第142話・波乱塗れの初クエスト




 あれからそれなりの大所帯で錬金術師ギルドに行ったはずの私達は、なーぜーか、現在森の中を歩いています。

 

「<何故に!?>」

「<オマエさー、意外とトラブルメーカーだよな>」

「<私は! 平穏に! 登録して帰りたかったんですけどね!>」


 クロイツと脳内で会話しつつ歩みとめる事も出来ず私達は目的の【採取】のために辺りを探っています。

 本当にどうしてこうなってしまったんでしょうかね?


「(というよりもタンネルブルクさん達のせいと言っても過言ではない気がするんですけどね)」


 錬金術ギルドは冒険者ギルドに比べて外装の装飾が多い気がした。

 と、いうよりも冒険者ギルドの外装は良く言えば機能重視といえるけれど、実際武骨で一切装飾が無い。

 外観に関してはそれぞれのギルドの特色が出来るという事かもしれない。

 錬金術ギルドは一般人の出入りも頻繁だし、錬金術師との仲介も仕事の内だからか受け入れの間口の広く出来るだけ威圧感を与えない造りのように感じる。

 逆に冒険者ギルドは特定の人間以外は排除する排他的な雰囲気が感じられるのだ。

 しかも出入りしているのが強面や全身を装備で固めているいかつい方々、となれば一般人が入るのを躊躇するのも仕方ないだろう。

 子供が遭遇すれば泣き出しそうだし、大人でも中に入るには相当の勇気と覚悟が必要そうだ。

 

 とまぁ然程拒否感を感じず錬金術ギルドに行き、錬金術師として登録した所まで問題はなかった。

 変化と言えば職業欄が魔術師じゃなく錬金術師になったぐらいだ。

 一応まだ見習いなんだけど、こっちは(仮)が付かなくて良かったなぁと心の中で思ったくらいで、本当に問題は無かった。

 本当にそのまま無事終わって「何事もありませんでした。だからここでお別れですね!」と笑顔でタンネルブルクさん達とお別れして意気揚々と家に帰るつもりでした。

 それが出来なかったのは錬金術ギルドの受付けさんがタンネルブルクさん達の事を知っていたからに他ならない。

 最初の印象通り二人は凄腕の冒険者らしく、しかも滅多に護衛なんてしない事でも有名らしい。

 そんな人達が私の付き添いとしてやってきた、となれば、ねぇ?


 厄介事がやってくるわけだよねぇ。


「<受付さんもどっちがなのかは知らないけど好きみたいだったし、そのせいで余計物事が面倒な方に向かったと思う>」

「<あー。どっち? ともいえねーんじゃねぇ? アイツ等ワンコ共にも色目使ってたし、ただの男好きじゃねーか?>」

「<……あーそっか。そういう事かぁ。外見だけならザフィーアもイケメンだしねぇ。気づかったから、あの視線だったのか>」


 つまり私を見て男を侍らしている「その位置代われ」的な敵意の視線だった訳かぁ。

 ……私の外見を見てから出直してきて下さい、と言ってもいいですかね?


「<四人揃って『ロリコン』扱いされたわけか。ご愁傷様です>」

「ぶはっ!?」


 クロイツが吹き出した事で四人の視線が私達、というかクロイツに集まる。

 

「(ってか肩で大笑いしないで欲しいんだけどなぁ。耳が近いから五月蠅いんだけど)」


 余程ツボに入ったのかクロイツが笑いを止める事はない。

 そろそろ肩から叩き落とそうかな?

 猫ならどれだけ高くても着地するだろうし。

 いや、此処まで爆笑しているとそれに気を取られて着地に失敗するかな?


