第141話・冒険者ギルド(3)




 意気揚々? と冒険者ギルドを出た私は次なる目的地である錬金術ギルドに向かって……は、いるんだけどね?


「<何事も無く終えたいんだけどなぁ>」

「<無駄にきょーみを引いたのが運の尽きって奴じゃねーの?>」

「<ウルサイ、クロイツ>」


 分かっていても自業自得と言われるとムカッとするモノである。

 わざわざ影から出てきて笑うクロイツの頭を少し乱暴に撫ぜてやると私は盛大な溜息を付いた。

 私達の直ぐ後にルビーン達が出て来たのは分かるし、一緒に行動するのも護衛を兼任している以上間違った行動じゃない。

 だから二人に関しては特に文句があるわけじゃないのだ。

 問題は、そんな二人よりも後に出て来た例の二人組さんである。

 私がギルドを出る直前までは職員さんと何やら話していたように見えた。

 更に言えば紅髪の冒険者さんの疑問にも素直に答えたはずだ。

 だと言うのに、なーぜーか、二人組さんは私達の後ろを一定の距離でついてきているのだ。


「(別に自意識過剰になってる訳じゃないし? 速度を上げても落としても一定の距離でついてくるって、明らかに私達、この場合私を追っかけてきているって事だよね?)」


 ストーカーを確かめる方法みたくなっているけれど、仕方ない。

 この状況は世界が世界ならば不審者に付けられているという事で交番に駆け込む事案です。

 憲兵さんの所へ駆け込むべきか?

 こんな状態でルビーン達と合流するのも微妙だし、二人も分かっているのか私に接触してこない。

 結果私は四人の人間に後を付けられている訳だけど。


「(善意の第三者に通報されそうな光景なんだろうなぁ、きっと)」


 『電話』のように一発で通報出来る道具がこの世界にあれば、だけど。

 はっきり言って精神衛生上大変およろしくない。

 ルビーン達との関係を明らかにするメリットは然程ないけれど、精神衛生上を考えるならバラシタ方が良いはずだ。

 と、一応納得できる理由に思い立った私は少しばかり大通りを外れた後足を止めた。

 ここら辺ならばまだ其処まで治安も悪く無いだろう。

 少しだけお話合いをした後に離れるならば問題はないはずだ。


「……それで? 何か御用ですか?」


 一度大きくため息をついた私は呆れた表情を隠さず振り返るとルビーン……の後ろを歩いている冒険者二人組に声をかけた。

 私の意図に気づいたルビーン達は無言で私の後ろに付く。

 彼等の自然な行動に二人組さん達は少しばかり驚いているようだったけれど、それも一瞬の事だった。

 今は何事も無かったかのように笑い、呆れ、さっき見た「普通」の状態になっている。

 動揺していてもそれを露わにはしてくれないだろう。

 今後彼等と交渉する事がない事を願うばかりだ。


「偶然……って言ってもいいんだけどな?」

「御冗談を。一定の距離を保ち、何もない道の外れ、そこまで同じ方向に歩いてきたというのに。それともこの先に御用がおありですか? ならば私達は目的は果たしたので失礼させて頂きますけれど?」

「そりゃあそうなるか。ま。いう気も無かったんだけどな」

「正直な事で。それで御用は何でしょうか?」

「そいつ等はいいのか?」


 視線で指し示す先はルビーン達だ。

 その言葉の指し示すのは「自分達と同じく後を付けて来たんじゃないか?」という事と「信用しても良いのか?」あたりかな?

 ルビーン達が「何者」であるかを知っている可能性は……あるかもしれない。


「(ルビーン達は積極的に隠していなかったようだし、知っている可能性はあるかもしれない。けど……簡単に知られるのはそれはそれで、とか考えていそうだけど)」


 後者の事で聞いてきているならば、少々厄介かもしれない。

 とは言え、二人に「主として扱うな」と言っても聞かないだろう。

 【命令】ならば言い聞かせる事は出来るけど、それこそ私が普通じゃない、と公言するようなものだ。

 

