第140話・冒険者ギルド(2)




 一歩足を踏み入れた先はある意味の異世界でした。


「(いやいや、既に異世界にいるんだけれどね!)」


 入って最初に目に入ったのは幾つかのテーブルと其処に座ったり立ってたりする強面の男達。

 女性も数人見えるけど、圧倒的に男性が多い。

 明らかに戦う者といった風体は其処に居るだけで威圧感を感じさせる。

 入口横にあるボードには何やら紙が沢山貼ってある。


「(あーあれが依頼書って奴かぁ)」

 

 これまた定番と言えば定番である。

 そこの前にもそれなりの人数が立っている。

 クエストを物色していると見た。

 視線を正面に戻すと奥まった所にカウンターが見えた。

 多分あそこが受け付けって奴かなぁ?

 定番で言えば受付には美人さんかイケメン君がいるんだよねぇ。

 しかも大抵ただ者じゃない感じで。

 まぁ冒険者なんて荒くれ者とイコールで結ばれる事も多いし、対応できる人がいるのは必然って言えば必然かもね。


「(うーん。煩雑とした雰囲気ではあるけど、そこまで荒れている感じはしないかな?)」


 ラーズシュタイン領の治安はそこまで悪い訳じゃないらしい。

 領内が荒れているとそれなりに冒険者が多くいるギルドは殺伐とするらしいから。


「(お父様の手腕の賜物、なんちゃって)」


 強ち間違いでもないと思うけど。


 さてさて突然ですが此処で問題です。

 強面の冒険者達ひしめく冒険者ギルドに入って来た幼い少女。

 どうなると思います?


「(答えは簡単ですよねぇ。そりゃ注目の的になりますよね!)


 水を打ったような静けさの中、大の男達が一人の幼女をじっと見つめている。

 『前』なら問答無用で通報案件ですよ?

 この世界でだって、まずに幼女の安全確保の上、憲兵さんの所に駆け込む事になりますよね?


「(いやまぁ私が明らかに場違いなのは事実なんだけどさ)」


 異物は私である事は分かってます。

 だからと言って回れ右して帰るなんて選択肢は取れないし取らないんだけどね。


 私はあえて集まる視線を無視して歩き出す。

 後ろから付いてくる二人の獣人の笑い声が気に障るんだけど、まるっと無視です。

 というよりも受付カウンターに行くまで誰も喋らないのやめて頂けません?

 確かに私、幼いですけど、貴族の子供が登録する事だってあり得るでしょうに。

 

「(一番目立つ【愛し子】である事を隠しているのになんて仕打ちですか!)」


 私は現在銀色の髪はそのままに青い眸に変化させています。

 【愛し子】に変化させるのは罰せられる事もあるけれど【愛し子】が分からないように変化させる事は問題無い。

 場合によっては推奨される。

 ラーズシュタイン家の令嬢が【闇の愛し子】である事は領内ならば知られているので変装する事にしたのだ。

 眸の色を青色にしたのは単純に【闇属性】に愛されている存在は【水】と【風】を同じようにうまく扱う事が出来るから、偽装には丁度良いってだけの話である。

 

「(別にお父様やお兄様とお揃いが良かったって訳じゃないし)」


 なんて誰にともなく言い訳をしつつ、私の足は止まる事は無い。

 なんにせよ、自身の最大の特徴を隠しているのに、この目立ちようは納得いかないって話である。

 ウルサイとも言える視線を全部無視した私は受付カウンターに到着するとニッコリ微笑んだ。


「冒険者の登録は此方で出来ますよね?」

「へ?! は、はい。できますが?」

「(何でどもるかなぁ)――登録をしたいんですが、どうすればいいですか?」


 明らかに私の発言で騒めく周囲を無視して私は受付の男性に話しかける。

 どうでも良いけれど、例にもれず受付の男性もイケメンである。


「えぇと。君の年齢だと「推薦状」って物が必要になるんだけど、大丈夫なのかな?」


 幼子に言い聞かせるような語調は受付の男性が善人である事を示してはいるんだけど、暗に「間違ってきちゃったのかな?」的な考えである事も事実である。

 我慢しなきゃいけないのは重々承知なんだけど……

 確かに私の年での登録は珍しいのは事実なんだけど……


「(うーん。若干イラっと来るのは私が我が儘なせいなんだろうか?)」


 考えてみれば此処まであからさまにお子様扱いされたのは初めてかもしれない。


「(貴族教育を受けている事は大前提だからか、公爵家の教育を受けていると知っている人間は私を本当の意味で「子供」扱いしてなかったって事、か)」


 きっと受付のお兄さんの対応の方が「子供」に対してのスタンダードなんだ。

 むしろ善人だからか優しい対応である。

 少なくとも影の中で大爆笑しているクロイツとか笑いを隠しきれていないルビーン達よりは余程真っ当な人である。


「(だからといって私がイラっとこない理由にはならないわけだけど)」


 私はあえてニッコリと、そうわざとらしい程ニッコリとほほ笑む。

 すると受付のお兄さんは何か感じ取ったのか笑顔が多少引き攣った。

 あら? 怒気でも放ってましたか、私?

 我慢強くなくてごめんなさい?


