が出来る。

 一動作置くと言う切羽詰まった状況では確実に不利になる私の戦闘スタイル。

 けど「私」には絶対必要な一動作だと、私は確信した。


 目の前には中腰となった山賊男。

 私は私のまま、ヤケに視界がクリアだった。

 刀を振り上げるように一閃。

 私は真っ赤な鮮血越しに嗤っているルビーンと目が合った、そんな気がした。


「ぎゃぁぁ!!」

「きゃぁぁぁ!!!」


 片腕を切り飛ばされた山賊男と妄想女の悲鳴が森の中に響き渡る。……けど私は何を今更としか思わなかった。


「う、うでがぁぁぁ!!」

「腕だけで済んで良かったと思いますけどね――【我が魔力よ 水の力よ その姿を変異し敵を倒す力となれ! 我願うは氷の嘆き! 全てを凍り付くせ! ――Eis!】」


 水が氷と変異し切り飛ばした腕の切り口を凍り付かせる。

 凍傷の心配はあれど、まぁ血は止まったしこれで死にはしないだろう。

 ウルサイから全部凍らせたいけど、そうすると死ぬかもしれないし、これがギリギリのラインではないかと思った。


「ひ、ひぃ」


 凍った腕に悲鳴を上げて尻もちをつく山賊男に私は冷めた感情しか抱けない。

 自身が傷つく覚悟も無く冒険者となった男。

 こうはなりはしない、と思った。


「(なろうと思ってなれるような輩じゃないけど)」


 制圧するだけだというのに酷く疲れた気がする。

 背を向けて血ぶりし納刀すると私は深くため息をついた。

 捕縛は任せてもいいんだろうか?

 そんな事を考えながら振り向くとザフィーアとビルーケリッシュさんが山賊男を捕縛していた。

 男を見下ろす眸が冷たいビルーケリッシュさんはきっとまだ優しい方だ。

 だってザフィーアは一切男に関心がない。

 路傍の石ですらない、全く存在を認識していないのだ。

 そこにあるモノを縛ったという感覚しかないようだ。

 

「(元々、彼女は人に関心がないみたいだから)」


 そうなってしまうのも仕方ないのかもしれない。

 ザフィーアの姿は一歩間違えば私の行く先の姿のような気がしないでもないけど。


「(嫌悪じゃなく無関心が極まれば、ああなる。……流石にあそこまで行くと周囲との付き合いに問題がでそうだ)」


 社交辞令と表面上の付き合いをしないわけにはいかない私が行きついてはダメな姿、と考えておこう。

 もう何度目か分からない小さなため息をつくとタンネルブルクさんとルビーンの下へ行く。


「死体はどうしますか?」

「あー。この場合放置、でもいいんだが」

「折角の群生地ですし、通例なら道中遺体を見かけたら埋葬するんですよね?」

「余裕があれば、そうするのが普通だな」

「とは言え、森の中じゃ火葬と言うのも難しいですよね」

「確かにそれはあるな。このままだと魔物がよってきて結局荒らしちまうし。……埋葬するか」

「分かりました」


 淡々と遺体の処理を話していると、後ろの方から震えた声が聞こえて来た。


「(この場に置いてこんな声を出すのは……)」


 何となくメンドクサイ気持ちを持ちつつ振り返ると案の定、この主である妄想女が私を見て顔を歪め震える手で私を指さしていた。


「ば……ばけもの!!」

「はぃ?」


 行き成りの罵声に私は首を傾げる。

 別におかしな事はしていませんけど?


「なんで! なんでそんな普通なのよ!! アンタが殺したのよ!? 人殺しのアンタがどうして皆さんと一緒にしているのよ!」

「え? 馬鹿ですか、貴女」

「なんですって!? アンタが化け物で人殺しなのは本当の事でしょう! どうしてアンタみたいな化け物が図々しくそこにいるのよぉ!」

「えー」


 何言ってるんだろうか、この人。

 と言うか、本当にこの人、この世界で生きている人なんだろうか?

 こんなにも平等に生命に理不尽なこの世界で人を殺したことを理由に化け物と言われるとは思わなかった。

 別に私だってむやみやたらに人を殺して良いとは言っていない考えていない。

 けど、敵だったのだ。

 相手は捕まえる事が目的だったかもしれない。

 けど捕まった後の私の処遇は、末路は悲惨だったはずだ。

 人としての尊厳を奪われ愛玩動物として一生を過ごし、生死すら自分の意志には委ねられない。

 それは生きているとは言えない。

 私は私を守るために戦い、結果として相手から「命」を奪った。

 けど、それが戦うという事なんじゃないだろうか?