「(元々普通じゃないのはバレバレ、だろうしね)」


 私が「キースダーリエ」である事を今知られなければ問題無い。

 冒険者なんて流れるモノなのだから一時しのぎの対処でも然程困る事はないだろう。


「私の不利になる事を触れ回る事は無い、程度には信用していますから」

「……ソイツ等が何者か知っても、ですか?」

「(はい、そっちも確定ですか)」


 これだから快楽主義は。

 思わずルビーン達を睨みつけようかと思ったけど、まぁ意味はないと分かっているからやらない。

 代わりに盛大にため息はつくけれど。


「知っている奴を全部消すカ?」

「物騒は当分無しで。バレてもバレなくても良いと思っていた結果でしょうけど、厄介事を持ち込まないで欲しいわ」

「見えなけれバ、無かった事になると思わネェ?」

「思いません。――貴方方が何を知っているかは存知あげませんが、多分貴方方よりは「知っている」と思いますよ?」


 言葉遊びをしている暇なんて無いと、ルビーンの言葉を切り捨て向き直る。

 紅髪の冒険者さんは私達の会話に笑いを殺しきれていないのか笑い声が漏れ出ている。

 青髪の冒険者さんは冷静な、それこそ私の本心を探るような目で見てきている。

 対照的な二人組に私は「(これはこれでバランスが取れているのかもなぁ)」なんてどうでも良い事を考えたりしていた。

 

「仲間、というには貴女は普通のようですが」

「大丈夫じゃないか? 前見かけた時と全く違うしな。少なくとも嬢ちゃんが手綱を取っている間は大人しいだろうよ」

「……そうですね。俺達が気にする事はありませんね。関係の無い話ですし」


 あら、青髪さんに切り捨てられましたか。

 正義感で動いている訳では無いと分かりやすく示してもらったから良いんですけどね。

 ただそうなると此処まで追いかけて来た理由が読みづらいわけなんですが。


「悪いな。聞きたいのは追いかけた理由、だったな」

「追いかけて来た、と認めるんですね」

「まぁ事実だしな。んで理由なんだが、先輩としてちょっと話があってな」

「先輩として、ですか」


 誰彼構わず先輩風を吹かせるタイプには見えませんでしたけど、違ったかな?

 相当変な顔をしていたらしく、紅髪の冒険者さんが苦笑していた、気がする。

 直ぐに隠したから気のせいかもしれないけれど。

 

「確かに、嬢ちゃんの考えている事は合ってると思うぞ? 誰彼構わずお話合いをする程暇じゃない。だからまぁ今回の方が例外だな」

「例外を作る程、私に言いたい事があったという事ですか?」

「気に入られたとは思わないんだな?」

「先程の初対面時の対応を見て、そんな事考えるとでも?」


 最初の頃から何かを見極めるために騒動を放置していた。

 山賊男に関して言えば最後まで彼等は傍観者だった。

 あの時私が相手を圧倒した。

 けれど逆だったとしても二人は私を助けなかっただろう。……二人の中で私と山賊男の騒動は関わるべき事と認識していなかったから。

 冒険者ギルドでは頻繁に行われる出来事の一つでしかなかったのだろう。

 その程度の関わりで情が沸くはずもない。

 だから二人が私を気に入ったなんて考える余地も無かった。

 

「やっぱりな。……嬢ちゃんは年の割に冷静で頭が回るようだな。今後も驕らずにいれば何時か一角の冒険者になれると思うぜ」

「お褒め頂き有難うございます」

「そーなると、だ。少しばかり気になるもんだからな。先輩として言っておこうかと思ってな」


 回りくどいなぁ。

 彼は一体何を言いたいだろうか?

 出る杭を打つタイプには見えない。

 むしろ気に入った人間以外はどうでもよいタイプだろうに。

 だと言うのに気に入った訳でもない私に対して何かを言いに来た、と。

 

「(面倒事のフラグじゃなければ何でも良いんだけどね)」


 さっさと本題に入ってくれないかなぁと思いつつ先を待つと紅髪の冒険者さんは今度こそ苦笑を隠さなかった。


「本題に入るからあんまりうんざりするな。本題は、だ。――どうして最後まできっちり始末しなかったんだ? その甘さじゃ今度思わぬ穴に落ちる事になるぜ? って話だ」

「後始末は職員さんにお任せいたしましたけど?」

「分かって言うなよ。オレが言っているのは、脅しつけるにしても戦意を根こそぎ奪うにしても、出来る事はあるし、それを思いつかない程バカじゃないのに何でしなかったんだ? って話だ」