「「推薦状」の準備ならあります。彼等が書いて下さったので」


 私が後ろを振り返るとザフィーアが二枚の紙を受け付けに置いた後、直ぐに元の場所に戻る。

 この間無言。

 愛想の「あ」の字も無いけど、これがザフィーアの通常状態である。

 終始笑顔の仮面を付けているルビーンと常に無表情のザフィーア。

 本当に、正反対の双子である。

 

「(性質は同一のようではあるけど)」


 質の悪い処だけはそっくりなのが頭の痛い所だ。

 基本的に人に興味の無い二人だからか受付のお兄さんに対する感情は冷ややかだ。

 無表情のザフィーアは勿論の事笑ってるルビーンも心から笑ってるのか分かったもんじゃない。


「(気配が冷ややかなのがバレバレなんですがね)」


 隠してないって事かもしれないけど。

 ある種分かりやすい二人は放置するとして、私は推薦状を見て笑うと受付のお兄さんと向き直る。


「これで登録して下さいますよね?」

「あ、あぁ、はい。分かりました。――では、登録しましょう」


 お兄さんは私の前にドンと水晶玉のような物を置くと、一枚の紙を差し出してきた。


「これに記入……うん、俺が書いた方がいいのかな? えぇと……」

「文字の読み書きは出来ますから用紙を下さい」


 やっぱり子供扱いですね、と内心溜息を付きつつ紙を受け取るとざっと目を通す。


「(「名前」「年齢」「希望のポジション」――剣士とか魔術師とか一応何でいくのか決めとけって所かな?)」


 錬金術師は目指したいモノだから、魔術師あたりが打倒かな?

 ざっと目を通した後適当に項目を埋める。

 

「(名前は「キース」で年齢は「8歳くらい」にしとくかなぁ。流石にそれ以上は鯖読めないし。後希望は「魔術師」で得意魔法は「水・氷」当たりにしとこうっと)」


 後は真実を嘘を混ぜながら、ほぼ嘘の情報を書き連ねる。

 ギルド側だって全て真実でかかれているなんて思わないだろうしね。

 冒険者としての名前だから名前ですら嘘の存在だっているだろうし。


「(筆頭は後ろで爆笑してるけど)」


 そう言えばフェルシュルグって冒険者登録されてたのかね?

 してそうな気がするけど、別に今は関係無いしいっか。

 特に躓く事無く全部を書き込むと何やら唖然としているお兄さんに用紙を渡す。

 条件反射のように受け取られてもなぁ。

 ちゃんと内容読んで下さいよ。


「あのぉ?」

「うぇ!? あ、ごめんね。……うん、うん。書き残しはないから問題ないよ。次はこれに血を一滴落としてくれるかい?」


 水晶玉を指さされたので、ナイフを使って切り傷を薄くつけると血を一滴水晶玉に落とす。

 すると水晶玉が光輝いたんだけどすぐに収まった。

 すごくあっさりした終わりに少しばかり首をかしげてしまう。

 うーん【属性検査】の時よりもあっさりしているなぁ。


「(まぁ調べないといけないモノが違うからなんだろうけど)」


 しばらく見ているとポンっと音がしそうな勢いでカードが飛び出て来た。

 毎度の事なのかお兄さんはあっさりとそれをつかみ取ると表、裏と確認して私に差し出してくれた。


「はい。不具合が無いか確認してくれるかな」

「有難うございます」


 冒険者カードを受け取ると「【ステータスオープン】」と唱える。

 すると目の前にホログラムのようにステータスが浮かび上がった。

 内容は基本的に【ステータス】で出てくるのと同じだった。

 ただ項目の最初に「職種:魔術師(仮)」と書いてあった。


「(いや、(仮)って何? え? 現時点だと仮扱いなの?)」


 最終的に錬金術師を目指す身としては魔術師である事を前面に出す気はない、ないけどまさかの(仮)扱い。

 酷くないだろうか、流石に。


「<どーしたんだよ?>」

「<職種の所が魔術師になってるんだけど、語尾に(仮)ってついてるんだけど>」

「<はぁ?>」


 素直に言ったのにクロイツが信じてくれなかった。

 

「<だから何故か魔術師って単語の語尾に(仮)がついてるんだって>」

「<……俺の時はなかったんだけどな?>」


 あ、やっぱりフェルシュルグって冒険者登録していたんだ。

 じゃなくて、まさかの私だけ? 何で?


「<錬金術師になりたいからいいって言えば良いんだけどさぁ>」

「<その考えを読まれたんじゃねーの?>」

「<そこまで高性能なのかねぇ、この魔導具?>」


 そう思っていた方が心情的には良い気もするから、それでいっか。

 後ろに問いかけると今度こそ大爆笑されそうだし。


「何か不具合でもあったのかい?」

「いいえ。大丈夫です。これで登録は終了ですか?」

「そうだね。君はこれで今日から冒険者としてクエストなどを受ける事が出来るようになる。説明はいるよね?」

「はい」


 面倒な事を笑顔で快諾してくれる所、このお兄さん相当お人よしなんだろうけど。

 微妙にストレスたまるなぁと思わなくもない所、私って実は善人と相性悪い?

 性格悪いと改めて言われてるみたいだなぁ……勘ぐり過ぎかな?


「冒険者のランクE~Aまで。一応S級も存在はしているけれど、数は少ないかな。冒険者にとっては目指すべき位置というべきかなぁ」


 ここら辺はまぁ『知識』と照らし合わせてもそこまで違いはない。

 冒険者なり立ては見習い扱いでE級でそこから上がっていくと。


「ランクが上がる条件はクエストの達成数が基本だね。他にもギルドを通さない依頼を受ける事も出来るし、その後クエストを完了したという証明書を持ってくれば冒険者カードの功績に加算する事が出来るよ。ただまぁ依頼が終わった後の証明書は依頼主側も受ける側も面倒だと出さない人も少なくない、かな。褒賞金その他が変わる訳じゃなく、ただランクを上げる際の参考資料としての功績に加算されるだけだからね」


 あー、ランクが低い時は早くランクを上げるために律儀に出すけど、ランクが上がっていくと一個や二個の依頼じゃランク上げに影響なんて殆ど無いから出すのが段々面倒になってくるって所かな?

 後はまぁ後ろ暗い依頼に関しては証明書なんて出すわけ無いし、頼む訳ないし……秘密裡の依頼の場合は証明書なんて書く人はいないよねぇ、って話だ。

 証明書を出し続けるって相当律儀な人って事になるのかな?