「クロ、落ち着きなよ」

「どうなさったんですか?」


 クロイツの猫らしかぬ爆笑にビルーケリッシュさんが心配そうに声をかけて来た。

 此処で声をかけてくれる所、この人も結構お人よし属性なのかもしれない。

 ルビーン達なんて自分達が笑いの対象だと気付いているのか、中々微妙な顔でクロイツを見ているし。

 此処に部外者である冒険者コンビがいなければ、乱闘に突入していたんだろうなぁ、と思う。

 何でか知らないけどクロイツは自分からは喧嘩を売る事は無いけど、ルビーン達を結構煽るし、皮肉って倍で買う。

 クロイツVSルビーン・ザフィーアはここ最近よく見る光景だったりする。

 タンネルブルクさんは……然程気にしていないのか普通に笑ってこっちを見ている。


「(まぁそっちの対応の方が間違ってないんだけどね)あーいえ。ただ受付の人の対応に対して私が皆さんが幼女趣味だと思われていたわけか、と言ったら、まぁこうなった訳で」

「はい?」

「受付さんの対応が悪いのもココにいる原因の一つだったわけなんですが、じゃあ何で其処まで対応悪かったのか? となった時に、ただ単に私が気に食わなかったからだと思ったんです」

「まぁそんな所だろうな」

「ですよね。じゃあ何で初対面であそこまで嫌われたのか、となると、まぁ貴方方と一緒にいたからだろうなぁと」

「……つまり俺達が貴方に侍っていると彼女は考えた、と?」

「まぁ。顔が良い男達になびかれているように見えたのではないかと? ただまぁ、私の年齢を考えれば、そんな思惑があれば「幼女趣味まっしぐら」な訳ですが」

「それでオレ達が幼女趣味って思われてるって訳か」


 結論に達したタンネルブルクさんが笑い飛ばす様子を見てビルーケリッシュさんは大きなため息をついた。


「笑えませんよ。俺達が彼女によからぬ愛情を抱いていると判断されたという事ですよ?」

「そんな事考えてるのはあの女くらいのモンだから問題ねぇって。大方、嬢ちゃんの立ち位置が羨ましく思ったって所だろう? そんなの普通は思わないから気にする事はねぇよ!」

「私としては今後付き合いが出来るかもしれない受付があれでは先が思いやられるわけですが」

「それには俺も同意しますよ。あれでは本当に受け付けとしての業務を全うできるのかどうか疑問ですからね」


 能天気ともとれるタンネルブルクさんの発言に私とビルーケリッシュさんの溜息が重なる。

 彼女に関して言えば冒険者であるタンネルブルクさん達は兎も角、私が今後一番関わるであろうギルドの受付なんですけどね。

 厄介事は勘弁してほしいです。


「今回だけの付き合いである方々の事で今後に響くのは勘弁してほしいです」

「それはどうだろうな? 今回はオレ達が居たからあからさまだっただけで、その内同じ対応になってたと思うけどな」

「そんな事ないと思いますけど」

「いんや。嬢ちゃんはこの辺ではあんまり見かけないぐらい顔が整ってるからな。あの手のタイプは自分よりも何かが際立っている相手をなんとか蹴落として優位に立とうとする傾向にある。つまり、錬金術師としての才能もありと判断され、結構将来有望な嬢ちゃんは何としても貶めたい相手って訳だ」

「そうなると、最初こそは大人しくしていても早々に本性をさらけ出して威嚇してくる、という訳ですか」

「そいつ等が今後も付き添うなら余計、な」


 ルビーン達が私に付き添うのは今後も充分にあり得る。

 と、なるとルビーン達に色目を使っていた受付が私を目の仇するのも時間の問題って訳かぁ。

 

「(メンドクサ)――あれでギルドの評価が落ちないんですかね?」

「案外コネで受付やってるんじゃないか?」

「有り得そうで微妙な気分になりますね」


 一般市民の出入りが普通にある錬金術ギルドであれは致命的な気がしないでもないんですけどね。

 