 随分高く見積もられたモノだ。

 確かに、あの場に置いて私は後始末とも言える部分全てを職員のお兄さんにお任せした。

 後顧の憂いを無くすならば、あの場に私も残り、歯向かう気力がない程心を折るか、物理的に何処かの箇所を潰す必要があった、のかもしれない。

 私自身が出来ずともルビーン達に頼めば秘密裡にきっちり仕事は熟してくれただろう。

 その事に思い当たらなかったわけじゃない。

 ただ、それでも私は全てをお兄さんに任せる形で冒険者ギルドを出て来たのだ。

 二人組さんにとってはそれが異質に見えたようだ。


「あの手の輩はシツコイ。流血沙汰にしない理由は聞いたが、まさか後始末全てを任せてギルドを出るとは思わなかったぜ。自分の身を護るためにしなきゃならない事ぐらいは判断出来ると思ってたからな」

「冷静であり、周囲を見る余裕もあった貴女なら、その事に思いあたらない訳もないと思います」

「だけどまぁ、年齢を考えれば思い当たらなかったという可能性も無い訳じゃないからな。思い当たって無ければ指摘するために、思い当たっていれば、ちょっとばかし世間様を甘くみているんじゃないか? と説教するために、な」

「それが本題、という事ですか」

「おう。と、その様子じゃ思い当たっていたみたいだな。……なら仕方ねぇ、言わせてもらうか」


 紅髪の冒険者さんの少しばかり威圧の籠った眼差しが私を射抜く。

 物好きな、と思っていた私はまさか其処まで真剣な対応に出るとは思わず少し戸惑ってしまう。

 受付のお兄さんといい、目の前の冒険者達といい、外見幼女と言うのは、そこまで頼りなく、そして庇護欲を誘うモノなのだろうか?

 ある意味で子供らしくない事が普通だった貴族社会とは全く違う対応に困惑するしかない。


「あの手の輩のしつこさを甘く見過ぎだ。アイツ等は必ず嬢ちゃんを逆恨みして何かしらの報復行動に出るぞ? その場合嬢ちゃんの身だけじゃなく嬢ちゃんの大切な人間にも被害が出る。今後冒険者としてやっていきたいのなら、血を流す覚悟を決めるべきだ。中途半端なままでいって、耐えられない何かに見舞われてから後悔してたんじゃ遅いんだからな」

「あの場に居たくはない理由があったとしても、自分の感情を制御できなければ冒険者としてやっていく事は難しいと思いますよ。冒険者として登録した時点で貴女はもう「子供」として見られる事はないのですから」


 痛い所を突かれた、と思った。……特に青髪の冒険者さんに、

 私は私なりに今回の件は大丈夫だと思って行動しているつもりだ。

 仮にあのお兄さんがギルドの上に報告せずとも、ギルドの上層部が見ない振りをしたとしても、領主である父に話を通す事で何かしらの対策を取る事は可能だった。

 冒険者見習いの「キース」には決して出来ない、ズルともいえる方法だけど、放置する事無く、山賊男と仲間を放置する結果にならない。

 幾ら「キース」という設定を造り出しても結局私は「キースダーリエ」なのだから持ちうるコネを使う事に忌避感はない。

 後「キース」を簡単に見つける事は出来ず「キースダーリエ」が同一であると見つける事は出来ないという、一種の驕りがあったも事実なのだ。

 

「(甘く見ていた、と云われれば否定できない)」


 どれだけ奇襲を受けようともお父様もお母様も、そしてリアやお兄様とてやられはしないだろう。

 うちの使用人達とて、皆そういった自衛手段を持っている人達ばかりなのだ。

 山賊男達は所詮その程度の輩だった。

 数を幾らおさえようとも襲われた時、援軍を待つ程度の時間稼ぎならば出来る。……し、お父様やお母様にとっては雑魚が幾らあつまっても烏合の衆に負けるはずもない。

 また、私自身血を流す覚悟などとうに決めている。

 けどそれを二人組に示す機会など無かった。

 むしろ流血を避けた事は私がまだその覚悟を持っていないと思わせるには充分で。

 紅髪の冒険者の言葉を否定する材料が私には提示出来ない。

 意味のない反論は自身の格を下げるだけだからしたくはない。


「(それに、私があの山賊男のような人種に疎い事も事実だから)」


 正直言えば、報復行動に出る確率は五分程度だと思っていたのだ。

 お兄さんがギルドの上にキチンと報告さえすれば報復行動に出る程の余裕は無くなるだろう、そう考えていた。

 だから確実に報復行動に出ると言われると「本当にそうなんだろうか?」と思わなくもない。

 