 後は馬鹿正直な人か。

 お堅い騎士様じゃないからそんな人極少数だろうけど。


「クエストを受ける場合ランクの二つ上までは受けられるけど、それ以上は受けられないから。これはどのランクになってもだから気を付けてね。例外は討伐系の依頼で偶然遭遇したのを討伐した場合、くらいかな」

「(その場合、討伐できたのは、相応のランクを持っている冒険者が同行していたため、とかだと思うんだけど。うーん? パーティーを組んでないからソロ同士って事でランクに関わってくる、って解釈でいいのかな?)」


 幾ら討伐したのが相応のランクの冒険者でも、低ランクの冒険者も共に討伐したと認識されるならランク外のクエストを熟したって事で罰則の対象になりかねない。

 だから例外として処理するって事かな?

 魔物との遭遇なんて突発的な事故みたいなもんだもんね。


「上位ランクの冒険者が下位ランクのクエストを受ける事に対しての罰則はないけれど、変わり者扱いされるし、あまり良い顔はされないかな」

「縄張りを荒らされるようなモノですからね」

「なわばりって……うん、まぁ。間違ってないけれど――小さい子からの縄張りを荒らすなんて言葉は出来れば聞きたくないような?」


 お兄さん、小声のようですが聞こえてますよ?

 そして相変わらず私は子供扱いなんですね、しかも幼子扱い。

 もしかして冒険者登録させてくれたのが相当の譲歩だったりします?


「パーティーを組んだ場合はそのパーティー内に置いて最高ランクの人に合わせた依頼を受ける事ができるようになる。……ランクについてはこんな所かな」


 そこでお兄さんは私にそれなりの厚さの冊子を手渡してくれた。


「話の途中だけど渡しておくね。規約とかは全部ここに書いてあるから。ただこれはギルド所有のモノで上げる事は出来ない。欲しいならお金を払ってもらう事になるんだ」

「一応お聞きしますが、おいくらぐらいですか?」

「銀貨五枚かな」

「なるほど」


 この世界では共通通貨を使用している。

 単位は一律「ゲイル」

 ただまぁ物々交換とか金塊での交換とか色々あるけれど、一応そうなっている。

 使用されているのは「銅貨」「銀貨」「金貨」「白金貨」「水晶貨」「虹色貨」と言われている。

 まぁ一般人の目に触れるのは金貨が良い処、白金貨なんて出てきた日には「何を買うの!?」と言われる事間違いないし水晶貨や虹色貨なんて幻扱いされても良い代物だけどね。

 貴族として生きて死ぬであろう私でもきっと虹色貨なんかは御目にかからないと思う。

 水晶貨だって怪しいモノだと思っている。


 銅貨が100枚で銀貨1枚

 銀貨が10枚で金貨1枚

 金貨100枚で白金貨1枚

 後はまぁ白金貨1000枚で水晶貨1枚で水晶貨10枚で虹色貨1枚って所かな。


「(つまり銅貨1枚が『十円』程度だと考えると銀貨一枚は『千円』金貨一枚は『一万円』程度って話になるかな? そーなると白金貨一枚が『一千万』で水晶貨が『千億』なんと虹色貨は『一兆円』というとんでもない金額って事になるんだよねぇ)」


 虹色貨なんて国家予算の計上でしか使わなくないか? としか思えない。

 白金貨だって一枚で『一千万』とか貴族の中でも当主ならともかく一貴族が目にする事も殆ど無いと思う。


「(あとは物の価値なんだけど……正直そこらへん知らないんだよねぇ)」


 御貴族様の弊害と言うべきか、私は基本的にお金を払った事が無い。

 街に出た事はあるけれど、直接モノとお金のやり取りが許されていない。

 私くらいの年頃だと下手すると街に出た事の無い子供がいるのが貴族の恐ろしい所だ。

 家庭教師に習う事も無い。

 シュティン先生たちなら教えてくれたとは思うけど、そういえば忘れてた。


「(うわぁお。なんという単純なミス。貴族と平民の違いってのを甘く見てたかなぁ)」


 修正が効く範囲のミスだったと思っておこう。


「(えぇと銀貨5枚って事は『五千円』くらいって事かな?)」


 ちょっとお高い専門書ぐらいって事かな?

 ただまぁこういう世界だと「本」は希少価値がある可能性があるんだけど……


「(うーん。『ゲーム』だと【レシピ】や【専門書】は最低銀貨で高いと金貨だった気がする。って事は適正と言えば適正、って事になるのかな?)」


 ギルドがこんな分かりやすい不正をする理由も無いし、買わせたくない、なんて雰囲気もないし、本当にこの冊子は銀貨5枚って事でいいって事かな。

 パラパラと冊子の中を斜め読みで目を通しながら適正価格について考えているとお兄さんに声を掛けられた。


「あはは。絵とかついてないし面白くないと思うよ?」

「(いや、だから絵本読む歳じゃ……ごめんなさい。外見は絵本読んでそうな年頃でしたね)」


 此処まではっきりと子供扱いされる事なんて無いから戸惑いしかない。

 というか此処までされるとイライラが戸惑いに変わりつつあるんですが。

 善意しか感じられないからこそ取れる対応が少なくて困るんですがね。


 斜め読みだけど最後まで目を通した私は苦笑しつつお兄さんに冊子を返した。

 まぁ無類の本好きでも無い限り買っても仕方ないモノだと思うしいいんだけどね。……それかこういうある種、数が少ないモノを集めるコレクターな人とか、そういった欲しがる人は珍しいと思うし、私はその何方でもないから必要ない。

 ななめ読みだけでもそれなりに必要な事は見れたしね。


「後、必要な事と言えば……冒険者カードについてかな? 冒険者カードは君の情報が書き込まれた物だから手放しちゃダメだよ。【鑑定】の上位スキルとかなら読み取られる事もあるから気を付けてね。紛失した場合は再発行に銀貨1枚かかるから無くさないように」