「腰掛け気分での受付業務って事かぁ」

「ぶはっ!? 嬢ちゃん、本当に面白いな!」

「え? そんな変な事言いました?」

「貴女の年齢で「腰掛け」なんて言葉は普通出てこないと思いますよ」

「あぁ成程」


 耳年増な子供と思っても、流石に歳が若すぎるか。

 語彙力に関しては『前の知識』があるからなぁ。

 貴族って事は関係無くそこいらの子供よりは豊富だと思う。

 貴族の御子息、御令嬢が一生聞かないような言葉も知っているしね。


「錬金術ギルドに居れば将来自分を遊ばせてくれる男性に会える……んですかね?」

「さぁ俺には分かりませんが」

「あぁいった所ハ、それなりに裕福な人間が行くからナ。貴族程じゃねぇガ、それなりニ、遊んで暮らせる男ならいるんじゃねぇノ?」

「別に内心何を思っていたとしても、職務中繕う事ぐらいはして欲しいですね。一応ギルドの看板を背負っている訳ですし」


 冒険者ギルドのお兄さんは優男風だったけれど、職務には誇りを持っているようだった。

 荒くれ者の多い冒険者ギルドの受付としては優しすぎる善人っぽかったけれど。

 お兄さんが普通だと思っていたからこそ受付のお姉さんには違和感を感じざるを得ない。


「(今後長い付き合いになるであろうギルドの方の受付がアレじゃあなぁ)」


 他にも受付さんは居たからそっちを使いたいものだ。

 ルビーン達をロックオンした、嫌な意味で目を付けられた私が今後アレと関わらずに済むか、と言われると「無理なんだろなぁ」となるんだけどね。

 

「まぁ庇い立て出来ない程の失態を犯せば変わるでしょうし、それまでの辛抱でしょうから、良いんですけどね」

「失態を犯さない、と思わないんですね」

「犯すでしょう? それに、私に無理難題を押し付けたのだって、本来ならば職務違反でしょうし、越権行為でしょうから」


 今回私が押し付けられた無理難題……それは【ヒカリ草】を取ってくる事だった。

 【ヒカリ草】とは文字通り【光属性】を帯びた草で、暗がりでも淡く光る、錬金術の材料としては割とポピュラーな草だ。

 細かい成分は省くとしても、一応城近郊の森でも採取できる、比較的難易度の低い草ではある。

 ただし、生息地は結構限定されていて「木漏れ日、しかも湿度もそれなりにある場所」という、森の入口にありました、とはいかない代物でもある。

 『カード』に錬金術ギルドの人間としての登録をしたばかり、見習い処か、今の私は「錬金術の才能を持った一般人」でしかない。

 そんなヒヨコどころかようやく卵になった存在が熟せるレベルのクエストではないのだ。

 【採取】だから冒険者的には初心者用のクエストって扱いになるかもしれないけどね。


「受付の人間が登録しただけの子供に依頼を押し付けた時点で受付さんの非は免れません。“受けなければ、登録を取り消す”なんて脅迫じみた事まで言ってしまえば余計に、です。あの場には私達の他にも依頼を出しに来たのか、依頼を受けに来たのか、職員以外の人間がいました。――証言を取るには充分です」


 幾ら受付さんのコネが強力で職員達が黙らざるを得なかったとしても、外部の人間は口を噤む理由が無い。

 言われている相手、つまり私が幼い子供である事も此方に有利に働くだろう。

 このまま何事も無くクエストを終了させたとしても、受付さんを引きずり落とすネタが無い訳じゃないのだ。

 ただまぁ直接的に害された訳じゃないから、無理に追い落とす程の関心がない訳で。

 その内自滅するだろうから放置してもいいかなぁ、と思わなくもない。


「彼はあの程度の色目に騙される程頭が弱い訳でも無いですし、自滅するのを待っても然程害はないでしょうから。ただ鬱陶しいだけで」

「まぁあの手の奴はなぁ。何だかんだで出来る事なんぞ限られるだろうからな。妙な奴等と出くわさない限り無視しても問題ないとはオレも思ったな」

「ですよね」


 緊急を要してどうにかしないといけない程の相手じゃないと思う。……あの山賊男よりも優先度は低い、だろう。

 こんな事を考えているとバレてしまえば、怒り狂って何をしでかすか分からないでしょうけどね。

 