「(言い切っている以上、きっと出るのだろうけど)」


 これもある意味の経験不足、なのかもしれない。


 そして何より青髪の冒険者の言葉が耳に痛かった。

 私があの場に居たくなかった何よりの理由は、自身の中にある「怒り」の感情を制御しきれなくなる、と思ったからなのだ。

 先を急いでいたのは事実だ。

 お兄さんの態度に困惑し居心地が悪くなったのも。

 けど、私は何より山賊男とその仲間に「怒り」を抱いていた。


「(だって、この地はラーズシュタイン家が治める地。お父様が、いつの日かはお兄様が、導き守る民の住む場所)」


 その場にあのような下劣な品性の男が、あたかも自分のしている事を「上」は見逃すと疑わない態度が苛立たしかった。

 お父様が民の事を考えない人だと言われているようで酷く不快だった。

 この地に来る前に何処に居てギルドや「上」とどんな関係を築いていたかは知らない。

 けど、この地でもそれがまかり通ると信じて疑わない態度が私の怒りを煽り続けていた。


「(ギルドに残っていたら、最悪私闘ではすまない事をしでかしていた、という事を否定出来なかった)」


 顔を見ていれば怒りは冷めない。

 だから色々な理由を付けて私はギルドを離れた。

 最悪何かしらの処置が出来ると分かっていたから。

 子供だとしても「キース」は既に冒険者だ。

 冷静に見極め動かないといけない。

 感情のままに突っ込めば死期が早まるだけだ。

 それが分かっていたからこそ私はギルドを早々に離れたのだ。

 けど、本当に冷静だったのか? と問われた時胸を張って肯定できない。

 そんな葛藤を青髪の冒険者さんの言葉につかれたのだ。


「(自分のとった行動が悪かったとは思ってない。けど、言われた通り、感情を抑えきれないと感じた事はあまり良い状況ではない、と思う。貴族としても感情の制御できないなんて笑い話にもなりはしないのに)」


 今までもっと怒りを煽られる事はあったというのに、どうして私はあの山賊男に此処まで制御できない怒りを抱いたのだろか?

 既に興味も失い顔も思い出せない……その程度の存在だと言うのに。


「自身を子供として見られたくは無いのなら、相応の言動を心掛けるべきです。今の貴女では子供でありながら子供と見ないでほしいと駄々をこねているととられかねませんよ」

「知識の面や他の面はそこいらの奴よりも大人な分、嬢ちゃんは酷くアンバランスに見える。オレ達が思わずお節介を焼きたくなくなるくらいにな。もし、自覚していないなら自覚した方が良いぞ」


 二人の言葉に何処までも耳が痛い。

 アンバランスである事は自覚している。

 『前世』の記憶などを得た人間が子供のままで居られる訳がない。

 場合によってはこの世界の子供よりも無防備で無邪気な側面があるかもしれないが、少なくとも子供らしさとは無縁だろう。

 けど、二人の冒険者の言っているのはそこじゃない。

 冷静に判断出来るのに、自分の感情を優先し後始末を怠った、そこを子供っぽいと言っているのだ。

 

「(……否定、は出来ない)」


 確かに私は自分の怒りを優先してギルドを離れた。

 後で帳尻を合わせる事で納得しようとした。

 それが結果として家族を大切な人達を危険な目に合わせてしまうとすれば?