「(ルールの中で形式が存在する試合じゃあるまいし)」


 彼女の考え方が全く理解できなかった。

 此処まで違う価値観で生きている事を示されると説得するとかそういう次元じゃない気がする。


「人殺しと言われても……自分を棚に上げ過ぎでは?」

「はぁ!? 私は人なんて殺してないわ! あんたみたいな化け物と一緒にしないでよ!」

「……貴女は協力関係にあった、彼等が私をどうしようとしていたか知ってましたよね?」

「なによ! アンタが図々しくあの人達の傍にいるから悪いんじゃない! そいつ等がアンタに恨みがあって捕まえたいって言ったからちょっと情報を渡しただけよ!」

「捕まえた私を誰かに売り渡す、という事も知ってましたよね?」

「ふん! アンタにはお似合いの末路でしょう!」


 うわぁ、此処まで言っても分からないのか、この人。

 タンネルブルクさん達も呆れてますけど。

 ってか恐慌状態から抜け出した山賊男も信じられないという顔してますけど。


「好事家に売られた人間の末路、分かって言ってます?」

「え?」

「人としての尊厳を奪い、愛でるため、加虐心を満たすために、愛玩として飼う。最後、飽きれば殺してしまう可能性すら高い。……そんな所に送り込む行為も充分に人殺しと言えるのでは?」

「っ!」

 

 青ざめた顔にようやく気付いたのか、と言いたい。

 先を想像する事も出来ない。

 箱入りでもこれは酷いと思った。


「(うん。後ろ盾に貴族が居る可能性はないな。こんな夢見人を一時的にだろうと囲う貴族はいないだろうし)」


 自滅を待つまでも無かったかな?

 本当によく今までギルドの受付なんてやっていられたもんだ。

 もう言葉を交わすのも疲れると思っていると捕縛を終えたビルーケリッシュさんが私の所に来て妄想女を見据えた。

 どうやら腹に据えかねたらしい。


「随分おかしな事をいいますね? 第一俺達だって人を殺した事などありますが?」

「え?! そんな! 嘘ですよね?」

「どうして嘘などつかなければいけないのですか? 上位ランクの冒険者は一度は盗賊や山賊に対しての討伐依頼を受けています。むしろ其処で討伐依頼を受ける事が出来ない人は上位のランクに上がる事は出来ません」

「全員捕縛なんて出来る奴は早々いないしクエストは“討伐”だからなぁ。アンタの憧れる上位ランクの奴等ってのは等しく“人殺し”だぞ?」


 呆れるように言うビルーケリッシュさんの言葉もニッカリと笑って言うタンネルブルクさんの言葉も嘘ではないだろう。

 国から、ギルドから、貴族からの依頼はきっとそういった治安維持のための一種の汚れ仕事もあるのだろう。

 敵対した人を切り捨てる覚悟、それでも冒険者として生きていく覚悟。

 それがある人だけが上位ランクの冒険者となれる。


「(きっと、そういう事なんだろうなぁ)」


 ただ、此処で彼女に向かって言う事に意味があるとは思えないんだけど一体どういう事なんだろうか?


「(意外と怒ってる、とか?)」


 敵対者を切り捨てて人殺しだの化け物だのと罵る行為が彼等の琴線に触れたのかもしれない。

 言っても無駄だと思うけど。

 何も分かっていない彼女をもはや呆れた様子で見ていると、今だに私には敵愾心を抱いているのか妄想女が私を睨みつけてきた。


「(無駄に折れない心でうらやましいですねぇ。見習いたいとはこれっぽっちも思わないけど)――なんですか?」

「何でアンタは普通なのよ! 彼等がそうだとしても、アンタの歳で人を殺して平然としているなんておかしいに決まってるじゃない! アンタは化け物に決まってる! 化け物が人様の振りして彼等の傍にいないでよ! あの人達の隣は真っ当な人が相応しいんだから!」

「あー……此処まで話しが通じない人も凄いですね」


 しみじみ、思わずしみじみと言ってしまうと後ろから噴き出した音が聞こえて隣から深い嘆息が聞こえた。

 多分後ろはルビーンで隣はビルーケリッシュさんだろうけど。

 いやまぁ暴言を吐いてるなぁとも思うのですが、此処まで異次元の価値観を披露されると怒りも悲しみも抱かない訳で。

 殿下達に「化け物」と言われるならまだしも、こんなあさってな方向に突き抜けた「良い男を侍らす」事しか考えていない脳内お花畑で生きている妄想女の言葉にどう傷つけば良いと云うのか。

 笑えない一人芝居を見せられているようにしか感じません。


「冒険者として生きていくならばむしろ褒められた割り切り方だと思いますけど」

「人の死を全く悲しまないどころか苦しむ様子一つない化け物が彼等と同じ冒険者を名乗らないで!」

「うわぁ盛大な『ブーメラン発言』じゃないですか。貴女だって私が死ぬかもしれない事に対して欠片も悲しみませんでしたよね?」

「一緒にしないでよぉ! 化け物のアンタの死なんて誰も悲しまないだけでしょう!!」

「うーん。少なくとも私の死を悲しんでくれる人はいるんですがね」


 そろそろ会話自体疲れてきたのですが。

 というよりも何故私は律儀に話に付き合っているんでしょうかね?