「(実は貴族の庶子で何かしらの権力を持つかとか、だれそれの愛人って事でもない限りは身の危険は無いと思うんだよねぇ)」


 受付に行くたびに嫌味言われたり睨まれたりするだけで。


「(それはそれで面倒としか言いようが無いけど)」


 取り敢えず話題が一段落すると再び誰も話さず【ヒカリ草】の捜索に集中する事になった。

 受付さんに対して時間つぶしにしかならない話題が途切れた、とそんな事を考えた時、叢から物音が響き渡る。


「魔物も空気読むんだなぁ」


 呆れているのか感心しているのか分からない事を呟きながらタンネルブルクさんとビルーケリッシュさんが武器を構えるのを横目に私も刀を影から取り出し構えた。

 隙無く臨戦態勢の私達の前に現れたのはファンタジーでは定番のスライムだった。


「<スライム が あらわれた>」

「<って、ちょっと、クロイツ! 思い出して吹き出すからやめてくれない!?>」

「<知ってんのかよ。オマエ年齢幾つだったんだよ>」

「<人の事言えないでしょう!?>」


 クロイツと脳内で賑やかに会話しつつ、一応警戒は解いていない。

 ただ集中しているか、と言われれば微妙だけど。


 『ゲーム』においてスライムはレベルが一でも倒せる雑魚扱いだった。

 『物語』によって強さの異なるモンスターではあったけど、この世界では初心者でも倒せる魔物扱いとみて良い。

 実際目の前に現れたけど、此方を攻撃してくる様子はない。

 

 私は抜刀すると刀身を返し構える。

 咄嗟の事ではなく、余裕があるなら、主導権は「私」にあるから問題はない。

 冒険者二人の視線が刀にいっているが、この場においては関係ない。

 ただ目の前の魔物を倒す事だけに集中すれば良い。


「(狙うは中央の核)――はっ!」


 一振りで一匹を一刀両断し返す刀でもう一匹も切り捨てる。

 何方も狙い通り中央から真っ二つにする事が出来た。

 あっさり倒されたスライムは割れた核を残して溶け消えていった。


「……核には触れても問題ないんですよね?」

「問題ないゾ?」

「では。……スライムの核だからでしょうか? 何やら弾力性がありますね」

「大きさや形は魔物によって違うからナ。種族の特徴を表している奴もいル」

「成程」


 錬金術の材料になりますし【収納】しておきますか。

 どうせタンネルブルクさん達は要らないだろうし。


「(一応聞いておいた方がいいのかな?)」


 一応という事で振り返ると二人は私の刀をガン見していた。

 眼力の強さに微妙に腰が引けるのですが?


「何ですか?」

「それ、なんてぇか、妙なカタナだな」

「あぁ。これの事ですか?」


 本来ついているのとは逆に刃がつけられた刀。

 確かに、見慣れないし、冒険者としては非効率的だと思うかもしれない。

 これは私の覚悟であるから変える必要性を全く感じてない訳だけど。


「魔物に怯まず冷静に倒している所は初心者っぽくなかったが、そのカタナ。使いずらいのを分かって使ってるのか?」

「冒険者となればスライムのような形状のモノだけではなく、血を流す動物などの形状のモノも現れます。それでも貴女は自分が冷静に対処する事が出来ると思いますか?」

「出来ると思いますよ?」


 私は警戒を怠らないまま納刀し笑う。

   