「(私は絶対後悔する)」


 何よりも大切な人達を自分の不手際で危険に晒すなんて耐えられる訳がない。

 その時、私が暴走しない、なんてことこそ言い切れない。

 二人の言葉の中で否定出来る部分が無い訳じゃない。

 全てを明かす事は出来ずともいえる部分だけで反論する事が出来る部分は存在する。

 けれど善意のお節介、しかも言っている事は然程間違っていない事でムキになり反論する事こそ大人げない、と思う。

 相手が私をやり込めたいのではなく、ほぼ善意で言ってくれている以上、私が此処でしなければいけないのは反論ではなく、反省なんじゃないだろうか? とも思うのだ。


「(受付けのお兄さんに全て任せて私情を優先した事は悪手だった。そこは認めないといけない)」


 どうして其処までの怒りをあの程度の存在に抱いたのか? ――きっと私は前以上に家族、お父様のしている事に敬意を抱いているからだ。

 綱渡りともいえる運営をやり切ったお父様の手腕を、お父様の想いを私は知った。

 前以上に尊敬し、完璧ではないお父様に対して仇で返すような事をしでかしたあの男達の言動。

 きっと、私はそれが何よりも気に食わなかったのだ。

 顔を覚える気も無い、あの程度の存在に対して強い怒りを抱いたのはそのせいだ。


「(『ブラコン』だけじゃなく家族コンプレックス? って事になるのかな? 別にそれでも良いと思っている所重傷だなぁ)」


 治る事の無い不治の病、だと思う。

 とは言え、原因が判明してしまえば、先程までの怒りも解けていく。

 なくなりはしないが、それに支配される事はもう無いだろう。

 同時に苦笑する事も止められないけれど。


「今更戻っても意味はないですから、対策を立てたいと思います。いっその事私自身が囮になり、周囲に被害が及ぶ前に一掃してしまう方が早いかもしれませんね。――お節介を有難うございます」


 苦笑のまま会釈をすると二人の冒険者はお互い顔を見合わせた。


「無謀、と言いたい所ですが、そちらの二人を見てしまうと可能と思ってしまいますね」

「きっと可能だろうな」


 二人の目がルビーン達に向く。

 ルビーン達も「当然」と言った様子で頷いている。

 情報操作をした上で、自分に目を向けさせる事は可能なはずだ。

 周囲を探るよりも私自身に報復行為をした方が早いと思わせば良いのだから、簡単だろう。……あまり賢い連中には見えなかったし。

 後は奇襲に警戒し「キース」として行動すれば良い。

 後でお兄様達に「危険な事を!」と怒られてしまうかもしれないけれど、私自身の不始末で他の人に危険が及ぶ方が余程怖い。

 私を思っての事だとは言え、随分耳に痛い事を言われてしまった。

 そんな相手に素直にお礼を言う気にもなれない。……これもある意味で子供っぽい感情なのかもしれないけど。

 あえて「お節介」である事を強調した訳だけど、そんな私の些細な嫌味も彼等には通じないらしい。

 気づいているだろうに、受け入れてしまう所、根っからの善人ではないくせに懐の深いものだ。

 

「(これが、上位ランクの冒険者の姿、という事なのかな?)」


 独善的な正義感を持つ訳でもなく、されど周囲の全てを追い落としてまで上を目指す程破綻している訳でもない。

 自由でありながら、それを許されるだけの力と実績を持つ存在。


「(少しだけ羨ましいと思うのは私自身の柵のせいなのかもしれないなぁ)」

 

 あえて柵を振りほどく気もないのだから、その程度の羨望なのだろうけど。

 