「微妙に高いですね」

「僕もそう思うよ。出せない金額じゃないからこそ戸惑う金額だよね」

「ギルド職員がそんな事言っていいんですか?」

「あははっ。皆思ってるし言っているから大丈夫。最初に再発行の事を聞いた冒険者の人達も皆変な顔するぐらいだからね」


 それぐらい微妙な金額ですからね。


「分かりました。気を付けます」

「うん、気を付けて下さい。……後は、そうだな、特に僕から言う事はないかな? 直ぐにクエストを受けるのかい?」

「あ、いいえ。この後別の所に登録に行くつもりなので」

「うん? 別の所?」

「はい」


 直ぐにクエストを受けても良いんだけど、一応錬金術師のギルドの方に行って登録もしておこうかと思ってる。

 というよりもクエストを受ける所までは許されないと思う。

 家族にも「登録したら帰っておいで」と言われているし。

 

「(ちょっとクエストとか心躍らない訳じゃないんだけど、ね)」


 ギルドの掲示板のクエストを受けるっていうのも結構定番だしね。

 それは、まぁ次の機会という事で……次の機会があれば、だけど。


「何処に行くか聞いても良いのかな?」

「別に構いませんが? ――錬金術ギルドに行こうと思っています」


 むしろそっちが本命です。

 本命なんだけど、どうやら意外だったらしくてお兄さんが困惑した表情になった。

 え? 其処までの事ですかね?


「それは、えーと、錬金術ギルドに何か依頼に行くって事、かな?」

「いいえ、登録に行くつもりですが?」


 だから、何故そんな顔をされなければいけないのでしょうか?

 そんなーに変な事言ってますか?

 お兄さんは何と言えば良いのか……ぶっちゃけ「この娘大丈夫なのか?」的な顔をしてます。

 えー、年齢以外の何処を見てそんな顔されてるんですかね?

 それとも私の年齢で錬金術師を目指す事はダメって事なんですかね?


「(少なくとも【錬金術】は希少な才能ともいえるからこそ子供の頃から登録する事だってあり得る話だと思ってたんだけど)」


 私が錬金術師を目指すなんて烏滸がましいと言われているみたいで気分が悪いんですが?

 少々不穏な目でお兄さんを見るとお兄さんも私が気分を害した事に気づいたのか、少しばかり慌てだす。


「あ、ごめんね。ただ「テメェみてぇなガキじゃ一生無理だから諦めるこった」」


 何かを言いたそうだったお兄さんの言葉を遮る下卑た声に私は頭痛を感じつつも振り返る。

 すると案の定、というかなんと言うか、声から想像する通りの男が近くのテーブルの横に立っていた。

 筋骨隆々で強面、いかにも荒くれ担当っぽい「ざ・冒険者」って感じの男は声にも劣らず下卑た表情で私を見下ろしている。

 いやまぁ身長差で絶対に見下ろす形になるんだけどさ。

 そういう事じゃなくて、ただ私を格下と見て、弱者を甚振る事に悦を見出す、ロクデナシの類い。

 この男からは冒険者の品性など欠片も見えない。

 道で出会えば山賊と出くわしたと思われて仕方ない風体の男であった。


「(初っ端からこんなのに絡まれるとは)」


 ルビーン達が不愉快そうに顔を歪めている。

 クロイツも影の中で「けっ」と言っている。

 私も表情にこそ出さないけど溜息を付いた。


 冒険者と呼ばれる存在全てに品性を問う気は更々ないけれど、弱い者いじめがお好みのイジメッ子と話すだけ時間の無駄なんだけどねぇ。


「どこのいいところのオジョーチャンかはしらねぇが錬金術師になんて一生なれないから諦めな。ついでに冒険者もなぁ。そのお綺麗なツラで男をひっかけた方がよっぽど良い生活ができるぜ、きっと」


 そっちの方なら紹介してやろうかぁ? ――と言われて、まぁ流石の私も無表情になりますよね。


「<この男馬鹿か? いや馬鹿でしかないよね>」

「<リーノの歳、分かって言ってんのか? いや、わかってりゃいわねーよな。バカ決定だろコイツ>」

「<本当にね>」


 どんだけ多く見積もっても七つか八つにしか見えないだろう私に対して「顔でひっかけるだの」「紹介するだの」

 この男馬鹿か? としか言いようがない。


 この国では一応奴隷は存在しない。

 裏では完全に取り締まる事は出来ていないだろうし、根絶する事はかなり厳しいのは理解している。

 とは言え、こんな直接的に「好事家に売り飛ばす」発言されるとは思わなかった。

 だってさぁ、此処ギルドだよ?

 規約どころか法律違反を人の大勢いる所で言い放つなんて、捕まえて下さいと言っているようなもんだ。

 

「<直接的な事は言ってないから逃れられるとでも思ってるのかねぇ?>」

「<ありえねーな。リーノに絡むだけで品性を疑われるヤツだぜ、これ?>」

「<ですよねぇ>」


 お兄さんも私に錬金術師は難しいと思っているかもしれないし、それを伝えようとしていたのかもしれない。

 けどお兄さんと目の前の男は決定的に違う。


「(お兄さんは私を「心配して」言おうとした。この男は私を「痛めつけて売り払うために」言った。込めている感情が正反対だ)」


 未だ下卑た笑みを浮かべる男をどうしてやろうか? と思いつつも私は気づかれないようにルビーン達に「手出し無用」を伝える。

 というよりも二人とも既に笑ってない。

 殺気すら滲み出ている。

 だってとばっちりのお兄さんの顔も青ざめているし。

 それでも男に対して厳しい視線を向けている所、やっぱりギルド職員なんだなぁと思うけど。


「(後は、と。うーんほぼ全員が男の言葉に嫌悪を示している、かな? 幾人考えが読めないけど全面的に男と同じ思考してるのは、推定男の仲間ぐらいのモン、と見てよさそう)」