「アサシンに比べればここら辺の魔物など過剰に怖がる相手ではないでしょう?」


 どうやら私の言った言葉は相当の衝撃だったらしい。

 タンネルブルクさんが笑わず固まる程だもんね。

 でも事実なんですよ。

 私の実践デビューは襲撃者達です。

 魔物ですらありません。


「(……って空っとぼけてるけど貴方達ですからね、ルビーン、ザフィーア!)」


 考えてみれば実践デビュー戦が強烈ですよね、不可抗力ですが。


「アサシン、ですか」

「そりゃそこいらと比べたらここら辺の魔物なんて怖くはないと思うが。嬢ちゃんは本当にアンバランスだな」

「まぁ色々外見詐欺と思われている事は事実ですね」


 まず外見年齢と中身の年齢が合致していない上『前の記憶』と今の記憶が混ぜ合わさったせいか常識がずれる事もままあるし。

 そういったある種「普通」じゃない事が積み重なったせいか「私」は矛盾だらけの存在だ。

 だからまぁ、そういった噛み合わない気持ち悪さを感じて私を嫌悪する人間はいると思う。

 そういった人間に対しては「出逢ってしまってご愁傷様」としか思わないけどね。


「(私のせいじゃないし、私が私らしく生きていく時点でどうしようもない事だしね)」


 むしろ「転生」した人間は皆、私と同じ矛盾を内に抱えて混んでいてズレがあると思う。

 クロイツみたいに魔獣となってしまえばまた別物なんだろうけど。

 感心しているタンネルブルクさんはともかくビルーケリッシュさんは何やら思案しているようだった。


「その歳で暗殺者に遭遇している、ですか」

「(おおっと。少しウッカリしたかな?)」


 どうもこのビルーケリッシュさん、貴族っぽいんだよなぁ。

 立ち振る舞いが平民じゃない、というか凄く見慣れたモノなのだ。

 言葉遣いは変えられるけど立ち振る舞いは産まれた環境に意外と左右される。

 周囲を見て覚えるモノだからか、貴族として育てられた子供と平民として育てられた子供の所作は明らかに違う。

 私は平民に関しては然程付き合いがある訳じゃないけど、貴族として生きているから貴族の立ち振る舞いは知っている。

 ビルーケリッシュさんはそうやって今までみて来た貴族の所作と同様のモノを感じるのだ。


「(没落貴族か、貴族の庶子が教育されたのか)」


 ただタンネルブルクさんは護衛という訳じゃなく、二人はお互いを尊重しているようにも見受けられる。

 護衛と護衛対象と言った感じではない。

 ギルドでもコンビ扱いだったし、今は貴族とは縁を切っているのかもしれない。


「(貴族だから取り入る、って雰囲気じゃないし、いいって言えばいいんだけどね)」


 何方かと言えば面倒を避けて貴族と関わりたくはない、と言った感じだ。


「(此処でその考えに共感しちゃダメなんだろうなぁ。私は貴族なんだから)」


 『わたし』は何処までもいっても庶民だからなぁ。

 その部分が「凄く分かる!」と叫んでいる、気がした。


「覚悟が無い訳じゃないって事か? じゃあ嬢ちゃんは……キースならどうするんだ? もし自分の道を阻む誰かが居たら?」

「道を阻む者が居るのならば、排除するまでです。たとえ、それがこの手を血に染めようとも」


 前に似たような事言った気がするなぁ。

 けれど何度聞かれても私の答えは変わらない。

 私は私であるために、道を阻む者があれども、それを切り捨てて先を進む。

 死ぬその時まで「私」であるために。


 私は何処までも不敵に、そして傲慢に笑む。

 冒険者見習いのキースだろうと貴族令嬢のキースダーリエだろうと根幹は変わらない。

 

「タンネルブルクさん、ビルーケリッシュさん。私は覚悟しています。最期の時まで「私」を貫く覚悟を、です。だって……――」


 胸を張り笑みを深める。

 