「……嬢ちゃんは強い奴だったみたいだな」


 いつの間にか近づいてきていた紅髪の冒険者が伸ばす手を私は苦笑しながらも避けなかった。

 一応敵意はないと思ったから。


「傲慢も貫ければ強さ、という意見を翻す気はありませんけどね」

「別にオレ等の意見が全部正しい訳じゃないからな。そう思うのならそう思えば良い。貫き通す事が出来るのならそれが強さであり信念になるんだろうからな」

「そうですか……それで? 何時まで女性の頭を撫ぜているおつもりなんですか?」


 手加減はされているけれど、今度こそ髪が乱れる心配をしなきゃいけなくなっている。

 魔法で色がえをしているから出来ればあまり触れて欲しくはないのだけれど。


「(今更かな?)」


 紅髪の冒険者さんの魔法感知能力が低い事を祈るばかりである。

 見るからに前衛型のような気がするから大丈夫だと思うのだけれど。


「おっ。悪いな」

「もう少しすまなさそうな顔をした方が良いですよ。悪いと思っていないのがあからさまです」

「そうか?」


 相棒さんの突っ込みにも笑って答える紅髪の冒険者さん。

 反省の色無しである。

 私はペシリと撫ぜられていた手を叩き落とすと何事も無かったかのように髪を整えた。


「痛いぞ、嬢ちゃん」

「冒険者見習いの幼女に叩かれた程度の刺激で本当に痛いと言っているのなら前衛はおやめになった方が宜しいかと思います」

「おぉ。口が達者だな嬢ちゃん。まぁ分かってた事だが」

「あら。生意気を言いました。ごめんなさい?」


 思わずキースダーリエの時に近しい態度であしらってしまった。

 貴族の雰囲気を出すのはあまり宜しくは無いのだけれど。

 どうやら気づかれてはいないようだけど。


「ククッ。本当に面白い嬢ちゃんだ。話していると大人を相手いにしている気分になる事もあれば、年相応に思う時もある。冷静に相手の力量を見極める事もあれば、自身の感情に素直になって行動する事もある。一体どんな環境で育てば嬢ちゃんみたいな奴が育つんだろうな?」


 気づかれてはいないと思っていたのだけれど、これは探られているのだろうか?

 その割には眸には鋭さを感じられないけど。

 ギルド内に居た時の方が余程観察している、探っていると言った眸を私に向けていた気がする。

 

「(今はむしろ楽し気で好奇心のまま、それこそ子供のような眸のような気が?)」


 今更だけど、私、彼の好奇心をこれでもかってくらい刺激してない?

 別に彼等との繋がりが欲しいとは思ってないんだけど。


「御用件はそれだけですよね? お節介は有難うございます。それでは私達はこれで失礼致します。――――そろそろ本気で行きたいのですが」


 一応相手にとっては本題は済ませたはずだ。

 なら此処にいる必要も無いだろう。

 礼儀として会釈した後、今度こそその場を離れようとした私達だったが、何故か二人組は私の前から退けようとはしない。

 いえ、別に避けて大通りに出る事は可能なんですが、一応心配し忠告までしてくれた相手を完全に無視して行くのは気が咎めると言うか、まだ用事でもあるのか? と思ってしまう訳で。

 読めない笑顔で私達を見る紅髪の冒険者さんと何故か溜息をついている青髪の冒険者さんに嫌な予感がするのですが。 

   

「オレ達も付いて行っていいか?」

「……はぃ?」


 一瞬思考停止した私は相当間抜けな顔をしていたに違いない。

 けど、仕方ないというくらいには冒険者さんの言葉は突拍子も無かった。


「私達は錬金術ギルドに行くだけ、なんですが?」

「その後、外には出ないのか?」

「登録だけ、のつもりですが?」

「きっとそれだけじゃすまないと思うぞ? あぁ、オレ達の方は何の問題もない。初心者に先輩が付き添うのは良くある話だから気にしなくていいからな?」


 「その場合先行投資で依頼料は取られない」なんて言われましても。

 凄腕と言う事は分かりますが、別に必要無いのですが?

 私、登録するだけと言いましたよね?


「この男は言い出したら意見を中々曲げません。申し訳ありませんが折れて下さいませんか? ギルドまで行き何事も無ければ、そこで別れますから」

「……貴方も何もないと思ってはいない、という事なんですね」


 冒険者ギルドで問題を起こしたからって錬金術ギルドでも問題を起こす訳じゃないんですが!?

 基本的に私は興味の無い事に首を突っ込む程人情に溢れた人間でもトラブルメーカーでも無いのですが?


「短ければ錬金術ギルドまでだ。だからいいだろう?」

「短いも長いもありません。錬金術ギルドまでです」


 穏便に、何事も無く、登録を済ませて終わるんですから。

 溜息を隠さず言った私に二人組さんは肩を竦めた。

 

「そうなればいいな? おっと、そうだった。自己紹介もしてなかったな。オレはタンネルブルク。よろしくな!」


 紅髪の冒険者さんがそう言って快活に、だが決してそれだけはない笑顔で笑う。


「俺はビルーケリッシュ。宜しくお願いしますね」


 青髪の冒険者は温和に、それでいて何処か侮れない笑顔で笑う。

 終始相手のペースに飲まれている事に気づきつつも一応敵意も私達を利用する気持ちも無いから、流されてもいいかと思いつつ私も笑みを向けた。


「私はキースと言います。短い間ですがよろしくお願いいたします」


 これが何だかんだ言いながらも長い付き合いとなるA級冒険者コンビとの出会いだったりするのである。

 この時それを知るモノは当然ながらいなかったのだけれど。



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