 同類がつるんでいるようで、メンドクサイ事です。


「(後、気になるのは……笑ってはいるけれど決して男に同意している訳じゃない妙な二人組)」


 髪の色鮮やかさはさておき、ギルドに足を踏み入れてから目立っていた二人組のお兄さん達。

 多分、このギルド内で「一番」強い。

 私にはランクなんてものを読み取る能力は無いし相手の実力を詳細に読む事はまだ出来ない。

 大雑把になら読めるからこそ目の前の男と推定男の仲間達が大した実力じゃない事に気づいているわけだけど。

 実力者になればなるほど相手の力量を読み取る勘は研ぎ澄まされる。

 実力者と言えるルビーン達が私の制止を聞いてくれたのはそういった理由もあるのだろう。

 これがあのカラフルなお兄さん達だったら問答無用で先制攻撃していたか私を抱えて逃げていたはずだ。

 戦って勝てるかどうかはともかく、私の身を最優先で守るだろう。……私が「主」だからこそ。


「(しいていえば試されている、と言った所かな? 何を試そうとしているかは知らないけど)」


 助けに入る気はなさそうな所正義感が強いという訳でもないって事だ。

 まぁ此処で無駄な正義感で割って入られるのも面倒と言えば面倒だからいいけど。

 目の前の山賊男は黙り込んだ私を見て怖がっているとか思ったらしい。

 もはや顔面が崩れていると言える程下卑た表情になっていた。


「オジョーチャン。助けを求めても無駄だぜぇ? 場違いな所に来た自分の迂闊さを恨むんだな」


 何時からここは路地裏になったんですかね?

 売られた喧嘩を買うのも面倒なんですが。

 この手の相手はシツコイだろうしね?


「助けを求めた覚えはありませんが。……少々下品な言葉の数々に対応したくなかっただけで」

「あぁ?」

「貴方とお話をしただけで同類にされたくはないので話しかけないでくださいますか? 私、錬金術ギルドに行きたいので、こんな所で無駄な時間を取りたくないんですが?」  

 鼻で笑う私の態度に男は分かりやすく激高する。

 とは言え、まだまだ自身の優位を夢想しているのか怒りに震えつつなおも私を見下そうと威圧してくる。

 はっきり言ってこの程度なら私でも普通に対処できる。

 そのぐらい目の前の男の力量は低かった。


「(護身程度しか教わってない私でも逃げる必要ないレベルの力量でよく誇れるなぁ、この男)」


 冒険者としての品性は乏しく、語彙もあまり豊富とは言えない。

 弱者に絡んで見下す事で自身の虚栄心を満足させる山賊まがいの男。


 私が怯える必要は全く感じない。

 むしろメンドクサイという思考に囚われそうだ。

 幾ら油断禁物とは言え、この程度の男に負ける程私は弱くない。


「(【風の精霊。お願い力を貸して】)」


 脳裏に描いた動きのための助力を精霊に頼むと「了解」の意志が伝わってくる。

 この男に【精霊】を視る眼があるならば何かしらの反応をした事だろう。

 その程度には私は分かりやすく精霊の力を借りたのだから。

 

「(一切反応しなかったわけだけどねぇ)」


 特殊な【スキル】を持っている訳でもない、力量的にも恐れる事の無い目の前の男。

 もはや敵という意志を持ち続ける事すら難しかった。


「つよがりは感心しねぇぜぇ? あんまり冒険者を怒らせると痛い目みるぜぇ?」

「私は事実しか言ってませんけどね? ――私がどんな意志で冒険者となり、錬金術師を目指すのか」


 私は男を見据えるとあえて口元と吊り上げ笑みを浮かべる……相手を嘲笑する冷ややかな笑みを。


「それを今此処で告げる気もございませんし、そも説明しても貴方様の頭では理解できそうにありませんし?」


 哂う、嗤う、私は男を嘲笑う。


「ですから私は貴方にいう事は一つなんですよ」


 侮蔑を込めながらも視線が示すは無関心。

 しいて言えば路傍の石を見つめるような温度のない眼で私は男を精神的に見下す。

 この程度なら残念な貴方の頭でも通じるでしょう? と嘯きながら私は男を嘲笑した。


「――余計なお世話ですよ、山賊さん」


 軽やかに言い切った私に場が再び静まり返る。

 こんな状態は前にもなった事がある。

 けど、きっと前の時よりもこの場の方が珍しい光景だと思う。

 あの時は礼儀を叩きこまれた人の集うパーティー。

 今は荒くれ者が集まった喧騒途絶えぬギルド。


 常に騒がしいギルドが此処まで静まり返るなんて、珍しいではすまないのだろうなぁと思う。

 別に好きで生み出した訳じゃないけど。

 目の前の冒険者モドキがブちぎれると思った矢先、遥か後方、ギルドの入口付近で盛大に人が噴き出す音がギルド内に響き渡った。


「あ、はははははは!!!! おもしれぇ!!」


 沈黙をものともせずにこの場の空気をぶち壊したのは凄腕カラフル二人組の片割れ、燃えるような真紅の髪をした男性だった。


「気持ち良いぐれぇのタンカ切ったぞ、あの嬢ちゃん!!」

「むしろ俺は貴方の場を読まなさに頭痛を感じますが?」


 今なお笑い続ける燃え盛る炎を彷彿とさせる真紅の髪の男性を呆れた目で見ている目が覚めるような夏空を彷彿とさせる青い髪の男性、多分相棒さんが冷静な声音で突っ込みを入れている。