「――……私の人生は私だけのモノなのですから」


 妥協する事が無い訳じゃない。

 大切な誰かのために私は道を諦めるかもしれない。

 けれど、最期の時に後悔の無いように生きていきたい、という意志は決して変わる事は無い。

 大切な人達と笑って生きていくことが私にとっての「自由」な生き方なんだから。――きっと『わたし』は出来なかったはずだからこそ、そうやって生きていきたい。


「(とんだ我が儘娘だ。傲慢としか言いようがない。けど私の素直な心でもある)」


 私の我が儘を知って、それでも隣で笑ってくれるリアがいる。

 私の傲慢極まりない言葉を聞いて「私らしい」と言ってくれる家族がいる。

 私だから『同胞』だと言ってくれたクロイツがいる。

 だから私は私のまま歩む事を止める事は無い。

 何があっても“味方”で居てくれる存在がいるのだから。

 

「(たとえ、それ以外の人達が私の事を生意気だと傲慢だと非難しようとも私には関係無い。だって私にとっては他人の言葉でしかないのだから)」


 ここでお二人に拒絶されようとも何とも思わない。

 ルビーン達に何を言われようとも有益ではない限り聞き入れる気も無い。……まぁルビーン達は私の「傲慢なまでの強さ」に惹かれたらしいから、何かを言う事もないだろうけど。


「これではお答えには不十分でしょうか?」

「いや……いや、うん」


 タンネルブルクさんは苦笑しているし、ビルーケリッシュさんは唖然としている。

 まさか冒険者見習いの小娘である私がこんな事を言いだすとは思わなかったのだろう。

 まぁ駆け出しの冒険者などまだまだ夢を見ている状態と言える。

 自分達のしている事が命がけの現実であると知ってはいても実感はしていないのが普通なんだと思う。

 現実を直視し、飲み込み昇華できた者だけが冒険者として生きていく事が出来る。

 そういったシビアな世界なんだと思う。

 冒険者としての先達が初心者についていくのは現実を直視するまも無く命を落とす事を防ぐためかな?


「(冒険者に割り振られた役割も結構あるだろうしね)」


 治安維持を憲兵だけに任せるのは難しい。

 荒くれ者の巣窟とは言え、一応登録し規則を守る存在である冒険者はある側面ではそういった、憲兵では立ち入る事が出来ない場所に入り秩序を正す事もしているはずだ。

 だからこそ国も冒険者として登録された者達を守るし、先達達は駆けだし、見習いの冒険者を守る。

 そこに宿るのが微笑ましさなのか、確固たる信念かは人それぞれなんだろうけどね。


 タンネルブルクさん達は意図せず先輩としてクエストに付き添う事になった。

 だからか、事あるごとに私を見極めようとしている。


「(もしかしたら最初に冒険者ギルドに入った時から、だったのかもしれない)」


 そう思うのは流石に自意識過剰なんだろうか?

 少なくとも現在、色々試そうとしているのは事実なんだろうけど。


「心構えと覚悟だけならそこらへんの冒険者よりも固まっている、とは思うんだがな」

「口だけなのでは? と言いたい所なのですが、とてもそうは思えませんね」

「おう。どうも俺等が先輩として、してやれる事はなさそうだな。――全く、末恐ろしい後輩が出来たもんだ」

「お褒めの言葉として受け取っておきますわ」


 どうやら少しばかりだけど意趣返しは成功したらしい。

 振り回されていたのでスッキリしました……少しだけだけどね。


「末恐ろしいが、面白いなぁ、とも思うんだよな。なぁ嬢ちゃん」

「何ですか?」


 折角、少しとは言えスッキリしたというのに、タンネルブルクさんの笑顔に嫌な予感がするのですが。


「精神的なモンは必要無いだろうが、指導は別の話だからな」

「はぁ。まぁ確かに駆け出しの頃は誰かに師事を受ける必要があるとは思っていま、す、が……やはり自分の戦闘スタイルがありますので吟味して師を選びたいモノですよね!」

「そうだよな? 所で此処にここら辺ではそれなりに名前が通ってる冒険者が二人いる訳なんだが?」

「有名な方はやはり、将来有望な方をご指導なさるべきですよね! どこぞの錬金術師になる事優先で冒険者は後回しの人間なんか眼中にないですよね!」


 クロイツとルビーンが笑ってるのは知っているけど、ほっといてくださいな!