「(彼女の罪は既に明確。共犯関係も認めていた。高位ランクであるタンネルブルクさん達も証言してくれるだろうし、最悪ルビーン達が証言してくれる)」


 山賊男の仲間を一人殺してしまった事は事実だけど、敵対していたのだから罪には問われない。

 一度信頼を落としている山賊男の言い分なんて誰もマトモに聞きはしない。

 妄想女の信頼度だってどれだけある事やら、というありさまだ。

 どう考えても私の方が有利だし、別に此処で彼女を言い負かす必要は無い。

 連行中騒がしいかもしれないけど、喋れないように布でも噛ませておけばいっか。


「(考えれば考える程相手にする必要性を感じないのですが)」


 私は何とも言えない顔で妄想女を見やる。

 敵愾心を抱きながらも私を見て演技ではなく震えている。

 それは本気で私を「化け物」と思っているのか、それとも人の命を奪った私を怖がっているのか。

 どっちしろ、その状態で良く人を罵れるモンだ、と逆に感心すらしてしまいそうだ。


「別に化け物だろうと何だろうと良いんですけどね」

「嬢ちゃん?」


 途端色々馬鹿らしくなってため息交じり答えた私にタンネルブルクさんが不思議そうな声を掛けてくる。

 けど妄想女は逆に鬼の首を取ったような表情だ。

 それすらもどうでも良い事だけど。


「ふん! ようやく認めたのね! ならさっさと消えなさいよ!」

「と、云いますか、考えてみればもう二度と会う事の無い貴女にどう思われていようと、どうでも良い事ですから」

「なんですって!?」

「貴女が其処にいる男達と共に私を好事家に売り飛ばそうとしたのは事実です。これはれっきとした犯罪ですし、元々貴女の脅迫染みたクエスト受諾への強要も問題ですから。それらの事を鑑みれば貴女が錬金術ギルドの受付に戻れる可能性は限りなく低いです。だからまぁ二度と会う事は無いですし、そんな人間にどう思われていようとさしたる問題はないので」

「何言ってるのよ! 私は犯罪者なんかじゃない!」


 威勢の割に声が震えていますけど?

 流石に自分の置かれた状況を把握しましたか……今更ですけどね。


「私は私ですし、こんな私でも良いと言ってくれる人はいるので。その人達に認められてさえいれば、有象無象に何を言われても何も感じません。私はそんな人間ですから」


 冷たいと言われても否定出来ない。

 人でなしとは自分でも思う。

 けど、それが私で、そんな私でも良いと言ってくれる家族も友人もいる。

 ついでにそんな私だからこそ、と言っている獣人達もいる。

 狭い世界だとしてもそれで良いんじゃないかと思うのだ。

 

「だから化け物だろうと何だろうと思う存分罵って下さって構いません。まぁ私はそんな貴女の声を聴く事は二度とないでしょうけど」


 ニッコリ笑い言い切った私に怯える山賊男。

 どうやら彼は喧嘩を売った相手が悪かったとようやく気付いたらしい。

 それも遅すぎる自覚だけど。

 むしろ此処までしても気づかず元気一杯私を罵る妄想女のおめでたさにこっちが笑ってしまいそうだ。

 そんな彼女に構ってやるつもりはもう無いけれど。


 私は喚き続ける女に背を向けると後処理するために遺体のある所へと歩き出すのだった。


「嬢ちゃん。やっぱり、ただ者じゃないなぁ」

「そうですか? ですがこれが私ですから」


 むしろ関わりたくないと思ったなら、此処でさよなら出来てその方が有難いんだけどなぁ。

 そんな事を思って見上げたんだけど、タンネルブルクさんはもうこれでもかって程の笑顔だった。

 見ただけで「あ、これやっぱダメか」と分かってしまう程に。


「むしろ楽しみが増えたぜ!」

「丁重にお断りしたいです」

「諦めろ。冒険者の好奇心を舐めちゃダメだぜ?」

「タンネルブルクさんの好奇心の間違いだと思います」


 私はどう足掻いても交流が途切れなさそうな現状に溜息をつくのだった。





 ちなみに妄想女ですが、結局連行中も元気に喚き続けるので、最終的には布をかまされて運ばれる事になりました。

 その道中ですら私を睨みつけるのですからどんだけ執念深いのかと。

 イケメンを侍らす事にそこまで執着していたんですかね?

 というよりも結局彼女は最後まで私が「見た目幼女」である事を失念していたし、最後まで彼等を「ロリコン」扱いしていた事に気づきませんでした。

 むしろ一言言えば良かったもしれませんね……「貴女はそんなに彼等を幼児趣味に仕立て上げたいんですか?」と。

 余計罵声が大きくなりそうだから言わなくても良かったのかもしれませんけど。


 悲しきかな、タンネルブルクさんとビルーケリッシュさんとの交流はこの後も途切れる事無く続く事となる。

 これはそんな彼等との出会いと師弟関係に至るまでの騒動の顛末である。

 ――ギルドへの登録の時ぐらい平穏が良かったと思った私は悪くないと思う。



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