 と言うか物理的に頭叩いてるし、結構力込めて叩いてる気がする。

 叩かれた方の人、勢いのまま机にめり込んでるし。


「(え? 突っ込みが物理的過ぎませんかね?)」


 見るからに知的と言った雰囲気の男性だってのに、言葉で窘めるんじゃなくいきなり物理できましたか。

 外見と随分ギャップのある方なんですね。


 場の空気を一気に壊した男性といい、視線が集まっている事を気にする様子の全くない男性といい、相当図太い神経の持ち主のようです。

 

 「いてぇよ」と言いながらも対して痛がっている様子も無く顔を上げた真紅髪の男性と眼があってしまった私は何とも言えない表情をするしかない。

 しかも、どういう事か、男性は快活に笑うとこっちにやってくるのだ。

 制止する言葉も無く、意図も読めない。

 ただ少しばかり困ったとは思う。


「(この場に置いて「最強」と推測できる人達と顔見知りになる気は更々ないんだけどなぁ)」


 理由も分からないのなら尚更に。

 とはいえ止める事も出来ないので男性二人組はあっという間に私の前まで来てしまう。

 

「(身長的にはトーネ先生と同じくらいかな?)」


 真紅の髪の男性はオレンジ色の眸をしている。

 楽し気に細められた眸からは楽しいという感情しか読み取れない。

 青い髪の男性は緑の眸をしている。

 此方は感情が殆ど読み取れない。

 けどこっちからは少しだけ親近感……貴族らしい雰囲気が感じられた。


「(没落した貴族の家出身か、それとも下級貴族かは分からないけど)」


 全く見当違いである可能性も否定できないけど。

 私に対する敵対心は見受けられないけれど、隠している可能性もある。

 少なくとも男の仲間では絶対ないだろうけど。


「嬢ちゃん。錬金術師になりたいのに何で冒険者ギルドに登録したんだ?」


 反射的に「先生の指示ですが?」と言いそうになった。

 間違ってはいない、間違ってはいないけど、それは貴族の「キースダーリエ」であって冒険者見習いの「キース」の話じゃない。

 設定、と言ってしまっては元も子もないけれど、私は貴族の暗黙の了解を強いるつもりはない。

 此処に居る私は冒険者見習いの「キース」だ。

 なら冒険者見習い「キース」なら何というだろうか?


「(錬金術師になりたい、なってやると思っている“私”が何故冒険者となるか? そんなの……――)――……自身の目で見て材料を集める事が出来るように、です」


 これしかないんじゃないかと思った。


「【錬金術】とは様々なモノを【錬成】し何かを生み出す術であり【錬金術師】は【錬金術】を自身の手足のように扱う職業だと思います。私は【錬金術】を極めたい。そのためには自身の足でその場に赴き、自身の目で見たモノを自身の手で集める。その部分を人に任せるような人間は【錬金術師】とは呼ばれない」


 私が何時までその夢を追えるかは分からない。

 けれど私は夢を追い続けたい。

 『わたし』が憧れた錬金術を。

 【わたくし】が望んでいた錬金術を。

 私は諦めたくはない。


「私は【錬金術】を極めたい。自身の目で確かめたモノによって何かを生み出したい。だから私は冒険者になったんです」


 きっと私は先生に言われずとも何時か冒険者として登録していたと思う。

 だって今言った言葉は私にとって「本音」だから。

 キースという冒険者見習いとして語った「キースダーリエ」の心からの言葉。

 私を見下し下卑た品性を持つ男には絶対に言わなかったであろう本心。

 けど目の前の紅髪の冒険者は私をからかっている、試している風であるけれど、決して其処に相手を貶める色は見えなかった。

 誠意には誠意を返しましょう。

 偽りの姿ではあるけれど、心まで偽る必要は今は無いのだから。


「冒険者は必要だからって事か?」

「そうとも言えますね」

「お嬢の言い分だと周囲の人間が認めないかもな?」

「周囲の許しがどうして必要なんでしょうか?」

「錬金術師なんてなれないかもしれない、と言われてもか?」


 酷い言い方だけど、それこそ人様に言われて諦めるならばその程度の事。

 道半ばで諦めた者を蔑む気はないけれど、私は言われても諦める事は出来ない。

 

「だとしても、私は絶対に諦めません――他人の評価ではなく、自身の夢を貫きたいですから」


 心配して下されば微笑みましょう。

 心遣いには感謝を告げましょう。

 けれど私に「諦める」という行為は酷く難しい。


 目の前の冒険者に向けて私は微笑む。

 自身の言葉に嘘が無いという意志を込めて。


 しばらく無言が続いた。

 それを破ったのは、やっぱりというか紅髪の冒険者の方だった。

 私から何を悟ったのか突然噴き出し、此方に手を伸ばしてくる。

 頭を撫ぜようとしている、とは気づいてはいたんだけど思わず避けてしまった。   

 

 何とも言えない雰囲気がギルド内に漂う。


「(うん。分かってる。私が悪いんだと思うんだけど。さっきとの温度差で風邪ひきそう)」


 再び伸びてきた手を避ける。

 いや、分かってはいるんですけどね?

 頭って咄嗟に守りたい所じゃないですか。

 だからまぁ警戒している人にたとえ敵意がなくても体が反射的にですね?

 

 ヒョイ、サッ。

 ヒョイ、サッ。

 ヒョガシィ! ワシャワシャ!


 数度無言の攻防の後、軍配は冒険者さんに下った。

 というのも冒険者さんは先に私の腕を掴み、其の上で逃げられない私の頭を撫ぜたのだ。……結構手加減無かったので髪が乱れる心配よりも首がもげる心配をしたわけだけど。


「あ、あの。す、すみま、せん。せめて……せめて手加減して!!」


 丁寧語も吹っ飛ぶってもんですよ。

 女の子として髪の乱れを気にしたいんですが、それ以前に生命の危機を心配しなければいけないんですが!