 私の師はシュティン先生とトーネ先生だけです!

 え? 彼等はキースダーリエの先生だから違うと?

 違いませんけど!? キースと名乗ってようがキースダーリエである事には違いありませんから!

 

「(優秀なのは分かりますけど、関わると絶対面倒そうなんですよ、この人達!)」


 私はこの人達に自身の本来の身分を明かすは更々ない。

 冒険者だから、ではなく、腹に一物がありそうだから深くかかわりたくは無いのだ。

 時々顔を合わせて「最近どう?」と話す程度の距離感が良いんですが。

 そんながっつり関わりが出来るポジションはごめんです!

 

「将来有望そうな奴の指導をすればいいんだろ?」

「おやぁ、将来有望そうな新人をもう見つけたんですね? それは良かったです。ならばさっさとクエストを終わらせて、その方の元へ向かわなければいけませんよね?! ささ! 先に進みましょうか!」

「おー? そんなに焦らなくても良いんだぞ? そもそも俺等が「コイツの先輩だ」と言っちまえば、それでおしまいだからな。別に錬金術師と違って言ったもんがちなもんだしな」

「それはちょっと緩すぎませんかね、冒険者の師弟関係?!」


 あんまりないいように思わず突っ込んでしまう。

 もはやクロイツとルビーンは爆笑しているけど、仕方ないでしょう?

 反応しないのが一番良いとは言え、流石に突っ込みどころが多すぎるんですよね。


「打てば響く反応もオレ好みだしな!」

「ですから色々残念過ぎませんかね! 師弟関係を決める理由が!」


 無視するのが、無関心を装うのが一番良いのは分かっていますが、この場合無視したら、次会った時には私が弟子であると広まっている気がするのですが。

 そんな未来断固阻止です。


「新人には決定権は無いから、まぁ諦めろや」

「なんて理不尽!? 売れっ子の冒険者さんが一か所に留まるのはどうかと思いますよ? 半端者になんて関わっていないで他に流れてはいかがでしょうか?」

「根無し草の冒険者だからこそ好奇心のままに動けるってもんだろう? この地は治安も悪くないし、資源も豊富だ。冒険者にとっちゃ拠点にするのに悪くない場所だしな」

「(それは嬉しい言葉なんですけどね!)半端者に関わり時間を消費する事はないのではないかと思いますよ? 冒険者ですから常時連絡を取り合える訳でもありませんしね!」

「あ、オレ等は基本ギルド周辺の宿にいるし、ギルドによくいるからな。別に探す手間はかかわらないと思うぞ?」

「そんな事聞いておりませんけど!?」


 この人本当に考え曲げませんね!

 どうしてこうなるんですかね?

 私この人と今後関係を深めるつもり更々ないんですけど!


 タンネルブルクさんと喧々諤々と言い合いをしていた私は知らない。

 後ろでビルーケリッシュさんが深い深いため息をつき爆笑していたクロイツの笑いが何時の間にか苦笑に変わっていた事に。


「キースさんの反応は彼の好みなんですよね。元々頭の良い人を好む傾向にありますし……これは諦めるように言うべきかもしれません」

「(諫めて止める訳じゃない所、コイツも同類な気がしないでもないんだけどなー?)」


 ビルーケリッシュさん、お願いですから止めて下さい。

 そしてクロイツ、アンタも傍観してないで止めてよ!

 

 結局、私とタンネルブルクさんとの掛け合いは目的の採取地を見つけるまで続いたのである。

 結論? ――意志を曲げない人ってほんとーに厄介だよね! って話です。

 これで察してください。



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