 結構必死な私の制止も紅髪の冒険者さんは全く気にした様子も無く、未だに手加減もしてくれない。

 そろそろ目が回りそうです。

 

「(いっその事足を蹴っ飛ばしてやりましょうか?!)」


 そんな不穏な気配を察知したのか、ようやく冒険者さんは撫ぜるのをやめた。

 多少の眩暈を押し込めて睨みあげるのだが、冒険者さんは子供の威嚇などで怖がってくれるはずもなく「おーこわっ」と笑いながら一歩引くだけだった。

 白々しい事この上ない。

 先程のシリアスクラッシュといい、今回の事といい、この冒険者さんは絶対に分かってやっている。

 空気が読めないのじゃなく、あえて読まないのだ。

 

「(なんて厄介なタイプ)」


 こうしたタイプは総じて性質が悪い。

 深いお付き合いをしたいタイプではない。

 これ以上周囲に濃いキャラは要らないのだ。


「嬢ちゃん」

「……何ですか?」


 つっけんどに返した私を窘める事無く、ただ笑う紅髪の冒険者。

 

「周囲の話を聞かない奴は傲慢だ。だが周囲の意見に流されない奴は強い人間だ。……嬢ちゃんは強い人間になれよ?」

「――傲慢だろうと、貫き通せば強い人間ですよ、きっとね」


 言いたい事は分かる。

 けど素直に頷きたくも無くて、そんなひねくれた答えしか出来なかった。

 目の前の人間は対して気にしてないようだけど。

 

「嬢ちゃんが錬金術師になった姿を楽しみにしてるぜ」


 そん時は俺の依頼も受けてくれよな! と再び快活に笑った冒険者さん。

 これだけで場の空気が変わるのだから、本当に食えない相手だと思った。


「(本当に厄介な人間はこれ以上要りません。……ん? そういえばこんな事していてよかったんだっけ?)」


 と本題を思い出した時、唸り声のような怒声がギルド内に響き渡った。


「てめぇらぁぁぁ!!」

「「あ、忘れてた」」


 怒声を上げた男に私と冒険者さんの言葉がハモル。  

 どうやらこれが決定打だったらしい。

 山賊男が顔を真っ赤にさせて私に突進してくる。


「(此処で私を選ぶ所、本当に小さい男)」


 この程度の男を相手に慌てる必要はない。

 突進してくる男に対して私は鼻で笑うと、男の前から姿を消した。


「っ!?」


 突然の目標の消失に息を呑む男を再び鼻で笑い私は降り立つ……山賊男の肩に。

 風の精霊により重さを一時的に消してもらった私は音を立てる事無く男の死角に降り立つ事が出来た。

 後は武器を取り出して男の首に突き付けるだけの簡単なお仕事である。


「――あまり甘くみないで下さいね?」


 鞘に入ったままの刀を男の首に突き付けたまま私は静かに、冷静に、それでいて冷たく聞こえる声で囁く。

 このままでは斬る事は出来ない。

 だからこれは脅し以上の効果を示さない。

 けれど、力量の差は明確になったはずだ。

 男は一瞬で私を見失い、今急所を私に晒している。

 たとえ男を殺す事に一動作以上の事が必要だとしても、その差をものともしないぐらい私と山賊男の間には差がある、と男は気づいただろうか?

 

「(まぁ気づかなくても問題ないけれど。だって、その場合自分の身で実感するだけなんだから)」


 三度場が静まり返る。

 今度は紅髪の冒険者も空気を壊す事は無い。

 ただ耳が痛いくらいの沈黙がそこにあった。


「次はありませんから」


 私は再び男の耳に囁くと刀を引き肩から飛び降りる。

 未だ風の精霊は力を貸してくれているらしくそれなりの勢いで降りたにも関わらず音も立てず下りる事が出来た。

 別に音が立っても問題はないと言えば無いけれど。

 そんな事を考えつつ風の精霊に心の中でお礼を言うと風が髪の一房を撫ぜて消えていった。

 【精霊眼】は使ってないけれど分かった風の精霊の可愛らしい返答にクスッと音を立てて笑うと、それを合図にしてかようやく喧騒が戻ってくる。

 どうやら周囲の冒険者達は固唾をのんでみていたらしい。

 冒険者同士の諍いなど見慣れているだろうに。

 実際最強っぽい二人組さんは一切手助けする気も無く、ルビーン達とて傍観していたのだ。


「(ルビーン達には手出し無用って言ったから当たり前と言えば当たり前なんだろうけど)」


 二人組の方は一体何を見極めようとしているのだろうか?

 なんて事を考えていると脱力したのか何なのか山賊男が尻もちをつくように座り込んだ。

 目は私の方を向いているようだけど、その目に宿っているのは怒りか、疑心か……それとも恐怖か。

 興味も無いからどうでも良いけれど。

 我ながら冷めた目で見ていた事だろう。

 私からの視線にビクリと震えた山賊男に内心溜息を付きつつ視線を外した。

 今の所戦意は感じられない。

 後で思い出して怒りに震えようとも襲ってこようともどうでも良い。

 その時は宣言通り「次はない」とその身で実感するだけだ。


 というよりも、いい加減錬金術ギルドに行きたい私は受付のお兄さんに最後の挨拶をしようと振り返ろうとした……出来なかったけど。

 今度こそ溜息を隠さず腕を掴んだ相手……紅髪の冒険者さんを見上げた。


「嬢ちゃん。何で鞘を付けたままにした?」

「お答えする義務もなさそうですが?」

「確かに無いな。ただオレが気になるだけだ。……出来ない訳じゃないのにしなかった訳がな」


 潔い、開き直りともいえる紅髪の冒険者の言葉に私も呆気に取られてしまう。

 私も相当自己中な自覚はあるけれど、この人も相当マイペースだな、と思ってしまう。

 強い冒険者ともなるとこれが普通なんだろうか?


「(……トーネ先生もあれでいて癖のある人だしシュティン先生に関しては言えば言わずもがな。強ち間違ってないのかもなぁ)」


 あまり考えたくはない議題である。

 「答えない」という手段もあるが、気になる事を徹底的に追及するタイプだったら面倒だ。


「しいて言えば「ギルド内での私闘を禁ずる」と書かれていた、からですかね?」

「へぇ」


 先程斜め読みした冊子の中に書いてあったのだ。

 冊子には「いかなる時においてもギルド内での私闘を禁ずる。破った者には相応の罰則が与えられる」と書いてあった。

 極まれに例外として許可されるらしいけど、今回のような場合では絶対に許可なんてされないだろう。

 こんな事でこのギルドを出禁になってはたまらない。

 しばらくはここの冒険者ギルド以外には私は行く事が出来ないのだから。


「正直に言えば私は一方的に喧嘩を売られた側ですから、それを訴える事も可能でしたでしょうけど。何故か皆さん面白がっても助けては下さらない。ならば流血沙汰は回避しつつ相手を牽制するしかないでしょう?」


 一匙の嫌味を織り交ぜつつ肩を竦める。

 すると彼方此方でそっと私から視線を逸らす人達が続出した。


「(皆さん、本当に性格がおよろしい事で)」


 一番効いてほしい人には聞かない事も腹立たしいものである。

 

「後はまぁ、職員さんに血の掃除をさせるのも忍びないので」

「くっ! あははっ! 確かにな!」


 随分よく笑う人である。

 何が其処まで面白いのか。

 

「(この人、箸が転がっても笑いそう)」


 考えるだけ疲れそうである

 質問には答えたと判断した私は今度こそ振り返る……のだけれど、受付まで振り返る事無く目当ての人と目が合った。

 何故か知らないけど受付のお兄さんは受け付けから離れて私の横まで来ていたらしい。

 殺気も闘気も一切なくて気づかなかった。


「(これもある種集中していて気づかなかった例、かな?)」


 気配に聡くなるにはまだまだ修行が足りないらしい。


「お騒がせしてすみませんでした。それに説明も有難うございました」

「えっ!? いや、気にしないで。説明は僕の仕事だからね。こっちこそごめんね」

「あれを放置していた事ですか?」

「あれって……うん、まぁ。本来ならもっと早く止めなければいけないはずだったのに、止めなかった。これは此方の落ち度だからね」


 お兄さんは私の物言いが気になるらしい。

 見た目少女が人を指して「あれ」だの言えば気になるか。

 性根が善人であればある程、それが普通なのかもしれない。


「貴方が止めても止まらなったと思いますけど、お心遣いに感謝致します」

「いや、まぁ。うん。……うーん。子供と話している事を忘れそうだ」

「(そのまま忘れてもいいですよ?)」


 その方がやりやすい気がする。

 少なくとも子供である事が有利になる場面ではないだろうし。

 必要ないならば子供扱いされても嬉しくはない。

 ……いやまぁ子供である事を前面に出して追及を躱す気ではあるんだけどね?


「後は、君を侮った事への謝罪、かな?」

「……そうですか」


 まさか其処を謝罪されるとは思っても見なかった。

 これでも一応分かってはいるのだ。

 私がどう見ても幼い子供でしかない事は。

 子供に対して良心ある人間がどう映り、どういった言動をするのか。

 ただあまりにも馴染みのない対応と冒険者見習いの「キース」として此処に居る以上、あまり好ましい対応だと思えない、というだけで。


「(謝られても困ると言えば困るんだけど、ね)」


 赤の他人に此処まで徹底されて善意でもって接してもらった事はあまりないけど、何とも言えない気分になるモノである。

 

「それこそお気に為さらないで下さい。私は事実子供ですし。きっと錬金術師に関して言えば皆さんの考え方の方が常識なのでしょう。ただ私はその常識よりも自身の思いを優先している、というだけなんですから」

「だとしても君の夢を頭ごなしに反対する事は無かった。だからごめんね。そして僕がいえた事じゃないけど、頑張って」

「……有難うございます」


 荒くれ者の多い冒険者ギルドには少しばかり似つかわしくはない優しく、真っ当な感性を持った善人だと思った。

 侮られたりしないのだろうか?

 

「(まぁ荒事が出来そうにない風体だからと言ってそうだとは限らないもんね)」


 私しかり、シュティン先生しかり……お父様やお母様しかり。

 外見で侮ると明日が見えない相手は五万といる。

 目の前のお兄さんももしかしたらその類なのかもしれない。


「彼に関しては僕が責任をもって上に報告するし、君に非がいかないように取り計らうから安心して欲しい」

「上に報告?」

「彼の言動は冒険者の品位を堕とすだけではなく、法の下明らかにしなければいけないモノだったからね。此処ラーズシュタイン領の冒険者ギルドでは彼の行為は決して許されない。だから報告する義務があるんだ。……仲間である君達にも話を聞きたいかな?」


 お兄さんの視線は山賊男達の仲間らしく人間に向く。

 穏やかだけど何処か威圧の様なモノを感じるお兄さんに推定お仲間さん達も口を開かず頷く。

 

「(冒険者ギルドの職員の面目躍如……なんて茶化してごめんなさい)」


 内心苦笑しつつ私はもう一度「色々有難うございます」と言って会釈をした。


「錬金術のギルドに行きたいと思っていたのですが、私もいた方がいいですか?」

「うーん。今回、君は被害者だし大丈夫、かな? ……君の今後が明るいモノである事を祈るよ」

「有難うございます。錬金術師になった暁には依頼お待ちしております!」


 諦める気はないと示すとお兄さんは苦笑した。


「又、会いましょうね!」


 その時はクエストを受けてみたいからまた色々、教えてくださいね、と言い私は冒険者ギルドを後にするのだった。



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